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メリナ視点1
メリナside1-3 不発に終わったアプローチの数々
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「具体的に奥様から何かアプローチはなさったんですか?」
ノーラはケーキスタンドからハート型のクッキーを取り、メリナの顔の前でゆらゆらと動かした。
「出来るかぎりのことは……」
メリナはもじもじとスカートを握りしめ、上目遣いでノーラを見る。
「いつもより薄手のネグリジェを着てみたり、マッサージをしてみたり、一緒に寝ている時に寄り添ったり抱きついてみたり。そうそう、オズウェル様って尻尾が大きいから、仰向けに寝られないの。寝返りを打つと尻尾の分だけ掛け布団がずれて、朝になると床に落ちてしまっていることがほとんどなのよ。普段あんなにしっかりした方なのに、寝ている時は子供っぽいところが可愛らしくて。尻尾といえば、この前お手入れをさせてもらった時はとっても楽しかったわ! 太くて大きくて中がふわふわなの!」
どんな高級な毛皮にも勝るオズウェルの黒い尻尾の感触を思い出し、メリナはうっとりとする。そのせいでノーラが口をぽかんと開けて唖然《あぜん》としていることに気付くのが遅れた。
メリナはわざとらしい咳払いをして話を戻す。
「ごめんなさい、ええと、アプローチの話だったわよね。他にしたことといえば、一緒にお酒をいただいたこともあるわ。お酒って緊張をほぐすのに良いんでしょう? けれど初めて飲んだせいか、一杯も飲みきらないうちに私が酔いつぶれてしまって。しかもその時の記憶が全然ないの。オズウェル様は『体質に合わないようだから飲まない方が良い』って言うだけで、何があったのか教えてくださらないし。あとはね、サロンで教えていただいた帝都で流行っているっていう、あの、そういう雰囲気になりやすいお香を取り寄せて焚《た》いてみたりとかもしたのだけれど――」
「なんていうか結構色々がっつりやってますね」
ノーラは呆れ半分感心半分といった調子で言い、クッキーを口の中に放り込んだ。
「だって……!」
メリナは薄桃色の髪を落ち着きなく撫でさする。
淫紋のせいでまともに男性と接した経験がないため、どれが本当に効果があるのか、ぶっつけ本番ですべて試してみるほかなかった。
上流階級の夫人が主催するサロンでは夫婦仲に悩みを抱える者も多く、ちょっとした仕草から呪術的なものまで誘惑に関する話題に事欠かない。
一番最初にサロンに参加した時は淫紋のことを根掘り葉掘り聞かれ嫌な気分になったが、今ではサロン総出でメリナのことを応援してくれている。メリナが奔放な淫婦《いんぷ》ではなく、幽閉同然の生活を送ってきたことを知って同情してくれたらしかった。
「でも何をしても反応してくださらないの。獣人の方は表情に出なくとも、耳や尻尾に感情が表れるって教えてもらったのだけれど、ぴくりとも動かなくて。おまけに夜中になると、こっそりと三十分から一時間くらいどこかに行ってしまわれるし」
メリナが眠ったのを確認すると、オズウェルは物音一つ立てずに部屋から出て行く。結婚してから毎晩だ。
行き先が気になったが、オズウェルに感付かれずに尾行できる自信はない。それに、自分に気付かれたくないから何も言わずに行くのだろう。無理に行き先を暴《あば》くべきではない気がする。
「ねえノーラ。私おかしいのかしら」
メリナは重く湿ったため息をつき、ティーカップに手を添えた。まだほんのりと温かい。
「おかしいって、何がです?」
「男性から向けられる視線が嫌だったのに、オズウェル様にはもっと私を見てほしいの。オズウェル様が何を考えていらっしゃるのか知りたい。触れたいし、触れられたい」
言い終えてから、自分がとてつもなく恥ずかしいことを口走ってしまった気がし、メリナはカップをあおって紅茶を飲み干した。
「ふふっ、その気持ちを直接旦那様にお伝えすれば話が早いと思いますけれど?」
ノーラは笑みをこぼし、空になったカップに紅茶を注ぐ。
「……恥ずかしい」
メリナはぐるぐるとスプーンで紅茶をかき混ぜる。
「大好きだの可愛いだのと私相手に散々のろけられるのにですか?」
「だって、オズウェル様は私に興味がないかもしれないのよ。だからといって嫌いになることはないけれど、悲しい」
オズウェルが自分を妻に望んでくれた理由がメリナにはわからなかった。わざわざ隣国から来てくれたのだから、それなりの理由があるのだろうが。
(淫紋の影響で流されてしまっただけだったとしたら、立ち直れないかも)
最初に出会った時も今も、オズウェルに淫紋が作用している様子はない。
しかしそれが見かけの上だけで、本当はオズウェルの精神になんらか影響を及ぼしているのだとしたら。
仮に身体を重ねても、淫紋の効果がなくならなかったとしたら……。
「奥様?」
「大丈夫。一度にたくさんお茶を飲んだから、身体がびっくりしてしまったみたい」
ノーラに心配をかけないよう、メリナは笑顔を作った。
ノーラはケーキスタンドからハート型のクッキーを取り、メリナの顔の前でゆらゆらと動かした。
「出来るかぎりのことは……」
メリナはもじもじとスカートを握りしめ、上目遣いでノーラを見る。
「いつもより薄手のネグリジェを着てみたり、マッサージをしてみたり、一緒に寝ている時に寄り添ったり抱きついてみたり。そうそう、オズウェル様って尻尾が大きいから、仰向けに寝られないの。寝返りを打つと尻尾の分だけ掛け布団がずれて、朝になると床に落ちてしまっていることがほとんどなのよ。普段あんなにしっかりした方なのに、寝ている時は子供っぽいところが可愛らしくて。尻尾といえば、この前お手入れをさせてもらった時はとっても楽しかったわ! 太くて大きくて中がふわふわなの!」
どんな高級な毛皮にも勝るオズウェルの黒い尻尾の感触を思い出し、メリナはうっとりとする。そのせいでノーラが口をぽかんと開けて唖然《あぜん》としていることに気付くのが遅れた。
メリナはわざとらしい咳払いをして話を戻す。
「ごめんなさい、ええと、アプローチの話だったわよね。他にしたことといえば、一緒にお酒をいただいたこともあるわ。お酒って緊張をほぐすのに良いんでしょう? けれど初めて飲んだせいか、一杯も飲みきらないうちに私が酔いつぶれてしまって。しかもその時の記憶が全然ないの。オズウェル様は『体質に合わないようだから飲まない方が良い』って言うだけで、何があったのか教えてくださらないし。あとはね、サロンで教えていただいた帝都で流行っているっていう、あの、そういう雰囲気になりやすいお香を取り寄せて焚《た》いてみたりとかもしたのだけれど――」
「なんていうか結構色々がっつりやってますね」
ノーラは呆れ半分感心半分といった調子で言い、クッキーを口の中に放り込んだ。
「だって……!」
メリナは薄桃色の髪を落ち着きなく撫でさする。
淫紋のせいでまともに男性と接した経験がないため、どれが本当に効果があるのか、ぶっつけ本番ですべて試してみるほかなかった。
上流階級の夫人が主催するサロンでは夫婦仲に悩みを抱える者も多く、ちょっとした仕草から呪術的なものまで誘惑に関する話題に事欠かない。
一番最初にサロンに参加した時は淫紋のことを根掘り葉掘り聞かれ嫌な気分になったが、今ではサロン総出でメリナのことを応援してくれている。メリナが奔放な淫婦《いんぷ》ではなく、幽閉同然の生活を送ってきたことを知って同情してくれたらしかった。
「でも何をしても反応してくださらないの。獣人の方は表情に出なくとも、耳や尻尾に感情が表れるって教えてもらったのだけれど、ぴくりとも動かなくて。おまけに夜中になると、こっそりと三十分から一時間くらいどこかに行ってしまわれるし」
メリナが眠ったのを確認すると、オズウェルは物音一つ立てずに部屋から出て行く。結婚してから毎晩だ。
行き先が気になったが、オズウェルに感付かれずに尾行できる自信はない。それに、自分に気付かれたくないから何も言わずに行くのだろう。無理に行き先を暴《あば》くべきではない気がする。
「ねえノーラ。私おかしいのかしら」
メリナは重く湿ったため息をつき、ティーカップに手を添えた。まだほんのりと温かい。
「おかしいって、何がです?」
「男性から向けられる視線が嫌だったのに、オズウェル様にはもっと私を見てほしいの。オズウェル様が何を考えていらっしゃるのか知りたい。触れたいし、触れられたい」
言い終えてから、自分がとてつもなく恥ずかしいことを口走ってしまった気がし、メリナはカップをあおって紅茶を飲み干した。
「ふふっ、その気持ちを直接旦那様にお伝えすれば話が早いと思いますけれど?」
ノーラは笑みをこぼし、空になったカップに紅茶を注ぐ。
「……恥ずかしい」
メリナはぐるぐるとスプーンで紅茶をかき混ぜる。
「大好きだの可愛いだのと私相手に散々のろけられるのにですか?」
「だって、オズウェル様は私に興味がないかもしれないのよ。だからといって嫌いになることはないけれど、悲しい」
オズウェルが自分を妻に望んでくれた理由がメリナにはわからなかった。わざわざ隣国から来てくれたのだから、それなりの理由があるのだろうが。
(淫紋の影響で流されてしまっただけだったとしたら、立ち直れないかも)
最初に出会った時も今も、オズウェルに淫紋が作用している様子はない。
しかしそれが見かけの上だけで、本当はオズウェルの精神になんらか影響を及ぼしているのだとしたら。
仮に身体を重ねても、淫紋の効果がなくならなかったとしたら……。
「奥様?」
「大丈夫。一度にたくさんお茶を飲んだから、身体がびっくりしてしまったみたい」
ノーラに心配をかけないよう、メリナは笑顔を作った。
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