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約束事

#1

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自分は独りなんだと、ふとした時に感じる。

────例えば人を待ってるとき。
その人は別の誰かと楽しく過ごしてる、と知ったとき。
別に珍しくもないだろう。なのに何でこんな……心が、空っぽになるのか。

「……ん」

何かが当たる音がして、朔はリビングのソファで目を覚ました。

「あ。ごめん、起こしたか」

声の主は帰ってきた晃久だった。上着を脱いでるけど、上着も髪もちょっとぬれてる。
「おかえり。雨……降ってた?」
「あぁ。行きは降ってなかったのに、帰りはザーザー」
晃久はため息混じりに項垂れた。
「じゃあ風呂入りな。温まるよ」
まだ寝ぼけてる体を起こして、浴室へ向かった。
時計の針は午前一時を指している。夜中だけど、このまま放置したら晃久が風邪を引く。風呂を沸かして、新しいタオルを用意した。
「朔はもう入った?」
「いや、寝ちゃったからなぁ……」
「じゃあ一緒に入るか?」
晃久の誘う声は甘かった。
本来なら断るところだ。自分達は付き合ってるわけじゃない。なのに、寝起きの俺は相当頭がおかしかった。

「入る。頭洗ってくれるなら」
「へぇ~、意外な要求だな。いいよ」

彼の言うとおり、ほんと意外。なんなんだ、俺は。
……誰でもいいから甘えたいのか。



―――



シトラスフローラルの香りが漂う。
結局、朔は狭い浴室で晃久に頭を洗ってもらっていた。

「どう? 痒いところない?」
「いえ。気持ちいいです」

やってもらってる身だからか敬語になる。
そして困った。だんだん頭が冴えてきたぞ。 

めちゃくちゃ恥ずかしい……!!

気持ちいいのは間違いないんだけど、同い年の男に頭洗ってもらってる自分に嫌悪が芽生え始める。この羞恥心を一体どうすれば……そうだ!
「晃久、今度は俺がやるよ」
「え? 俺はいい」
「遠慮すんなよ。ギブアンドテイクだろ、何事も」
「そうだな。でも俺はいいよ」
「何でそんな遠慮すんだよ。俺に頭を洗われると困ることでもあんの? 実は頭頂部薄いとか? 大丈夫、そんなの俺は気にしな」
洗いたいあまり必死に捲し立てていたら、晃久の鉄拳が頭上に振り落とされた。

「ほい、もういいだろ」

シャワーで綺麗に泡を流してもらい、俺はここぞとばかりにシャンプーを手に取る。
「よーし! それじゃお前の頭も洗ってやる。から椅子に座って」
「俺はいいって言ってるだろ」
頑なに嫌がる晃久と睨み合い、それでも洗ってあげようと頑張る(がここまでくるとただの嫌がらせ)。
うーん……それにしてもちょっと変だ。
「何でそんな嫌がんだよ。今まで付き合った奴らと風呂ぐらい入ってるだろ」
「まぁそれは……って危ない!」
立ち上がった際、足が滑ってしまった。反射的に、差し伸ばされた手を掴む。

「うわっ!」

椅子が倒れ、大きな音が反響した。
「いって……っ」
二人して風呂場で尻もちをついてしまう。不幸中の幸いだが、お互い怪我はなさそうだった。
「もう! だからやめろって言ったろ!」
「あはは、悪かったって。怒んなよ」
晃久は怒り心頭なので、頑張って笑って誤魔化す。
「悪気はないんだ。ただどうしてもこの恩を返したくてさ」
「頭洗ったぐらいで恩なんか返してもらわなくて結構だよ! 早くどけ。お前が起きないと起きれないだろ」
確かに、俺は彼の膝に乗る体勢をとってしまってる。
「ふふ。よし分かった。じゃあ身体洗ってやるよ」
ボディソープを取って、晃久の胸や下腹部を素手で触りまくった。
「ほーら、これで恩は返し……」
……たことになるのか?
いや、そもそも何だコレ。俺は何がしたいんだ。裸の男にベタベタ触って変態か。
ほれ見ろ、晃久はドン引きしてるぞ。

「あ……ははは。まぁ~これで貸し借りなし。お前も俺の髪洗ったわけだし! じゃ、出ようか」

やばいぞ、ゲイがどうこうじゃなくて一人の人間としてヤバい奴に認定されたかも。
早く出なきゃ。
晃久から目を逸らし、急いで扉の方へ向かった。ところがそれより先に彼の腕が扉の取っ手を掴み、行先を阻まれてしまう。

「晃久? なに」
「大人しくしてろ」

ガリッ、という嫌な音と一緒に、激痛が走る。
「い……っ!?」
首筋を噛まれた。死ぬほど痛い……が、驚きの方が勝って抵抗できなかった。見えないから分からないけど、出血したんじゃないか。
「き、急になんだよ!」
「急?」
晃久の声は低く、目はどきっとするほど冷たかった。何かいつもと違くて、怖い。
「急じゃないだろ。セフレなんだから」
「……!?」
視界が反転する。
裸のまま床に押し倒されて、動きを封じられた。
晃久の眼はいつもと全然違う。俺を見るその眼は、友人というより、恋人というより、本当に……。
「やっ……」
脚を強引に開かされ、まだ硬い入口を彼の指が這う。
驚いてばかりで上手く反応できない。抵抗したいのに力が入らず、声も掠れてしまう。
そのせいで状況はさらに悪い方へ転がっていく。

「晃久っ……ちょっと待てって……っ」

彼のぬれた指に力が込められた時、思考は一切遮断された。

生温い床。
柔らかい肌。
滑らかな髪。
目に見えるのは、感じてるのはそれぐらいだ。他には何も考えられない。

……あ……っ。
身体がおかしいし、息が苦しい。
もうよく分からないから早く終わってくれ。
身体の内側を広げられる感覚に侵されたころ、ようやく指を抜いてもらえた。
「昨日と変わんないな。朔は」
「……え?」
何のことか聞き返そうとしたが、解されたそこに別のモノを当てられて絶句する。
「朔。ごめん」
────ちょっと待て。それは急過ぎないか。

「ああぁっ!!」

拒否する間もなく、彼の性器を挿入された。
本当に、急だとかグダグダ言う前に拒否すれば良かった。全力で嫌がれば良かった。
ズブズブと奥へ入っていくそれを恨めしく思いながら、少し前の自分も恨む。
「……入った」
少し息遣いの荒い晃久を下から見上げた。

「やだ……晃久、抜けよ……っ」

色々耐えられなくて涙が出てくる。それでも必死に睨みながら訴えた。けど彼は優しく笑うだけで真面目に取り合ってくれない。
大きくなった自分のものを扱かれ、羞恥心に苛まれる。しかしこれはただの始まりだった。

「朔。お前と一緒に気持ちよくなりたい」

彼が律動を開始したとき、それを嫌というほど思い知る。
視界が縦横無尽に動き回る。地震が起きてるみたいに身体が揺れる。心も頭もグチャグチャに掻き回される。
こんなことは望んでない。
こんな関係なら要らない……。

「は、あ……初めてじゃないんだろ? もう少し力抜いてくれないか」

容赦なく腰を打ち付けてくる彼は、顔も言葉も辛辣だ。
「嫌だから……っあ、力入れてんだよ……わかんねえのか……!?」
床に這いつくばって、必死に毒を吐く。しかし何の意味もなくて、自分から腰を振る結果になってしまった。
「うっ……もう、やぁ……」
逃げたい、離れたい、抜いてほしい。開けた扉の先へ身体を傾けたけど、簡単に引き戻されて更に激しく奥を突かれる。
「あっ、あぁっ!」
「逃げんなよ。せっかく繋がったってのに」
腰もそうだけど、両手も繋がれ後ろから攻められる。
彼の存在が恨めしい。

────俺は何を安堵して、期待してたんだろう。

あの夜は晃久に抱かれることを一度は受け入れたんだから……何かに期待してたはずだ。
でも今は何も分からない。
「朔……っ」
晃久は俺の名前を呼び、優しく抱き締めてくる。快楽に貪欲になり、身を任せている。
酒の勢いと一緒だ。あの夜だって、きっとそんな軽い感覚だったんだ。晃久を好きだからじゃなくて、晃久なら良いかな、と思っただけ……。
俺も最低だったか……。

「晃久……」
 
誰かと繋がるのは初めてじゃない。太腿に流れる熱い液体を感じながら瞼を伏せる。

でも不思議だ。
そう、不思議と。

────晃久の熱を感じるのは、これが初めての気がした。





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