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第五章 棘の砦
5-5 三人の人質
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「サヴィトリ様、そのお怪我は……!」
サヴィトリが肩の傷の止血をしていると、経路確保と露払いのために先行していたカイラシュとヴィクラムが戻ってきた。
カイラシュはサヴィトリの怪我を目ざとく見つけ、全速力で駆け寄ってくる。
「皮一枚切っただけだ。たいしたことじゃない。それよりも、ヴィクラムのほうが負傷しているように見えるが」
まとわりついてくるカイラシュを押しのけ、サヴィトリはヴィクラムの方へ行く。
目立った出血こそ見られないが、服がところどころ破れ、心なしか顔がやつれている。
「問題ない。魔物が多かっただけだ」
ヴィクラムは首に手を当てて答えた。
ヴィクラムをも手こずらせるとは、やはりナーレンダかジェイにも先行してもらうべきだったかもしれない。
「それで、お前達はちゃんと魔物をあらかた片付けてきたわけ?」
ナーレンダは腕組みをし、無意味に偉そうに尋ねる。
「無論、遭遇したものに関してはすべて。十から先は数えるのが面倒になった」
ヴィクラムの報告に、サヴィトリは驚きを隠せない。
こちらは三人で三体が精一杯だったのに、二人は同じ所要時間で数倍以上の敵を倒している。
「ありがとう、カイ、ヴィクラム。私も二人を見習って、もっと強くならなければいけないな」
「やめなさい!」
「サヴィトリは今のままでいいからね、ね、ね!」
ものすごい剣幕でナーレンダとジェイが詰め寄ってきた。
よくわからないが、とりあえずサヴィトリはうなずいておく。
「これでしばらくは楽して進めそうだね。ちゃっちゃと行って、棘の魔女倒して帰ろ、サヴィトリ」
ジェイがサヴィトリの背中を軽く叩いてうながした。
サヴィトリはジェイの背中をやや強めに叩き返し、砦の中心部へと足を進める。
「本当に行かれるのですか、サヴィトリ様」
いかにも不満がありそうな顔をしたカイラシュが行く手を阻んだ。
サヴィトリはため息をつかずにいられない。
もうすでにリュミドラの領域に足を踏み入れてしまった。進むのも戻るのも労力としてはきっと同じくらいだ。それならば進むほうが精神衛生的にもいい。
「まだ何かうだうだ言うのかいお前は」
サヴィトリが文句をつけるよりも早く、ナーレンダがカイラシュを押しのけた。
「イェル術士長殿だとて反対していたではありませんか」
カイラシュは奥歯を噛みしめ、ナーレンダをにらみつけるだけに留めた。相手がヴィクラムやジェイだったなら、まわし蹴りの一つや二つ放っていただろう。
「ふん、ここまで来てしまったんだ。どうしようもないだろう。あの棘の魔女がおとなしく帰してくれるとも思えない。現状が理解できたならさっさと行くよ」
ナーレンダは金平糖の入った小瓶を取り出し、歩きながら口の中に何粒か流しこんだ。
がりがりと不機嫌そうな音が響く。
「ごめんね、カイ。私はどうしても、我慢できなかったんだ」
カイラシュが落ちこんでいるように見えて、サヴィトリは声をかけずにいられなかった。
「……わたくしとて一応は人の子です。棘の魔女の所業に憤るところはあります。ですがそれ以上に、サヴィトリ様が傷つくのが怖い」
カイラシュはサヴィトリの手を取り、両手ではさむようにして握りしめた。
「なあ、カイ。三人の人質って、誰だと思う?」
サヴィトリは意図的に話題を変える。声のトーンも気持ち明るめにして。
「なぜ、今、そのようなことを」
「私達の中で、直接リュミドラと接触したことのあるのは三人。ジェイと、ナーレと、私」
「……冗談は、おやめください」
「リュミドラは私とは縁もゆかりもない人間だと言っていたけれど、はたしてそれが本当かどうか。ジェイとナーレンダは捕えられた時に、私はこの指輪をはめて呪われた時に、棘の種のようなものを仕込まれていたとしても不思議はない」
「サヴィトリ様!」
「呪いは解けたはずなのに、まだ少し痛いんだ、左手が」
「サヴィトリ様!!」
カイラシュの声が悲鳴に変わる。
骨が軋むほど強く、カイラシュに抱きしめられた。
「……ほら、カイ。さっさとリュミドラ倒しに行こう。さっきの嘘だから」
サヴィトリはカイラシュの背中をさすってなだめる。
「はい、サヴィトリ様…………うそ?」
「うそ」
サヴィトリはあかんべえをして舌を出した。
カイラシュが我に返る前に全力で走り去る。
「――っ、サヴィトリ様のばかあああああああああああっ! わたくし、わたくし本気で……!」
数秒遅れて、涙目のカイラシュが砂埃を巻きあげる勢いでサヴィトリを追いかけた。
「……実際のところ、どうなんだ?」
ヴィクラムは目蓋を伏せ、静かに尋ねた。
「俺はいつも通り、地味で空気なジェイ君ですよ」
ジェイはいつもと変わらずへらへらと笑っている。
「ふん、くだらない。棘の魔女を倒せばすむ話だろう」
ナーレンダは大袈裟に肩をすくめ、更に金平糖を頬張った。
サヴィトリが肩の傷の止血をしていると、経路確保と露払いのために先行していたカイラシュとヴィクラムが戻ってきた。
カイラシュはサヴィトリの怪我を目ざとく見つけ、全速力で駆け寄ってくる。
「皮一枚切っただけだ。たいしたことじゃない。それよりも、ヴィクラムのほうが負傷しているように見えるが」
まとわりついてくるカイラシュを押しのけ、サヴィトリはヴィクラムの方へ行く。
目立った出血こそ見られないが、服がところどころ破れ、心なしか顔がやつれている。
「問題ない。魔物が多かっただけだ」
ヴィクラムは首に手を当てて答えた。
ヴィクラムをも手こずらせるとは、やはりナーレンダかジェイにも先行してもらうべきだったかもしれない。
「それで、お前達はちゃんと魔物をあらかた片付けてきたわけ?」
ナーレンダは腕組みをし、無意味に偉そうに尋ねる。
「無論、遭遇したものに関してはすべて。十から先は数えるのが面倒になった」
ヴィクラムの報告に、サヴィトリは驚きを隠せない。
こちらは三人で三体が精一杯だったのに、二人は同じ所要時間で数倍以上の敵を倒している。
「ありがとう、カイ、ヴィクラム。私も二人を見習って、もっと強くならなければいけないな」
「やめなさい!」
「サヴィトリは今のままでいいからね、ね、ね!」
ものすごい剣幕でナーレンダとジェイが詰め寄ってきた。
よくわからないが、とりあえずサヴィトリはうなずいておく。
「これでしばらくは楽して進めそうだね。ちゃっちゃと行って、棘の魔女倒して帰ろ、サヴィトリ」
ジェイがサヴィトリの背中を軽く叩いてうながした。
サヴィトリはジェイの背中をやや強めに叩き返し、砦の中心部へと足を進める。
「本当に行かれるのですか、サヴィトリ様」
いかにも不満がありそうな顔をしたカイラシュが行く手を阻んだ。
サヴィトリはため息をつかずにいられない。
もうすでにリュミドラの領域に足を踏み入れてしまった。進むのも戻るのも労力としてはきっと同じくらいだ。それならば進むほうが精神衛生的にもいい。
「まだ何かうだうだ言うのかいお前は」
サヴィトリが文句をつけるよりも早く、ナーレンダがカイラシュを押しのけた。
「イェル術士長殿だとて反対していたではありませんか」
カイラシュは奥歯を噛みしめ、ナーレンダをにらみつけるだけに留めた。相手がヴィクラムやジェイだったなら、まわし蹴りの一つや二つ放っていただろう。
「ふん、ここまで来てしまったんだ。どうしようもないだろう。あの棘の魔女がおとなしく帰してくれるとも思えない。現状が理解できたならさっさと行くよ」
ナーレンダは金平糖の入った小瓶を取り出し、歩きながら口の中に何粒か流しこんだ。
がりがりと不機嫌そうな音が響く。
「ごめんね、カイ。私はどうしても、我慢できなかったんだ」
カイラシュが落ちこんでいるように見えて、サヴィトリは声をかけずにいられなかった。
「……わたくしとて一応は人の子です。棘の魔女の所業に憤るところはあります。ですがそれ以上に、サヴィトリ様が傷つくのが怖い」
カイラシュはサヴィトリの手を取り、両手ではさむようにして握りしめた。
「なあ、カイ。三人の人質って、誰だと思う?」
サヴィトリは意図的に話題を変える。声のトーンも気持ち明るめにして。
「なぜ、今、そのようなことを」
「私達の中で、直接リュミドラと接触したことのあるのは三人。ジェイと、ナーレと、私」
「……冗談は、おやめください」
「リュミドラは私とは縁もゆかりもない人間だと言っていたけれど、はたしてそれが本当かどうか。ジェイとナーレンダは捕えられた時に、私はこの指輪をはめて呪われた時に、棘の種のようなものを仕込まれていたとしても不思議はない」
「サヴィトリ様!」
「呪いは解けたはずなのに、まだ少し痛いんだ、左手が」
「サヴィトリ様!!」
カイラシュの声が悲鳴に変わる。
骨が軋むほど強く、カイラシュに抱きしめられた。
「……ほら、カイ。さっさとリュミドラ倒しに行こう。さっきの嘘だから」
サヴィトリはカイラシュの背中をさすってなだめる。
「はい、サヴィトリ様…………うそ?」
「うそ」
サヴィトリはあかんべえをして舌を出した。
カイラシュが我に返る前に全力で走り去る。
「――っ、サヴィトリ様のばかあああああああああああっ! わたくし、わたくし本気で……!」
数秒遅れて、涙目のカイラシュが砂埃を巻きあげる勢いでサヴィトリを追いかけた。
「……実際のところ、どうなんだ?」
ヴィクラムは目蓋を伏せ、静かに尋ねた。
「俺はいつも通り、地味で空気なジェイ君ですよ」
ジェイはいつもと変わらずへらへらと笑っている。
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