ヤケクソ結婚相談所

夢 餡子

文字の大きさ
上 下
66 / 114
第1話

16

しおりを挟む



ヤケクソ結婚相談所の居室では、通話の切れたガラケーを持った亀吉が呆然と立ち尽くしていた。

「電話、誰からかい?」

タバコをぷかーとふかしながら、令子が亀吉を睨み付ける。

「それが、杉崎彩さんからで……」
「あいつがなんだって、言うんだい」
「ヤケクソ結婚相談所を退会するって……」

令子の目が鈍い光を放つ。

「も、もしや……この前の悪だくみに、気づかれたんじゃないでしょうかね~」
「おいっ! 悪だくみって言うな! あれは東雲とアズサを結び付けるための、まっとうなプランなんだ!」

アレが、まっとうなんですかね~。
わたしゃ、かなり心苦しい思いをしたんですがね~。

「……これで残る会員は、東雲とアズサか。ふたりはその後、どうなんだい?」
「はあ。何度か会ってるみたいだけど……」
「じゃあ、上手くいっているということか。このまま行けば、ヤケクソ結婚相談所もやっと成婚実績ができるというわけだ」

令子は珍しくニヤリとすると、膝元で寝ている三毛猫の頭を撫でた。
だが、ふとその手がぴたりと止まり、表情が険しくなる。

「……おい、おまえ」
「なんだい、かあちゃん」
「しばらくの間、彩を見張れ」
「えっ、どうして?」
「わからないかい、このオタンコナス! 親友に彼氏を寝取られた彩が、やけになって何かしでかすかもしれないだろ! 美希って女もそうだったじゃないかっ! だから面倒を起こさないように彩を見張れって言ってんだよっ!」

また探偵ごっこですか……。
亀吉は、がっくりと肩を落とした。





夏の強い日差しが、じりじりとあたりを照らしている。
流れ出る汗をハンドタオルで拭いながら彩が遊園地のエントランスに行くと、既に竹下は待っていた。
待ち合わせ時間の10分前である。

「おはよう、竹下くん。待たせちゃった?」
「い、いえっ! ほんの1時間くらでしゅ!」

約束の1時間も前から炎天下のなか待っているなんて、健気というか、なんというか……。

「チケット、もう買ってありましゅから」
「ありがとう。じゃあ、行こうか」

園内に入ると、久々の遊園地に彩のテンションも上がってきた。
楽しみはアトラクション、ではなくここには本格的な多国籍フードコートがあるのだ。

「杉崎しゃん、まずどこへ行きますか?」

最初っからフードコートに行くのは、さすがに気が引ける。
まあ、彩の目的はそこしかないのだが。

「竹下くんが行きたいところでいいよ」
「僕は、どこでもいいでしゅ。彩しゃんに任せましゅ!」
「私、わからないから、竹下くんが選んで」
「ダメでしゅ。彩しゃんが楽しめるところに僕も行きたいでしゅ!」

竹下は頑固に、彩に選ばせようとする。
思わず彩は、ため息をついた。

「あのさ、竹下くん。こういう時って、男のほうからリードしてくれると、こっちも嬉しいもんなのよ」
「そ、そうなんでしゅか。ぼ、僕、デートなんてホント初めてにゃんで……」

つい、どこへ行っても完璧なまでにリードしてくれた翔さんと比べてしまう。
ああ、翔さんのことはもう、考えないようにしたんだったっけ……。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタの教えてくれたこと

いっき
ライト文芸
サンタは……今の僕を、見てくれているだろうか? 僕達がサンタに与えた苦痛を……その上の死を、許してくれているだろうか? 僕には分からない。だけれども、僕が獣医として働く限り……生きている限り。決して、一時もサンタのことを忘れることはないだろう。

お兄ちゃんは今日からいもうと!

沼米 さくら
ライト文芸
 大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。  親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。  トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。  身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。  果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。  強制女児女装万歳。  毎週木曜と日曜更新です。

大好きだけど

根鳥 泰造
ライト文芸
 二十歳の少刑上がりの元ヤクザ安田翔と、一回りも年上の理系女で仕事に生きると決めた神谷来夢との出会いを描いたラブコメディ。2018年小説すばる新人賞応募作の書下ろし。  前半の二話は、安田と来夢の生い立ちや、彼らを取り巻く登場人物の紹介で、第三話が二人が結ばれるまでをサスペンス要素満載で描いている。  ヤクザを足抜けした安田は、来夢の母である神谷裕子を頼り、そこで父の様な厳しく優しい昴と出会う。裕子の援助で、住み込みで、働かせてもらえ、安田は、周囲の人々の温かい目に見つめられ、更生への道を歩みだす。  第二話は、母裕子と義父昴とが同棲を始めた年の年末から、自分の会社を設立し、日本に逃げ帰るまでのお話。来夢は、昴を父親とは認めないつもりでいたが、一流企業の主任を辞しても、自分の好きな道を進むべきだと応援してくれたことで、彼を大好きになり、自分がやりたかった仕事をするために動き出す。だが、彼女が資金を持ち寄って設立した会社は、ハッカー仲間とのネットワーク事業。当然ハッキングもして、FBIから追われることになる。  来夢は、日本まで逃げて来たが、神谷邸は大所帯になっていて、イケメンの安田まで、居候していた。齢が一回りも違い、お姉さんとして接するつもりが、昴達の調査でハッキング協力したため、国家から狙われる事態に。拉致されるところを、安田に助けられ、彼の事が大好きになるが、やはり夢は諦められない。  悩んだ末、彼の子を宿して、アメリカで永住することを決めるのだったが……。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

目撃者

原口源太郎
ライト文芸
大学生の澄玲は同じサークルの聖人に誘われて山の中の風景を見に行った。そこで二人は殺人の現場を目撃してしまう。殺人犯に追われる二人。警察では澄玲と聖人が殺人の犯人ではないかと疑われる。

処理中です...