36 / 103
第四章 蛇神アイゼン
4-5 罪の所在
しおりを挟む
「さて、茶番はここまでです」
縄で拘束した村長とニルニラを椅子に座らせ、カイラシュは加虐的な微笑を浮かべた。
やはり今回の件はこの二人が共謀して働いたことのようだ。おそらく他に協力者はいないのだろう。もしいれば、カイラシュが確保していないわけがない。
捕縛された疲労か、カイラシュに対する恐怖か、あるいは自分の仕出かしたことへの罪悪感か。村長の額にはびっしりと脂汗が吹き出ていた。瞳は虚ろで、唇が小刻みに震えている。
「ヴァルナ村村長、アミラル」
普段とは違う、朗々としたカイラシュの声。
自分の名を呼ばれているわけでもないのに、サヴィトリはぎくりとした。
「まず最初に、わたくしの素性をあかすことといたしましょう。たいしたものではありませんが、準備運動だとでもお思いください」
鳥やネズミをいたぶる猫の顔をして、カイラシュはゆったりと会釈をした。
「ふん、たいしたものじゃないだって? 左右丞相に匹敵する高官がよく言うよ」
ナーレンダが呆れたように呟くのが耳に入ってきた。
ジェイとヴィクラムは、これといった感情なく状況を傍観している。
「クベラ国タイクーン補佐官、カイラシュ・アースラと申します。――ああ、覚えていただかなくて結構ですよ。現世では、もう二度と会うこともないでしょうから」
カイラシュはトランプ大の薄い金属板を取り出すと、村長の眼前に突きつけた。身分証明のようなものかもしれない。
「良くて斬首刑、最悪でヴァルナ壊滅――それほどの重罪を、お前は起こしたのですよ」
村長の顔から滝のように汗が流れ落ちる。おそらく顔だけでなく全身同じような状態だろう。
(陰湿なことをするなぁ……)
サヴィトリはこっそりとため息をつく。
村長を一発ぶん殴って憲兵に引き渡しておしまい、というわけにはいかないらしい。
「村長さんもアホだよね。ヴィクラムさんいるし、俺の鎧にもクベラの紋章入ってるってのに。でもまぁ、ニルニラのおかげで成功しかけたけどさ」
飽きてきたのか、ジェイが話しかけてきた。
話題にのぼったニルニラの方を見てみると、ただひたすらにうな垂れていた。
声をかけられる雰囲気でもなく、かける言葉自体も見つからない。
サヴィトリは視線をカイラシュと村長に戻した。
「まさか、たかが小娘一人……」
状況を把握できていないのか、村長はもっとも言ってはならないことを口走ってしまった。
カイラシュを除く全員が頭を抱えずにいられない。
ヴィクラムとジェイが、カイラシュを制止するために動いたが遅かった。
「たかが小娘?」
村長の顔面にカイラシュの靴底がめり込む。
「貴様が私利私欲のため化け物に差し出したのは次期タイクーン。クベラ国第一王位継承者サヴィトリ・ナヴァ・クベラ様であらせられる。よもや、そのことを知った上での所業ではあるまいな!」
カイラシュは村長の胸倉をつかみ、身体を片手で持ちあげた。喉を圧迫しているのか、村長の顔が赤黒く変色していく。
「やめろカイ。やりすぎだ。私は戻ったのだから、もういいだろう」
サヴィトリの言葉も聞かず、カイラシュは村長の首を絞め続ける。
「カイ! やめろと言っている!」
腕を引っぱって揺さぶるが、カイラシュはサヴィトリの方を見ようともしない。
「この地を貴様の墓標としてやる。地獄でヴァルナが焦土と化すのを見ていろ」
カイラシュの手に力がこもる。
サヴィトリは息を大きく吸い、へその下に力を入れた。喉を潰すつもりで叫ぶ。
「慎めカイラシュ! ここは私の母の郷里でもある。それを害する者は、たとえお前であろうと許さない!」
カイラシュの身体が雷に打たれたようにびくりと震える。カイラシュの手が力なく開き、村長の身体が落下した。大きく咳きこんではいるが、命に別状はなさそうだ。
「……出すぎた真似を、いたしました」
カイラシュは顔を真っ青にし、消え入りそうな声で非を詫びる。
「ありがとう、私を思ってくれてのことだろう。でも、そのためにカイが手を汚すのを見たくない」
サヴィトリはカイラシュの両手を取り、手の甲に唇を押しあてた。
「サヴィトリ様……!」
瞳を潤ませ、抱きついてこようとするカイラシュをひらりとかわし、サヴィトリは村長に近付いた。
村長はがちがちと歯を鳴らし、おびえた瞳をサヴィトリにむける。
「も、申し訳ございません……! あ、あ、あなた様が、クベラ、次期タイクーンであるなどと、露にも思わず……」
「次期タイクーンだからなんだ? もしも私がどこの馬の骨とも知れぬ娘であれば、悔いることもなかったということか?」
間髪入れないサヴィトリの切り返しに、村長は言葉に詰まらせた。
「……正直なことだ」
サヴィトリの口から重苦しいため息が漏れる。
「さっきも言ったように、私はこの村をどうこうするつもりはない。が、このまま不問にするほどお人好しでもない。舌を噛みたくなければ歯を食いしばれ」
村長は数秒逡巡してから、目をつむり、固く歯を食いしばった。
サヴィトリは息を吐き、猛禽類のような勢いで村長の髪の毛をむしり取った。
「ええええええええええええええっ!? そこは顔面殴り飛ばすところじゃないの! いや、そもそも暴力に訴えてる時点でおかしいんだけどね」
真っ先に不服を申し立てたのはジェイだった。
「あー、その、いや、このほうが精神的ダメージ与えられるかなーとか思って」
サヴィトリはかるーく笑って、むしった髪の毛を床に捨てる。
特に考えなしに「歯を食いしばれ」と言ったせいで、引っこみがつかなくなった、などと本当のことを言えるはずもない。
村長は、よほど痛かったのかそれとも髪が減って悲しいのか、目にいっぱい涙を溜めている。
「えっと……そうそう、ナーレ、ちょっと相談なんだけれど、術法院でさ、解呪の泉と地質とかの因果関係って調べられる?」
サヴィトリは不自然なくらい話をそらした。ジェイがジト目で見ているが気にしない。
「ん、解呪の泉とかいう不可思議なものを調べさせてくれるの? 実にありがたいね。それに、導師のペダ様は当代一の土術使いだ。大地に関することであの方にわからないことなんてないよ」
「――と、まぁ、そういうわけだ村長」
サヴィトリは努めて明るい口調を心がけた。これ以上重苦しい雰囲気になるのは耐えられない。
「これ以上無闇に事を荒立てるより、国に任せたほうが賢いとは思わないか? みだりに踏み入って欲しくない神域だということもわかるが、ヴァルナもクベラの一部だ。個で抱えきれない問題を自力だけでどうにかしようとするのではなく、国を、タイクーンを頼ってみてはくれないか? そういった時のために、国があるのだから」
サヴィトリは縄をほどいて村長を抱え起こし、目線を合わせて喋った。
放心したようにサヴィトリの顔を見つめたあと、村長の目から涙がこぼれた。床にくずおれ、肩を震わせてすすり泣く。
「最初はどうなることかと思ったけど、サヴィトリってばやだイケメン……! 俺惚れちゃいそう」
ジェイが軽い調子でサヴィトリにウインクを送る。
「少しは上に立つ自覚を持ったか。祝いに一度抱いてやる」
ヴィクラムはサヴィトリの頭を軽く撫で、さらっとおかしなことを言う。
「どさくさにまぎれて何仰りやがりますかこのドグサレ凡愚ども! 特にそこの赤毛色情狂! 今すぐくたばりやがってください!」
「大人の階段を登る手伝いをしようと思ってな」
「わたくしがサヴィトリ様のお手伝いするので貴様はすっこんでいやがりなさってくださりやがれ!」
「じゃあ、間を取って俺が」
こそっとジェイが手を挙げて志願する。
『フルメタルジャケットは黙ってろ!』
「ひどい……っていうか俺、真性じゃないんですけど」
「ねえナーレ、フルメタルとか真性って何?」
「……聞かなかったことにしなさい」
そう言ったナーレンダは、今までに見たことがないくらい真剣な表情をしていた。
本当に触れてはいけないことのようだ。
言い争っている三人は放っておき、サヴィトリはニルニラに視線をむけた。
ちょうど同じタイミングでニルニラは顔を上げ、目が合った。
ニルニラは気まずそうな顔をし、唇を噛みしめる。
「……言い訳にしか聞こえないと思うのでございますが、生贄があの、そういうことだって知っていたら、こんな依頼受けなかったのでございます」
サヴィトリには、ニルニラが嘘を言っているようには見えなかった。
もしこれが助かりたいがための偽りであったなら、逆にすごいとも思う。
「そういうことって?」
サヴィトリはわざと意地悪く聞き返す。
「そういうことでございます!」
ニルニラは顔を赤くして怒鳴る。
こんな幼い反応をする人間が、暴行幇助など進んでするわけがない。
「待ってサヴィトリ。ニルニラが教えてくれたんだよ。サヴィトリがどこに連れていかれたのか」
ジェイがかばうようにニルニラの前に立った。
「あの時のニルニラ、すっごい真っ青な顔してたよ。大変なことをしちゃったかもしれない、って。縄で縛ったのだって、ニルニラが自分から言い出したことなんだ。逃げないことと、責任を取るための証明だって――」
「ヘタレ! 余計な口出しをするんじゃないのでございます!」
ニルニラは眉をつり上げ、ジェイを思いっきり足蹴にする。
「せっかくフォローしたのに……」
ジェイは涙をぬぐいながら退場した。
誰からも――特にカイラシュからの反論の声があがらないということは、ジェイの言ったことは真実なのだろう。
「ニルニラ」
サヴィトリは静かに、できるだけ感情を込めない声で名前を呼んだ。
ニルニラは身体をびくりと震わせ、サヴィトリの顔を見返す。
「とりあえず、イラッとしたことは確かだから、デコピンな」
「は?」
呆気に取られているニルニラの額を、サヴィトリは思いっきり爪で弾いた。
衝撃でニルニラの顔が仰向けに反る。
「っ、ぃ~~~~~~~~~っ!」
ニルニラは痛みをこらえるように歯を食いしばった。
よほど痛かったのか涙目になってしまっている。
「今回のことはこれで許す」
サヴィトリは微笑んでみせ、ニルニラの縄をほどいた。
ニルニラは、わけがわからないとでも言いたげに目をしばたたく。床に落ちていたピンクの日傘を差し出すと、ニルニラはひったくるように受け取った。
「許すって……あんたさんは大馬鹿なのでございます! 全然意味がわかんないのでございます!」
ニルニラは眉間に皺を寄せ、サヴィトリを怒鳴りつける。
「意味がわからないのはニルニラのほうだろう。お前はあの時、私のことを簡単に殺すことができたはずだ。でもそうしなかった。今だって、金をもらってさっさとどこかに逃げればよかったのに、『罪悪感でいっぱいです』みたいな顔しておとなしく捕まってる。はっきり言うけど、ニルニラには暗殺者とか悪事を働くのにはむいてない。今すぐ転職しろ」
サヴィトリもつられて大声で言い返す。
「なんであんたさんにそんなこと言われなきゃならないのでございますか! 余計なお世話なのでございます!」
「他人に余計な世話を焼かせるような態度を取るほうが悪い。それとも、お前はさっきの村長のように締めあげられたいのか? 憲兵に突き出されて厳罰に処されたいのか?」
「あんたさんなんかに変な情けをかけられるより、そっちのほうがマシなのでございます!」
「……あっそ」
サヴィトリは急に声のトーンを落とした。
ニルニラは一瞬しまったという顔をしたが、もう遅い。
「罰だよ、ニルニラ」
サヴィトリはニルニラの腕をつかみ、強く自分の方に引き寄せた。
「お前はこれから、私のガイドになるんだ」
「……は?」
死刑宣告あたりを覚悟していたであろうニルニラは間抜けな声をあげる。
「私はちゃんと覚えているぞ。お前はあの夜、『あんたさんが望むなら、あとでどこでもいくらでも案内してあげるのでございます』と言っていた。だから私にクベラの案内をしろ。胡散くさい仕事なんかやめてガイドになれ。それが私の望むこと、ニルニラに与える罰だ」
「……はぁ!?」
「サヴィトリ様、そのような品性のないニラ女より、案内ならばわたくしが隅から隅まで……」
カイラシュが会話に割りこんできた。
もっと早くに口を出してくるかと思ったが、さっき叱責されたのが相当こたえていたのかもしれない。
「カイは黙ってて。もう決めたことだ。二度目は本当に許さないよ」
間違いなくヘコむだろうなと思いつつ、サヴィトリはカイラシュをにらんだ。
カイラシュは叱られた仔犬のような顔をし、三歩うしろに退いた。
ちゃんとフォローしておかないと、後々まで引きずりそうだ。
「良かったね、ニルニラ。就職おめでとう」
ジェイがにこにこと笑い、ニルニラに拍手を送った。なぜか隣のヴィクラムまで拍手をしている。
ナーレンダの顔には「どうでもいい」と書いてある。
「改めて、ガイドよろしく、ニルニラ」
サヴィトリはニルニラの手を握り、大きく上下に振った。
ニルニラは不機嫌そうな顔をしていたが、「本当に大馬鹿なのでございます」とほんの少しだけ笑ってくれた。
縄で拘束した村長とニルニラを椅子に座らせ、カイラシュは加虐的な微笑を浮かべた。
やはり今回の件はこの二人が共謀して働いたことのようだ。おそらく他に協力者はいないのだろう。もしいれば、カイラシュが確保していないわけがない。
捕縛された疲労か、カイラシュに対する恐怖か、あるいは自分の仕出かしたことへの罪悪感か。村長の額にはびっしりと脂汗が吹き出ていた。瞳は虚ろで、唇が小刻みに震えている。
「ヴァルナ村村長、アミラル」
普段とは違う、朗々としたカイラシュの声。
自分の名を呼ばれているわけでもないのに、サヴィトリはぎくりとした。
「まず最初に、わたくしの素性をあかすことといたしましょう。たいしたものではありませんが、準備運動だとでもお思いください」
鳥やネズミをいたぶる猫の顔をして、カイラシュはゆったりと会釈をした。
「ふん、たいしたものじゃないだって? 左右丞相に匹敵する高官がよく言うよ」
ナーレンダが呆れたように呟くのが耳に入ってきた。
ジェイとヴィクラムは、これといった感情なく状況を傍観している。
「クベラ国タイクーン補佐官、カイラシュ・アースラと申します。――ああ、覚えていただかなくて結構ですよ。現世では、もう二度と会うこともないでしょうから」
カイラシュはトランプ大の薄い金属板を取り出すと、村長の眼前に突きつけた。身分証明のようなものかもしれない。
「良くて斬首刑、最悪でヴァルナ壊滅――それほどの重罪を、お前は起こしたのですよ」
村長の顔から滝のように汗が流れ落ちる。おそらく顔だけでなく全身同じような状態だろう。
(陰湿なことをするなぁ……)
サヴィトリはこっそりとため息をつく。
村長を一発ぶん殴って憲兵に引き渡しておしまい、というわけにはいかないらしい。
「村長さんもアホだよね。ヴィクラムさんいるし、俺の鎧にもクベラの紋章入ってるってのに。でもまぁ、ニルニラのおかげで成功しかけたけどさ」
飽きてきたのか、ジェイが話しかけてきた。
話題にのぼったニルニラの方を見てみると、ただひたすらにうな垂れていた。
声をかけられる雰囲気でもなく、かける言葉自体も見つからない。
サヴィトリは視線をカイラシュと村長に戻した。
「まさか、たかが小娘一人……」
状況を把握できていないのか、村長はもっとも言ってはならないことを口走ってしまった。
カイラシュを除く全員が頭を抱えずにいられない。
ヴィクラムとジェイが、カイラシュを制止するために動いたが遅かった。
「たかが小娘?」
村長の顔面にカイラシュの靴底がめり込む。
「貴様が私利私欲のため化け物に差し出したのは次期タイクーン。クベラ国第一王位継承者サヴィトリ・ナヴァ・クベラ様であらせられる。よもや、そのことを知った上での所業ではあるまいな!」
カイラシュは村長の胸倉をつかみ、身体を片手で持ちあげた。喉を圧迫しているのか、村長の顔が赤黒く変色していく。
「やめろカイ。やりすぎだ。私は戻ったのだから、もういいだろう」
サヴィトリの言葉も聞かず、カイラシュは村長の首を絞め続ける。
「カイ! やめろと言っている!」
腕を引っぱって揺さぶるが、カイラシュはサヴィトリの方を見ようともしない。
「この地を貴様の墓標としてやる。地獄でヴァルナが焦土と化すのを見ていろ」
カイラシュの手に力がこもる。
サヴィトリは息を大きく吸い、へその下に力を入れた。喉を潰すつもりで叫ぶ。
「慎めカイラシュ! ここは私の母の郷里でもある。それを害する者は、たとえお前であろうと許さない!」
カイラシュの身体が雷に打たれたようにびくりと震える。カイラシュの手が力なく開き、村長の身体が落下した。大きく咳きこんではいるが、命に別状はなさそうだ。
「……出すぎた真似を、いたしました」
カイラシュは顔を真っ青にし、消え入りそうな声で非を詫びる。
「ありがとう、私を思ってくれてのことだろう。でも、そのためにカイが手を汚すのを見たくない」
サヴィトリはカイラシュの両手を取り、手の甲に唇を押しあてた。
「サヴィトリ様……!」
瞳を潤ませ、抱きついてこようとするカイラシュをひらりとかわし、サヴィトリは村長に近付いた。
村長はがちがちと歯を鳴らし、おびえた瞳をサヴィトリにむける。
「も、申し訳ございません……! あ、あ、あなた様が、クベラ、次期タイクーンであるなどと、露にも思わず……」
「次期タイクーンだからなんだ? もしも私がどこの馬の骨とも知れぬ娘であれば、悔いることもなかったということか?」
間髪入れないサヴィトリの切り返しに、村長は言葉に詰まらせた。
「……正直なことだ」
サヴィトリの口から重苦しいため息が漏れる。
「さっきも言ったように、私はこの村をどうこうするつもりはない。が、このまま不問にするほどお人好しでもない。舌を噛みたくなければ歯を食いしばれ」
村長は数秒逡巡してから、目をつむり、固く歯を食いしばった。
サヴィトリは息を吐き、猛禽類のような勢いで村長の髪の毛をむしり取った。
「ええええええええええええええっ!? そこは顔面殴り飛ばすところじゃないの! いや、そもそも暴力に訴えてる時点でおかしいんだけどね」
真っ先に不服を申し立てたのはジェイだった。
「あー、その、いや、このほうが精神的ダメージ与えられるかなーとか思って」
サヴィトリはかるーく笑って、むしった髪の毛を床に捨てる。
特に考えなしに「歯を食いしばれ」と言ったせいで、引っこみがつかなくなった、などと本当のことを言えるはずもない。
村長は、よほど痛かったのかそれとも髪が減って悲しいのか、目にいっぱい涙を溜めている。
「えっと……そうそう、ナーレ、ちょっと相談なんだけれど、術法院でさ、解呪の泉と地質とかの因果関係って調べられる?」
サヴィトリは不自然なくらい話をそらした。ジェイがジト目で見ているが気にしない。
「ん、解呪の泉とかいう不可思議なものを調べさせてくれるの? 実にありがたいね。それに、導師のペダ様は当代一の土術使いだ。大地に関することであの方にわからないことなんてないよ」
「――と、まぁ、そういうわけだ村長」
サヴィトリは努めて明るい口調を心がけた。これ以上重苦しい雰囲気になるのは耐えられない。
「これ以上無闇に事を荒立てるより、国に任せたほうが賢いとは思わないか? みだりに踏み入って欲しくない神域だということもわかるが、ヴァルナもクベラの一部だ。個で抱えきれない問題を自力だけでどうにかしようとするのではなく、国を、タイクーンを頼ってみてはくれないか? そういった時のために、国があるのだから」
サヴィトリは縄をほどいて村長を抱え起こし、目線を合わせて喋った。
放心したようにサヴィトリの顔を見つめたあと、村長の目から涙がこぼれた。床にくずおれ、肩を震わせてすすり泣く。
「最初はどうなることかと思ったけど、サヴィトリってばやだイケメン……! 俺惚れちゃいそう」
ジェイが軽い調子でサヴィトリにウインクを送る。
「少しは上に立つ自覚を持ったか。祝いに一度抱いてやる」
ヴィクラムはサヴィトリの頭を軽く撫で、さらっとおかしなことを言う。
「どさくさにまぎれて何仰りやがりますかこのドグサレ凡愚ども! 特にそこの赤毛色情狂! 今すぐくたばりやがってください!」
「大人の階段を登る手伝いをしようと思ってな」
「わたくしがサヴィトリ様のお手伝いするので貴様はすっこんでいやがりなさってくださりやがれ!」
「じゃあ、間を取って俺が」
こそっとジェイが手を挙げて志願する。
『フルメタルジャケットは黙ってろ!』
「ひどい……っていうか俺、真性じゃないんですけど」
「ねえナーレ、フルメタルとか真性って何?」
「……聞かなかったことにしなさい」
そう言ったナーレンダは、今までに見たことがないくらい真剣な表情をしていた。
本当に触れてはいけないことのようだ。
言い争っている三人は放っておき、サヴィトリはニルニラに視線をむけた。
ちょうど同じタイミングでニルニラは顔を上げ、目が合った。
ニルニラは気まずそうな顔をし、唇を噛みしめる。
「……言い訳にしか聞こえないと思うのでございますが、生贄があの、そういうことだって知っていたら、こんな依頼受けなかったのでございます」
サヴィトリには、ニルニラが嘘を言っているようには見えなかった。
もしこれが助かりたいがための偽りであったなら、逆にすごいとも思う。
「そういうことって?」
サヴィトリはわざと意地悪く聞き返す。
「そういうことでございます!」
ニルニラは顔を赤くして怒鳴る。
こんな幼い反応をする人間が、暴行幇助など進んでするわけがない。
「待ってサヴィトリ。ニルニラが教えてくれたんだよ。サヴィトリがどこに連れていかれたのか」
ジェイがかばうようにニルニラの前に立った。
「あの時のニルニラ、すっごい真っ青な顔してたよ。大変なことをしちゃったかもしれない、って。縄で縛ったのだって、ニルニラが自分から言い出したことなんだ。逃げないことと、責任を取るための証明だって――」
「ヘタレ! 余計な口出しをするんじゃないのでございます!」
ニルニラは眉をつり上げ、ジェイを思いっきり足蹴にする。
「せっかくフォローしたのに……」
ジェイは涙をぬぐいながら退場した。
誰からも――特にカイラシュからの反論の声があがらないということは、ジェイの言ったことは真実なのだろう。
「ニルニラ」
サヴィトリは静かに、できるだけ感情を込めない声で名前を呼んだ。
ニルニラは身体をびくりと震わせ、サヴィトリの顔を見返す。
「とりあえず、イラッとしたことは確かだから、デコピンな」
「は?」
呆気に取られているニルニラの額を、サヴィトリは思いっきり爪で弾いた。
衝撃でニルニラの顔が仰向けに反る。
「っ、ぃ~~~~~~~~~っ!」
ニルニラは痛みをこらえるように歯を食いしばった。
よほど痛かったのか涙目になってしまっている。
「今回のことはこれで許す」
サヴィトリは微笑んでみせ、ニルニラの縄をほどいた。
ニルニラは、わけがわからないとでも言いたげに目をしばたたく。床に落ちていたピンクの日傘を差し出すと、ニルニラはひったくるように受け取った。
「許すって……あんたさんは大馬鹿なのでございます! 全然意味がわかんないのでございます!」
ニルニラは眉間に皺を寄せ、サヴィトリを怒鳴りつける。
「意味がわからないのはニルニラのほうだろう。お前はあの時、私のことを簡単に殺すことができたはずだ。でもそうしなかった。今だって、金をもらってさっさとどこかに逃げればよかったのに、『罪悪感でいっぱいです』みたいな顔しておとなしく捕まってる。はっきり言うけど、ニルニラには暗殺者とか悪事を働くのにはむいてない。今すぐ転職しろ」
サヴィトリもつられて大声で言い返す。
「なんであんたさんにそんなこと言われなきゃならないのでございますか! 余計なお世話なのでございます!」
「他人に余計な世話を焼かせるような態度を取るほうが悪い。それとも、お前はさっきの村長のように締めあげられたいのか? 憲兵に突き出されて厳罰に処されたいのか?」
「あんたさんなんかに変な情けをかけられるより、そっちのほうがマシなのでございます!」
「……あっそ」
サヴィトリは急に声のトーンを落とした。
ニルニラは一瞬しまったという顔をしたが、もう遅い。
「罰だよ、ニルニラ」
サヴィトリはニルニラの腕をつかみ、強く自分の方に引き寄せた。
「お前はこれから、私のガイドになるんだ」
「……は?」
死刑宣告あたりを覚悟していたであろうニルニラは間抜けな声をあげる。
「私はちゃんと覚えているぞ。お前はあの夜、『あんたさんが望むなら、あとでどこでもいくらでも案内してあげるのでございます』と言っていた。だから私にクベラの案内をしろ。胡散くさい仕事なんかやめてガイドになれ。それが私の望むこと、ニルニラに与える罰だ」
「……はぁ!?」
「サヴィトリ様、そのような品性のないニラ女より、案内ならばわたくしが隅から隅まで……」
カイラシュが会話に割りこんできた。
もっと早くに口を出してくるかと思ったが、さっき叱責されたのが相当こたえていたのかもしれない。
「カイは黙ってて。もう決めたことだ。二度目は本当に許さないよ」
間違いなくヘコむだろうなと思いつつ、サヴィトリはカイラシュをにらんだ。
カイラシュは叱られた仔犬のような顔をし、三歩うしろに退いた。
ちゃんとフォローしておかないと、後々まで引きずりそうだ。
「良かったね、ニルニラ。就職おめでとう」
ジェイがにこにこと笑い、ニルニラに拍手を送った。なぜか隣のヴィクラムまで拍手をしている。
ナーレンダの顔には「どうでもいい」と書いてある。
「改めて、ガイドよろしく、ニルニラ」
サヴィトリはニルニラの手を握り、大きく上下に振った。
ニルニラは不機嫌そうな顔をしていたが、「本当に大馬鹿なのでございます」とほんの少しだけ笑ってくれた。
0
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる