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サイカイ

#4

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遡ることかれこれ三時間前。朔は高校の同窓会に訪れていた。

そこで四年ぶりに再会したのが、親友だった晃久だ。いや、自分としては過去形ではなく、今も親友だと思っている。ただ卒業してからは一人暮らしを始め、大学生活を送るのが精一杯だった。互いに全く連絡を取らなかったから、せっかく再会できたのに緊張感が漂ってしまっていた。

周りが間に入り、会話を繋げてくれたおかげでまぁまぁ踏み込んだ質問もできるようになり。
二人で呑み始めると高校時代の記憶も少しずつ蘇り、昔のように楽しくふざけ合ったりして……そこまでは良かったんだけど、問題はそこからだ。

同窓会を抜け出し、二人でホテルに行った(みたいだ)。
それからシャワーを浴び、二人でベッドインした(みたいだ)。
そして死んだように眠り、今に至る。

大人になった彼は、はっきり言ってかなりのイケメンだった。でもそれはそれ、これはこれ。そもそも酔っていたとはいえ、顔が良いだけで一線を越えたりしない。俺はそんな人間じゃない、と信じたい。
「ちょ、もうちょっと待って。カラダダイジョウブ? って……俺今心の整理をしてんだけど、えーと、何でこんなとこにいるんだっけ」
「……何? お前もしかして覚えてないの?」
「うん」
そこはサラっと答える。すると晃久の瞳が少しだけ揺らいだ。でもそれは本当に一瞬だ。
直後に告げられた言葉に俺は絶句することになる。

「……ビックリだな。お前から誘ってきたんだろ」

それはどう頑張っても聞き流せない言葉だった。
ゆっくり彼の方へ行き、同じベッドに腰掛ける。

「俺から誘ったって……え? どゆこと?」
「だから、お前から誘ってきたんだよ。ホテルもそうだし、着いて早々抱いてほしいって言ってきたんだから」
「え……えっ」
そんな馬鹿な。
そう笑い飛ばしたいけど、なにぶん記憶がないので苦笑いしかできない。そして俺の人生最大の起爆装置を、容赦なく引っ張り出した。

「まさか朔がゲイだとは思わなかったな」
「え!!」

なんっ……いや二人でホテルに入ったんだから、もちろんそういう結論になるけど。友人の口から聞きたくない台詞堂々の一位だ。焦りと羞恥心で、思わず言い返してしまった。

「お、俺だって……お前がゲイだなんて思わなかったよ!」

冷や汗と震えを抑えながら立ち上がり、彼に向き直る。

何なんだ、この日は。
久しぶりに再会した親友が実はゲイで、しかもセックスしちゃったとか……有り得ないし、最悪過ぎるだろ。

いくら酒の勢いがあったとはいえあまりに軽率だ。好きでもない、ぶっちゃけ久しぶり過ぎて初対面ぐらいの感覚だった奴を相手に……正直まだ信じられない。

「多分、夢だな」
「なに。俺と寝れたの、そんな嬉しかった?」
「違う。悪夢の方」

笑えないやりとりを交わし、再びベッドに腰を下ろす。晃久は項垂れる朔を神妙な顔で見つめていたが、やがて小さなため息をついた。

「まわシャワー浴びてくるから、休んで待ってな」

徐に立ち上がると、すぐにシャワー室へ消えていった。

待ってろ、と言われると全力で逃げたくなる。でも、大人しく待っていよう。

何故か分からないけど、最悪な状況にしては気分が晴れてる。秘密がバレたこともヤッちゃったことも相当なショックだけど。もしかすると、晃久に再会できたことが結構嬉しいのかもしれない。

「お待たせ。はー、やっと落ち着ける」

シャワー室から出てきた晃久はバスローブを着て、ベッドにどっかりと腰掛けた。
「あのさ、晃久って恋人いないの?」
「いない 」
「意外。俺もいないけど」
だからってヤる理由にはならない。
本当に謎だ。俺の頭はどうしちゃったんだ。
「高校生の時より大人っぽくなったよな、朔」
「そうかな?」
「あぁ」
まぁ、言ってしまえば当たり前だ。晃久の方こそひと目でわかるぐらい立派な青年になっていた。元々整っていた顔も、少し伸びた髪も、雰囲気も。声はあまり変わんないか。
でも、全体的にワンアップしてる。褒めてやりたい。こんな状況でなければ。

「朔、かなりたまってた?」

……そう、こんな話してなきゃ。

「何でそうなるんですかね」
「怒んなよ。……もし相手がいないんならさ、俺でよければいつでも相手になるよ。って話」
「セフレってこと」
俺の脳内にモザイク処理の想像が増えていく。
「嫌ならいい。でも知らない男よりはマシだろ? お互いこんな秘密知られた時点で色々やばいだろうし」
「……」

一応真面目に聴いていたけど、最後は目を逸らした。
俺は、友人はもちろん、家族にも自分が同性愛者だということを隠してる。多分、こいつも。

「でも俺より、晃久の方がやばいよな。親が黙ってないだろ」
確かこいつの家は超大金持ちで、高校のときは恋愛すら許してもらえないほど親が厳しかった気がする。社会的に見てバレた時に困るのは、多分こいつの方だ。
すると晃久は半笑いで方を竦めた。

「いや、別になんてことないぞ? 二週間ぐらい前に親と縁切って、家追い出されたから」

俺の全細胞が告げてる。これは聴いちゃいけない話だ。
「だから今は友達の家に泊まったりして、次に住む家を探してる」
ヒエ……ッ。
「そりゃ大変だな。大丈夫?」
晃久は険しい表情で黙った。大丈夫じゃないらしい。重い空気に耐えきれず、口を開いた。

「家が見つかるまで、ちょっとだったら……ウチ来る?」

俺はバカだ。大バカ野郎だ。
何でそんな事を軽々しく言っちゃうのか。……自分の発言に驚愕してる。あと愕然としてる。

「良いのか?」
晃久は心底驚いた様子で顔を上げた。まさか俺も内心同じぐらい驚いてるなんて、夢にも思わないだろう。
「せっ狭いけど……あと壁薄いし、駅遠いし、エレベーターないし、最近風呂掃除してないし、色々片付けてなくて汚いけど」
「そんなのいいよ。ありがとう」
そう言った彼は今までで一番、穏やかな笑顔で……少しだけ目を奪われた。ってことは、絶対悟られちゃいけない。

「でも、色々と条件つきだからな。あと俺が同姓愛者ってことは、絶対秘密。いいか?」
「もちろん」

なんなんだ……。
軽く答えてまたにこにこする彼に、どうしたらいいか分からなくて。自分の無責任な提案も信じられなくて、色んな意味でため息が止まらなかった。


―――


朝日が昇ったと同時にチェックアウトし、この世で最も安心する我が家に帰ってきた。で、隣にはやっぱり彼もいる。
「お邪魔します」
「……どーぞ」
お邪魔しますじゃなくて、本当はただいま、と言うところなんだろう。頭の中ではそう思ったけど、わざわざ口に出しはしなかった。

高校時代は誰からも羨望の眼差しを受けていた晃久。未だ、彼が自分の家に来たという実感が湧かない。
「荒れてても良かったら、部屋ひとつ空いてるから使っていいよ」
「ほんと、言っちゃ悪いけど荒れ果ててるな。忙しくて掃除できないのか? それともめんどくさいだけ?」
「両方。お坊っちゃまには辛いか」
皮肉を込めて言うと、存外笑顔を返された。
「全然。お前らしくて良いと思うよ」
それだけ言って、彼は整理し始めた。

……。
俺らしい、っていうのは……大雑把なところが? ズボラで不器用だから掃除もできない、ってところを言ってるんだろうか。分からん。

それからだいぶ時間が過ぎ、昼近くなってから再び晃久がいる部屋を訪れた。

「おぉ! すごい片付いてんじゃん!」
「思った以上に時間かかったけどな。お前の物、あそこのダンボールに纏めておいたから」

さっきまではごった返しの物置場と化してたのに、今は引っ越したときと同じような空間が生まれている。久しぶりに感動した。

「でも朔、お前ほんとに危ない。ライターが二個も床に落ちてたぞ。火事になったらどうする気だ」
「え? あー……。そういえば……」
「あとコンセントも埃まみれだし、窓際は何か湿気て壁紙変色してるし。このまま放ったらかしてたら引っ越す時大変だぞ」
「はぁ……すいません」
何かお母さんみたいなやつだな。シンプルにうるさい。

晃久って、そういえばちょっと潔癖症で神経質だったっけ。みんなが馬鹿なことをして楽しんでる中、彼だけは危険性を説いて一線引いてた気がする。
いっつも未来のこと考えて。俺達が想像してない、遥か先のことまで……。

「朔。聴いてる?」
「聴いてる聴いてる。以後気をつけます。それより昼飯作ったよ、一緒に食おうよ」

何はともあれ、これ以上説教されたらたまらん。頑張って笑顔を作って手招きすると、彼はため息をついて少しだけ笑った。
「サンキュー。……うるさいと思うだろうけど、お前が危ない、って話だからな」
「……うん」
折れてくれれば、こっちもそれなりに話しやすい。いつもこうならいいんだけどな。

────晃久は、俺とは正反対だ。





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