Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-

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第七章 反撃の狼煙

7-5 基本的に告白は覗かれるもの

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「作戦会議中にこんなことするなんて、頭が湧いているのでございますか?」

 サヴィトリの視界の端っこでフリルのあしらわれたピンク色の日傘がくるくると回っている。
 考えられる中でもっとも最悪のタイミングで邪魔が入った。いや、もしかすると助けだったのかもしれない。
 サヴィトリに判断力と状況把握力が戻るまでたっぷり十秒かかった。ナーレンダにしてもそれは同じだったらしく、二人同時に飛びのくようにして離れた。
 ニルニラはにっこりと可愛らしい――けれど含みのある笑顔を浮かべ、日傘を回し続けている。

「もう少し時間をおいてから声をかけたほうがよろしかったでございますか?」

 いつから見ていたのか知らないが意地悪な質問だ。なんと答えてもつっこまれるに決まっている。
 ナーレンダは頭を抱えてその場にうずくまっていた。かすかに見える耳が真っ赤になっている。どういう表情をしているか想像がついた。

「しかしド昼間の開放的な屋外、衆人環視の中でお熱いことでございます」

 ニルニラは「衆・人・環・視」の言葉に合わせて指で四方を指し示した。
 それぞれの方向にル・フェイ、ジェイ、ヨイチ、ドゥルグの姿があった。各々茂みや木の影からこっそりと顔を出して覗いている。
 サヴィトリの視線に気づくと、皆一様にニルニラと同じ種類の笑顔を浮かべて出てきた。 

「怒って連れ出したかと思えば『僕にも流されてよ』からのダメ押しの『僕にしなよ』ですって。私も今度言ってみようかしらあ」
「今まで頑なにロリコンを否定してたのに、なんだったら一番激重強火感情を隠し持ってたんじゃないですか。あー、やだやだ大人ってきたない」
「前置き長くてどうなることかと思いましたけど、なかなかどうして、ねえ。うちの五番隊隊長にもがっつくだけじゃなくて焦らすのも大事だって教えないとなあ」
「うひゃひゃひゃひゃひゃ。初いのう良いのう若いのう。しかしヴィクラムが遅れをとるとはな、あやつも素人相手には大したことないのう」

 サヴィトリは両手で顔を覆い隠した。もう誰の顔も見られない。しかし重傷度合いはナーレンダの方が圧倒的に上だろう。ちらりと指一本分だけ手をずらしてナーレンダの方を窺ってみると、一定のペースで地面に頭を打ちつけていた。

「ほほほほほ、嫉妬で一気に火でもついちゃったんですかぁイェル術士長? さんざん僕はロリコンじゃないとか仰ってたくせに今どぉんな気分ですかぁ? アドバンテージに胡坐をかいて、今更慌てて動いたところで間に合うんですかぁ?」

 ル・フェイがさらにナーレンダを煽りにいく。人をイラつかせる声音といい視線の運び方といい、煽りが堂に入っている。
 ナーレンダが頭を打ちつける速度が上がった。額が割れて血みどろになっているだけでなく、精神的にダメージを負ったせいでコンプライアンスに反する顔になっている。
 さすがに見かねたのか、ヨイチとドゥルグが二人がかかりでナーレンダを押しとどめ、そのまま作戦会議をおこなっていた場所まで引きずっていく。

「もてなかった男って距離感の詰め方下手よね。イェル術士長ももう少し時と場所を考えればよかったのに。このタイミングであんなことしたらこの結末にいたることは火を見るよりあきらか、ですのに。余裕ないのね」

 ル・フェイはナーレンダに対してとにかく辛辣だ。恨みでもあるのだろうか。

「あはは、耳が痛いなぁ。でもナーレンダさんって実際もてないんですか? 性格と実年齢はともかくとして、見た目だけは華奢な美少年ってやつじゃないですか」

 ジェイは首をかしげて尋ねた。

「皆さんがどのような印象を抱いているかは存じませんが、術法院では『人間嫌いの天才』で通っているのですわ。術士養成学校時代からの知り合いではありますけれどコミュニケーションを取れるようになるまで何年かかったことか」

 ル・フェイは当時の苦労を思い出したのか、深くため息をついた。
 サヴィトリの知らないナーレンダの顔をル・フェイは知っている。

「やぁんっ、かーわいーい!! すぐ顔に出ちゃうのね」

 ル・フェイは両手を顔の横で組み、全開の笑顔を見せた。普段は落ち着いた印象の美女だが、笑顔になるとがらっと雰囲気が変わる。
 
(なんか変な顔したかな)

 サヴィトリは自分の両頬を控えめに触ってみる。わかったのはまだ熱が残っているということだけだ。ル・フェイには何が見えたのだろう。

「ふふ、それでは先に戻りますわ」

 ル・フェイはちゅっと音を立てて自分の人差し指に口づけ、手首を返してサヴィトリへと投げた。若干リュミドラと通じるものがある。
 充分ル・フェイとの距離が離れてから、サヴィトリは息を吐いた。この短時間で疲れることが起きすぎた。

「ところで、僕に『も』、ということは『僕』の前に『誰』に流されたのでございますか?」

 まだ放っておいてはくれないらしい。
 サヴィトリは嫌そうな顔をしてみるが、ニルニラは涼しげな顔で日傘をくるくる回している。

「はーい、俺俺!」

 ジェイが無意味に元気よく手を挙げた。

「二択でございますわね。クベラ人は手が早い傾向にあるらしいのでございますし」

 トゥーリ人であるジェイは黙殺された。

「俺に対する逆の信頼感がすごい。俺もあのときその場にいたといえばいたんだけどなー……」

 ジェイは地面に座り込み、いじいじと木の枝で地面に絵を描き始めてしまった。

「別にあのときは……カイはいつでもあんな感じだし……」

 サヴィトリの鼻腔に香りがよみがえる。同じ匂いのはずなのに、あの時は甘く思考を絡めとられるように感じた。押し当てられた指の感触もまだ唇に残っている。
 努めて頭の隅に押しやっていたことが連鎖的に次々と思い出され、サヴィトリはうつむいた。他人に見せるべき顔じゃない。

「やはり狂犬補佐官でございますか。それにしてもヴァルナでジュースを飲んでいた時とはえらい違いなのでございます」

 ニルニラは子供にするようによしよしとサヴィトリの頭を撫でた。
 
「……だめだ。今はまずリュミドラを倒すことを考えないと。自分の気の迷いなんかに時間を取られてる場合じゃない」

 サヴィトリは強く頭を振り、自分の頬を両手で二度打ち据える。
 やりすぎた。叩いた手と頬の両方がじんじんと熱を持っている。慌てて両掌を覆うように薄く氷を発生させ、頬に押し付けた。色々なことがうまくいかない。

「そこまで気を張ることもないと思うのでございますが……。ちなみに、間接的に戦力外通告を受けたヘタレのメンタルは大丈夫なのでございます?」

 ニルニラは頬に手を当て、視線だけをジェイに向けた。

「ん、俺?」

 心当たりなどまったくないという顔をしたジェイが自分の顔を指さした。

「あは、俺は最初からそんなに期待してないからねー。俺の作ったご飯をサヴィトリが美味しそうに食べてくれるだけで充分だよ。他のみんなが真似できない唯一の特権でしょ」

 デフォルトのへらへら笑顔で、いつもと同じ軽い声音でジェイは言う。

「それに、何がどう転ぶかなんて最後まで誰にもわかんないし、ね」

 会議長くなりそうだから追加の焼き菓子持ってきまーす、と一方的に言うと、ジェイは軽やかな足取りで消えてしまった。

「本心の見えない男なのでございます。そういうとこ兄弟そっくり」

 ニルニラは日傘の持ち手を強く握りしめた。何か思うところがあるようだ。

「ところで、ニルニラはわざわざ下世話なまで真似だけをしにきたわけではないんだろう?」

 物理的に冷やしたおかげか、サヴィトリの頭も正常な機能を取り戻しつつあった。ささやかな意趣返しとしてわざと嫌味な物言いをする。
 物陰から覗いていた衆人環視の四人は下世話な目的で跡をつけてきたのはあきらかだ。ニルニラは多少事の成り行きを見守ってはいたものの、単純に通りがかって目撃してしまっただけのような気がする。

「当然。リスおじさんに報告に行く途中だったのでございます」

 腰に手を当て、なぜか自信たっぷりにニルニラは言う。

「リス――ああ、ペダさんか。何か頼まれごと?」
「このあたしにしかできない、棘のボンレスハムを打倒するのにとーっても重要で重要かつ重要なことでございます」
「語彙力死んでるの? 大丈夫?」
「数分前まで思考回路がオーバーヒートしてたあんたさんにだけは言われたくないのでございます」

 まだ赤みの残るサヴィトリの頬を、ニルニラは人差し指でぐりぐりとえぐるようにつついた。
 
「そんなわけでございますから、調子が戻ったならさっさとリスおじさんの所に行くのでございます」

 ニルニラはサヴィトリの手を取り、駆け出した。

「……ありがとう、ニルニラ」

 サヴィトリはニルニラの手を握り返した。ニルニラなりに気を使って、サヴィトリが落ち着くまで一緒にいてくれたのだと遅まきながら気付く。

「食べに行きたい苺スイーツならいくらでもあるのでございます。タイクーンになるから忙しくなる、なんて言い訳は聞かないのでございます」

 ニルニラは微笑み、とびきり可愛らしくウインクをしてみせた。

「大丈夫。お礼ってだけじゃなくて、ニルニラと遊びに行きたいからね」

 サヴィトリも微笑み返す。ニルニラがいてくれてよかったと改めて心から思った。
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