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第4章 亜麻色の髪の乙女とウサギ事変
4-9 小さな従者は忙しい
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「ビリーさんビリーさん、そろそろ若には慣れましたかー?」
頭にスープ皿を乗せ、ビリーの周りをくるくると回りながらルヌルムは尋ねた。
偶然ルヌルムと出会ったのは、ビリーが食べ終わった食器を片付けに厨房へと向かう途中のことだった。ルヌルムは渡り廊下で日向ぼっこをしており、うとうとと身体を揺らしていた。皇帝の命令をはね付けるほど忙しそうには見えない。
ビリーが声をかけると食器の一部を持ってくれ、厨房まで同道することになった。
「慣れませんよ。最初の時ほど変なことはしてこないですけど、やっぱり変なものは変です」
ビリーは自分の額に手を当てた。唇の感触は消えているが、何をされたのか記憶にはしっかりと残っている。
「若は人との交流に飢えてるんでーす。多少は大目に見てあげてくださーい」
ルヌルムはぴょこぴょこ跳ねるように歩く。スズメの移動のようだ。
「キスされたり抱きしめられるのって多少じゃない気が……」
「感情表現が犬に近いんですよー。犬ってすぐ飛びついたり舐めたりするじゃないですかー――あ、これ内緒にしてくださいー。主のこと犬扱いしてるのバレたら怒られまーす」
ルヌルムは翼の先でバツ印を作って口元を隠した。仕草のすべてがいちいち可愛らしい。
「確かに大型犬に見える時はあるけど。なんであんなに好意的なのかな……」
ビリーは肩を竦め、大きく息を吐く。近衛騎士になってから明らかにため息の回数が増えた。
好意的に接してくれるのはいい。だが時々度が過ぎるのと、好意の理由が明確でないのが気になる。いざ明確にされたところで、理由によっては非常に困ることになるのだが。
「お顔が気に入ったんじゃないですかー?」
「顔?」
ビリーは首をかしげる。
今まで考えもしなかったが、実際その可能性もあるのかもしれない。アズール自身も一目見てどうのこうのと言っていた。
家名の由来である銀髪。日差しを透かした若葉のような薄緑の瞳。男女の双子だったにもかかわらず瓜二つだった、性差を感じさせない顔立ち。この手の顔が好きな者は一定数いる。騎士団内にも言い寄ってくる者がいた。
「考え込まないでくださいー。冗談でーす。命がけで助けてもらったのが、若にとっては天地がひっくり返るようなことだったと思いますよー」
「臣下なら誰だって助けるでしょう?」
「そうかもですけど、若は信用してないんですー。若が皇帝になることが決まった途端、コインを裏返すみたいにみんなが一斉に態度を変えたから」
ルヌルムの足が止まった。見た目にそぐわない深い憐憫が、幼い顔の上に現れている。
「いじめ……いや、迫害されていたんだっけ。ドロップイヤーだからとかって」
「もうそこまでお話になったんですね、若は」
「具体的に何があったかは聞いてませんよ。でも、皇帝になるのは本意ではなさそうでしたね」
――俺はただ静かに暮らしていられればよかったのに。
諦念を滲ませたアズールの言葉がよみがえった。
望まない環境に身を置き、数多の人々から崇敬・仰望されているのに孤独に苛まれている。
「前皇帝が招喚しなければ、あのまま辺境州でひっそりと暮らしていけたんですけどねー……」
「辺境州?」
聞き返すと、ルヌルムはやってしまったと言わんばかりに顔を引きつらせた。翼腕を羽ばたかせて先に進んでいってしまう。
ビリーは駆け足で追いかけながら尋ねた。
「辺境州がどうかしたの?」
「なんでもないでーす」
「じゃあなんで急に飛ぶの」
「そういう年頃でーすー」
「なんか隠してる」
「隠し事がない人はいませんー」
「私に隠さないといけないようなこと?」
「若に聞いてくださーい! 私忙しいですー!」
ルヌルムは厨房に飛び込んだ。頭の上のスープ皿をテーブルに置くと、空いた窓から外へと飛び立ってしまった。
(そんな言えないことってある?)
ルヌルムが断片的に漏らしたのは、かつてアズールが辺境州で暮らしていたとか、そんなところだ。飛んで逃げるほど秘匿しなければならない情報だとは思えない。
(辺境州にいる獣人はだいたい訳ありだってナーディヤが言っていたし、別におかしなことでもないよね)
「騎士ビリー・グレイ」
食器を返却し、厨房から出たところで声をかけられた。
声自体は透明感がある可愛らしい声なのに、身体に突き刺さってくるほど響きが刺々しい。
「少しお話をしたいのだけれど、よろしいかしら?」
編み下ろしたツインテールとうさぎ耳が可愛らしい美少女――ディーシ伯令嬢プリム・ガルシアは、本当に話をする気があるのか疑わしいほど蔑んだ目でビリーを睨みつけた。
頭にスープ皿を乗せ、ビリーの周りをくるくると回りながらルヌルムは尋ねた。
偶然ルヌルムと出会ったのは、ビリーが食べ終わった食器を片付けに厨房へと向かう途中のことだった。ルヌルムは渡り廊下で日向ぼっこをしており、うとうとと身体を揺らしていた。皇帝の命令をはね付けるほど忙しそうには見えない。
ビリーが声をかけると食器の一部を持ってくれ、厨房まで同道することになった。
「慣れませんよ。最初の時ほど変なことはしてこないですけど、やっぱり変なものは変です」
ビリーは自分の額に手を当てた。唇の感触は消えているが、何をされたのか記憶にはしっかりと残っている。
「若は人との交流に飢えてるんでーす。多少は大目に見てあげてくださーい」
ルヌルムはぴょこぴょこ跳ねるように歩く。スズメの移動のようだ。
「キスされたり抱きしめられるのって多少じゃない気が……」
「感情表現が犬に近いんですよー。犬ってすぐ飛びついたり舐めたりするじゃないですかー――あ、これ内緒にしてくださいー。主のこと犬扱いしてるのバレたら怒られまーす」
ルヌルムは翼の先でバツ印を作って口元を隠した。仕草のすべてがいちいち可愛らしい。
「確かに大型犬に見える時はあるけど。なんであんなに好意的なのかな……」
ビリーは肩を竦め、大きく息を吐く。近衛騎士になってから明らかにため息の回数が増えた。
好意的に接してくれるのはいい。だが時々度が過ぎるのと、好意の理由が明確でないのが気になる。いざ明確にされたところで、理由によっては非常に困ることになるのだが。
「お顔が気に入ったんじゃないですかー?」
「顔?」
ビリーは首をかしげる。
今まで考えもしなかったが、実際その可能性もあるのかもしれない。アズール自身も一目見てどうのこうのと言っていた。
家名の由来である銀髪。日差しを透かした若葉のような薄緑の瞳。男女の双子だったにもかかわらず瓜二つだった、性差を感じさせない顔立ち。この手の顔が好きな者は一定数いる。騎士団内にも言い寄ってくる者がいた。
「考え込まないでくださいー。冗談でーす。命がけで助けてもらったのが、若にとっては天地がひっくり返るようなことだったと思いますよー」
「臣下なら誰だって助けるでしょう?」
「そうかもですけど、若は信用してないんですー。若が皇帝になることが決まった途端、コインを裏返すみたいにみんなが一斉に態度を変えたから」
ルヌルムの足が止まった。見た目にそぐわない深い憐憫が、幼い顔の上に現れている。
「いじめ……いや、迫害されていたんだっけ。ドロップイヤーだからとかって」
「もうそこまでお話になったんですね、若は」
「具体的に何があったかは聞いてませんよ。でも、皇帝になるのは本意ではなさそうでしたね」
――俺はただ静かに暮らしていられればよかったのに。
諦念を滲ませたアズールの言葉がよみがえった。
望まない環境に身を置き、数多の人々から崇敬・仰望されているのに孤独に苛まれている。
「前皇帝が招喚しなければ、あのまま辺境州でひっそりと暮らしていけたんですけどねー……」
「辺境州?」
聞き返すと、ルヌルムはやってしまったと言わんばかりに顔を引きつらせた。翼腕を羽ばたかせて先に進んでいってしまう。
ビリーは駆け足で追いかけながら尋ねた。
「辺境州がどうかしたの?」
「なんでもないでーす」
「じゃあなんで急に飛ぶの」
「そういう年頃でーすー」
「なんか隠してる」
「隠し事がない人はいませんー」
「私に隠さないといけないようなこと?」
「若に聞いてくださーい! 私忙しいですー!」
ルヌルムは厨房に飛び込んだ。頭の上のスープ皿をテーブルに置くと、空いた窓から外へと飛び立ってしまった。
(そんな言えないことってある?)
ルヌルムが断片的に漏らしたのは、かつてアズールが辺境州で暮らしていたとか、そんなところだ。飛んで逃げるほど秘匿しなければならない情報だとは思えない。
(辺境州にいる獣人はだいたい訳ありだってナーディヤが言っていたし、別におかしなことでもないよね)
「騎士ビリー・グレイ」
食器を返却し、厨房から出たところで声をかけられた。
声自体は透明感がある可愛らしい声なのに、身体に突き刺さってくるほど響きが刺々しい。
「少しお話をしたいのだけれど、よろしいかしら?」
編み下ろしたツインテールとうさぎ耳が可愛らしい美少女――ディーシ伯令嬢プリム・ガルシアは、本当に話をする気があるのか疑わしいほど蔑んだ目でビリーを睨みつけた。
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