Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-

甘酒

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空色の章

2 鏡写し

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 サヴィトリは希釈した泉の水を景気よく全部ナーレンダにぶっかけた。

「うわっ! つめたっ!?」

 当然、水をかけられたナーレンダは目を覚ます。
 カエルへと変じた時と同様に、ナーレンダの身体が光に包まれ、人の姿へと戻っていく。
 解呪の泉の水は他者に害する呪いだけではなく、術全般に対して効果があるようだ。

(使い方によっては相当便利だな、これ)

 術によって発生させた炎や氷などにも効果があれば術士を封殺できる。
 からになったバルブアトマイザーを手のひらで転がしながら、泉の水を使った戦略を考えていると、サヴィトリの脳天に鋭い衝撃が走った。視界に白い星がちかちかと舞う。
 うっかりナーレンダのことを忘れていた。本当に健忘症かもしれない。

「どうしてくれんのさ、これ」

 しっとり濡れたナーレンダの額に、くっきり青筋が浮かんでいる。寝ているところに冷や水をかけられたのだから怒るのは当然だ。

「とりあえず、ふいたら? 風邪引くよ」
「誰のせいだと思ってるんだ、誰の!」
「水をかけた私のせい。はい、タオル」
「……君が何をしたいのか理解に苦しむね」

 ナーレンダは奪うようにタオルを受け取り、乱暴に頭をふいた。

「だって、一人で寝るのは寒いから」
「普段は全裸で寝てるくせに」
「意外と全裸のほうが温かいし寝やすいんだよ。今この状況で脱いでいいなら脱ぐけれど」
「絶対にやめなさい」
「じゃあ普通に一緒に寝よう」

 サヴィトリは抱擁を求めるように両手を広げる。

「馬鹿、気軽に一緒に寝ようとか言わないでよ……。同じ屋根の下にはタイクーンがいるんだ。たとえそういう雰囲気になったとしても、君には手を出せない。人として、絶対に」
「ということは、さくっと死にぞこないにとどめを刺してくれば問題ないわけだ」
「父親の永眠と引き換えに自分の睡眠を確保してどうすんのさ!」
「ナーレがぐだぐだわがまま言うから」
「僕に罪をなすりつけるんじゃあない!」

 大声で怒鳴りつけたあと、ナーレンダは急に肩を大きく落とした。

「棘の魔女を倒したら、ちゃんと雰囲気のある場所でゆっくりと、っていう僕のプランを揺るがせないでよ」
「そんなこと考えてたの? 意外とロマンチスト? 妄想乙女?」
「うるさいな! とにかく、僕は天地神明に誓って、今夜は絶対に君に手を出さない。おやすみ!」

 ナーレンダはサヴィトリに背をむけて横になり、きつく目蓋を閉じてしまった。
 落としどころを見失ってしまったサヴィトリは、ナーレンダの背中を指でつついた。なんの反応もしてくれない。

 このまま引き下がるのはなんとなく癪に障る。
 深い理由はない。

 氷塊を頭に叩きつければさすがに起きるだろうが、リュミドラと戦う前に終わりのない不毛な争いが始まってしまう。

(……でも、あんまり不機嫌にさせてもあとが面倒かな。結構根に持つタイプだし)

 サヴィトリはさくっと思考を切り替え、おとなしく寝てしまうことにした。
 なにも今日が人類最後の日というわけでもない。いつ迎えに来てくれるかわからない人を待っていた日々でもない。

「うるさくしてごめんなさい。おやすみ、ナーレ」

 サヴィトリはナーレンダの背中にむかって小さく頭を下げ、静かに横になった。
 数秒迷ってから、ナーレンダの身体に手を伸ばした。触れられる距離にいるなら、やはり少しだけでいいから触れていたい。

「ぅわっ!」

 サヴィトリの指がナーレンダの腹部あたりに触れた時、短い悲鳴があがった。びくっとナーレンダの身体が大きく震える。
 サヴィトリは確認のために、ナーレンダの脇腹をくすぐった。ナーレンダは詰まったような声を漏らし、ベッドが軋むほど身をよじらせる。

「このっ……一回目はともかく、二回目はどういうつもりなのさ!」
「いや、もしかしてだけれど、ナーレも首と脇腹が弱いのかなぁと」

 ちょっと面白くなってきてしまったサヴィトリは、ナーレンダに抱きつき首にくちづけた。

「っ! さっきの殊勝な態度はどこにいった!? 寝るんじゃなかったのか! ひとまず離れなさい!」

 ナーレンダは顔を真っ赤にしてわめき散らす。
 言動から余裕がないのが見て取れる。

「『弱点がわかってるのにそれを攻めないなんて非効率』って言ったのはナーレだよ」
「そもそも今は攻める時じゃあないだろう!」
「まぁ、本当はおとなしく寝るつもりだったけれど、ナーレの反応が意外と楽しいから」

 サヴィトリはからっと明るく笑い、爪の先をナーレンダの首筋に這わせた。
 あまり目立たない喉仏が上下になまめかしく動く。肌の白さと相まって妙にそそられ、サヴィトリは唇ではさむように喉にくちづけた。

「……んっ……大人をからかうと、あとで死ぬほど、後悔、すると思うけど?」

 ナーレンダはうめきを抑えこみ、不敵に微笑んでみせた。
 が、同時に脇腹の方も攻めるとあっけなく陥落した。
 自分もこれくらいされるがままだったのかと思うと、恥ずかしさがよみがえってくる。どうしてよりによって性感帯が同調してしまったのか。

「少なくとも今日は、天地神明に誓って、ナーレは絶対に手を出さないんでしょう? 明日以降のことは明日考えるよ」

 サヴィトリはナーレンダの手を握って押さえ込んだ。

「ナーレが私に何したか、教えてあげる」

 ナーレンダにされたことは、まだサヴィトリの肌の上に残っている。
 ナーレンダの薄い耳たぶを唇で咥えるようにくちづけた。そこからたどるように首筋を舐め、時折跡を残すように吸い上げる。

「……っく……ばっ……か……やめな、さ、いっ……って……!」

 ナーレンダはうまく力が入らないのか、サヴィトリを押し返せない。
 
「ナーレはやめてくれなかった」

 サヴィトリはナーレンダを見下ろした。
 頬を赤く染め呼吸を乱した顔を見ると、なんだか妙な気分になってくる。もっと喘ぐ姿が見たい、弱らせたいと加虐心が鎌首をもたげた。

「君は……僕のこと、生殺しにでも、するつもりなわけ……?」

 ナーレンダはこの世の終わりのような悲惨な顔をし、自分の髪を乱雑に握った。

「生殺し?」

 サヴィトリは首をかしげておうむ返しに尋ねる。
 ナーレンダの反応を面白がることがなぜ、死ぬ寸前まで痛めつけることにつながるのか。

「……他意のない子供は本当に性質が悪いよ」

 うんざりだとでも言いたげに、ナーレンダは大きなため息をついた。

「……ナーレにとって、私は子供?」

 無意味な問いかけだ。
 赤子の時から育ててもらったし、年も十以上離れている。ナーレンダが子供扱いをするのは当然のことなのかもしれない。ナーレンダに対して甘えてしまっているという自覚もある。
 だが子供扱いされるたび、決して埋められない差を見せつけられているようで、心に小さな棘が刺さった。もっと振る舞い方を考える必要があるのかもしれない。

「子供じゃないけど子供で、子供だけど子供じゃないから、困ってるんだよ」

 ナーレンダはきつくサヴィトリを抱きすくめた。

「よく、わからないよ」
「今日はもう、このままおとなしく寝なさいってこと。安易に君を部屋に入れた時点で過失があった。結果的に煽ったりもしたわけだし、僕も悪かったよ」

 ナーレンダは勝手に一人で自己完結してしまった。
 サヴィトリには理解しきれない。

「私、部屋に戻ったほうがいい?」

 急に不安になり、サヴィトリはうかがうようにナーレンダの顔を見た。
 ナーレンダの一挙一動くらいで、こんなにも心が揺れるなんてどうかしている。

「僕はさっき、『このままおとなしく寝なさい』って言ったんだ。二度も同じこと言わせないでよ」

 ナーレンダは不機嫌な顔をし、サヴィトリの頭を自分の身体に押しつけた。

「一緒に寝てくれるの?」
「まぁ、カイラシュとかの所に行かれても困るからね」
「ナーレ以外とは寝ないよ」
「当たり前だ!」
「そんなにムキにならなくても。変なナーレ」

 サヴィトリは小さく笑い、目蓋を閉じた。
 ナーレンダの身体は温かく、すぐに眠くなる。

「おやすみ」

 囁きが聞こえ、サヴィトリの頬に柔らかいものが触れる。

「おやすみ」

 サヴィトリも同じことをナーレンダに仕返し、何か言われる前に寝たふりを決めこんだ。
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