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第七章 反撃の狼煙
7-3 ご報告です
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「僕が手伝ってあげましょうか、サヴィトリさん」
停滞した雰囲気に水を差すように、場違いなものが現れた。
羽化したばかりの蝉のように、見る角度によって微妙に色味が変わる透きとおった髪と瞳を持つ人ならざるもの――ヴァルナの蛇神アイゼン。いい加減こいつもリュミドラ並みにしつこい。
「結構です」
数秒前までアレックスと戦っていたはずのカイラシュが、
瞬間移動と呼べるほどの速さで現れ、アイゼンを天高く蹴りあげた。
「蒸発しろ!」
緩やかに落下するアイゼンに、ナーレンダが巨大な火球を放った。
アイゼンの全身が青い炎に包まれる。
「斬る」
低く短く呟き、ヴィクラムは落ちてきた青い火球を鞘から抜き放った一刀で上下均等に断ち割った。
「……俺の出番がなかった」
鎖鎌を構えていたジェイはがっくりと肩を落とし、いじけたように鎌で地面をほじくり返す。
「せっかく、決死の思いで初めてヴァルナから出てきたのに……」
地面に倒れ伏したアイゼンの涙が、大地を湿らせる。
あれだけの攻撃を食らってもまだ生きているとは、もはや脱皮だけでは説明がつかないような気がする。
「帰れ。二度と来るな。目の前にも現れるな。泉の底に一生沈んでろ」
サヴィトリは指輪にくちづけ、出来うる限り氷の矢を連射した。
かかわるとロクなことがない。リュミドラ並みの疫病神だ。
「お師匠! いくらなんでもあんまりじゃないっすか!」
いつの間にか勝手に弟子になり口調も後輩調になったアレックスが、アイゼンの前に立つ。
面倒なので一緒に射ることにした。
「ぎゃああああっ! ――はっ、まさかこれは修行!? わかりましたお師匠! すべてよけきってみせまっす!」
アレックスの修行は一矢で終了した。できればそのまま三日ほど寝込んでいてほしい。
「まぁまぁサヴィトリちゃん、誰だか知らないけど話くらいは聞いてあげてもいいんじゃないかなー?」
ペダがそっとサヴィトリの肩を叩く。
他の者ならともかく、ペダの提案は無下にしづらい。サヴィトリは仕方なく氷弓を納めた。
「こんにちは、君は誰なのか教えてくれるかな?」
「……アイゼン、です。ヴァルナの守り神をしています」
躊躇いがちにではあったが、アイゼンは自らの素性を口にした。
「へー、神様なんだー。すごいねぇ。ちなみに自己紹介が遅れたけど、私はペダ・キリーク。クベラのそこそこ偉い人。それで、アイゼン君は何を手伝ってくれるの?」
サヴィトリにはペダの腹づもりが読めない。
有用であればリュミドラ攻略を手伝わせようというのだろうか。
「その……サヴィトリさん達には今まで大変ご迷惑をおかけしたので、ちゃんと謝罪をしてきた方がいいよーって言われたっていうか、それで罪滅ぼし的な感じで僕の水の力が役に立つんじゃないかなーとか思ったりなんかして」
アイゼンは左右の人差し指をつんつんと合わせながら、ごにょごにょもごもごとまどろっこしい喋り方をする。何が言いたいのかいまいち伝わってこない。
「うんうん、アイゼン君はお水を扱うのが上手なんだね。焦らなくても大丈夫。ゆっくり、ひとつひとつ伝えたいことを言葉にしていこう」
聖人かと思うほどペダは優しく対応する。
「ちょっと前から話立ち聞きしてたんですけど、植物が相手なら僕の力でどうにかなるかなーと思って」
言いながら、アイゼンは近くにある最も大きな木に近付いた。そっと幹に手を当てる。
「気の遠くなるほどずっと昔、ヴァルナは毒と瘴気にあふれた不毛の地でした。そのヴァルナを浄化するためにはじまりの泉から生まれたのが僕達。毒と瘴気を内に溜め込む器」
アイゼンの手から水がしたたり、幹を濡らし、地面に雫がこぼれる。
次の瞬間、木全体がひしゃげた。少なくともサヴィトリにはそう見えた。
青々と茂っていた葉がぐずぐずに腐る。むこうが透けて見えるほどすかすかになった幹は自重に耐えきれず、半ばでぽきりと折れる。折れた部分が地面に着くよりも早く、焦げ茶色の粉末と化す。
木のあった場所に、こんもりとした茶色い小山ができあがった。
「どうやら植物に対して影響のある毒らしくて、ちょっと放出してやるだけでこうなります」
説明するアイゼンの顔は、少し悲しそうに見えた。
「わぁ、すごいねぇ! この茶色い土みたいのに毒性はないの?」
面白いおもちゃを目の前にした子供のようにペダは目を輝かせる。
「植物に浸透させると性質が変わるみたいで、数分ほど日光にさらすと無毒化し、最終的にただの腐葉土になります」
(毒をどうにかする方法を知っているのに、どうしてずっと自分の中に溜めておいたままにするんだろう?)
サヴィトリは首をかしげる。
とはいえ、ちょっとの放出で巨木をすべて腐らせるほどだ。全部放出したら大陸中の植物が消失してしまうのかもしれない。
「本当は二十年周期で代替わりし、ヴァルナの奥地に生えているご神木に瘴気を捧げに行くんです」
サヴィトリの疑問に答えるようにアイゼンは言う。
「ご神木の一部が腐って腐葉土になり、土に栄養を与えます。これを何代も何代もずーっと繰り返して、ここ百年くらいでヴァルナにも普通の植物が生えるようになってきたんですよ」
アイゼンは誇らしげな顔をしている。
「……で、どうして急に手伝う気になったってわけ?」
右手で青い炎を遊ばせながら、低いトーンでナーレンダが尋ねた。
アイゼンの返答次第で即座に燃やす気に満ちあふれている。
「だ、だからぁ、お詫びですよ今までのお詫び! 焦ってたからとはいえ悪いことしたなーと思ってるし、それに愛しのユーリスちゃんが『誠心誠意許してくれるまで謝った方が良いよ!』って言ってたし……」
「愛しのユーリス?」
アイゼンの口から思いがけない人物の名前が飛び出し、サヴィトリは反射的にアイゼンに詰め寄った。
「ユーリスに何かしたのか!」
「ちょっ! 誤解しないでください! 僕が行き倒れているところで運命の出会いをしたんです! その時に彼女が恵んでくれたパインアップルソーダが愛の始まりの味なんです!」
「カイみたいにわけのわからないことを言うな! はじまりの泉に落として記憶を奪い、都合よく言いくるめたんじゃないだろうな!」
「話が分かる人にはそんなことしませんって! ちゃんと証拠もあります!」
アイゼンはごそごそと服の中をあさり、折りたたまれた一枚の紙を取り出した。紙を丁寧に広げてサヴィトリの眼前に突きつける。
その紙には、
【ご報告です】
私達、結婚します。
クーポン券をつけておくので、ヴァルナ村に寄った際はまたいらしてください。
という簡潔明快な文章とアイゼンとユーリスの連名・押印があった。「ドリンク全品50%オフ」と「トッピング二品無料」という手書きのクーポンもある。少なくともユーリスは記憶を失ってはいないようだ。
「そういうわけで、サヴィトリさんみたいな暴力系暴力にはもう微塵も興味ないです。ユーリスちゃんの方が優しいし可愛いしえっちだし」
さすが蛇だけあって精神的にも変わり身が早い。
自分の言われようにサヴィトリは腹が立ったが、実際ほぼ暴力しか振るっていないので反論できなかった。
「サヴィトリ様の方が百億倍可愛いしえっちです!!!!!!!!」
必要のない反論がカイラシュの口から飛び出す。このテンションのカイラシュの言葉が有用だったことは一度もない。
ナーレンダの手のひらの上で遊んでいた火の玉がカイラシュに炸裂する。ナーレンダはカイラシュキラーとして本当に優秀だ。
「サヴィトリ、ちょっと個人的に聞きたいことがあるんだけど」
燃え盛るカイラシュには目もくれず、サヴィトリに声をかけた。
いたって普通の声のトーンだったが、わずかにぴりっとした何かが感じられ、サヴィトリは息を呑んだ。
「すみません、ペダ様。少し外します」
ペダに向かって頭を下げると、返答も聞かずにナーレンダはサヴィトリの手を取った。引っ張るようにしてサヴィトリを連れ出す。
「ここじゃダメなの?」
「ダメ」
間髪入れずに否定され、サヴィトリはしぶしぶ誘われるままについていった。
停滞した雰囲気に水を差すように、場違いなものが現れた。
羽化したばかりの蝉のように、見る角度によって微妙に色味が変わる透きとおった髪と瞳を持つ人ならざるもの――ヴァルナの蛇神アイゼン。いい加減こいつもリュミドラ並みにしつこい。
「結構です」
数秒前までアレックスと戦っていたはずのカイラシュが、
瞬間移動と呼べるほどの速さで現れ、アイゼンを天高く蹴りあげた。
「蒸発しろ!」
緩やかに落下するアイゼンに、ナーレンダが巨大な火球を放った。
アイゼンの全身が青い炎に包まれる。
「斬る」
低く短く呟き、ヴィクラムは落ちてきた青い火球を鞘から抜き放った一刀で上下均等に断ち割った。
「……俺の出番がなかった」
鎖鎌を構えていたジェイはがっくりと肩を落とし、いじけたように鎌で地面をほじくり返す。
「せっかく、決死の思いで初めてヴァルナから出てきたのに……」
地面に倒れ伏したアイゼンの涙が、大地を湿らせる。
あれだけの攻撃を食らってもまだ生きているとは、もはや脱皮だけでは説明がつかないような気がする。
「帰れ。二度と来るな。目の前にも現れるな。泉の底に一生沈んでろ」
サヴィトリは指輪にくちづけ、出来うる限り氷の矢を連射した。
かかわるとロクなことがない。リュミドラ並みの疫病神だ。
「お師匠! いくらなんでもあんまりじゃないっすか!」
いつの間にか勝手に弟子になり口調も後輩調になったアレックスが、アイゼンの前に立つ。
面倒なので一緒に射ることにした。
「ぎゃああああっ! ――はっ、まさかこれは修行!? わかりましたお師匠! すべてよけきってみせまっす!」
アレックスの修行は一矢で終了した。できればそのまま三日ほど寝込んでいてほしい。
「まぁまぁサヴィトリちゃん、誰だか知らないけど話くらいは聞いてあげてもいいんじゃないかなー?」
ペダがそっとサヴィトリの肩を叩く。
他の者ならともかく、ペダの提案は無下にしづらい。サヴィトリは仕方なく氷弓を納めた。
「こんにちは、君は誰なのか教えてくれるかな?」
「……アイゼン、です。ヴァルナの守り神をしています」
躊躇いがちにではあったが、アイゼンは自らの素性を口にした。
「へー、神様なんだー。すごいねぇ。ちなみに自己紹介が遅れたけど、私はペダ・キリーク。クベラのそこそこ偉い人。それで、アイゼン君は何を手伝ってくれるの?」
サヴィトリにはペダの腹づもりが読めない。
有用であればリュミドラ攻略を手伝わせようというのだろうか。
「その……サヴィトリさん達には今まで大変ご迷惑をおかけしたので、ちゃんと謝罪をしてきた方がいいよーって言われたっていうか、それで罪滅ぼし的な感じで僕の水の力が役に立つんじゃないかなーとか思ったりなんかして」
アイゼンは左右の人差し指をつんつんと合わせながら、ごにょごにょもごもごとまどろっこしい喋り方をする。何が言いたいのかいまいち伝わってこない。
「うんうん、アイゼン君はお水を扱うのが上手なんだね。焦らなくても大丈夫。ゆっくり、ひとつひとつ伝えたいことを言葉にしていこう」
聖人かと思うほどペダは優しく対応する。
「ちょっと前から話立ち聞きしてたんですけど、植物が相手なら僕の力でどうにかなるかなーと思って」
言いながら、アイゼンは近くにある最も大きな木に近付いた。そっと幹に手を当てる。
「気の遠くなるほどずっと昔、ヴァルナは毒と瘴気にあふれた不毛の地でした。そのヴァルナを浄化するためにはじまりの泉から生まれたのが僕達。毒と瘴気を内に溜め込む器」
アイゼンの手から水がしたたり、幹を濡らし、地面に雫がこぼれる。
次の瞬間、木全体がひしゃげた。少なくともサヴィトリにはそう見えた。
青々と茂っていた葉がぐずぐずに腐る。むこうが透けて見えるほどすかすかになった幹は自重に耐えきれず、半ばでぽきりと折れる。折れた部分が地面に着くよりも早く、焦げ茶色の粉末と化す。
木のあった場所に、こんもりとした茶色い小山ができあがった。
「どうやら植物に対して影響のある毒らしくて、ちょっと放出してやるだけでこうなります」
説明するアイゼンの顔は、少し悲しそうに見えた。
「わぁ、すごいねぇ! この茶色い土みたいのに毒性はないの?」
面白いおもちゃを目の前にした子供のようにペダは目を輝かせる。
「植物に浸透させると性質が変わるみたいで、数分ほど日光にさらすと無毒化し、最終的にただの腐葉土になります」
(毒をどうにかする方法を知っているのに、どうしてずっと自分の中に溜めておいたままにするんだろう?)
サヴィトリは首をかしげる。
とはいえ、ちょっとの放出で巨木をすべて腐らせるほどだ。全部放出したら大陸中の植物が消失してしまうのかもしれない。
「本当は二十年周期で代替わりし、ヴァルナの奥地に生えているご神木に瘴気を捧げに行くんです」
サヴィトリの疑問に答えるようにアイゼンは言う。
「ご神木の一部が腐って腐葉土になり、土に栄養を与えます。これを何代も何代もずーっと繰り返して、ここ百年くらいでヴァルナにも普通の植物が生えるようになってきたんですよ」
アイゼンは誇らしげな顔をしている。
「……で、どうして急に手伝う気になったってわけ?」
右手で青い炎を遊ばせながら、低いトーンでナーレンダが尋ねた。
アイゼンの返答次第で即座に燃やす気に満ちあふれている。
「だ、だからぁ、お詫びですよ今までのお詫び! 焦ってたからとはいえ悪いことしたなーと思ってるし、それに愛しのユーリスちゃんが『誠心誠意許してくれるまで謝った方が良いよ!』って言ってたし……」
「愛しのユーリス?」
アイゼンの口から思いがけない人物の名前が飛び出し、サヴィトリは反射的にアイゼンに詰め寄った。
「ユーリスに何かしたのか!」
「ちょっ! 誤解しないでください! 僕が行き倒れているところで運命の出会いをしたんです! その時に彼女が恵んでくれたパインアップルソーダが愛の始まりの味なんです!」
「カイみたいにわけのわからないことを言うな! はじまりの泉に落として記憶を奪い、都合よく言いくるめたんじゃないだろうな!」
「話が分かる人にはそんなことしませんって! ちゃんと証拠もあります!」
アイゼンはごそごそと服の中をあさり、折りたたまれた一枚の紙を取り出した。紙を丁寧に広げてサヴィトリの眼前に突きつける。
その紙には、
【ご報告です】
私達、結婚します。
クーポン券をつけておくので、ヴァルナ村に寄った際はまたいらしてください。
という簡潔明快な文章とアイゼンとユーリスの連名・押印があった。「ドリンク全品50%オフ」と「トッピング二品無料」という手書きのクーポンもある。少なくともユーリスは記憶を失ってはいないようだ。
「そういうわけで、サヴィトリさんみたいな暴力系暴力にはもう微塵も興味ないです。ユーリスちゃんの方が優しいし可愛いしえっちだし」
さすが蛇だけあって精神的にも変わり身が早い。
自分の言われようにサヴィトリは腹が立ったが、実際ほぼ暴力しか振るっていないので反論できなかった。
「サヴィトリ様の方が百億倍可愛いしえっちです!!!!!!!!」
必要のない反論がカイラシュの口から飛び出す。このテンションのカイラシュの言葉が有用だったことは一度もない。
ナーレンダの手のひらの上で遊んでいた火の玉がカイラシュに炸裂する。ナーレンダはカイラシュキラーとして本当に優秀だ。
「サヴィトリ、ちょっと個人的に聞きたいことがあるんだけど」
燃え盛るカイラシュには目もくれず、サヴィトリに声をかけた。
いたって普通の声のトーンだったが、わずかにぴりっとした何かが感じられ、サヴィトリは息を呑んだ。
「すみません、ペダ様。少し外します」
ペダに向かって頭を下げると、返答も聞かずにナーレンダはサヴィトリの手を取った。引っ張るようにしてサヴィトリを連れ出す。
「ここじゃダメなの?」
「ダメ」
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