Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-

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第一章 旅立ちと棘の影

1-8 決定権は我にあり

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「あんたさんも結構な性格だと思っていたのでございますが、それに輪をかけてこの方達はひどいのでございます」

 突如目の前で繰り広げられたわけのわからないかけ合いに、ニルニラは顔を引きつらせる。

「終始こんな感じだけど、ついて来れそう?」

 食事の〆の紅茶を飲みながらサヴィトリは尋ねた。

「あんたさんの暗殺依頼を破棄するための違約金が予想外に高かったので、今は少しでもお金が欲しいのでございます」

 ニルニラは切実さをにじませて言う。

(私としては連れて行くことに問題ないが……)

 サヴィトリはなんとなく他の四人の方をうかがった。
 自分が強く推しさえすれば、みんな反対はしないだろう。だが、ニルニラの経歴が経歴だ。同じくかつて暗殺者だったジェイは、今もなおカイラシュに強く疑われている。
 誰がどの程度当たりが強いのか、道中その態度に耐えられるかどうか、今のうちにニルニラには知っていてもらったほうがいい。

「わたくしは断固反対です! ただでさえ余計な野郎どもがひっ付いているというのに、これ以上サヴィトリ様につきまとう下賤の輩が増えるなど到底耐えられることではありません! ここから先はいっそ、わたくしとサヴィトリ様とのめくるめくネオロマンスな愛の二人旅にしましょう!」

 まっ先に反対の声をあげたのは予想通りカイラシュだった。サヴィトリの手を取り、必要以上にきらきらした瞳で見つめてくる。反対内容の支離滅裂さも予想通りだ。

 サヴィトリは無言でカイラシュの手を払い、意見をうながすようにヴィクラム、ジェイ、ナーレンダを見た。視界の端で構ってもらえなかったカイラシュがしょげているが、あえて見ないふりをする。

「どちらでも好きにするといい。俺は特命に基づき、お前に仇なす者を斬るだけだ」

 ニルニラを鋭く一瞥し、そう答えたのはヴィクラムだ。直接にらまれたわけではないサヴィトリもぞっとするような瞳だった。

「そういえば、ヴィクラムは上からの命令があるから、私について来てくれているんだったな」

 サヴィトリは思い出したように呟く。少しだけ感傷的な言い方になってしまった。
 魔物討伐部隊に所属しているヴィクラムがサヴィトリの護衛の任に就いているのは、軍部を管掌する左丞相の差し金だ。次期タイクーンであるサヴィトリに恩を売り、右丞相陣営をけん制するという腹づもりなのだろう。そこにヴィクラムの意思はない。

「たとえ勅命であっても、俺は意に染まぬことはしない」

 ヴィクラムはサヴィトリの目を見つめてはっきりと宣言する。
 たやすく読まれるほど表情に出ていたのかと思うと、サヴィトリは少し恥ずかしくなった。
 視線を外すと、ちょうどジェイと目が合う。

「んー、俺は賛成。連れていってもいいと思うよ。キツイとこあるけどそんなに悪い奴じゃないし」

 ジェイはへらへら笑い、軽い調子で答えた。

「ニルニラとは知り合いなのか?」
「知り合いっていうか、前に何度か仕事で一緒になったことがあるくらいかな。同じ組合だから」

 以前ジェイに、「にこにこ完殺暗殺者組合」というふざけた名称の団体に所属しているという話を聞いたことがある。業界最大手で、暗殺以外の業務の斡旋もしているらしい。サヴィトリにはその組合のシステムがまったく理解できない。

「それにさ、歳の近い女の子がいたほうが楽しいと思うよ。同性の友達あんまりいないでしょ?」

 言われてみれば、サヴィトリにとって友達と呼べそうなのはジェイくらいのものだった。
 養父のクリシュナがトゥーリ――サヴィトリが暮らしていたハリの森の近くにある大きな町だ――の人間と深く接触するのを好まなかったせいもある。

「友達、かぁ……」

 サヴィトリは言い慣れない単語を口の中で転がす。
 それを見て、なぜかジェイは嬉しそうに笑った。

「ナーレはどう思う?」

 我関せずといった風に、黙々と生クリームまみれのパンを食べていたナーレンダを指でつつく。

「ふん、僕やまわりがなんと言おうと、どうせ君は自分の意見を強引に押し通すタイプだろ」

 ナーレンダは拗ねたように言い、前脚についた生クリームを舐める。

「……でも、僕は一応反対しておく。暗殺者なんて信用にたるわけがない」

 と言ったナーレンダの目線の先にはジェイの姿があった。

「ナーレはジェイのことが嫌いなのか?」

 サヴィトリは率直に尋ねる。気になったことに対して黙っていられない性分だ。空気は基本的に読まない。
 空気を読みすぎる性質のジェイのほうが困った顔をしている。

「ああ、嫌いだね。あいつ、僕がまだハリの森に住んでいた頃、僕のことをロリコン呼ばわりしたんだ」

 ナーレンダは悪びれもせず、むしろ忌々しげに言った。ようするにただの私怨らしい。ナーレンダも空気が読めず、おまけに気遣いができないタイプだ。
 ジェイは明後日の方向をむき、困ったように頬を指でかいている。聞かなかったことにしたいようだ。

(賛成が一人、反対が二人、中立が一人か)

 サヴィトリは顎に手を当て、四人の意見をまとめる。だいたい想像したとおりの答えだった。ジェイの「友達」という発言には少し驚いたが。暗殺者を友達にしようなどと普通は考えない。いや、暗殺者だったジェイをそばに置いている時点ですでに普通ではない。

(じゃあ、なんの問題もないな)

 サヴィトリはうっすらと微笑み、ニルニラにむかって右手を差し出した。

「みんなこんな調子だけど、ニルニラさえよければ一緒に行こう」

「……どうかお考え直しください、サヴィトリ様」

 ニルニラが遠慮がちにサヴィトリの手を取ろうとした時、カイラシュが間に割って入った。サヴィトリの手をぎゅっと両手で握りしめる。

「この女は危険です。……というか、わたくしの意見をガン無視するなんてひどいですサヴィトリ様。あんな風に放置されたらもう、寂しさで胸が張り裂けそうになり、こみあげてくる切なさで思わず身体が震え悶えて理性がパージ――」
「……この中で一番危険なカマ犬に言われたくないのでございまーす」

 ニルニラは傘をくるくるとまわし、冷ややかな視線でカイラシュを刺した。
 カイラシュの表情と声音とが一瞬にして冷える。

「この女、みじん切りにしてもよろしいでしょうかサヴィトリ様」
「ぼ、暴力反対なのでございます!」

 ニルニラは素早くサヴィトリのうしろにまわり込んだ。サヴィトリ越しにカイラシュの様子をうかがう。
 サヴィトリは嘆息し、カイラシュの手を振り払った。

「やめないか、カイラシュ。私の決めたことに文句があるのか?」

 あまり使いたくはない方法だが、カイラシュを抑えるにはこれが一番手っ取り早い。
 サヴィトリが「カイラシュ」と呼ぶと、どういうわけなのかカイラシュは委縮した。どんなに理不尽に思っていても押し黙る。

「……滅相もありません」

 カイラシュは頭を垂れ、一歩下がった。ほんの少しサヴィトリの心が痛む。

「他に、賛否を問わず誰か意見はあるか?」

 サヴィトリは再度全員の顔を見渡す。
 ナーレンダはカエルなので表情が読めない。
 ヴィクラムは興味がなさそうな顔をしていた。
 ジェイはなぜか嬉しそうににたにたしている。
 挙手も意見も、誰からもあがらなかった。

「よし、決定だな。ニルニラを連れて行く」

 サヴィトリは念押しするように宣言し、ニルニラの方をむいた。

「あらためてよろしく、ニルニラ」

 再び手を差し出す。
 ニルニラは仕方なさそうにサヴィトリの手を握った。
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