Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-

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第二章 ヴァルナ

2-4 ヴァルナ村

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 空を厚く覆う灰色の雲は、見るからに雨雲然としていた。
 にもかかわらず、サヴィトリ達が村の入口に到着した今も、一滴の雨粒すら落とすことはしなかった。身体にまとわりつく湿った空気を漂わせるだけにとどまる。

 そこは村というより、浮世を厭う者達がひっそりと身を寄せ合う隠れ里のようだった。周囲の木々に溶け合うようにして簡素な作りの家がぽつりぽつりと点在している。
 入口を示す人工的なアーチと村の名前が記された立札がなければ、目的の場所に着いたのだとわからなかった。

「とても静かな――」

 場所だな、とサヴィトリが感想を漏らそうとした瞬間、どこからともなく人が現れた。一人や二人ではなく、およそ数十人。
 サヴィトリの呟きは謎の集団の足音にかき消され、注意力に定評のあるカイラシュが動くよりも先に、サヴィトリ達は取り囲まれてしまった。
 謎の集団は子供から老人までで構成されていた。中には赤子を抱いた母親らしき者までいる。武器を携えてはいないが、怪しげな布袋を持っている者が数名いた。

「サヴィトリ様、始末しますか? もしくは始末しますか? あるいは始末しますか?」
「補佐官殿……」

 カイラシュとヴィクラムがほとんど同時に、かばうようにサヴィトリの正面に立つ。
 背面はジェイと、不服そうな顔をしたニルニラが固めていた。

(今までと襲撃の仕方が違うな)

 特殊な素性であるため、サヴィトリはこれまでに何度も暗殺者の類に襲われたことがある。
 たいてい一人の時を狙われるのだが、村の入口という目立つ場所で、こんなにも大人数に取り囲まれたことはない。地味にこっそり、というのが暗殺者の暗黙のルールのはずだ。

 先手を打つべきか、相手の出方を見るべきか。サヴィトリが逡巡していると、布袋を持った者達が動いた。

「ヴァルナ村へようこそ!」「ヴァルナ村へようこそ!」
「ヴァルナ村へようこそ!」「ヴァルナ村へようこそ!」
「ヴァルナ村へようこそ!」「ヴァルナ村へようこそ!」
「ヴァルナ村へようこそ!」「ヴァルハラへようこそ!」

 謎の集団は全力の笑顔を浮かべて囃し立てる。色とりどりの紙吹雪がひらひらと舞う。布袋の中に入っていたのは紙片だった。

「ヴァルナ村へようこそ!」「ヴァルナ村へようこそ!」
「ヴァルナ村へようこそ!」「ヴァルナ村へようこそ!」
「ヴァルナ村へようこそ!」「ヴァルナ村へようこそ!」
「ヴァルナ村へようこそ!」「ヴァルハラへようこそ!」

 謎の集団の勢いはすさまじく、カイラシュとヴィクラムが背にかばっていなければ、胴上げでもしそうなほどだ。

「ヴァルナ村へようこそ!」「ヴァルナ村へようこそ!」
「ヴァルナ村へようこそ!」「ヴァルナ村へようこそ!」
「ヴァルナ村へようこそ!」「ヴァルナ村へようこそ!」
「ヴァノレナ村へようこそ!」「ヴァルハラへようこそ!」

「なんなんだこの村は!?」

 繰り返し響く大音響に、たまらずサヴィトリは悲鳴じみた声をあげる。
 謎の集団は暗殺者でも襲撃者ではなくヴァルナ村の村人らしいということはわかったがこの歓迎の仕方は異常だ。

「愚民どもが、サヴィトリ様はわたくしのものです!」
「どさくさにまぎれてわけのわからないことを言うな!」

 カイラシュが頬ずりをする勢いで抱きついてきたので、後頭部を強打しておく。これくらいでは一時的な足止めにしかならない。

「補佐官殿、自分の物ならば目立つ所に名前を書いておかないと。小学校あたりでそう教わったろう」
「ツッコミどころが違うぞヴィクラム! それと真に受けて名前を書こうとするなカイ!」

 真面目な顔してボケるヴィクラムと、油性ペンを片手ににやにやしているカイラシュを、サヴィトリはまとめて足蹴にする。深刻なツッコミ不足だ。早くナーレンダには元の姿に戻ってもらいたい。

「はいはいー、頭のおかしい人達は下がっててくださいねー。俺が話つけますから」

 いつにない強引さでジェイが前へと進み出た。
 ここはジェイに任せるのが最良だろうとサヴィトリはおとなしく成り行きを見守る。
 他に平和的な対話ができる人間がいない。だがカイラシュやヴィクラムとひとまとめに「頭のおかしい人達」呼ばわりされたことだけはきっちり覚えておかなければ。

「歓迎してくれるのは本当にすごーくありがたいんですけど、一体どういうことなんですか? 村に来た一万人目記念とかにでも当たっちゃったとか?」

 ジェイは尋ねながら、不自然にならないように、円陣を組む人達を観察する。
 集団のリーダーを探しているのだろうとサヴィトリは思った。村人のやっていることは不可解だが統率は取れている。指揮をとる者がいるに違いない。

 ジェイの呼びかけに対し、村人達はざわつき始めた。理由なく騒いだのか、それとも騒いだ理由を答えられないのか。

「お騒がせして申し訳ありませんでした」

 ほどなくして、円陣から一人の男が歩み出てきた。歳は三十半ばから後半ぐらいで、他の者よりも身なりが豪華だ。サヴィトリと同じ金髪緑眼をしていた。

「私が村長です」






「村長か。町長じゃなくて村長なら大丈夫そうだな」
「ねぇ、今の間ナニ?」

 ジェイが何やら微妙な顔で尋ねてくる。

「いや、あの台詞に嫌な既視感があったから」
「サヴィトリって時々謎な発言するよね」

 ジェイは付き合いきれないとでも言いたげなじとっとした視線をサヴィトリにむけた。

「その発言のすべては、わたくしに対するちょっとひねった愛のメッセージですよね、わかります」
「ややこしくなるからカイは出てくるな!」

 暴力でカイラシュを強制退場させたあと、サヴィトリ自らが村長とむき合った。

「どういうことなのか、説明してもらえますか?」

 サヴィトリの姿を見ると村長は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに何事もなかったかのように笑顔を浮かべた。

「いやいや、遠路はるばるこの村にお越しいただいたことを純粋に喜んでいるだけですよ」

(胡散くさい)

 サヴィトリは口にこそ出さなかったが、しかめっ面になるのを止められなかった。

「もし皆様さえよろしければ、宿ではなく私の家で歓待させていただきたいのですが」

 サヴィトリの表情など気にせず、村長は揉み手をして提案する。

「……カイ、あらかじめ私達の素性を伝えておいたということはないよな?」

 サヴィトリはこっそりとカイラシュに耳打ちする。
 サヴィトリ達のことを次期タイクーンとその供回り御一行だと知っていたのだとすれば、この大騒ぎっぷりも納得がいく。

「サヴィトリ様がお命じとあらば、『静まれぃ! ここにおわす方をどなたと心得る。次期タイクーンサヴィトリ様なるぞ。頭が高い、控えおろう!』って全力でやりますが」
「命じないし絶対にやるな」

 カイラシュが話を通しておいたわけではないらしい。
 だとするとこの歓迎にはなんの理由があるのか。

(戦力はあるし、いざとなればどうとでもなるか)

 サヴィトリは考えるのをやめた。わからないことをこねくりまわしていても仕方がない。

「……お言葉に甘えてお世話になります。みんなも、それでいいかな?」

 サヴィトリは全員の様子をうかがう。
 事後承諾になってしまったが反論は誰からもあがらなかった。

「では、寝所の用意等をしてまいりますので、それらが終わり次第、あらためてお呼びいたします。それまで皆様は村の中を散策なさってはいかがでしょう? 手前味噌になりますが、ヴァルナはなかなか良い所ですよ」

 そう言うと、村長は目線と手振りとで村人に指示をした。
 サヴィトリ達を取り囲んでいた村人はあっという間に散り、露店を広げ始めたり、客寄せのためののぼりを立てる。カモにする気満々だ。
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