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メリナ視点2
メリナside2-2 信じたい
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「メリナ! 中にいるのだろう、ここを開けてくれ!」
どんどんどんっ! と叩き壊す勢いで寝室の扉がノックされた。
メリナはびくっと身体を震わせ、ナイフを取り落としてしまう。
誤魔化すべきかナイフを拾うべきか逡巡《しゅんじゅん》していると、先ほどの比ではない轟音がメリナの鼓膜に刺さった。
重厚感のあるウォールナットの扉が蹴破られ、黒い塊がものすごい勢いで部屋の中に入ってきた。
メリナは体当たりされるような勢いで、黒い塊――オズウェルに覆い包まれる。
「オズウェル、さま?」
「何をしていたかは尋ねない。だが、己を傷付けるような真似だけはやめてくれないか」
メリナを抱くオズウェルの腕に力がこもった。
身体よりも胸が苦しくなり、メリナはうめくように息を漏らす。
「私は、私自身に嫌気が差したのです。この印がある以上、オズウェル様にとって私は重荷でしかありません」
「俺がいつそんなことを言った?」
オズウェルの声に怒気がにじむのをメリナは感じた。
「言われてはおりません。ですが間違いなく背負う必要のない重荷でしょう。私が下腹にいかがわしい印を宿しているせいで、殿方はみな、意思を望まぬ形にねじまげられてしまいます。ルーカス様だけでなく、オズウェル様も、そうなのでしょう?」
言うつもりのなかったことが、するするとメリナの唇からこぼれ出ていく。こんなことを明かにして何になるのだろう。そう思いながらも言葉は止まらない。
「淫紋にあてられたから、私を娶ったのではありませんか」
オズウェルの目が大きく見開き、紅玉の瞳に燃え盛る炎が灯ったように見えた。
メリナは怒られると思い、とっさに固く目をつむる。
自分の不安を盾に、オズウェルにひどい言葉をぶつけてしまった。手をあげられても仕方がない。
「君に対する感情が、印に由来するものではないという証明はできない」
メリナの頭に、そっとオズウェルの大きな手が乗せられた。
「だが君に印がなければ、生国が異なる君と出会うことはなかった」
メリナが怖々と目蓋を持ちあげると、口角をほんの少しだけ持ちあげたオズウェルの顔があった。微笑みと呼ぶにはあまりにぎこちない表情だったが、オズウェルの思いを感じ取るのには充分だった。
「信じてくれとしか、俺には言えない。人の笑顔が美しいと、愛おしいと思ったのは、君が初めてだ」
オズウェルの手がメリナの髪を撫で、頬に触れる。肉球を有する獣人の手は不思議な感触で、日頃剣を握っているせいかごつごつとしていて少し硬い。
メリナはオズウェルの手に自分の手を重ね、初めて出会った時と同じ笑みを浮かべた。
(嘘でも本当でもどちらでもいい。私はオズウェル様を信じたい)
オズウェルは何か言いかけたが、途中で唇を引き結んだ。眉をひそめ、にらむような強さでメリナを見つめる。
「オズウェル様?」
「……限界だ」
言うが早いか、オズウェルはメリナの唇を自分のそれでふさいだ。幾度となく重なり、擦れ合う。オズウェルの薄い唇からは微かに酒の匂いがした。
婚姻の儀の時におこなった形式的なくちづけしかメリナは知らない。オズウェルらしからぬ荒々しい行為に理解が追い付かず、まばたきすらもできなかった。
唯一心臓だけはいつもより活発に動き、急かすように鼓動を響かせている。
じわじわと体温があがっていき、メリナの意識が曖昧になりかけた頃、唐突に唇が解放された。久しぶりに吸い込む空気はやけに冷たい。
「……っ、すまない!」
オズウェルはメリナの肩に手をかけて身体を引き離し、うな垂れるように頭を下げた。
一瞬ちらりと見えたオズウェルの顔は、瞳と同じ赤に染まっていた。
「どうして謝るのですか」
メリナは笑いを堪えきれず、くすくすと声を漏らしてしまう。
普段あまり感情を表に出すことのないオズウェルがあんな情熱的なことをしたり、かと思えば初心な少年のように頬を赤らめたり――知らなかった一面を見ることができたのが嬉しい。
「君の意思を無視してこんなことを……。その、苦手だったり、嫌悪感があるだろう?」
オズウェルはそろそろと面《おもて》をあげ、窺うような視線を向けた。
(しょんぼりした大きなワンちゃんみたいで可愛い)
絶対に本人には言えないことがメリナの頭によぎる。
「確かに、男性から向けられる感情は苦手ではありますが」
いったん言葉を切り、メリナはオズウェルの襟首をつかんだ。軽く自分の方へと引き寄せる。
「大好きなオズウェル様は別です」
自分の気持ちが伝わるように唇を重ねた。
「ずっと触れてほしかったんですよ。それなのに全然気付いてくださらないから」
「ずっと?」
「薄着をしたり抱きついたり、わからないなりに色々頑張ったのに。尻尾すら動かしてくださらないんですもん」
メリナは唇をとがらせ、ごちっと額をぶつけた。距離が近いせいか、オズウェルの赤い頬の熱が感じ取れる。
「まさか、ぜんぶ――ふ、子供だったのは俺のほうか」
オズウェルは自嘲《じちょう》し、メリナの腰に腕をまわした。互いの身体が密着するように抱き寄せる。
腹部のあたりに特別熱いものが当たるのを感じ、メリナはわけもなく焦った。
「己の察しの悪さが嫌になる」
オズウェルの唇に意地悪な微笑みが浮かぶ。
細められた切れ長の瞳は、もはやしょげた大型犬などではない。企みのある黒い狼がちらりと牙を見せた。
どちらともなく顔が近付き、三度《みたび》ふたりの唇が重な――らなかった。
触れる直前で、オズウェルが勢いよく首をひねる。
その視線の先には、先ほどオズウェルが蹴破ったせいで見るからに建付けの悪くなった扉と、ノーラを筆頭とした侍女たちの姿があった。みんな一様ににやにやとしている。
扉を蹴り開ける音は、何事かと思うほど大きかった。侍女たちが様子を見に来たとしても不思議はない。
(いつから見られてたの……!)
メリナは頬の熱さを鎮めるように両手を当てた。
ノーラに尋ねればもちろん教えてくれるだろうが、知りたくもあり、知らないままでいたくもある。
「場所を変えよう」
オズウェルはメリナにだけ聞こえるように囁くと、メリナの身体を軽々と抱きあげた。
侍女たちから甲高い悲鳴が上がる。
「この後の予定はすべてキャンセルだ。スケジュールの再調整を頼む。明日――いや、明後日以降にまわしてほしい。騎士団員には自己研鑽に励むよう伝えておいてくれ。それが終わったら、皆も明後日まで休んでくれていい」
オズウェルは淡々と指示を出す。
抱きかかえられているメリナの方が居たたまれない。
ノーラ以外の侍女は突然の休暇に色めきつつ、メリナとオズウェルに好奇の目を向け続けている。
メリナは髪を手櫛《てぐし》で整えるふりをしながら顔を隠し、早くオズウェルがこの場から連れ出してくれるよう願った。
どんどんどんっ! と叩き壊す勢いで寝室の扉がノックされた。
メリナはびくっと身体を震わせ、ナイフを取り落としてしまう。
誤魔化すべきかナイフを拾うべきか逡巡《しゅんじゅん》していると、先ほどの比ではない轟音がメリナの鼓膜に刺さった。
重厚感のあるウォールナットの扉が蹴破られ、黒い塊がものすごい勢いで部屋の中に入ってきた。
メリナは体当たりされるような勢いで、黒い塊――オズウェルに覆い包まれる。
「オズウェル、さま?」
「何をしていたかは尋ねない。だが、己を傷付けるような真似だけはやめてくれないか」
メリナを抱くオズウェルの腕に力がこもった。
身体よりも胸が苦しくなり、メリナはうめくように息を漏らす。
「私は、私自身に嫌気が差したのです。この印がある以上、オズウェル様にとって私は重荷でしかありません」
「俺がいつそんなことを言った?」
オズウェルの声に怒気がにじむのをメリナは感じた。
「言われてはおりません。ですが間違いなく背負う必要のない重荷でしょう。私が下腹にいかがわしい印を宿しているせいで、殿方はみな、意思を望まぬ形にねじまげられてしまいます。ルーカス様だけでなく、オズウェル様も、そうなのでしょう?」
言うつもりのなかったことが、するするとメリナの唇からこぼれ出ていく。こんなことを明かにして何になるのだろう。そう思いながらも言葉は止まらない。
「淫紋にあてられたから、私を娶ったのではありませんか」
オズウェルの目が大きく見開き、紅玉の瞳に燃え盛る炎が灯ったように見えた。
メリナは怒られると思い、とっさに固く目をつむる。
自分の不安を盾に、オズウェルにひどい言葉をぶつけてしまった。手をあげられても仕方がない。
「君に対する感情が、印に由来するものではないという証明はできない」
メリナの頭に、そっとオズウェルの大きな手が乗せられた。
「だが君に印がなければ、生国が異なる君と出会うことはなかった」
メリナが怖々と目蓋を持ちあげると、口角をほんの少しだけ持ちあげたオズウェルの顔があった。微笑みと呼ぶにはあまりにぎこちない表情だったが、オズウェルの思いを感じ取るのには充分だった。
「信じてくれとしか、俺には言えない。人の笑顔が美しいと、愛おしいと思ったのは、君が初めてだ」
オズウェルの手がメリナの髪を撫で、頬に触れる。肉球を有する獣人の手は不思議な感触で、日頃剣を握っているせいかごつごつとしていて少し硬い。
メリナはオズウェルの手に自分の手を重ね、初めて出会った時と同じ笑みを浮かべた。
(嘘でも本当でもどちらでもいい。私はオズウェル様を信じたい)
オズウェルは何か言いかけたが、途中で唇を引き結んだ。眉をひそめ、にらむような強さでメリナを見つめる。
「オズウェル様?」
「……限界だ」
言うが早いか、オズウェルはメリナの唇を自分のそれでふさいだ。幾度となく重なり、擦れ合う。オズウェルの薄い唇からは微かに酒の匂いがした。
婚姻の儀の時におこなった形式的なくちづけしかメリナは知らない。オズウェルらしからぬ荒々しい行為に理解が追い付かず、まばたきすらもできなかった。
唯一心臓だけはいつもより活発に動き、急かすように鼓動を響かせている。
じわじわと体温があがっていき、メリナの意識が曖昧になりかけた頃、唐突に唇が解放された。久しぶりに吸い込む空気はやけに冷たい。
「……っ、すまない!」
オズウェルはメリナの肩に手をかけて身体を引き離し、うな垂れるように頭を下げた。
一瞬ちらりと見えたオズウェルの顔は、瞳と同じ赤に染まっていた。
「どうして謝るのですか」
メリナは笑いを堪えきれず、くすくすと声を漏らしてしまう。
普段あまり感情を表に出すことのないオズウェルがあんな情熱的なことをしたり、かと思えば初心な少年のように頬を赤らめたり――知らなかった一面を見ることができたのが嬉しい。
「君の意思を無視してこんなことを……。その、苦手だったり、嫌悪感があるだろう?」
オズウェルはそろそろと面《おもて》をあげ、窺うような視線を向けた。
(しょんぼりした大きなワンちゃんみたいで可愛い)
絶対に本人には言えないことがメリナの頭によぎる。
「確かに、男性から向けられる感情は苦手ではありますが」
いったん言葉を切り、メリナはオズウェルの襟首をつかんだ。軽く自分の方へと引き寄せる。
「大好きなオズウェル様は別です」
自分の気持ちが伝わるように唇を重ねた。
「ずっと触れてほしかったんですよ。それなのに全然気付いてくださらないから」
「ずっと?」
「薄着をしたり抱きついたり、わからないなりに色々頑張ったのに。尻尾すら動かしてくださらないんですもん」
メリナは唇をとがらせ、ごちっと額をぶつけた。距離が近いせいか、オズウェルの赤い頬の熱が感じ取れる。
「まさか、ぜんぶ――ふ、子供だったのは俺のほうか」
オズウェルは自嘲《じちょう》し、メリナの腰に腕をまわした。互いの身体が密着するように抱き寄せる。
腹部のあたりに特別熱いものが当たるのを感じ、メリナはわけもなく焦った。
「己の察しの悪さが嫌になる」
オズウェルの唇に意地悪な微笑みが浮かぶ。
細められた切れ長の瞳は、もはやしょげた大型犬などではない。企みのある黒い狼がちらりと牙を見せた。
どちらともなく顔が近付き、三度《みたび》ふたりの唇が重な――らなかった。
触れる直前で、オズウェルが勢いよく首をひねる。
その視線の先には、先ほどオズウェルが蹴破ったせいで見るからに建付けの悪くなった扉と、ノーラを筆頭とした侍女たちの姿があった。みんな一様ににやにやとしている。
扉を蹴り開ける音は、何事かと思うほど大きかった。侍女たちが様子を見に来たとしても不思議はない。
(いつから見られてたの……!)
メリナは頬の熱さを鎮めるように両手を当てた。
ノーラに尋ねればもちろん教えてくれるだろうが、知りたくもあり、知らないままでいたくもある。
「場所を変えよう」
オズウェルはメリナにだけ聞こえるように囁くと、メリナの身体を軽々と抱きあげた。
侍女たちから甲高い悲鳴が上がる。
「この後の予定はすべてキャンセルだ。スケジュールの再調整を頼む。明日――いや、明後日以降にまわしてほしい。騎士団員には自己研鑽に励むよう伝えておいてくれ。それが終わったら、皆も明後日まで休んでくれていい」
オズウェルは淡々と指示を出す。
抱きかかえられているメリナの方が居たたまれない。
ノーラ以外の侍女は突然の休暇に色めきつつ、メリナとオズウェルに好奇の目を向け続けている。
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