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第一章 旅立ちと棘の影
1-3 健忘症対策?
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「わたくしとサヴィトリ様以外全員絶滅しろ!」
すみやかに隔離治療が必要な発言をしているのが補佐官カイラシュ・アースラだ。
クベラの王・タイクーンの直属であり、「タイクーンの懐刀」とあだ名される彼の職務は、タイクーンの護衛から近隣諸国との外交、有事の際の陣頭指揮など多岐にわたる。
補佐官職に就いてからほんの数年にもかかわらず、その功績は枚挙にいとまがない。性を超越したかのような完璧な美貌とともに、国内外を問わず喧伝されている。
……らしい。
その辣腕が発揮されるところを見たことがないサヴィトリとしては、にわかに信じがたいことだったが。
カイラシュ本人にとって、自身の評価など些事にも劣るものらしかった。
重要なのは「タイクーンの望みを叶えること」だけであり、それ以外に興味がない。
より正確に言えば現在は、「次期タイクーンであるサヴィトリにかしずき、全身全霊全力でその望みを叶えること」に目的がシフトしつつある。
今でさえサヴィトリにべっとりとはりつき、仲間(そもそもカイラシュにその認識が存在しているかどうか謎だが)でさえ不用意に接触することを許さない徹底した排他主義なのだから、サヴィトリが即位した暁にはどうなってしまうのか?
……もはや想像することを脳が拒否するレベルだ。
衝立越しにカイラシュの奇行を眺めていると、不意に目が合った。瞬間的にカイラシュの頬が赤く染まる。
――あぁっ、サヴィトリ様がこのわたくしを見つめてくださっている……!!
精神に害を及ぼすおかしな電波を受信してしまったような気がし、サヴィトリは慌ててカイラシュから目をそらした。
* * * * *
「……そろそろ終わりにしないか」
直撃すれば瀕死間違いなしの攻撃を受け流しつつ、ヴィクラム・キリークはため息混じりに呟く。
クベラ屈指の名門・キリークの嫡子にして、魔物専門討伐部隊「羅刹」の三番隊隊長。おまけに長身の美丈夫――羨望と嫉妬とをむけられるステータスの持ち主だ。
とはいえ、名門の子息が歩む正道とは大きくはずれている。
仰々しい名前がついているものの、羅刹は兵の出自を問わない実力至上部隊。最初から将来を約束されている者には立ち寄る必要のない場所だ。
だがヴィクラムは羅刹の道を選び、部隊の一翼を担っている。それは、彼がぬるま湯で育った貴族の青二才でないことを暗に示していた。
武勇についてはサヴィトリも認めざるをえないのだが、ほんのちょっぴり――いや、かなり性格が気にいらない。
つい先程、ヴィクラムに貧相よばわりされた自分の身体にサヴィトリは手を当てる。
ヴィクラムは口数が少ないわりに、その発言がサヴィトリの癪に障る回数が異常に多い。おそらく率直で空気が読めないタイプなのだろう。
カイラシュからふっかけられる理不尽な喧嘩に毎回律義に付き合うあたり、日常における学習能力も低いのかもしれない。
(……貧相で悪かったな、貧相で!)
無性に怒りが湧いてきたサヴィトリは、恨みを込めてヴィクラムをにらんだ。一発ぐらいカイラシュの攻撃が当たればいいのにと思う。
しかし攻撃はかすりもしない。ヴィクラムの口元に、残念だったな、とでも言いたげな笑みが浮かんでいるようにすら見える。
サヴィトリはこっそりと衝立を蹴り飛ばした。
* * * * *
「はぁ、あの人達いつまでやるのかなぁ。せっかく早起きしてパンも焼いたのに……」
近衛兵のジェイはひとり安全な場所で、カイラシュとヴィクラムの戦いを見守っている。
名門の子息ばかりで構成される近衛兵団の中で、他国出身であるジェイは異質な存在だった。元々は厨房の調理師見習いだったが、城に侵入した賊を偶然撃退した功績により、近衛兵へと取り立てられる。
だが、サヴィトリはこの話をすべて信じているわけではない。
ジェイにはもう一つ、顔があった。
暗殺者。
料理を趣味とし、朗らかで地味な青年には似つかわしくない単語だ。サヴィトリ自身、自分が襲われなければ、一生気付かないままだっただろう。実際に襲われた時も、幼なじみの彼が襲撃者であるという事実をにわかには受け入れがたかった。
紆余曲折あり、今はサヴィトリ専属の近衛兵兼食事担当として落ち着いている。幼い頃、よくジェイの家で食事をごちそうになっていたせいか、食の好みは完璧に把握されていた。
「あーあ。パンは焼きたてでふわっふわなのになー。美味しいアプリコットジャムも作ったのになー。早く誰か止めてくれないかなー」
手に持っているフライ返しをいじり倒し、ジェイはこれみよがしに呟く。
サヴィトリは明らかに煽られていると思いつつ、気持ち着替えの手を速めた。
不毛な争いを止められるのは自分だけだ。
すみやかに隔離治療が必要な発言をしているのが補佐官カイラシュ・アースラだ。
クベラの王・タイクーンの直属であり、「タイクーンの懐刀」とあだ名される彼の職務は、タイクーンの護衛から近隣諸国との外交、有事の際の陣頭指揮など多岐にわたる。
補佐官職に就いてからほんの数年にもかかわらず、その功績は枚挙にいとまがない。性を超越したかのような完璧な美貌とともに、国内外を問わず喧伝されている。
……らしい。
その辣腕が発揮されるところを見たことがないサヴィトリとしては、にわかに信じがたいことだったが。
カイラシュ本人にとって、自身の評価など些事にも劣るものらしかった。
重要なのは「タイクーンの望みを叶えること」だけであり、それ以外に興味がない。
より正確に言えば現在は、「次期タイクーンであるサヴィトリにかしずき、全身全霊全力でその望みを叶えること」に目的がシフトしつつある。
今でさえサヴィトリにべっとりとはりつき、仲間(そもそもカイラシュにその認識が存在しているかどうか謎だが)でさえ不用意に接触することを許さない徹底した排他主義なのだから、サヴィトリが即位した暁にはどうなってしまうのか?
……もはや想像することを脳が拒否するレベルだ。
衝立越しにカイラシュの奇行を眺めていると、不意に目が合った。瞬間的にカイラシュの頬が赤く染まる。
――あぁっ、サヴィトリ様がこのわたくしを見つめてくださっている……!!
精神に害を及ぼすおかしな電波を受信してしまったような気がし、サヴィトリは慌ててカイラシュから目をそらした。
* * * * *
「……そろそろ終わりにしないか」
直撃すれば瀕死間違いなしの攻撃を受け流しつつ、ヴィクラム・キリークはため息混じりに呟く。
クベラ屈指の名門・キリークの嫡子にして、魔物専門討伐部隊「羅刹」の三番隊隊長。おまけに長身の美丈夫――羨望と嫉妬とをむけられるステータスの持ち主だ。
とはいえ、名門の子息が歩む正道とは大きくはずれている。
仰々しい名前がついているものの、羅刹は兵の出自を問わない実力至上部隊。最初から将来を約束されている者には立ち寄る必要のない場所だ。
だがヴィクラムは羅刹の道を選び、部隊の一翼を担っている。それは、彼がぬるま湯で育った貴族の青二才でないことを暗に示していた。
武勇についてはサヴィトリも認めざるをえないのだが、ほんのちょっぴり――いや、かなり性格が気にいらない。
つい先程、ヴィクラムに貧相よばわりされた自分の身体にサヴィトリは手を当てる。
ヴィクラムは口数が少ないわりに、その発言がサヴィトリの癪に障る回数が異常に多い。おそらく率直で空気が読めないタイプなのだろう。
カイラシュからふっかけられる理不尽な喧嘩に毎回律義に付き合うあたり、日常における学習能力も低いのかもしれない。
(……貧相で悪かったな、貧相で!)
無性に怒りが湧いてきたサヴィトリは、恨みを込めてヴィクラムをにらんだ。一発ぐらいカイラシュの攻撃が当たればいいのにと思う。
しかし攻撃はかすりもしない。ヴィクラムの口元に、残念だったな、とでも言いたげな笑みが浮かんでいるようにすら見える。
サヴィトリはこっそりと衝立を蹴り飛ばした。
* * * * *
「はぁ、あの人達いつまでやるのかなぁ。せっかく早起きしてパンも焼いたのに……」
近衛兵のジェイはひとり安全な場所で、カイラシュとヴィクラムの戦いを見守っている。
名門の子息ばかりで構成される近衛兵団の中で、他国出身であるジェイは異質な存在だった。元々は厨房の調理師見習いだったが、城に侵入した賊を偶然撃退した功績により、近衛兵へと取り立てられる。
だが、サヴィトリはこの話をすべて信じているわけではない。
ジェイにはもう一つ、顔があった。
暗殺者。
料理を趣味とし、朗らかで地味な青年には似つかわしくない単語だ。サヴィトリ自身、自分が襲われなければ、一生気付かないままだっただろう。実際に襲われた時も、幼なじみの彼が襲撃者であるという事実をにわかには受け入れがたかった。
紆余曲折あり、今はサヴィトリ専属の近衛兵兼食事担当として落ち着いている。幼い頃、よくジェイの家で食事をごちそうになっていたせいか、食の好みは完璧に把握されていた。
「あーあ。パンは焼きたてでふわっふわなのになー。美味しいアプリコットジャムも作ったのになー。早く誰か止めてくれないかなー」
手に持っているフライ返しをいじり倒し、ジェイはこれみよがしに呟く。
サヴィトリは明らかに煽られていると思いつつ、気持ち着替えの手を速めた。
不毛な争いを止められるのは自分だけだ。
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