Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-

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第六章 傷跡

6-4 獣の流儀

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 ル・フェイ達が去ってからほどなく、コンコンコン、と部屋のドアが控えめに三度叩かれた。
 どうぞ、とサヴィトリが答えると、失礼する、と低音の応えが返ってきた。こういう時、意外にヴィクラムは丁寧だ。

「体調は大丈夫なのか? 心遣いはありがたいが、総隊長に言われたからとはいえ、お前が無理をする必要はない」

 ヴィクラムは仔細をあばくかのように、じっとサヴィトリを見つめる。咳払いの一つでもしようものなら、強制的にベッドに戻されそうだ。
 ヴィクラムと二人きりになるのは、多分弓の練習をして以来だ。
 あの時に限ったことではないが、ヴィクラムと二人になると調子が狂うことが多い。

「ちょうど気分転換に散歩でもしたかったし、それに動かなすぎるのも身体に毒だろう?」

 サヴィトリは両手を合わせ、ヴィクラムの顔を見上げる。
 ヴィクラムは喉に手を当て、仕方ないとでも言いたげに目蓋を伏せた。

「気分が悪くなったらすぐに言え。あと、出かける前にこれを。外は冷える」

 ヴィクラムは大きめのストールを差し出した。ヴィクラムがこういう気がまわせるとは驚きだ。

「補佐官殿からだ。お前が出かけることがあれば渡せと」

 補足説明に納得しかけたが、そもそもがおかしい。
 カイラシュがサヴィトリのために防寒具を用意するのはわかる。だがそれをヴィクラムに託すなど、意外を飛び越えて前代未聞だ。天変地異の前触れかもしれない。

「……カイはどこか具合が悪いのか? 特に頭とか頭とか頭とか」
「いや、出会いがしらに毒針を投げつけてきたりと、いつも通りだったと思うが」

 話を聞くかぎりでは通常運転のカイラシュだ。何か他に急ぎの用事でもあったのかもしれない。
 サヴィトリはありがたくストールを受け取り羽織った。一枚あるだけで暖かさが違う。

「行くか」

 そう言うなり、ヴィクラムはサヴィトリの身体を抱きあげた。人ひとりを抱えているとは思えないほど平時となんら変わらない様子ですたすたと歩く。

「……え? おい、ヴィクラム!」

 状況の把握が遅れたサヴィトリは、しばらくたってから怒鳴り声をあげた。ヴィクラムが堂々としすぎていたせいだ。

「羅刹の幕舎までお前を連れていけ、というのが総隊長の命令だ」
「だからって物理的に運ぶことはないだろう!」
「この方が早い。途中でつまづくなりして、更に怪我をされても困る」
「ちゃんと準備運動はすませたから大丈夫だ! それに、こんなところカイに見られたらどうする。面倒くさいことにしかならないぞ!」

 サヴィトリが、よりにもよって一番敵視しているヴィクラムに抱きかかえられているところなど、カイラシュにとってこの世で見たくないものの五指には入るだろう。それを考えるだけでもサヴィトリは体調が悪くなりそうだ。

「そんなにあいつに見られたくないか?」

 夜空の色をした瞳が、冷ややかにサヴィトリを見つめる。理由はわからないし根拠もないが、ヴィクラムの気分を害してしまったようだ。

「見られたくないというか……カイが大袈裟にぎゃあぎゃあ騒ぐだろう」
「騒がせておけばいい」
「それじゃあうるさいし迷惑じゃないか」
「そうだな」
「そうだな、じゃなくて、困るだろう」
「俺は別段困りはしない」
「一番迷惑をこうむるのはヴィクラムだぞ」
「いつものことだ」
「それはそうだけど……」

 言うことがなくなり、サヴィトリは押し黙るなくなった。
 ヴィクラムの返事は要領を得ない。
 サヴィトリはあることに思い当たり、ヴィクラムの額に手を当てた。

「なんだ?」
「今日のヴィクラムはいつにも増して変だから熱でもあるのかと」

 ヴィクラムの額は、熱があるどころかむしろ冷えていた。ということは、何か他に原因があるのだろうか。

「熱、か」

 ヴィクラムは薄く笑った。

「あるかもしれないな」

 やはり今日のヴィクラムはどこかおかしい。
 サヴィトリは諦めて、運ばれるままにした。

* * * * *

「隊長が例の彼女を連れてきたぞおおおおおおっ!!」
「次期タイクーンに平然と手をつけるなんてさすが我らの隊長! そこにシビれる! あこがれるゥ!」

 耳をつんざくほどの大歓声と視界を遮るほどの紙吹雪による歓迎を受けたサヴィトリは激しい頭痛に襲われた。

(やっぱり断るべきだったかも)

「羅刹」がどういった集団なのか理解していたつもりだったが、さすがにこの状況下で騒ぐことはないだろうと高を括っていた。「戦闘狂のアホ集団」と揶揄されるだけのことはある。逆にいえば、それだけ余裕があるのかもしれないが。
 隣にいたヴィクラムは無言かつ無表情で抜刀し、猛然と駆けだした。紙吹雪でよく見えないが、むこう側では惨劇が繰り広げられている気がする。

「しかしどうして私が次期タイクーンだと大々的にバレているんだ」

 サヴィトリはため息を禁じえない。頭が痛い上に、ずっしりと重くなった。

「うっかり口を滑らせてしまったのですよ。他でもない、タイクーンご自身が」

 サヴィトリの呟きに、誰かが答えてくれた。

(タイクーンが、って……もし本当だったら殴るか話し合うかする必要があるな)

 重すぎる頭を抱えながら声のした方をむくと、見知らぬ男がいた。
 年齢はヴィクラムよりもやや上だろうか。細身で切れ長の細目のせいか、キツネのような印象を受ける。
 長剣を佩いている隊士が多い中、ヨイチは身長よりも大きな弓を背負っていた。総隊長のドゥルグは大剣を使っていたし、それぞれが得意な武器を使うのが隊の方針なのだろうか。

「お初にお目にかかります、サヴィトリ殿下。羅刹五番隊隊長、ヨイチ・シゲトウと申します。以後お見知りおきを」

 ヨイチは呼吸と同じくらい自然な動作でサヴィトリの手を取り、甲に唇を落とした。

「触れるな」

 ヨイチの首筋に、殺気と白刃があてがわれる。
 ここまで怒りをあらわにしているヴィクラムは珍しい。

「おいおい、いくらなんでもお前の女に手なんか出さないよ。俺が南方の褐色セクシー美女が好きなの知ってるだろ」

 ヨイチはおどけたように肩をすくめ、降参とばかりに両手を顔を高さまであげる。
 ヴィクラムはしぶしぶ刀を納めた。
 これで事が収まるかと思ったが、成り行きをにやけた顔で見ていた隊士達と目が合ってしまった。
 ヴィクラムは稽古用の棒をわしづかみ、「鍛錬だ」と小さく呟くと、再び隊士達の方に突っこんでいった。
 早くも数名の隊士が宙に跳ねあげられる。ご愁傷様、としか言いようがない。

「大きいですね、それ」

 サヴィトリはヨイチの弓を指差した。サヴィトリも一応弓を使いはするが、身長よりも大きなものなど文字通り身に余る。

「ああ、使いづらそうに見えるでしょう? 慣れればどうということもありませんよ。俺からしてみれば、総隊長の大剣や、ヴィクラムのやつが背負っている大太刀の方がよほど難しい」

 ヨイチは気さくに笑って答えてくれた。ドゥルグもそうだが、羅刹の隊士は親しみやすい人が多い。

「あの大太刀って、なんなんですか?」

 ヴィクラムは刀の他に、黒鞘の大太刀をいつも背負っていた。それを抜いたところはいまだに見たことがない。

「切れすぎるゆえに抜けない刀、とでも言いましょうか」
「呪いみたいなもの?」
「呪い……に近いかもしれませんね。俺もすべてを知っているわけではないので」

 ヨイチは急に言葉を濁した。
 知っているが、教えたくない。あるいはサヴィトリに伝えるべき情報ではないと判断したのかもしれない。

「強いでしょう、あいつは」

 細い目をより一層細くして、ヨイチはヴィクラムの姿を追う。

「他者の力など必要ないほどに」

 ヨイチの声と横顔は少し寂しそうだった。

「でも、昔よりも弱くなった。ちょうど、あなたと関わり合いになった頃から。かつてのあいつであれば、棘の魔女ごとき独力で倒せたでしょう」

 今でさえ充分すぎるほど強いのに、それ以上であったというなら、もはやそれは化け物だ。
 化け物なら、同じ化け物であるリュミドラを倒せたかもしれない。

「……私が悪い、とでも言いたげだな」
「あ、すみません! 誤解されるような言い方しちゃいましたね」

 本当に悪意はなかったらしく、ヨイチは慌てふためいた。

「俺はね、嬉しいんですよ。むしろ良いことだって思ってます。あいつが人間らしくなったってことですから」

 ヨイチの視線の先には、人間離れしたスピードで隊士達をなぎ倒しているヴィクラムの姿があったが、ツッコミを入れるのは野暮だろう。

「人間らしく、か。私には、ヴィクラムが何を考えているのか全然わからないよ」

 自然と愚痴っぽい響きになってしまった。
 ヴィクラムと何かあるわけでもないのに。

(……私は、ヴィクラムの気持ちを知りたいのか?)

「無表情だけど、あいつほどわかりやすい奴はいませんよ。基本的にケダモノですから」

 ヨイチはにやっと歯を見せて笑った。
 なんとなく心の内を見透かされているようで落ち着かない。

「獣の気持ちなど、よりいっそう理解できないけれど」
「親切丁寧に言うと、好きでもなんでもないのであれば、うかつに二人きりになるな、ってとこですか。ま、ヴィクラムに限ったことじゃないんですけどね。あいつは特にやばい。その気がなくてもその気にさせられる。あれも一種の才能でしょうね」

 少なからず心当たりがあり、サヴィトリは隠すように頬に手を当てた。
 少し熱い。
 まったくその気がなかったか、と問われると難しいところだ。

「だからこそ、あいつは情を信じていないんですよ。上辺だけを見られて、関係を結ぶことが多かったから。そういうイロイロを踏まえて、殿下には期待してるんですよ」
「……私に? どうして?」

 ヨイチは意味ありげに目を細めただけで、それ以上は何も言ってくれなかった。

「こいつに何を吹きこんでいる、ヨイチ」

 ヴィクラムが戻ってきた。
 鍛錬が終わったようだ。見るも無残な姿になった隊士達がそこらじゅうに転がっている。

「仮にも次期タイクーンをこいつ呼ばわりはないっしょ」
「特別扱いされたくない、と以前言っていた」
「でもお前にとっちゃ特別だろ?」
「次期タイクーンは誰にとっても特別なものだろう」
「……相変わらず字面の意味しか取らねぇ奴だな」

 誰に対してもヴィクラムはヴィクラムだった。融通が利かない。

「お前にとって、こちらにおわすお嬢さんは一体なんなのか。ぶっちゃけどこまでヤらかしちゃってんのか知りたい、ってのが我ら羅刹の総意なわけ」

 ヨイチの意見に賛同するかのように、倒れていた隊士が続々と起きあがり、力強く首を縦に振る。

「なんなのか」

 ヴィクラムは強い視線でサヴィトリを見つめた。
 サヴィトリは肌に穴が開くような錯覚に陥る。

「……なんだろうな」

 ヴィクラムは自問し、目を逸らした。
 サヴィトリは重圧から解放され、ほっと胸を撫でおろす。
 同時に、少しの落胆もあった。
 ヨイチを筆頭に、隊士達からはブーイングが起こる。
 今度はヨイチも交えての鍛錬第二部が始まった。
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