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第二章 ヴァルナ
2-6 女子会はジュースと共に
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「……まだこんな所にいたのでございますか?」
呆れたように言ったのはニルニラだった。すでに何かしら見てきたのか、紙袋を抱えている。
「ちょうどいいや。ニルニラ、案内して」
サヴィトリは素早くニルニラの所に駆け寄り、がっちりと腕をつかんだ。
「なんであたしが……」
ニルニラの顔にはでかでか「迷惑」と書かれている。
「だってガイドだろう? ほら、あそこに変な屋台みたいなのがある。ジュース売ってるみたいだ。行ってみよう!」
サヴィトリはニルニラの意思を無視し、最初にカイラシュと行こうとしていたジューススタンドを指差す。
「ちょっと、引っぱらないででございます!」
特産品なのか、それとも奇をてらってなのか、ジューススタンドにはあまりなじみのないジュースが並んでいた。
「バクチイチゴ、ジェムアセロラ、バナパイン、星屑レモン……? 形や味とかにちなんでいるみたいでございますね」
ニルニラがメニューの一部を不思議そうに読みあげる。ガイドといっても、あまりヴァルナ村についての知識はなさそうだ。
「ヴァルナは土が悪くてあまり作物が育たないんです。でも十数年くらい前に品種改良と土壌の改善に成功して、なんとか果物が採れるようになったんです。見た目は少し変だけど、味は普通の果物と変わらないですよ」
店員が気さくに話しかけてきた。サヴィトリとそう変わらない年頃の少女が一人で切り盛りをしている。
「女の子には、オーソドックスにイチゴミルクとかアセロラレモンがおススメですよ。これ、良かったらどうぞ」
店員の少女は人懐っこい笑顔を浮かべ、ジュースを二つ差し出した。
「いいのか?」
「父がご迷惑をおかけしたみたいなのでサービスです。あと、あたし、ユーリスって言います。良かったらまた来てくださいね」
あ、でも店長にはこれ内緒で、と店員の少女――ユーリスは人差し指を唇に押し当てた。
「父?」
「あたし、こう見えて村長の娘なんです」
「村長の娘」にこう見えても何もない気がするが、サヴィトリはありがたく厚意を受け取ることにした。
「ありがとう、ユーリス。ニルニラはどっちがいい?」
サヴィトリは受け取ったジュースを見比べる。
イチゴミルクとアセロラレモン。
サヴィトリとしては、甘ったるそうなイチゴミルクよりも、さっぱりしていそうなアセロラレモンのほうがいい。
「イチゴミルク」
ニルニラは即答し、イチゴミルクの入ったほうを取った。
「イチゴが好きなのか。なんかわかりやすいな」
「何か文句があるのでございますか!?」
「古典の域に入るほどいかにも女の子って感じの選択だな、と」
「人の嗜好に文句をつけないでほしいのでございます!」
「あれ、褒めたつもりだったのだけれど」
サヴィトリはため息混じりに苦笑する。
正確には褒めたというより羨ましかった。
女の子的な可愛らしさは、クリシュナのことを師匠と呼ぶようになってから意識的に避けてきた。強くなるため、泣かない子になるために、不必要なものだと思っていた。
「あの、失礼かもしれないんですけど、『美形ご一行様』はどちらからいらしたんですか? やっぱり都会?」
瞳をきらっきらに輝かせ、ユーリスが尋ねてきた。
サヴィトリとニルニラは顔を見合わせる。
「『美形ご一行様?』」
何やら妙な呼ばれ方をしているようだ。
色々ツッコミを入れたいところだが、とりあえず喉が渇いていたので、もらったジュースを飲む。酸味と甘さのバランスがちょうどいい。
「もう村で目下話題独占中ですよ~! お二人も綺麗で細くてすっごく可愛いんですけど、特に長身で髪を結った色気たっぷりのおねーさんと、大きな剣を背負った赤髪オールバックのおにーさんとか超美形ですよね!!」
ユーリスは唾を飛ばしかねないほどの勢いでまくし立てた。両手を組み、何かを思い出すようにうっとりと目蓋を閉じる。
サヴィトリにはユーリスの興奮のポイントがわからない。
「カイとヴィクラムのことか。確かに二人とも顔は整っている。だが、カイはあれで男だ。ちゃんと付いてる」
「見たんですか!?」
「見たのでございますか!?」
ユーリスとニルニラがほぼ同時に声をあげる。なぜか二人とも顔が赤い。
「見せられそうになったことは何度もある。手を股間に持っていかれそうになったこともあったな」
カイラシュのセクハラは留まるところを知らない。日々急角度にエスカレートしていっている。
このままだと寝込みを襲われるのもそう遠くないだろう。いっそのことナニを粉砕して第二の人生を歩ませてやったほうがいいのかもしれない。
「あのカマ犬、本物の変態なのでございます」
ニルニラは嫌悪感をあらわにした。
変態どうこう以前に、ニルニラはカイラシュが苦手なようだ。もっとも、カイラシュが苦手でない人間に会ったこともないが。
「うらや……じゃなくって、仲が良いんですね。もしかして、恋人、とかなんですか?」
先ほど以上に目を輝かせ、ユーリスがサヴィトリに詰め寄ってきた。
「えっと、誰と誰が?」
サヴィトリは思わずのけ反る。
カイラシュとは違った意味で、ユーリスは押しが強い。
「本当に鈍いのでございます。あんたさんと、あいつらのうちの誰かが恋人同士なのではないか、ってことでございます。――実際のところ、どうなのでございますか?」
なぜかニルニラまで詰め寄ってきた。
サヴィトリは気圧されるように二、三歩あとずさる。
「とびっきりの美人さんだけどやや変態なおねにーさま。クールな短髪剣士っていうイケメンキャラのテンプレみたいなおにーさん。あと、その二人よりもちょーっと見劣りするけど、朗らかな癒し系笑顔が母性本能をくすぐる地味系男子――それぞれ個性的でどれも捨てがたいですよね~」
ユーリスは頬に手を当て、熱っぽいため息をついた。
「ふーん、他人にはそう見えるのか。カイは人智を超えたド級の変態マゾ。ヴィクラムは脳筋で酒浸りのアホ。ジェイは、料理は上手いが腹の中は真っ黒け。どいつもこいつも、ろくなものではないな」
サヴィトリは一刀で三人を切り捨てる。
三人のうちの誰かを恋人になど、一瞬たりともよぎったことはない。
「結構ゼータクですね」
「ひどいフラグクラッシャーを見たのでございます」
ユーリスとニルニラが、示し合わせたかのように呆れたと言いたげな視線をむけてくる。意外と二人は似ているのかもしれない。
「いや、好きか嫌いかで言えばみんな好きだ。ただ、そういう対象としては見ていないというだけで」
「全力で粉砕しましたね、今」
「バッキバキでございます」
「?」
慌ててフォローをしたつもりが逆効果だったようだ。更に、二人の視線が鋭さを増す。
「ちなみに、あのカエルはどうなのでございますか? 人となりはよく知らないのでございますが、相当優秀な人物だと聞いているのでございます」
「ナーレ? うーん、会うのは久しぶりだったけれど、相変わらず性格悪いなぁと。三十路であんなんじゃあ、絶対に友達少ないと思う」
「……全滅なのでございます」
ニルニラは頭を抱えてしまった。
サヴィトリには、二人の反応の理由がまったくわからない。
「じゃあさ、そういうニルニラはどうなんだ? 恋人とか好きな人とか、いないのか?」
自分だけ質問攻めにされるのも不公平なので、サヴィトリはニルニラに矛先をむけた。
「あっ、あたしでございますか!?」
「あ、声うわずった」
「あ、顔赤くなった」
「うるさいのでございます!!」
ニルニラはきんきん声で怒鳴ると、傘で顔を隠してしまった。
「わかりやすいなニルニラは。で、誰? どんな人? 年上年下?」
意趣返しとばかりにサヴィトリはニルニラに詰め寄った。
ユーリスもうんうんとうなずきながらサヴィトリに続く。
「だ、誰だって関係ないのでございます!」
「えー、他人のこと散々聞いておきながら、ニルニラのほうは教えてくれないなんてずるいじゃないか」
サヴィトリがごねると、ニルニラはうっと言葉に詰まった。意外にニルニラはお人好しだ。
「……すごく、嫌な人なのでございます。お節介で、優しくて。あたしのことなんか、なんにも思っていないくせに」
ニルニラは頬を赤らめ、拗ねたように言った。
恋をしている女の子の顔だ。
何度か見たことがある、自分には縁遠いもの。
「乙女ですねー」
「青春だな」
「~~~もうっ! 帰るのでございます!」
ニルニラは足音荒く、村長の家の方にむかってしまった。
「あーあ、行っちゃった」
サヴィトリはユーリスと顔を見合わせ苦笑する。
「ジュースありがとう、ユーリス。また今度来るよ」
サヴィトリは手を振り、急いでニルニラの後を追いかけた。
呆れたように言ったのはニルニラだった。すでに何かしら見てきたのか、紙袋を抱えている。
「ちょうどいいや。ニルニラ、案内して」
サヴィトリは素早くニルニラの所に駆け寄り、がっちりと腕をつかんだ。
「なんであたしが……」
ニルニラの顔にはでかでか「迷惑」と書かれている。
「だってガイドだろう? ほら、あそこに変な屋台みたいなのがある。ジュース売ってるみたいだ。行ってみよう!」
サヴィトリはニルニラの意思を無視し、最初にカイラシュと行こうとしていたジューススタンドを指差す。
「ちょっと、引っぱらないででございます!」
特産品なのか、それとも奇をてらってなのか、ジューススタンドにはあまりなじみのないジュースが並んでいた。
「バクチイチゴ、ジェムアセロラ、バナパイン、星屑レモン……? 形や味とかにちなんでいるみたいでございますね」
ニルニラがメニューの一部を不思議そうに読みあげる。ガイドといっても、あまりヴァルナ村についての知識はなさそうだ。
「ヴァルナは土が悪くてあまり作物が育たないんです。でも十数年くらい前に品種改良と土壌の改善に成功して、なんとか果物が採れるようになったんです。見た目は少し変だけど、味は普通の果物と変わらないですよ」
店員が気さくに話しかけてきた。サヴィトリとそう変わらない年頃の少女が一人で切り盛りをしている。
「女の子には、オーソドックスにイチゴミルクとかアセロラレモンがおススメですよ。これ、良かったらどうぞ」
店員の少女は人懐っこい笑顔を浮かべ、ジュースを二つ差し出した。
「いいのか?」
「父がご迷惑をおかけしたみたいなのでサービスです。あと、あたし、ユーリスって言います。良かったらまた来てくださいね」
あ、でも店長にはこれ内緒で、と店員の少女――ユーリスは人差し指を唇に押し当てた。
「父?」
「あたし、こう見えて村長の娘なんです」
「村長の娘」にこう見えても何もない気がするが、サヴィトリはありがたく厚意を受け取ることにした。
「ありがとう、ユーリス。ニルニラはどっちがいい?」
サヴィトリは受け取ったジュースを見比べる。
イチゴミルクとアセロラレモン。
サヴィトリとしては、甘ったるそうなイチゴミルクよりも、さっぱりしていそうなアセロラレモンのほうがいい。
「イチゴミルク」
ニルニラは即答し、イチゴミルクの入ったほうを取った。
「イチゴが好きなのか。なんかわかりやすいな」
「何か文句があるのでございますか!?」
「古典の域に入るほどいかにも女の子って感じの選択だな、と」
「人の嗜好に文句をつけないでほしいのでございます!」
「あれ、褒めたつもりだったのだけれど」
サヴィトリはため息混じりに苦笑する。
正確には褒めたというより羨ましかった。
女の子的な可愛らしさは、クリシュナのことを師匠と呼ぶようになってから意識的に避けてきた。強くなるため、泣かない子になるために、不必要なものだと思っていた。
「あの、失礼かもしれないんですけど、『美形ご一行様』はどちらからいらしたんですか? やっぱり都会?」
瞳をきらっきらに輝かせ、ユーリスが尋ねてきた。
サヴィトリとニルニラは顔を見合わせる。
「『美形ご一行様?』」
何やら妙な呼ばれ方をしているようだ。
色々ツッコミを入れたいところだが、とりあえず喉が渇いていたので、もらったジュースを飲む。酸味と甘さのバランスがちょうどいい。
「もう村で目下話題独占中ですよ~! お二人も綺麗で細くてすっごく可愛いんですけど、特に長身で髪を結った色気たっぷりのおねーさんと、大きな剣を背負った赤髪オールバックのおにーさんとか超美形ですよね!!」
ユーリスは唾を飛ばしかねないほどの勢いでまくし立てた。両手を組み、何かを思い出すようにうっとりと目蓋を閉じる。
サヴィトリにはユーリスの興奮のポイントがわからない。
「カイとヴィクラムのことか。確かに二人とも顔は整っている。だが、カイはあれで男だ。ちゃんと付いてる」
「見たんですか!?」
「見たのでございますか!?」
ユーリスとニルニラがほぼ同時に声をあげる。なぜか二人とも顔が赤い。
「見せられそうになったことは何度もある。手を股間に持っていかれそうになったこともあったな」
カイラシュのセクハラは留まるところを知らない。日々急角度にエスカレートしていっている。
このままだと寝込みを襲われるのもそう遠くないだろう。いっそのことナニを粉砕して第二の人生を歩ませてやったほうがいいのかもしれない。
「あのカマ犬、本物の変態なのでございます」
ニルニラは嫌悪感をあらわにした。
変態どうこう以前に、ニルニラはカイラシュが苦手なようだ。もっとも、カイラシュが苦手でない人間に会ったこともないが。
「うらや……じゃなくって、仲が良いんですね。もしかして、恋人、とかなんですか?」
先ほど以上に目を輝かせ、ユーリスがサヴィトリに詰め寄ってきた。
「えっと、誰と誰が?」
サヴィトリは思わずのけ反る。
カイラシュとは違った意味で、ユーリスは押しが強い。
「本当に鈍いのでございます。あんたさんと、あいつらのうちの誰かが恋人同士なのではないか、ってことでございます。――実際のところ、どうなのでございますか?」
なぜかニルニラまで詰め寄ってきた。
サヴィトリは気圧されるように二、三歩あとずさる。
「とびっきりの美人さんだけどやや変態なおねにーさま。クールな短髪剣士っていうイケメンキャラのテンプレみたいなおにーさん。あと、その二人よりもちょーっと見劣りするけど、朗らかな癒し系笑顔が母性本能をくすぐる地味系男子――それぞれ個性的でどれも捨てがたいですよね~」
ユーリスは頬に手を当て、熱っぽいため息をついた。
「ふーん、他人にはそう見えるのか。カイは人智を超えたド級の変態マゾ。ヴィクラムは脳筋で酒浸りのアホ。ジェイは、料理は上手いが腹の中は真っ黒け。どいつもこいつも、ろくなものではないな」
サヴィトリは一刀で三人を切り捨てる。
三人のうちの誰かを恋人になど、一瞬たりともよぎったことはない。
「結構ゼータクですね」
「ひどいフラグクラッシャーを見たのでございます」
ユーリスとニルニラが、示し合わせたかのように呆れたと言いたげな視線をむけてくる。意外と二人は似ているのかもしれない。
「いや、好きか嫌いかで言えばみんな好きだ。ただ、そういう対象としては見ていないというだけで」
「全力で粉砕しましたね、今」
「バッキバキでございます」
「?」
慌ててフォローをしたつもりが逆効果だったようだ。更に、二人の視線が鋭さを増す。
「ちなみに、あのカエルはどうなのでございますか? 人となりはよく知らないのでございますが、相当優秀な人物だと聞いているのでございます」
「ナーレ? うーん、会うのは久しぶりだったけれど、相変わらず性格悪いなぁと。三十路であんなんじゃあ、絶対に友達少ないと思う」
「……全滅なのでございます」
ニルニラは頭を抱えてしまった。
サヴィトリには、二人の反応の理由がまったくわからない。
「じゃあさ、そういうニルニラはどうなんだ? 恋人とか好きな人とか、いないのか?」
自分だけ質問攻めにされるのも不公平なので、サヴィトリはニルニラに矛先をむけた。
「あっ、あたしでございますか!?」
「あ、声うわずった」
「あ、顔赤くなった」
「うるさいのでございます!!」
ニルニラはきんきん声で怒鳴ると、傘で顔を隠してしまった。
「わかりやすいなニルニラは。で、誰? どんな人? 年上年下?」
意趣返しとばかりにサヴィトリはニルニラに詰め寄った。
ユーリスもうんうんとうなずきながらサヴィトリに続く。
「だ、誰だって関係ないのでございます!」
「えー、他人のこと散々聞いておきながら、ニルニラのほうは教えてくれないなんてずるいじゃないか」
サヴィトリがごねると、ニルニラはうっと言葉に詰まった。意外にニルニラはお人好しだ。
「……すごく、嫌な人なのでございます。お節介で、優しくて。あたしのことなんか、なんにも思っていないくせに」
ニルニラは頬を赤らめ、拗ねたように言った。
恋をしている女の子の顔だ。
何度か見たことがある、自分には縁遠いもの。
「乙女ですねー」
「青春だな」
「~~~もうっ! 帰るのでございます!」
ニルニラは足音荒く、村長の家の方にむかってしまった。
「あーあ、行っちゃった」
サヴィトリはユーリスと顔を見合わせ苦笑する。
「ジュースありがとう、ユーリス。また今度来るよ」
サヴィトリは手を振り、急いでニルニラの後を追いかけた。
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