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第七章 反撃の狼煙
7-6 続・作戦会議
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作戦会議がおこなわれていたはずの場所では、禍々しい謎の儀式が執り行われていた。
数メートルもの巨大な大鍋のようなものが中央にででんと鎮座し火にかけられている。毒々しい紫色の煙が上がり、様々なスパイスを手あたり次第ぶち込んだような異臭がした。
「あ、サヴィトリちゃんおかえりー」
ペダは土で出来た三、四メートルほどの人型の物体を操り、丸太でぐつぐつと煮えたぎる大鍋の中身をかき混ぜさせている。
壺から奇怪なうめき声のようなものが聞こえてきている、ような気がする。
「ちなみにこの子はゴーレムのメルちゃん。よろしくね」
ペダが紹介すると、大きな泥人形――ゴーレムのメルちゃんは「ごっ」という謎の音を立てた。挨拶のようなものだろうか。
「うふふふふふふ、イイ感じに煮溶けてきましたわぁ。もっと火力を上げたらさぞ――っと、おかえりなさいサヴィトリさん」
眼鏡を怪しく光らせ、ル・フェイも大鍋の中身を風の術を使って器用に攪拌している。
術法院の二人が関わっているということは、やはり比喩ではなく呪術的な何かをおこなっているのだろう。そっとしておく方が賢明だ。
サヴィトリがあたりを見回すと、ヴィクラムとアレックス、アイゼン、それとカイラシュの姿がなかった。
「ラムちゃんとアレックス君には扱いやすく加工した瘴気にどれくらい効果があるか試しに行ってもらってるよー。羅刹に捕えてもらっておいた棘の魔女の魔物を使ってね」
サヴィトリの疑問に答えるようにペダが言った。あまりにさらっとした言動に聞き流しそうになるが、この短時間で扱いやすく瘴気を加工したとは、さらにペダの力の底が見えない。
「あとカイラシュ君はちょっとうるさかったから術でちょちょっとやって底なし沼で泳がせてる」
「……底なし沼?」
ペダが指さす方向に視線をみると、地面が直径一メートルの範囲だけぬかるんでいるように見えた。そのぬかるみの中央から人間の手とおぼしきものが生えている。もしかしなくてもあの手がカイラシュなのだろう。
サヴィトリは軽い頭痛を覚えた。ペダへの評価を改めなければならない。
「イェル術士長とサヴィトリさんの跡をつけるんだって言ってどうしても聞かなかったので仕方のない処置ですわ。だってカイラシュ補佐官を行かせない方が絶対面白いですもの。実際面白かったですし」
ル・フェイは何よりも面白さを優先させるタイプのようだ。術法院は研究おたくの変人集団と揶揄されるだけあって、なかなか個性的な人が多く所属している。
「さすがにそろそろ助けてあげないと可哀そうだね。メルちゃん、カイラシュ君を引き上げて」
メルちゃんは「ごっ」と返事をし、沼から生えている手をつかんだ。そのまま力いっぱい垂直に引き上げる。
「環境破壊も良くないから元にもーどそっと」
ペダは両手を三回軽く打ち鳴らした。するとぬかるみがすぐさま変色していき、物の数秒で乾いた地面へと戻る。ゴーレムの使役と地形変質を同時に易々とおこなうなど、さすが術法院の導師だけあって規格外だ。ナーレンダの火術の威力と精密操作性もたいがいだが。
メルちゃんはつかんでいた手を放し、カイラシュだと思われる泥の塊がぼとりと地面に落下する。
「……カイ? 大丈夫」
サヴィトリは手が汚れるので、そこらへんに落ちていた木の枝で泥の塊をつついた。
「……身を清めてまいります。いつまでもこのような見苦しい姿をお見せするわけにはいきません」
カイラシュは顔についた泥を手でぬぐいながら、疲労のにじむ声で答えた。ふらふらとどこかへと向かっていく。さすがに可哀そうだった。サヴィトリ自身、これ以上にひどい仕打ちをカイラシュにしているが。
カイラシュの背を見送っていると、木にもたれかかって座っているナーレンダの姿を視界の端にとらえた。額には包帯が巻かれており、心ここにあらずといった顔をしている。
「な、ナーレ!?」
心づもりのないまま、サヴィトリはナーレンダの名前を口にしてしまった。反射的に口元を押さえたので余計に印象が悪かっただろう。
「何さ、人を化け物みたいに」
ナーレンダは不機嫌さを隠そうともしない。顔をしかめた拍子に痛んだのか、頭を押さえて眉をひそめた。
「いや、その、頭大丈夫?」
「語弊のある言い方しないでよ。まだ若干ずきずきするけど、血は止まったし。どうしてこんな怪我なんかしたんだか」
ナーレンダは心当たりなどまったくないというような態度をとっている。自分で思いっきり地面に叩きつけていたとは思えない言い草だ。
「物理的衝撃と精神的負荷により直近の記憶がないそうですわ。あーん、もう全然つまんなーい!」
サヴィトリが戸惑っていると、ル・フェイが状況を教えてくれた。
「……覚えてない!?」
「なんでこんなことになってるのか、誰に聞いてもみんなにやにや気持ち悪く笑うだけで教えてくれないんだ。まったく、悪趣味で嫌になるね」
「えぇ……?」
残念なようなありがたいような腹が立つような、とにかく複雑な感情がサヴィトリの中で渦巻く。
ナーレンダが嘘をついている様子はない。サヴィトリと同じで嘘をつくのが下手だ。肌の色素が薄いせいもあり、顔色の変化が顕著で嘘をついてもすぐばれる。
「図らずも先延ばしにできて良かったのでございます。ね、サヴィトリ」
ニルニラがサヴィトリの頬をつついた。ぐりぐりとえぐるように指を押しつける。
今日は嫌というほど色んな人のにやつく顔を見た。第三者から見てそんなに面白いものなのかとサヴィトリは不思議で仕方がない。
「さて。リスおじさん! 砦をざっと調べた結果、例の件は可能なのでございます。そちらはいかがでございますか?」
報告にしてはずいぶんぼかしたことをニルニラは言う。
「んー、確かめに行ったラムちゃんとアレックス君は戻ってこないけど大丈夫だと思う。量産化できるかだけ心配だっだんだけど、見た感じ際限なく取れそうだし。棘と魔物を突破する目途がついたからニルニラちゃん主軸のプランで行けそう」
ペダは大鍋を見ながらにっこりと笑った。
サヴィトリはまったく要領を得ない。
「アイゼン君をゆっくりたっぷりじっくり煮込んで、彼の身体から瘴気を抽出してるんだよ。このあと、更にぐつぐつ煮詰めて、武器に取り付けたりできるように加工するんだー」
つまり、アイゼンはあの大鍋の中で現在進行形で煮込まれている、ということになる。
「本当はこんな手荒な真似しなくてもいいんだけどこれが一番簡単だし、女の子にひどいことをする子は許しません」
サヴィトリにはペダの人格が本格的にわからなくなってきた。聖人かと思えば変人で苛烈。
アイゼンには浅からぬ恨みがあるため同情はしない。
「……離席していたせいなのか、色々ごちゃごちゃして全然理解が追いつかないな」
サヴィトリは軽く頭痛を覚えた。そもそも何をしにここに来たかすら忘れてしまいそうだ。
「しっかりしてくださいなのでございます。さっさとあのボンレスハム倒してスイーツ食べ歩きに行くのでございますから。そのための秘策がこのニルニラちゃんにあるのでございます」
ニルニラが腰に手を当て自信たっぷりにふんぞり返った。
「へーすごいねー」
サヴィトリは力のない拍手を送った。
「本当なのでございます!」
ニルニラは頬を膨らませ、紙を取り出すと地面に広げた。ヴァルナ砦の簡略図のようだ。
サヴィトリ以外に、ナーレンダ、ドゥルグ、ヨイチがそれを覗き込む。
「作戦はいたって単純。砦にある四方の門のうち、南と東西の三方向に部隊を展開。東西の部隊は陽動にあたり、できる限り魔物を引きつける。その間に主力部隊が砦の中枢、中央広場まで肉薄。その主力部隊から三人を選出して、棘の魔女の打倒に当たらせる――以上でございます」
本当に至極単純な作戦だった。これのどこが秘策なのか。
「ふむ。仮に主力部隊が棘の魔女の所に行けたとして、先の戦いのときのように物量で押されるのはないかな」
ドゥルグは顎を撫で、地図中央に描かれたボンレスハムの絵――おそらくリュミドラなのだろう――をとんとんと指で叩いた。
「横槍が入らないようにボンレスハムの周囲を結界で覆ってしまえばいいのでございます」
ニルニラはペンでボンレスハムを四角く囲った。
「直接ボンレスハムと戦う方以外には魔物の掃討の他に、こちらの結界の要石をできる限り棘の魔女がいる中央広場に近い位置に設置して、死守していただきたいのでございます」
言いながら、ニルニラはどこからか子供の握りこぶしくらいの大きさの石を三つ取り出した。いびつな球体で、紋様のようなものが彫られている。ボンレスハムを取り囲むように三つの石を地図の上に配置した。
「結界に要石、ねえ」
ナーレンダが石をひとつ手に取って様々な角度から眺める。
ナーレンダは基本的にオタク気質だ。結界という自分の専門外の術に興味があるのだろう。
「あと実は容量の問題があるのでございますが、ボンレスハムとは最大でも三人で戦っていただかなければならないのでございます」
「容量っていうのは、どういうことだ?」
「あたしの張れる結界の容量なのでございます。棘の魔女の体積がもっと少なければ融通がきくのでございますが」
「とんだわがままボディだな」
「わたくしにとってサヴィトリ様のお身体も充分わがままボディです!!!!」
泥を落として戻ってきたカイラシュがさっそく会話に乱入してきた。
殴られたくてうずうずしていたカイラシュを望みどおり殴り倒し、サヴィトリは話を続ける。
「ニルニラの能力って、無闇に傘振りまわすのとやたら強い目力だけだと思ってた」
「あんたさんに対しても王都で一回結界張ったのでございます! ……失敗したのでございますが。ともかく、あれの類似術で外界からの干渉を完全に遮断するのでございます。戦闘範囲も制限できますので、ある程度棘の動きも抑制できるはずなのでございます」
サヴィトリは王都での記憶を振り返ってみる。……そんなこともあったかもしれない。カイラシュが外側から物理的にぶち破った、ということのほうが印象深い。
ニルニラの言っていた秘策とはその結界のことなのだろう。
確かに魔物の横槍さえなければ、あの時三人でも勝てた可能性がある……と思うのはうぬぼれだろうか。
「三人というのは、私以外にあと二人、という認識で構わないな?」
サヴィトリは確認するようにそれぞれの顔を見た。
誰も反論はしてこない。
「人選はあんたさんに任せるのでございます。それ以外の人達には、外側から全力で結界の要石を死守していただくのでございます。内側からは簡単に壊れないのですが、要石に少しでもヒビが入ると意外にあっさりいってしまうのでございます」
「つまり、わたくしが選ばれなかった場合、結界をぶち壊して中に入っていい、ということですね」
カイラシュがいると話が進まないので、サヴィトリはペダに頼んでもう一度カイラシュを沼に沈めてもらった。
「あと、注意事項が一点。結界の維持時間は最大で約十分なのでございます。南中の時点で展開し、術式構成その他諸々の問題で、そこからおよそ十分程度しか維持できないのでございます」
「つまり南中までに広場にたどり着き、十分以内にリュミドラをボコらないといけないわけか。……っていうか南中って何?」
「太陽がちょうど真南に来ることだよ。正確な時間はあとで割り出すけどおおむね正午前後だと思えばいい」
そんなことも知らないの? と馬鹿にされるかと思ったがナーレンダはわかりやすく説明してくれた。
「しかし、外部からの干渉を遮断する結界なんて、うちの馬鹿師匠以外では理論上でしか聞いたことがない。お前、何者なわけ?」
ナーレンダは要石とニルニラをうろんげに見つめる。
師匠――クリシュナ以外ということは全人類が不可能であると同義だ。
「ただの雇われガイドでございます」
ニルニラは涼しげに笑い、傘をくるりとまわした。
「善は急げ――って言いたいところだけど、瘴気の練成とか伝達とか諸々色々準備があるからー、ヴァルナ砦にむけて出兵するのは明後日ね」
大鍋に怪しげな物を投入しながらペダが片手間に言った。
(本当に怒涛の勢いで決めちゃったけど、いいのかな、これで)
サヴィトリとしては複雑で緻密な作戦よりはこういった単純なほうが好みだが、他にも数多の兵がいる。納得させられるだろうか。
眉間に皺を寄せていると、不意にぽんと頭を撫でられた。
ドゥルグだ。
「いつもワシら羅刹の作戦は『全力突撃』。それに比べればたいしたもんじゃ。作戦に多少の遊びがあったほうがいざという時、動きやすいしの。お嬢ちゃんにとってはほとんどが初対面、烏合の衆みたいなもんかもしれんがワシらの力を信じてくれんかの?」
ドゥルグは包みこむように穏やかな笑みを浮かべ、サヴィトリに手を差し出した。
サヴィトリは自然と笑顔になり、ドゥルグの大きな手を握り返した。
数メートルもの巨大な大鍋のようなものが中央にででんと鎮座し火にかけられている。毒々しい紫色の煙が上がり、様々なスパイスを手あたり次第ぶち込んだような異臭がした。
「あ、サヴィトリちゃんおかえりー」
ペダは土で出来た三、四メートルほどの人型の物体を操り、丸太でぐつぐつと煮えたぎる大鍋の中身をかき混ぜさせている。
壺から奇怪なうめき声のようなものが聞こえてきている、ような気がする。
「ちなみにこの子はゴーレムのメルちゃん。よろしくね」
ペダが紹介すると、大きな泥人形――ゴーレムのメルちゃんは「ごっ」という謎の音を立てた。挨拶のようなものだろうか。
「うふふふふふふ、イイ感じに煮溶けてきましたわぁ。もっと火力を上げたらさぞ――っと、おかえりなさいサヴィトリさん」
眼鏡を怪しく光らせ、ル・フェイも大鍋の中身を風の術を使って器用に攪拌している。
術法院の二人が関わっているということは、やはり比喩ではなく呪術的な何かをおこなっているのだろう。そっとしておく方が賢明だ。
サヴィトリがあたりを見回すと、ヴィクラムとアレックス、アイゼン、それとカイラシュの姿がなかった。
「ラムちゃんとアレックス君には扱いやすく加工した瘴気にどれくらい効果があるか試しに行ってもらってるよー。羅刹に捕えてもらっておいた棘の魔女の魔物を使ってね」
サヴィトリの疑問に答えるようにペダが言った。あまりにさらっとした言動に聞き流しそうになるが、この短時間で扱いやすく瘴気を加工したとは、さらにペダの力の底が見えない。
「あとカイラシュ君はちょっとうるさかったから術でちょちょっとやって底なし沼で泳がせてる」
「……底なし沼?」
ペダが指さす方向に視線をみると、地面が直径一メートルの範囲だけぬかるんでいるように見えた。そのぬかるみの中央から人間の手とおぼしきものが生えている。もしかしなくてもあの手がカイラシュなのだろう。
サヴィトリは軽い頭痛を覚えた。ペダへの評価を改めなければならない。
「イェル術士長とサヴィトリさんの跡をつけるんだって言ってどうしても聞かなかったので仕方のない処置ですわ。だってカイラシュ補佐官を行かせない方が絶対面白いですもの。実際面白かったですし」
ル・フェイは何よりも面白さを優先させるタイプのようだ。術法院は研究おたくの変人集団と揶揄されるだけあって、なかなか個性的な人が多く所属している。
「さすがにそろそろ助けてあげないと可哀そうだね。メルちゃん、カイラシュ君を引き上げて」
メルちゃんは「ごっ」と返事をし、沼から生えている手をつかんだ。そのまま力いっぱい垂直に引き上げる。
「環境破壊も良くないから元にもーどそっと」
ペダは両手を三回軽く打ち鳴らした。するとぬかるみがすぐさま変色していき、物の数秒で乾いた地面へと戻る。ゴーレムの使役と地形変質を同時に易々とおこなうなど、さすが術法院の導師だけあって規格外だ。ナーレンダの火術の威力と精密操作性もたいがいだが。
メルちゃんはつかんでいた手を放し、カイラシュだと思われる泥の塊がぼとりと地面に落下する。
「……カイ? 大丈夫」
サヴィトリは手が汚れるので、そこらへんに落ちていた木の枝で泥の塊をつついた。
「……身を清めてまいります。いつまでもこのような見苦しい姿をお見せするわけにはいきません」
カイラシュは顔についた泥を手でぬぐいながら、疲労のにじむ声で答えた。ふらふらとどこかへと向かっていく。さすがに可哀そうだった。サヴィトリ自身、これ以上にひどい仕打ちをカイラシュにしているが。
カイラシュの背を見送っていると、木にもたれかかって座っているナーレンダの姿を視界の端にとらえた。額には包帯が巻かれており、心ここにあらずといった顔をしている。
「な、ナーレ!?」
心づもりのないまま、サヴィトリはナーレンダの名前を口にしてしまった。反射的に口元を押さえたので余計に印象が悪かっただろう。
「何さ、人を化け物みたいに」
ナーレンダは不機嫌さを隠そうともしない。顔をしかめた拍子に痛んだのか、頭を押さえて眉をひそめた。
「いや、その、頭大丈夫?」
「語弊のある言い方しないでよ。まだ若干ずきずきするけど、血は止まったし。どうしてこんな怪我なんかしたんだか」
ナーレンダは心当たりなどまったくないというような態度をとっている。自分で思いっきり地面に叩きつけていたとは思えない言い草だ。
「物理的衝撃と精神的負荷により直近の記憶がないそうですわ。あーん、もう全然つまんなーい!」
サヴィトリが戸惑っていると、ル・フェイが状況を教えてくれた。
「……覚えてない!?」
「なんでこんなことになってるのか、誰に聞いてもみんなにやにや気持ち悪く笑うだけで教えてくれないんだ。まったく、悪趣味で嫌になるね」
「えぇ……?」
残念なようなありがたいような腹が立つような、とにかく複雑な感情がサヴィトリの中で渦巻く。
ナーレンダが嘘をついている様子はない。サヴィトリと同じで嘘をつくのが下手だ。肌の色素が薄いせいもあり、顔色の変化が顕著で嘘をついてもすぐばれる。
「図らずも先延ばしにできて良かったのでございます。ね、サヴィトリ」
ニルニラがサヴィトリの頬をつついた。ぐりぐりとえぐるように指を押しつける。
今日は嫌というほど色んな人のにやつく顔を見た。第三者から見てそんなに面白いものなのかとサヴィトリは不思議で仕方がない。
「さて。リスおじさん! 砦をざっと調べた結果、例の件は可能なのでございます。そちらはいかがでございますか?」
報告にしてはずいぶんぼかしたことをニルニラは言う。
「んー、確かめに行ったラムちゃんとアレックス君は戻ってこないけど大丈夫だと思う。量産化できるかだけ心配だっだんだけど、見た感じ際限なく取れそうだし。棘と魔物を突破する目途がついたからニルニラちゃん主軸のプランで行けそう」
ペダは大鍋を見ながらにっこりと笑った。
サヴィトリはまったく要領を得ない。
「アイゼン君をゆっくりたっぷりじっくり煮込んで、彼の身体から瘴気を抽出してるんだよ。このあと、更にぐつぐつ煮詰めて、武器に取り付けたりできるように加工するんだー」
つまり、アイゼンはあの大鍋の中で現在進行形で煮込まれている、ということになる。
「本当はこんな手荒な真似しなくてもいいんだけどこれが一番簡単だし、女の子にひどいことをする子は許しません」
サヴィトリにはペダの人格が本格的にわからなくなってきた。聖人かと思えば変人で苛烈。
アイゼンには浅からぬ恨みがあるため同情はしない。
「……離席していたせいなのか、色々ごちゃごちゃして全然理解が追いつかないな」
サヴィトリは軽く頭痛を覚えた。そもそも何をしにここに来たかすら忘れてしまいそうだ。
「しっかりしてくださいなのでございます。さっさとあのボンレスハム倒してスイーツ食べ歩きに行くのでございますから。そのための秘策がこのニルニラちゃんにあるのでございます」
ニルニラが腰に手を当て自信たっぷりにふんぞり返った。
「へーすごいねー」
サヴィトリは力のない拍手を送った。
「本当なのでございます!」
ニルニラは頬を膨らませ、紙を取り出すと地面に広げた。ヴァルナ砦の簡略図のようだ。
サヴィトリ以外に、ナーレンダ、ドゥルグ、ヨイチがそれを覗き込む。
「作戦はいたって単純。砦にある四方の門のうち、南と東西の三方向に部隊を展開。東西の部隊は陽動にあたり、できる限り魔物を引きつける。その間に主力部隊が砦の中枢、中央広場まで肉薄。その主力部隊から三人を選出して、棘の魔女の打倒に当たらせる――以上でございます」
本当に至極単純な作戦だった。これのどこが秘策なのか。
「ふむ。仮に主力部隊が棘の魔女の所に行けたとして、先の戦いのときのように物量で押されるのはないかな」
ドゥルグは顎を撫で、地図中央に描かれたボンレスハムの絵――おそらくリュミドラなのだろう――をとんとんと指で叩いた。
「横槍が入らないようにボンレスハムの周囲を結界で覆ってしまえばいいのでございます」
ニルニラはペンでボンレスハムを四角く囲った。
「直接ボンレスハムと戦う方以外には魔物の掃討の他に、こちらの結界の要石をできる限り棘の魔女がいる中央広場に近い位置に設置して、死守していただきたいのでございます」
言いながら、ニルニラはどこからか子供の握りこぶしくらいの大きさの石を三つ取り出した。いびつな球体で、紋様のようなものが彫られている。ボンレスハムを取り囲むように三つの石を地図の上に配置した。
「結界に要石、ねえ」
ナーレンダが石をひとつ手に取って様々な角度から眺める。
ナーレンダは基本的にオタク気質だ。結界という自分の専門外の術に興味があるのだろう。
「あと実は容量の問題があるのでございますが、ボンレスハムとは最大でも三人で戦っていただかなければならないのでございます」
「容量っていうのは、どういうことだ?」
「あたしの張れる結界の容量なのでございます。棘の魔女の体積がもっと少なければ融通がきくのでございますが」
「とんだわがままボディだな」
「わたくしにとってサヴィトリ様のお身体も充分わがままボディです!!!!」
泥を落として戻ってきたカイラシュがさっそく会話に乱入してきた。
殴られたくてうずうずしていたカイラシュを望みどおり殴り倒し、サヴィトリは話を続ける。
「ニルニラの能力って、無闇に傘振りまわすのとやたら強い目力だけだと思ってた」
「あんたさんに対しても王都で一回結界張ったのでございます! ……失敗したのでございますが。ともかく、あれの類似術で外界からの干渉を完全に遮断するのでございます。戦闘範囲も制限できますので、ある程度棘の動きも抑制できるはずなのでございます」
サヴィトリは王都での記憶を振り返ってみる。……そんなこともあったかもしれない。カイラシュが外側から物理的にぶち破った、ということのほうが印象深い。
ニルニラの言っていた秘策とはその結界のことなのだろう。
確かに魔物の横槍さえなければ、あの時三人でも勝てた可能性がある……と思うのはうぬぼれだろうか。
「三人というのは、私以外にあと二人、という認識で構わないな?」
サヴィトリは確認するようにそれぞれの顔を見た。
誰も反論はしてこない。
「人選はあんたさんに任せるのでございます。それ以外の人達には、外側から全力で結界の要石を死守していただくのでございます。内側からは簡単に壊れないのですが、要石に少しでもヒビが入ると意外にあっさりいってしまうのでございます」
「つまり、わたくしが選ばれなかった場合、結界をぶち壊して中に入っていい、ということですね」
カイラシュがいると話が進まないので、サヴィトリはペダに頼んでもう一度カイラシュを沼に沈めてもらった。
「あと、注意事項が一点。結界の維持時間は最大で約十分なのでございます。南中の時点で展開し、術式構成その他諸々の問題で、そこからおよそ十分程度しか維持できないのでございます」
「つまり南中までに広場にたどり着き、十分以内にリュミドラをボコらないといけないわけか。……っていうか南中って何?」
「太陽がちょうど真南に来ることだよ。正確な時間はあとで割り出すけどおおむね正午前後だと思えばいい」
そんなことも知らないの? と馬鹿にされるかと思ったがナーレンダはわかりやすく説明してくれた。
「しかし、外部からの干渉を遮断する結界なんて、うちの馬鹿師匠以外では理論上でしか聞いたことがない。お前、何者なわけ?」
ナーレンダは要石とニルニラをうろんげに見つめる。
師匠――クリシュナ以外ということは全人類が不可能であると同義だ。
「ただの雇われガイドでございます」
ニルニラは涼しげに笑い、傘をくるりとまわした。
「善は急げ――って言いたいところだけど、瘴気の練成とか伝達とか諸々色々準備があるからー、ヴァルナ砦にむけて出兵するのは明後日ね」
大鍋に怪しげな物を投入しながらペダが片手間に言った。
(本当に怒涛の勢いで決めちゃったけど、いいのかな、これで)
サヴィトリとしては複雑で緻密な作戦よりはこういった単純なほうが好みだが、他にも数多の兵がいる。納得させられるだろうか。
眉間に皺を寄せていると、不意にぽんと頭を撫でられた。
ドゥルグだ。
「いつもワシら羅刹の作戦は『全力突撃』。それに比べればたいしたもんじゃ。作戦に多少の遊びがあったほうがいざという時、動きやすいしの。お嬢ちゃんにとってはほとんどが初対面、烏合の衆みたいなもんかもしれんがワシらの力を信じてくれんかの?」
ドゥルグは包みこむように穏やかな笑みを浮かべ、サヴィトリに手を差し出した。
サヴィトリは自然と笑顔になり、ドゥルグの大きな手を握り返した。
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