Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-

甘酒

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第二章 ヴァルナ

2-5 休憩にコースがあるの?

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「どこへなりともお供いたします、サヴィトリ様」

 どこにむかうかサヴィトリが目星をつけていると、前方にカイラシュが立ちはだかった。
 サヴィトリは顔が引きつるのを抑えられない。

(……いや、ここで断ってあとをつけられても困るな)

 サヴィトリがどこへ行くにも、カイラシュは必ずついてくる。あらゆる害悪からサヴィトリの身を守るため、片時も離れるわけにはいかない、というのがカイラシュの弁だ。
 確かにカイラシュのおかげで危険な目に遭うことが格段に減った。しかしその代わりに、ストレスという見えない害悪にさいなまれることが劇的に増えた。
 もっと普通に接してくれればいいのに、とサヴィトリは願わずにいられない。

「じゃあ一緒に行こう、カイ。歩きどおしで少し疲れたから、何か飲んで休憩しないか?」

 サヴィトリは近くにあったジューススタンドを指差した。観光者むけに作られたものなのか、店舗はいやに真新しく、村の雰囲気から浮いている。

「サヴィトリ様がわたくしと二人で休憩してくださる……!」

 カイラシュはなぜか顔を赤らめて喜んでいた。

「おーい、カイー?」

 サヴィトリはおそるおそるカイラシュの顔の前で手を振った。
 トリップしている時のカイラシュは、十中八九ろくでもないことを考えている。

「わかりましたサヴィトリ様。わたくしと三時間じっくり休憩しましょう!」

 カイラシュはサヴィトリの手をぎゅっと握りしめた。

「カイ、その三時間というのはなんだ?」
「休憩コースはたいてい三時間と相場が決まっております」
「休憩にコースがあるのか?」
「サヴィトリ様さえよろしければフリータイムでも宿泊でもいっそ連泊でも構いません! むしろ望むところでございます! 場所を重視するならデイユースプランというのもありますよ!!」
「……そろそろ殴ってもいいか?」
「はい、どうぞ!」

 笑顔で快諾したカイラシュの横っ面に、サヴィトリは鉄拳を叩きこむ。
 恍惚とした表情のカイラシュは錐もみ回転して吹っ飛んだ。カイラシュはゾンビを遥かに上回る再生力を有しているので、これくらいではびくともしないだろう。

「サヴィトリ、そんな救いようのないアホは放っておいて、僕を道具屋に連れてってよ」

 荷物の中に隠れていたはずのナーレンダが、いつの間にかサヴィトリの肩によじ登っていた。

「せっかくクベラでも有数の鉱石の産地に来たんだ。見ておかない手はないね」
「ナーレは宝石が好きなの?」
「好きというか、術の実験で使ったりするからね。質の良い石は術を行使する際の補助にもなる。僕がしてる指輪も君のターコイズの指輪も、ヴァルナで採れた石を使ってるんだ」

 ナーレンダは吸盤のある手をひらひらと振る。もちろんそこに指輪はない。サヴィトリの記憶では、緑碧玉を戴く金の指輪を右手の中指にはめていたはずだ。

「身につけた物も含めてこの姿に変質させられたから、元に戻れば着けているはずだよ」

 サヴィトリの疑問に答えるようにナーレンダは言った。

「ということは、元に戻った時に服がなくてきゃーみたいなお色気展開にはならないんだ」
「何その発想。誰が見たいのさそんなもの」
「んー、私はこれっぽっちも見たくないけれど、もしかしたらものすごく奇特な人がいるかもしれない」
「はいはい」

 ナーレンダは面倒くさくなったのか、ふて寝のポーズを取った。

「……そうだ、君に聞きたいことがあったんだ」

 急にナーレンダが跳ね起き、姿勢を正す。

「どうしてその指輪から、あんな弓が出るわけ?」

 ナーレンダの質問に、サヴィトリは首をかしげた。
 そもそも指輪を作り、サヴィトリに渡したのはナーレンダだ。ナーレンダが付与した機能だろう。

「ナーレが作ったんじゃないの、これ?」
「確かに作ったのは僕だし、渡したのもまぎれもなく僕だ」
「『――十年たって君のもらい手が誰もいなかったら、公共の福祉のために僕が尊い犠牲者となって、仕方なく君をもらってやってもいい』って超上から目線の台詞とともに渡してくれたよね」

 サヴィトリは当時のナーレンダの口調をまねる。幼心に、なかなか忘れがたい台詞だった。

「……ふん、君は余計なことばかり覚えているんだな」

 ナーレンダは口元を手で覆い隠して言った。

「常識的に考えてみなさい。小さな子供へのプレゼントに、そんな物騒な機能をつけるわけがないだろう」
「じゃあ、どうしてこれは武器が出るの?」
「まぁ、解析してみないことにはなんとも言えないけど、いつ頃その機能に気付いたの?」
「うーん……」

 サヴィトリは記憶の糸をたぐり寄せる。
 ナーレンダから指輪をもらったすぐ後だったような気もするし、数年前だったような気もする。……ようするに、覚えていない。

「ああ、君は余計なことしか覚えられないんだったね」

 ナーレンダは明らかに馬鹿にして言った。

「話は終わったか? そろそろ行くぞ」

 イラッとしたサヴィトリがナーレンダの身体をわしづかみにしようとした時、別の大きな手がナーレンダをつかんだ。
 ナーレンダはぐえっと潰されたカエルのような声をあげる。いや、実際にカエルなのだから「ような」は余計か。

「この馬鹿ラム! お前の遠慮のない力で握られたら僕が死ぬだろう!」
「実際には死んでいないのだから問題ない」

 ヴィクラムは意に介さず、無造作にナーレンダを荷物の中に放りこんだ。何を言ってるかは聞き取れないが、中でナーレンダがうるさくわめいている。

「あいつとこいつがいては休憩にならないだろう」

 ヴィクラムは、いまだうっとりと気絶しているカイラシュと、荷物の中のナーレンダを指し示す。
 サヴィトリは苦笑いする他ない。
 このままナーレンダと道具屋に行くと、十中八九カイラシュが追いかけてきて面倒事を起こす。
 意外とヴィクラムは人を見ている。

「ヴィクラムはどこか見たい所とかないのか?」

 ゆっくりさせてもらえるのはありがたいがヴィクラムに負担がかかるのも申し訳ない。

「俺に気など遣わなくていい」

 ヴィクラムは見落としそうなほど小さく微笑み、サヴィトリの頭にぽんと軽く手を置いた。大きな手だ。養父のクリシュナを思い出す。身長もちょうど同じくらいだ。
 以前よりも、ヴィクラムは優しくなった気がする。ただのうぬぼれかもしれないが。

「――頭ぽんって、やっぱされると嬉しい?」

 ヴィクラムの背中が遠くなってから、誰かに背中をつつかれた。
 首をまわして背後を窺うと、何か言いたげなジト目をしたジェイの姿があった。てっきりもうどこかに出かけたのだと思っていた。
 まるっきり気にしていないわけではないがジェイは影が薄いので、いてもいなくても気付かない。

「頭ぽんって、さっきヴィクラムがやったやつ?」
「そ。こういうの」

 ジェイはデフォルトのへらへら~とした笑顔で、サヴィトリの頭に手を置いた。ジェイのほうがいくらか置き方が優しい。

「なんだろう。ジェイにされるとイラッとする」
「……余計なことしてすみませんでした」

 ジェイはわざとらしくさめざめと泣いてみせた。

「頭ぽん、ねえ」

 サヴィトリは自分の手のひらを見つめる。
 次に、ジェイの方を見た。
 当たり前かもしれないが、数年前よりも身長が伸びている。背伸びをしなければ届かない。

「嬉しい?」

 尋ねながら、サヴィトリはジェイの頭に手を置いた。正確にはつま先立ちをしたせいでふらつき、頭の側面を撫でるような形になった。
 ジェイの顔が一瞬にして赤に染まる。困らせることをしてしまったのかもしれない。

「……サヴィトリのそういうとこ、ずるいよね」

 ジェイは顔をそむけ、長いため息をつく。

「ジェイ?」
「なんでもない!」

 サヴィトリといっさい視線を合わせず、ジェイは逃げるように駆けていった。なぜか気絶したカイラシュのことも襟首をつかんで引きずっていってくれた。
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