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紫苑の章

6 剣士としての死

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 中央広場までの道を塞いでいたのは、体高五メートルほどの棘で出来た竜だった。四肢と胴が太く頑強で、適当に走りまわるだけでも町一つ壊滅させられそうなほどだ。背から小さな羽が生えているが巨体を浮かせるにはあまりにも小さい。人間など簡単に吹き飛ばすであろう太く長い尻尾は鞭のようにしなやかにうごめいている。
 左目には剣が深々と突き刺さっており、周囲が黒くぐずぐずと腐っている。腐っているのは瘴気を付帯させた武器の効果だろう。
 残った右目には強い怨嗟が見てとれる。

 棘竜と対峙しているのは、アレックスただ一人だった。全身傷だらけで武器もなしに向かい合っている。
 どの傷も動きを阻害するほどのものではないが着実に体力が削られていっている。
 アレックスの周囲には幾名もの兵が倒れていた。気絶しているか傷を負って動けないだけのようだ。だが棘竜に暴れられてはひとたまりもない。

「わかりやすく苦戦しとるのう」

 先頭を走っていたドゥルグが更に加速した。
 背丈よりも巨大な剣を担いでいるとは思えない俊敏さだ。

「ドゥルグさん!」

「こやつはワシに任せて日傘のお嬢ちゃんと一緒に棘の魔女の所に行くんじゃ!」

 ドゥルグは走る勢いそのままに、鞘から大剣を抜き放った。
 棘竜とにらみ合っていたアレックスを踏み台にして高く跳躍し、大上段から竜の頭めがけて大剣を振り下ろす。
 岩すらたやすく両断する強烈な斬撃は、幾重にも編まれた棘の腕によってあっさりと弾かれた。

 ドゥルグは、ほ、と短く感嘆の息を漏らすと、身体をひねって宙で体勢を立て直した。
 追撃してきた木の幹ほどの太さの尾撃を大剣で受け止める。

 尾と大剣とが接触した瞬間、肌がひりつくほどの風圧が生まれた。
 近くにいたアレックスはあおりを受けてもろに体勢を崩している。
 ドゥルグがどれほどの圧を受け止めたのか想像するだけで身震いがする。

「アレックス・リード、おぬしも殿下について行け」

 ドゥルグは予備の剣をアレックスに投げ渡した。
 視線は棘竜にむけたままで。

「それと、お節介ついでにもう一つ。何があっても自分の剣は手放すな。剣士としての死と同義ぞ」

 ドゥルグの声は低く鋭く、喉元に刃を向けられたような気さえする。

(ドゥルグさんなら任せて大丈夫だろう……が、あいつの図体がでかすぎて通れないな)

 サヴィトリは隙を見て大路を駆け抜けようとするがどうしても棘竜が邪魔だった。特にぶんぶんと威嚇するように振り回している尻尾が厄介だ。
 協力して倒してしまったほうが早いだろうか。

「やっとここまで来たのでございますね」

 突如、どこからかニルニラが湧いて出てきた。
 どこも怪我をしている様子はない。

「ニルニラ! 大丈夫? 今までどこに?」

「あのバカでかドラゴンが邪魔でございますから、以前に下見に来た時の侵入経路が使えるかと思ってごそごそしていたのでございます。それにしても、もっとも層が厚い隊だから安全かと思ってついてきたのでございますが獅子の群れでも頭が羊じゃ全然ダメなのでございます」

(みんなアレックスに対して辛辣だな……)

 一番最初に叩きのめしたのはサヴィトリだが、ここまで不遇な扱いをされているところを見ると同情を禁じえない。

「その侵入経路は使えそうなのか?」
「当然でございます。あたしはとても有能でございますから」

 ニルニラはいかにも自慢たっぷりな顔をする。

「じゃあさっさとその道からリュミドラの所に行ってぶちのめそう」
「身も蓋もない言い方をしないでほしいのでございます。もっと褒めてくれてもいいと思うのでございます」

 ニルニラは頬をめいっぱい膨らませ、イライラと日傘をまわす。
 よくこの目立つ格好で潜入したり、隊にまぎれていられたものだ。

「ニルニラちゃんすごい最高天才可愛い! ……これでいい?」
「語彙がひどいのでございます」
「本当に感謝しているよ。ニルニラがいなければ前のときにリュミドラに殺されていたかもしれないし。今回だって、ニルニラの力があるからこそ私の手で決着がつけられる。ありがとう」
「……そんなに真面目に言われると照れるのでございます」

 顔を赤くしたニルニラはサヴィトリに背をむけた。日傘が高速で回転している。

「申し訳ありません、殿下。俺が単独で突っ走ったばかりに……」

 すっかり心が折れてしまったらしいアレックスはサヴィトリと目も合わせようとしない。
 それだけでなく、せっかくドゥルグから渡された剣を引きずってしまっている。

 サヴィトリは言葉をかけず、アレックスの横っ面を思いきり殴り飛ばした。考えるよりも先に手が出てしまっていた。よくない癖だとはわかっているがなかなか治せない。
 アレックスの身体は簡単に地面に倒れこむ。

「……一応、放さなかったんだな」

 アレックスの右手には、ドゥルグの剣がきつく握りしめられている。
 サヴィトリはアレックスに左手を差し伸べた。

「いきなり殴りつけてすまなかった。私に謝罪などする必要はない。私もよく一人で突っこんで怒られている方だしね。ドゥルグさんは次代を担う若者を育てるために皆を連れてきたと言っていた。あなたもその一人なのだろう。ならばドゥルグさんの期待に応えられるようにするべきだろう。それに、親衛隊はタイクーンによって選ばれるものなのだろう。タイクーンを……父を、失望させるようなことだけはしないでほしい」
「サヴィトリ、殿下……!」

「サヴィトリ様に触れるなどおこがましい。身のほどをわきまえなさい、アレックス・リード」

 サヴィトリの手を取ろうとしたアレックスの手をカイラシュが横からつかんでひねり上げた。何かがみしみしと音を立てている。

「ぎゃああああっ! てめっ……ふざけんなよ!」
「全員一致の足手まとい風情が。せめて功をあげてから意見することです。――それにしても、ああっ、サヴィトリにシンプルに殴られるなんて羨ましい!」

 身悶えしているカイラシュを無視し、サヴィトリはニルニラの背中を全力で押した。
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