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オズウェル視点1
オズウェルside1-1 妻が可愛くてもげるほどつらい
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「はぁ? 夫婦なのにまだやってもいないって、どういうことだよ」
小馬鹿にしたような友人の顔を見た瞬間、オズウェル・シャムスはひどく後悔した。
私的な相談などするべきではなかった。誰かに話そうなどと考えたこと自体、自分らしくない。気の迷いだ。
「下世話な物言いをしないでくれ」
オズウェルはテーブル越しに対面して座る友人――副団長のルーカスをにらみ、シャツの襟元を緩めた。蒸留酒の入ったグラスに口をつける。
オズウェルの私室であるこの部屋にいるのは、自分とルーカスだけだ。酒とつまみを配膳させた時に、「小一時間ほど部屋に近寄るな」と侍女には言い含めてある。
(まだ日が高いというのに酒に逃げたくなるなど、本当に追い詰められているな)
ちりちりと焼けるような刺激が喉をおりていくのを味わいながら、オズウェルは自分の情けなさをあざ笑う。
「いやいや、ごく普通の疑問だろ。それに相手は例の淫魔《サキュバス》令嬢じゃないか。騎士団内じゃ、あの団長が毎夜絞りつくされてるって下卑《げび》た憶測が飛びかってるぜ」
反射的に、オズウェルの身体が動いた。
腰に帯びた長剣を遅滞《ちたい》なく抜刀し、切っ先をルーカスの眉間に突きつける。
軍服を脱ぎ、友人と酒を酌み交わす時であっても、帯刀しているのがオズウェルの常だ。
「皆《みな》、余裕があるようだな。今日から鍛錬の強度を三倍にする」
ネコ科の獣人であるルーカスは、頭頂部に生えている耳を平たく伏せ、そろそろと両手を顔の高さまで上げた。
「人の妻を淫魔呼ばわりした非礼も詫びてもらおう」
自分に対する不名誉な憶測よりも、妻・メリナに対する侮辱的な呼び名の方がオズウェルの頭にきた。
しかし、不用意に剣を抜くなど騎士としてあるまじき行為だ。普段なら決して犯さない失態ばかり重ねてしまっている。
「すまない。口が過ぎた」
ルーカスはテーブルに両手をつき、深く頭を下げた。
「で、本題に戻るけど、『奥さんとしてない』なんて話して俺にどうしろっての。人間の女の子を悦ばせる方法でも聞きたいわけ? それとも処女の抱き方?」
オズウェルはもう一度抜刀したくなるのをどうにか堪えた。
ネコ科獣人はなにかと切り替えが早い傾向にある。ルーカスがそういう猫らしい性格であることも知ってはいるが、やはり相談する相手を間違えた。とはいえ、プライベートのことを話せるような友人は他にいない。
「……性欲を抑える方法が、知りたい」
オズウェルはテーブルに爪を立て、ほとんどうめくように言葉を紡いだ。
「は?」
ルーカスの瞳孔が大きく広がる。
「聞こえていたのにわざわざ聞き返すな!」
「いや、そんなこと俺に聞いて参考になると思うのか? よっぽど追い詰められてんのな」
ルーカスはくくっと喉を鳴らし、酒のつまみに用意したローストナッツをがりがりと噛み砕いた。
「ってか、やってない時点でちゃんと抑えられてんじゃねーの」
「……夜中にトイレや浴室で――てる」
(俺はいったい何を言っているのだろう。生まれてこのかた、今日ほど醜態《しゅうたい》を晒したことはない)
オズウェルは己の心と行動の乖離《かいり》に頭痛を覚え、顔を隠すように額を押さえた。
深夜、メリナが眠るのを確認してから、手慰《てなぐさ》みをするのがオズウェルの日課となっていた。そうでもしないと収まりがつかない。
結婚するまでは性交も自慰もほとんど必要としない淡泊な性質《たち》だったのが嘘のようだ。今では欲望を吐き出すまでに何分かかるか、何度で収まるかが正確にわかる。情けない特技だ。
「は? はははっ! なにそれウケる! 我らが騎士団が誇る剣聖『黒狼オズウェル』がそんなガキみてーな悩みで頭抱えてんのかよ!」
「笑い事ではない! これでも深刻なんだ!」
オズウェルはテーブルに拳を叩きつける。チェイサーがこぼれ、耳や尻尾と同色の黒い被毛に覆われた手がぐしょりと濡れた。
ルーカスの態度に腹は立つが、笑いたくなる気持ちもわかる。もしも友人から同じ相談をされたら、さすがに笑いはしないがおおいに困惑はするだろう。
「抱かないのに、奥さんをおかずに抜くとかどんだけ高度なことしてんだよ」
「誰がそんなことをしたと言った!」
「じゃあ別の女のことでも思い浮かべてやってんの?」
「いや……」
オズウェルは言葉に詰まる。
いけないと思いつつ、毎回頭に浮かぶのはメリナの姿態だった。
「あはははは! 奥さん似の子がいる娼館でも紹介しようか?」
「他の女を抱きたいわけではない」
「ほんと昔からストイックだよな。生きづらそ」
オズウェルとは対照的に、ルーカスは軽薄な博愛主義だ。真逆だからこそ最初はそりが合わなかった。自分には持っていないものを持っている、と相手への見方が変わってからは親しくなるのに時間はかからなかった。
小馬鹿にしたような友人の顔を見た瞬間、オズウェル・シャムスはひどく後悔した。
私的な相談などするべきではなかった。誰かに話そうなどと考えたこと自体、自分らしくない。気の迷いだ。
「下世話な物言いをしないでくれ」
オズウェルはテーブル越しに対面して座る友人――副団長のルーカスをにらみ、シャツの襟元を緩めた。蒸留酒の入ったグラスに口をつける。
オズウェルの私室であるこの部屋にいるのは、自分とルーカスだけだ。酒とつまみを配膳させた時に、「小一時間ほど部屋に近寄るな」と侍女には言い含めてある。
(まだ日が高いというのに酒に逃げたくなるなど、本当に追い詰められているな)
ちりちりと焼けるような刺激が喉をおりていくのを味わいながら、オズウェルは自分の情けなさをあざ笑う。
「いやいや、ごく普通の疑問だろ。それに相手は例の淫魔《サキュバス》令嬢じゃないか。騎士団内じゃ、あの団長が毎夜絞りつくされてるって下卑《げび》た憶測が飛びかってるぜ」
反射的に、オズウェルの身体が動いた。
腰に帯びた長剣を遅滞《ちたい》なく抜刀し、切っ先をルーカスの眉間に突きつける。
軍服を脱ぎ、友人と酒を酌み交わす時であっても、帯刀しているのがオズウェルの常だ。
「皆《みな》、余裕があるようだな。今日から鍛錬の強度を三倍にする」
ネコ科の獣人であるルーカスは、頭頂部に生えている耳を平たく伏せ、そろそろと両手を顔の高さまで上げた。
「人の妻を淫魔呼ばわりした非礼も詫びてもらおう」
自分に対する不名誉な憶測よりも、妻・メリナに対する侮辱的な呼び名の方がオズウェルの頭にきた。
しかし、不用意に剣を抜くなど騎士としてあるまじき行為だ。普段なら決して犯さない失態ばかり重ねてしまっている。
「すまない。口が過ぎた」
ルーカスはテーブルに両手をつき、深く頭を下げた。
「で、本題に戻るけど、『奥さんとしてない』なんて話して俺にどうしろっての。人間の女の子を悦ばせる方法でも聞きたいわけ? それとも処女の抱き方?」
オズウェルはもう一度抜刀したくなるのをどうにか堪えた。
ネコ科獣人はなにかと切り替えが早い傾向にある。ルーカスがそういう猫らしい性格であることも知ってはいるが、やはり相談する相手を間違えた。とはいえ、プライベートのことを話せるような友人は他にいない。
「……性欲を抑える方法が、知りたい」
オズウェルはテーブルに爪を立て、ほとんどうめくように言葉を紡いだ。
「は?」
ルーカスの瞳孔が大きく広がる。
「聞こえていたのにわざわざ聞き返すな!」
「いや、そんなこと俺に聞いて参考になると思うのか? よっぽど追い詰められてんのな」
ルーカスはくくっと喉を鳴らし、酒のつまみに用意したローストナッツをがりがりと噛み砕いた。
「ってか、やってない時点でちゃんと抑えられてんじゃねーの」
「……夜中にトイレや浴室で――てる」
(俺はいったい何を言っているのだろう。生まれてこのかた、今日ほど醜態《しゅうたい》を晒したことはない)
オズウェルは己の心と行動の乖離《かいり》に頭痛を覚え、顔を隠すように額を押さえた。
深夜、メリナが眠るのを確認してから、手慰《てなぐさ》みをするのがオズウェルの日課となっていた。そうでもしないと収まりがつかない。
結婚するまでは性交も自慰もほとんど必要としない淡泊な性質《たち》だったのが嘘のようだ。今では欲望を吐き出すまでに何分かかるか、何度で収まるかが正確にわかる。情けない特技だ。
「は? はははっ! なにそれウケる! 我らが騎士団が誇る剣聖『黒狼オズウェル』がそんなガキみてーな悩みで頭抱えてんのかよ!」
「笑い事ではない! これでも深刻なんだ!」
オズウェルはテーブルに拳を叩きつける。チェイサーがこぼれ、耳や尻尾と同色の黒い被毛に覆われた手がぐしょりと濡れた。
ルーカスの態度に腹は立つが、笑いたくなる気持ちもわかる。もしも友人から同じ相談をされたら、さすがに笑いはしないがおおいに困惑はするだろう。
「抱かないのに、奥さんをおかずに抜くとかどんだけ高度なことしてんだよ」
「誰がそんなことをしたと言った!」
「じゃあ別の女のことでも思い浮かべてやってんの?」
「いや……」
オズウェルは言葉に詰まる。
いけないと思いつつ、毎回頭に浮かぶのはメリナの姿態だった。
「あはははは! 奥さん似の子がいる娼館でも紹介しようか?」
「他の女を抱きたいわけではない」
「ほんと昔からストイックだよな。生きづらそ」
オズウェルとは対照的に、ルーカスは軽薄な博愛主義だ。真逆だからこそ最初はそりが合わなかった。自分には持っていないものを持っている、と相手への見方が変わってからは親しくなるのに時間はかからなかった。
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