Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-

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第七章 反撃の狼煙

7-2 作戦会議は空の下で

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 隠れ家には、タイクーンが療養している部屋以上に広い部屋がないため、作戦会議は屋外でおこなわれることになった。近くに羅刹の幕舎があり、訓練中なのか剣戟の音や掛け声などが聞こえてくる。
 会議に参加するのは、タイクーンを除いた先ほどのメンツと援軍として来てくれた各部隊の代表。全員合わせるとちょうど十名だ。

「まぁ、お互い軽~く自己紹介でもしておこうかの。これがきっかけで何かが芽生えるかもしれんしのぅ」

 ドゥルグはかっかと笑い、全員の顔を見まわした。
 言葉にこそしなかったが、カイラシュがあからさまに嫌な顔をする。
 こんなに喜怒哀楽等の感情表現がはっきりとしていて、よくも今までタイクーン補佐官という要職が務まったものだ、とサヴィトリは半ば呆れつつ感心した。タイクーンの懐刀とあだ名されるほどなのだから優秀なのだろうが。

「ワシはドゥルグ・ジウラク。羅刹の総隊長に仕方なく納まっておる。早く優秀な若人に譲りたいんじゃがなぁ」

 ドゥルグは思わせぶりな視線をヴィクラムにむけた。ヴィクラムは髪の毛筋ほども表情を変えない。

「うちからは、三番隊と五番隊を連れてきておる。ほら、お前らも挨拶せえ」

 ドゥルグは顎をしゃくってうながす。
 先に口を開いたのは五番隊隊長――ヨイチのほうだった。

「羅刹五番隊隊長、ヨイチ・シゲトウと申します」

 ヨイチは深く頭を下げた。
 サヴィトリと目が合うと、慣れた風にウインクをしてみせる。
 隣でカイラシュが何かを粉砕する音が聞こえた。サヴィトリは努めて気付かなかったことにした。

「三番隊隊長、ヴィクラム・キリーク」

 ヴィクラムは淡々とした口調で名乗り、浅く頭を下げた。
 
「なんじゃ、おぬしらつまらんのう。日常会話が猥談のくせにこんな時だけ行儀良くかしこまりおって」

 ドゥルグが年甲斐もなく頬を膨らませてぶーぶー文句をたれる。

「いきなり猥談ふっかけたらただの変態でしょうよ総隊長。それに今日はやんごとないご婦人がいらっしゃるんだから」

 ヨイチは意味深にサヴィトリを一瞥した。
 カイラシュが更に何かを破壊する。
 本格的にカイラシュが暴れ出す前にとっとと本題に入ってほしいとサヴィトリは切に願う。

「じゃ、次はうちだねー。みんな知ってるかもしれないけれどペダ・キリークでーす。術法院の導師やってまーす。ちなみにさっき無愛想に挨拶した赤髪のでかい子は息子でーす。結構かっこいいでしょー」

 ペダは妙にノリが軽い。しかもまた片眼鏡をかけたリスのような姿になっている。真面目に作戦会議をする気があるのだろうか。
 ヴィクラムは両手で頭を抱え、この世の終わりのような悲壮感あふれる顔をしている。いい歳をした親がこんな調子では頭を抱えたくなるのもわからなくはない。

「術法院術士長ナーレンダ・イェル。扱うのは主に火の攻撃術。他の術士と違って僕は回復や強化はかける気ないから皆さんそのつもりで」

 誰が相手であろうと相変わらずひねくれた風にナーレンダは言う。
 実際にナーレンダには後方支援に回るよりも前線で暴れてもらった方が良いが、物事には言い方というものがある。これは友達できないだろうなぁ、とサヴィトリはこっそり思った。

「イェル術士長。術法院の印象が悪くなるような言動は控えてくださいまし。ご紹介が遅れました、私、准術士長のル・フェイと申します。風術を得意としております。恥ずかしながら術士長と同じく攻撃しか能がありませんが皆様どうぞよろしくお願いいたします」

 術法院からは後方支援要員が来ているという話だったはずだが、代表二人揃って攻撃特化とはどういうことか。
 ル・フェイは優しげな笑顔で愛想を振りまく。サヴィトリのところに視線がとまると、なぜかウインクと投げキッスをされた。
 カイラシュが更に更に(以下略
 サヴィトリはもう認識することを放棄した。

 次に名乗ったのはサヴィトリの知らない青年だった。

「アレックス・リード。所属はタイクーン親衛隊っす」

 ぶっきらぼうに言い放つと、アレックスはサヴィトリの方に強い視線をむけてきた。

「アンタがタイクーンのご息女、サヴィトリ殿下っすか」

 サヴィトリが名乗る前に、アレックスが素性を暴露してしまった。
 ここにいる全員がサヴィトリの素性を知っているため、ばらされたとしても何か問題があるわけでもないが気分的には面白くない。アレックスの高圧的な態度もサヴィトリの癪に障った。

「高貴で麗しい愛しのサヴィトリ様のお名前を貴様ごとき俗物が口にしやがらないでください!」

 サヴィトリが文句をつける前にカイラシュが間に入ってきた。

「前にも増してうっせーな女装野郎! アンタとヴィクラムの野郎がいるって知ってたら最初っからこんな所来てねえよ!」

 カイラシュの変態じみた剣幕にひるむことなく、アレックスは怒鳴り返した。

「あのアレックスさんっていう人ね、万年三位なんだよ」

 各人に飲み物と軽食を給仕していたジェイが、こそっとサヴィトリに耳打ちをした。

「三位? なんの?」
「大衆誌アンケートの『抱かれたい男』ランキング。一位がヴィクラムさんで、二位がカイラシュさん。で、三位があの人。文字通り桁が違うくらい票数に差があるけど」

 ジェイからもらったお茶をすすりつつ、サヴィトリはアレックスをまじまじと見つめた。
 年齢はカイラシュと同じかやや上だろうか。整った顔をしているが、天に向かって逆立てたつんつん頭がどうにもダサい。そもそも初対面で因縁をつけてきた時点でサヴィトリにとっては論外だ。

「サヴィトリ様! こんなクライマックス前にぽっと出てきたありふれた名前のあきらかにこれ以上の絡みのないトサカ頭など瞳に映す必要ありません! それよりもわたくしの目視可能なほとばしる愛のスペクタクルをご覧ください!」

 そんな神経をやられそうなものなど見たくない。
 すみやかにサヴィトリはカイラシュの脳天にそこらへんに落ちていた大きな石を叩きつけた。全国のアレックスさんに対して失礼だ。

「……こいつ、こんなキャラだったか」

 悶え喜んでいるカイラシュに、アレックスは困惑の瞳をむける。

「アレックス殿、あなたのせいで順番が逆になってしまったが私がサヴィトリだ。血縁上ではタイクーンの娘であるらしい。他に何か確認したいことがないのであれば、早く本題に移ろう。一刻も早くリュミドラを倒し、禍根を断つ」

 サヴィトリはアレックスをにらみつけて言った。
 ドゥルグは愉快そうにうしゃしゃと奇怪な笑い声をあげ、ヨイチが煽るように甲高い指笛を吹いた。

「あのー、俺の自己紹介はなし?」

 給仕の終わったジェイが申し訳なさそうに手をあげる。

「雑用係兼どうぐ袋のジェイだ」

 面倒なのでサヴィトリが端的にジェイの説明をした。

「そのどうぐ袋設定まだ残ってたのね……」

 ジェイがさめざめと泣いているが、構う時間も惜しい。

「ドゥルグ殿、現在の砦の状況を教えて欲しい」
「なんでアンタが仕切ってんすか。この中で一番身分が高いから?」

 アレックスが絡んできた。わざわざサヴィトリとドゥルグの間に立つ。
 無駄な時間だ。
 誰の目にもあきらかなほどアレックスはサヴィトリのことを見下している。隠す気が一切ない。よく言えば正直な性質なのだろう。
 アレックス越しに見えるドゥルグは、にたにたして顎ひげを撫でていた。状況を楽しんでいるようだ。

「好きでやっているわけではないし、理由もない。仕切りたいならあなたがやればいい」
「別に仕切りたいわけじゃ――」
「ならば、意見か報告があるとき以外黙っていてくれ」

 サヴィトリはアレックスを押しのけてドゥルグの所へ行く。
 が、悪意のある強さで手首をつかまれた。つかんだのはもちろん、アレックス。
 誰も仲裁に入る気配はない。
 ということは、自身の判断で対処していいとサヴィトリは解釈する。

「反論する頭がないから、力でねじ伏せようというのか。万年三位の理由が透けて見えるな」

 サヴィトリは鼻で笑い、挑むようにアレックスを見た。
 手首はまだ振り払わない。

「なんだとこの――」
「『この小娘風情が』?」

 サヴィトリはにやりと凶悪に笑い、手首をひねってアレックスの手をはずす。力をかける場所さえ知っていれば、手首をつかまれても簡単にほどける。
 
「タイクーンの娘が純粋培養のお姫様だとでも?」

 サヴィトリはアレックスの胸倉を素早くつかみ、囁く。飛びあがりながら膝を鳩尾に叩きこんだ。

「っ……!」

 息を詰まらせたアレックスは叫びの代わりに目を見開き、身体をくの字に折り曲げた。ほどなく両膝を地面に着き、湿った咳を繰り返す。

「タイクーン親衛隊と言ったな。私がタイクーンなら即刻解雇だ。ジェイのほうがまだ強い」

 アレックスが侮っていてくれたおかげで、綺麗に膝を入れることができた。これで事が済んでくれれば面倒がなくて良いのだが。

「やだーあのアから始まるありきたりな名前の人、空気で地味なジェイ殿以下とか言われてますよー」
「地味で空気などうぐ袋以下は恥ずかしいね。僕だったら焼身自殺を考えるかな」
「親衛隊が近衛兵以下とはな。直々に選んでくださったタイクーンにも申し訳が立たんだろう。俺なら切腹一択だ」

 カイラシュ、ナーレンダ、ヴィクラムの三人が、ジェイとアレックスに対してソフトにひどいことをこれ見よがしに囁き合う。

「あれ、なんでだろう、俺、目から水が出てる……」

 ジェイはアレックスと違う理由で地面に両膝をついていた。

「無駄な時間と体力を使ってしまった。ドゥルグ殿、現状を――」
「……待てよてめえ!」

 アレックスが言葉を遮ってきたので、サヴィトリは言うとおりに彼が上体を起こすのを待った。立ちあがりきる前に思い切り顔面を蹴り倒す。アレックスの身体が無残に転がった。
 こういった手合いは性根まで徹底的に叩き直さないと寝首をかかれる。こういうときの正しい矯正方法はクリシュナに習った。相手が折れるまで徹底的に起き攻めを繰り返す。

「だから待てって……」

 サヴィトリは再び、アレックスの立ちあがりざまに蹴りを腹部に叩きこんだ。アレックスは短い悲鳴をあげてイモムシのようにうずくまる。

「待て……」

 まだ反抗する意志があるらしい。
 サヴィトリは握った右の拳を左手で包むようにして両手を組み、アレックスのつんつん頭に振り下ろした。アレックスは勢いで顔をしたたかに地面に打ちつける。

「待って、ください……」

 そろそろ可哀想になってきたが、中途半端なところで止めると仕返しされるとクリシュナが実演つきで解説してくれた。
 サヴィトリは心を鬼にして後頭部を踏みつけ、地面ににじりつける。

「サヴィトリ、経歴真っ黒な俺が言うのもなんだけど、やり口が反社会的勢力だよ。反社会的勢力系武闘派ヒロインはさすがにえぐいし流行らないよ……」

 ジェイが小声で苦言を呈する。

「お願いしますお願いだから少し待ってください……」

 アレックスも意外と学習能力がない。生まれたての小鹿のようにぷるぷると身体を震わせながら立ち上がろうとする。

「もうおやめくださいサヴィトリ様!」

 そろそろアレックスの心が折れたかなといったところで、カイラシュが割りこんできた。
 アレックスを救おうとしているわけでないことは明白だ。
 というか今まで誰一人としてサヴィトリの悪行を止めなかったあたり、みんな性格が悪いか、よほどアレックスの性格に問題があるかのどちらかだ。

「わたくしこれ以上黙って見ていられません! こんな俗物を蹴るなどサヴィトリ様の高貴なおみ足が穢れてしまいます! さ、どうぞこのカイラシュを存分に蹴り倒して、サヴィトリ様のおみ足を清めてくださいませ! ご命じとあらば、爪の先から太ももに至るまで丹念に舌でご奉仕――」

 サヴィトリは体勢低く構え、裂帛の気合いとともに掌底をまっすぐに突き出しカイラシュの腹にねじり込んだ。
 カイラシュは大粒の涙をこぼし、ゆっくりとその場にくずおれた。

「あぁ……アルカディアとサンクチュアリが見える……」

 カイラシュはうふうふと薄気味悪く笑い、虚空に手を伸ばしている。いつもどおりの変態っぷりだ。

「ドゥルグ殿、今度こそ本当に会議を始めましょう。このままでは日が暮れ――」

「――サヴィトリ殿下!」

 性懲りもなくアレックスがサヴィトリの足にしがみついてきた。起きあがるとぶちのめされる、ということは学習したようだ。
 サヴィトリはため息をつかずにいられない。

「お願いします! 俺を弟子にしてください!」

 つかまれていないほうの足で脳天に踵落としを叩きこむのと、アレックスが懇願したのは同時だった。
 サヴィトリの脳裏に、うっかりカイラシュをぶちのめしてしまった時の光景がよぎる。
 まさかこのアレックスも、カイラシュと同じ組合――あるいは、度重なる暴行の衝撃で目覚めてはいけない何かが目覚めてしまったのだろうか。

「無慈悲を体現したかのような強さと悪逆っぷり! 俺の目指す強さはそこにありました! どうかお願いします!」

 カイラシュやヴィクラムとはまた別種の、非常に残念な脳味噌をしているようだ。

「気安くサヴィトリ様に触りやがらないでいただけますか凡百野郎! サヴィトリ様にお仕置きされるポジも、脳筋ポジも、地味な名前ポジもすべて埋まっているのです! 貴様の入る隙などこの世にもあの世にも存在しないのですよ!」

 復活したカイラシュがアレックスをサヴィトリから引きはがす。
 こういう時のカイラシュは便利だ。

「わけわかんねーこと言うな! 俺はそんな変なポジションに就きたいわけじゃねーよ!」
「ならばタイクーン親衛隊に残れるように今から媚を売っておこうという薄汚い権力欲にまみれた腹づもりでしょう! タイクーンが変わるごとに、親衛隊も再編成されますからね」
「は!? タイクーン変わったら俺即クビでいい歳して無職!? それならよりいっそう弟子にしてもらわないと!」
「どうぞご心配なくアレックス殿。今すぐ補佐官権限で棺桶に派遣してあげますよ!」

 カイラシュとアレックスの不毛きわまりない戦いの火蓋が切って落とされるのを見届け、サヴィトリは口を開いた。遠回りしたがこれでようやく作戦会議を始められる。

「今度こそ本当に作戦会議を始めましょう。まず現状を教えていただけますか」
「おう。ちと悪ふざけに時間を取りすぎたか。簡単に説明すると状況は何も変わっておらん。棘の魔女に大きな動きはないようじゃ。砦内にいかほどの魔物がいるか把握するのは難しい。何せ生成機が中央にどんと鎮座しておるからの」

 ドゥルグの報告は少なくとも最悪ではない。ヴァルナ砦を拠点として近隣の村落が襲撃されていないだけましだ。

「棘の魔女について少しわかったことがあるんだけど、いいかな?」

 ペダが控えめに手をあげた。
 サヴィトリはうなずいて先をうながす。

「わかったと言ってもあくまで推測だからそのつもりで聞いてね。棘の魔女が操る棘も、彼女が創りだす緑の魔物も、どうやら植物と同じ性質を持っているようなんだ。活動には水・栄養・光・酸素・温度を必要とする。それらのどれか一つが欠けるだけで、著しく行動速度が低下する。あの時曇ったおかげで私達三人が棘の魔女がいる広場までたどり着けたし、あの場から逃げることもできた」

 ペダの推測に、サヴィトリも思い当たる節があった。
 サヴィトリが以前リュミドラと戦ったのは塔の内部だった。陽は当たらず、栄養と水分を補給する土もない。だからジェイと二人だけで退けることができた。
 また、ヴァルナにむかう途中でリュミドラの愛犬に襲われたあと、ジェイも疑問を呈していた。リュミドラが差しむけたにしては弱い、と。その時も空は曇っていた。

「正面から当たっても物量で負けるこちらが不利だからねー。どうにかそこらへんを突きたいんだけど……」

 ペダは腕組みをし、うーんとうなる。

「方法はいくつかあるけれど、いまいち現実味に欠ける」

 ナーレンダがペダの言葉を引き継いだ。

「僕がぱっと思いついたのは三つ。
 一つは、ペダ様の術でヴァルナ砦の地質を変質させる。ただこれを使うとむこう五十年は人が住めなくなる。
 もう一つは、夜襲をかける。羅刹はともかく、他の部隊は夜行には不慣れだ。しかも視界が得られない上、砦のいたる所に棘が張っていて足場も悪いから相当機動力が落ちる。
 最後の一つは、単純に曇りの日まで待つ。それまで棘の魔女がおとなしく待ってくれるとも限らないけど」

 ナーレンダは前髪をつかむようにかきあげ、小さくため息を漏らした。
 代替案を出そうとみんな顔をしかめたりなどするが、そうそう突然に妙案が浮かぶわけがない。

(どうにか消耗を抑えてリュミドラの元へたどり着くには、できるだけ弱点をつきたいところだが)

 前回と違いこちらの戦力は大きく増えているが、リュミドラも承知の上だろう。
 それに、誰がなんと言おうと決着は自らの手でつけたい。
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