「強制発情」の淫紋持ち令嬢ですが、尻尾ひとつ動かさない潔癖騎士の旦那様に愛されたい

甘酒

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オズウェル視点1

オズウェルside1-2 無邪気で無慈悲な誘惑の数々

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「ガルシア夫人のサロンに通うようになってからだろうか、メリナの行動に変化があって。弱音など吐きたくはないが、正直そろそろ限界なんだ」

 オズウェルが髪を掻きあげると、うしろに撫でつけていた髪がはらりと乱れた。

「サロンと奥さんに何の関係が?」
「自意識過剰なだけかもしれんが、煽情《せんじょう》的なことをするようになった、気がする」
「……あー、はいはい。あそこの時間を持て余したご婦人方は他人のゴシップとロマンスがお好きだからねえ。吹き込まれたんでしょ、色々」

 何かを察したルーカスは目を細める。

「どれも自分を抑えるのに苦心したが、尻尾の手入れをされた時と、彼女が酔い潰れた時はどうにかなりそうだった」

 その時のことを鮮明に思い出しそうになり、オズウェルは自分の尻尾をきつく握りしめた。鋭い痛みで思考が明瞭《めいりょう》になる。

「よくやらせたなお前。耳と尻尾はダイレクトに刺激が来るとこだろ。俺だってめったに他人に触らせない」

 ルーカスは耳をぺたんと伏せ、細長い尻尾をゆらゆらと動かした。

「仕方がないだろう。触ってみたいとせがまれては断れない」

 宝物を見つけた子供のように翡翠色の瞳を輝かせ、両手を合わせてお願いするメリナの姿はあどけなく、オズウェルは頷《うなず》かずにはいられなかった。

「耳と尻尾を他人に触らせるのは性行為同然」などと言われるくらい獣人にとっては敏感な部位だ。
 だが人間であり、オズウェルと出会うまで獣人と関わったことのないメリナがそんなことを知るはずもない。

 楽しそうに尻尾に櫛《くし》を通すメリナに対し、オズウェルは何も言えなかった。尻尾を動かさないよう努めるので精一杯だった。普段は尻尾に重《おも》しをつけて動かないようにしているが、ブラッシング中はそうもいかない。

 おかげでその夜は散々冷水を浴びた。そこまでしなければ鎮めきれない自分に嫌気がさす。

「無理をするなと言ったのに、俺に合わせて蒸留酒を飲もうとするし」

 オズウェルはイヌ科獣人特有の鋭く湾曲《わんきょく》した爪でグラスのふちを弾いた。澄んだ高い音が鳴る。

 メリナは一口酒を含んだだけで首元まで赤くした。青みの強い翡翠《ひすい》色をしたメリナの瞳は水を張ったように潤み、うふふと笑いながら身体がふらふらと左右に揺れ始めた。

 オズウェルが肩をつかんで止めると、力なくもたれかかってきて、たどたどしく「オズウェルさま」と呼ばれ――ここまで思い出したところで、オズウェルは強く頭を揺すった。

 これ以上はまずい。冷水を浴びに行かなければならなくなる。

「酔ってふにゃっとなった女の子って可愛いよな。演技かもしれないけどさ」

 ルーカスはグラスをくゆらせ、ゆっくりと酒を流し込んだ。

「メリナはいつでも可愛い」

 オズウェルは切れ長の瞳をより鋭くし、乱雑に自分のグラスに酒を注ぐ。

 酩酊《めいてい》状態のメリナに情欲を感じたのは事実だが、普段の彼女も充分すぎるほど魅力的だ。控えめでやや物怖じするところはあるが、朗らかでそばにいると落ち着く――ある意味落ち着いてはいないのだが。

「いや急にめちゃくちゃノロケるじゃん」

 引きつった笑みを浮かべるルーカスを見て、オズウェルは自分がおかしなこと――誰にも明かしたことのない本音を口走ったのに気付いた。顔が熱いのは酒だけのせいではない。

「初めて会った時から、ずっと好きなんだ」

 オズウェルの意思とは裏腹に、唇は心の内を語ることをやめない。

「最初こそ、興味本位で会いに行っただけだったんだがな」

 所用のために隣国のバートレット伯爵領に滞在していた時、伯爵の娘が結婚相手を探しているという噂を耳にした。しかもその令嬢はなにやらいわくつきであるらしい。

 理由はわからないが興味をひかれた。噂話など普段なら気にも留めないというのに。

 バートレット伯爵の屋敷へとおもむき、遠目でメリナの姿を見た時はこれといって感慨はなかった。
 聞いていた年齢よりも幼い顔立ちだと思ったくらいだ。帝国では見たことのない薄桃色の髪と翡翠の瞳は珍しかったが、それ以上の感想はない。

 応接室に通され、メリナと向かいあった瞬間、一変した。

 微笑んではいるが血の気のない人形のようだったメリナの顔が、色鮮やかに花開いた気がした。胸の内に、形容できない温かな感情が湧きあがる。

 熱に浮かされたように、オズウェルは乞《こ》うていた。

 ――願わくば、彼女を我が伴侶に。

「恥ずかしーやつ。俺相手にくだ巻くんじゃなくて本人に言ってやれよ」

 気まずそうに顔を赤くしたルーカスは、ナッツをオズウェルに投げつけた。

 こんな状況であってもオズウェルの反射神経はいつも通り働き、ナッツを受け止める。ナッツは手の中で潰れ、油分で肉球がべたついた。

 獣人は人間よりも腕力に勝る。
 自分が触れたらメリナのか弱い身体が折れてしまいそうで、やわい肌を爪で傷付けてしまいそうで恐ろしい。

「つーか夫婦なんだからしたっていいだろ、別に。むしろしない方が不自然じゃね?」
「彼女はああいった境遇だからな。男の視線に忌避感《きひかん》があるようだ。無理強いはしたくない」
「でも山のような求婚者がいた中で、奥さんはお前を選んだんだろ。ガキじゃないんだから、結婚の意味くらいわかってるはずだ」
「だが……」

 優柔不断な己に苛つきつつも、オズウェルは言葉を濁した。

 メリナは引きこもって暮らしていたため、言動に幼いところがある。内面に引きずられてか、見た目も実際の年齢より下に見えた。男女関係について理解しているのか疑わしい。

 そんな相手に対して欲情してしまっている自分は――と突き詰めて考えると本当に嫌になる。
 自分の些末《さまつ》な欲望のせいで彼女の笑顔を曇《くも》らせたくはない。

「お前にとっては一生を左右するくらい重大な悩みかもしれねーけど、俺から言わせてもらえば、二人で正直に話し合えばいいだけのことだ。それで仲がこじれたら、その程度の間柄だったって諦めりゃいい」

「……簡単に言ってくれる」

 オズウェルはグラスを口元に運ぼうとして、やめた。チェイサーの方を手に取り、一気に飲み干す。

 胸のつかえはまだ取れない。
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