8 / 54
第二章 羅刹
2-3 関所
しおりを挟む
青みがかった白い石材で作られた門は、関所というよりも神殿のような趣があった。
トゥーリに三ヵ所存在する関所は、三強国がそれぞれ出資し、設置したものだという。関所の必要以上に厳かな雰囲気が、クベラという国を端的に表しているようで、サヴィトリは少し居心地が悪くなった。
門を抜けると吹き抜けの広場だった。その中心では六角形の噴水が緩やかに水を噴きあげている。
入って左右には番号を振られた窓口がいくつかあり、出入国を待つ者で人だかりができていた。大きな荷物を担いだ行商人らしき職業の人間が目立つが、サヴィトリのように着の身着のままで来たような者もいる。
(……痴女?)
とある一人の女が、サヴィトリの目にとまった。
二十代半ばぐらいで、腰まである緩く波打つ銀髪と紫の瞳が印象的な美人だ。
だがその美貌より何より、彼女の服装が人目を引く要因だった。胸と腰を申し訳程度に覆う布。彼女が身に着けている衣服はそれだけだった。
自分が注視されているのに気が付いたのか、女はサヴィトリの方をむいた。品良く微笑む。
なんとなくサヴィトリはいたたまれなくなり、軽く頭をさげてジェイの所に駆け寄った。
「あれー、混んでるなあ」
ジェイはげんなりとした顔をし、頬を人差し指でぽりぽりと引っかく。
「混んでるの?」
関所に縁のなかったサヴィトリには、どの程度が普通の状態なのかわからない。
「クベラって今時珍しいくらいに閉鎖的な国でさ、縁故以外ではほとんど入国証を発行しないんだよ。今のタイクーンになってからは比較的緩くなったみたいだけど」
「だったら余計に混むんじゃないのか。クレームをつける人とかもいるだろう」
「まぁね。でも、五年くらい前に術を利用した防衛装置が設置されてからはだいぶ減ったんだって。俺は術使えないから全然わかんないけど、とにかくすごいよね。その指輪もさ、術具なんでしょ?」
ジェイはサヴィトリの中指にはまっている指輪を指差した。
誰でも簡単に術の恩恵を受けられるようになる道具を術具という。家庭の調理器具から兵器にいたるまでその種類は多岐にわたる。
そもそも術と呼ばれる超自然の力を自在に操る力は誰しもが持っているものではない。およそ人口の一割から二割程度といったところだ。しかも人によって扱える系統がまるで違う。便宜的に属性という区分けがされているがそれに収まらないものも数多くいる。また、術の能力は成長するものではなく、先天的なものによるところが大きかった。鍛錬をすれば扱いが上手くはなるが、威力自体はほとんどあがらない。
「うん、多分これも術具ってやつなんだと思う」
サヴィトリは改めて指輪を見つめる。
石の部分にくちづけると氷の弓が出てくる指輪。ナーレが約束に、とくれた物にどうしてこんな機能があるのかはわからない。思えば今まで深く考えたこともなかったし、いつこの機能に気が付いたのかも覚えていなかった。
サヴィトリには氷の術を扱う資質があり、ナーレと共にクリシュナに教えを受けていた。といっても年齢が年齢なので、当時は子供の手習いレベルのことしかしていなかった
――が、子供に物騒な物を持たせる理由にはならない。
サヴィトリの素性を知っていて護身のために、ということなのだろうか? だとしたら十に満たない子供に酷なことをしいるものだ。
「ねえサヴィトリ。このまま待ってても仕方ないし、裏技使っちゃおう、裏技」
「裏技?」
へらへらしている割に気の短い性質なのか、ジェイはサヴィトリの手を取って詰所の裏手にまわった。通用口の扉をノックし、中からの応えを待たずに開けてしまう。
「こんにちは~、お邪魔しまーす」
親戚の家に遊びに来たかのような気軽な挨拶をすると、ちょうど手のあいていた四十代後半ほどの役人の男がジェイに目をむけた。他の者は、永久機関のように窓口で頭をさげ続けていたり、書類を抱えて右に左にと走りまわったりと、とにかく忙しそうにしている。
「まったく、表から見ても忙しいのが見てわかるだろうに。いい度胸してるなお前」
ジェイと知り合いなのか、役人の男は気安く話しかけてきた。胸につけているプレートには「主任審査官イビラヌ」とある。
「職権乱用しないと、俺みたいな庶民出のペーペーは生活もままならないんですよ。というわけではい、お願いします」
ジェイは荷物の中からぐしゃぐしゃになった封筒を取り出すと、そのまま役人の男――イビラヌに押しつけるようにして手渡す。
「仕出し弁当運んでた肉屋の小坊主が偉くなったもんだ」
イビラヌは忌々しげに舌打ちをすると、封筒の中から書類を取り出した。皺を丁寧に手で押し伸ばし、さっと文面に目を通す。
次に、ジェイのうしろに隠れるように立っているサヴィトリに目をむける。
「ほー、アースラの遠戚のお嬢さんねえ。なるほどどうりで造作が綺麗なもんだ。あそこのお家の顔ははずれがないな」
何かに納得をしたイビラヌは無精ひげの生えた顎を撫で、壁際に並んだ棚のうちの一つの引き出しを開けた。薄いガラスのような透明のカードを取り出し、その上で人差し指を滑らせる。指の通った軌跡が淡く輝く。指でもって何かを記しているように見えた。
「ね、アースラって何?」
イビラヌが作業に取りかかっているうちに、サヴィトリはこそっとジェイに耳打ちをする。
クベラに行くことになってからというもの、ジェイに物事を尋ねてばかりだ。サヴィトリは自分の常識のなさや認識の甘さを痛感する。
「クベラ屈指の名家のことだよ。本当のことは言えないしさ。便宜的に、本家に行儀見習い来たアースラ家の遠戚の娘さん、ってことになってるからよろしくね」
サヴィトリの耳元でジェイが囁き返す。
内緒話が終わるのを見計らったかのようなタイミングで、イビラヌが顔をあげた。
「ほい、通行証」
と透明のカードをサヴィトリに手渡す。
サヴィトリが恐る恐るカードに触れると、左上のあたりにサヴィトリの名前が浮かびあがった。
ジェイがすっとサヴィトリの手からカードを取りあげる。その瞬間名前は消え、ただの透明なカードに戻った。
「本当に便利だよねー、術って」
ジェイは光に透かすようにカードを眺め、感嘆のため息をつく。
「ここまではしてやれるけど、あいにくとクベラ側の門は封鎖中なんだよ」
話しながら、イビラヌは通用口から外へと出た。ジェイがついて行ったので、サヴィトリもならって後を追う。
「えー、何かあったんですか?」
と尋ねるジェイの顔には「面倒事は絶対に御免」と書いてある。
詰所の外がにわかに騒がしくなった。
関所で足止めを食らっている者達がついに怒鳴り声や金切り声をあげ始める。見るからに屈強そうな警備兵が窓口との間に立って壁を作るが、人々の不満が収まる気配はない。
イビラヌは人々の様子を一瞥だけすると、広場の噴水の縁に腰をかけた。胸のネームプレートをさりげなくはずし、ポケットに忍ばせる。
「街道の途中にえらくでかい化け物が出たらしくてな。ちょうどクベラに帰還途中だった羅刹の三番隊に討伐にあたってもらってるんだわ」
「わかった。クベラに行く途中にそいつをのしておく」
おつかいを頼まれた子供のように気軽な口調でサヴィトリは言い、一人でさっさとクベラ側の門の方へとむかう。
ジェイは呆気に取られたが、すぐさまサヴィトリの前にまわりこみ、両肩をつかんで押しとどめる。
「ちょっと待ってねサヴィトリ。いい? イビラヌさんは羅刹が魔物の討伐にあたってるって言ったの。羅刹っていうのは簡単に説明するとクベラの魔物討伐専門の部隊の名前なの。とっても強いの。エキスパートなの。だからここでのんびり噴水でも眺めながら朗報を待つのが一番楽で賢い方法なの。どう、ご理解いただけた?」
と一息にまくしたてた後、にっこりと笑って念を押した。
「待つのも長話も好きじゃない」
サヴィトリは一刀のもとに切り捨て、封鎖された門へとむかう足を再始動させる。
鉄製の門扉は、それ自体が一枚の壁のようにきっちりと閉ざされていた。その前では板金鎧に身を包み、三叉戟を携えた数名の兵が四方を威嚇している。
「まぁまぁ、なんでも正面からぶつかればいいってもんじゃないよ、お嬢さん」
噴水の縁に座ったまま、イビラヌはのんびりとした調子で声をかけた。何か含みのある笑みを浮かべ、手招きをする。
サヴィトリとジェイは顔を見合わせ、イビラヌに近付く。
イビラヌは二人の首を抱えこみ、
「詰所の女子トイレからむこう側に抜ける道があるんだよ。ジェイ君が責任全部おっかぶるってんならどうぞご利用を」
と、ひそめた声で言った。
「っ、なんて余計なこと言ってくれるんですか!」
ジェイは声量を落としつつ、声をとがらせる。
「お前裏技好きなんだろ、裏技。それに羅刹の屈強な兄さん方が行ってからだいぶ時間もたつし、案外もう片付いてるんじゃないか」
イビラヌは眼球だけを動かしてジェイを見て、どこかで聞いたようなことを言う。
「じゃあ行こう、ジェイ」
サヴィトリは朗らかに笑い、ジェイの肩を叩いた。
ジェイは露骨にぶーたれた顔をする。
「サヴィトリ、もうちょっと人を疑ったりしない? ほら、罠かもしれないし、第一、俺包丁は扱えるけど剣とか自信ないし、正直魔物退治とか面倒くさいっていうか」
「提案した俺を目の前にしていけしゃあしゃあと罠とか言うな」
イビラヌはむっとしてジェイの頭を小突く。
「そうだ、失礼だろう。この人が私を罠にかけてなんの得がある? 問題があるとすれば、ジェイが女子トイレに堂々と入りこむ変態という称号を賜るだけだ。大したことじゃない」
「おっと、それって結構大したことなんだけど」
「私の要求を受け入れないのなら、クベラ国内で『ジェイは連日連夜ひとりでおたのしみ』だと言い触れまわる」
「サヴィトリ、それって脅迫って言う立派な犯罪だよ? それにひとりでおたのしみとか事実無根な上に、もの凄く誇張されてる気がする?よ」
ジェイはサヴィトリの肩をつかんで揺さぶり、切実に訴える。
「一人で、か。青いな」
「イビラヌさんも訳知り顔で適当なこと言わないでください!」
「大丈夫、若い時はみんなそうだ。俺は違ったが」
「だからなんのことを言ってるんですか!」
ジェイの声がだんだんとヒステリックになっていく。
ジェイにとって唯一幸いだったのは、一連の会話が周囲の喧騒にまぎれたことだ。門扉が封鎖されていることの方がよほど重要で、平凡ないち青年がどんな大声をあげようとも誰も気にとめない。
「さあ、行くか行かないか。どうする、ジェイ?」
サヴィトリは楽しそうに笑って二択を迫る。
どこを見渡しても味方はいない。ジェイは頭を抱えるほかなかった。
トゥーリに三ヵ所存在する関所は、三強国がそれぞれ出資し、設置したものだという。関所の必要以上に厳かな雰囲気が、クベラという国を端的に表しているようで、サヴィトリは少し居心地が悪くなった。
門を抜けると吹き抜けの広場だった。その中心では六角形の噴水が緩やかに水を噴きあげている。
入って左右には番号を振られた窓口がいくつかあり、出入国を待つ者で人だかりができていた。大きな荷物を担いだ行商人らしき職業の人間が目立つが、サヴィトリのように着の身着のままで来たような者もいる。
(……痴女?)
とある一人の女が、サヴィトリの目にとまった。
二十代半ばぐらいで、腰まである緩く波打つ銀髪と紫の瞳が印象的な美人だ。
だがその美貌より何より、彼女の服装が人目を引く要因だった。胸と腰を申し訳程度に覆う布。彼女が身に着けている衣服はそれだけだった。
自分が注視されているのに気が付いたのか、女はサヴィトリの方をむいた。品良く微笑む。
なんとなくサヴィトリはいたたまれなくなり、軽く頭をさげてジェイの所に駆け寄った。
「あれー、混んでるなあ」
ジェイはげんなりとした顔をし、頬を人差し指でぽりぽりと引っかく。
「混んでるの?」
関所に縁のなかったサヴィトリには、どの程度が普通の状態なのかわからない。
「クベラって今時珍しいくらいに閉鎖的な国でさ、縁故以外ではほとんど入国証を発行しないんだよ。今のタイクーンになってからは比較的緩くなったみたいだけど」
「だったら余計に混むんじゃないのか。クレームをつける人とかもいるだろう」
「まぁね。でも、五年くらい前に術を利用した防衛装置が設置されてからはだいぶ減ったんだって。俺は術使えないから全然わかんないけど、とにかくすごいよね。その指輪もさ、術具なんでしょ?」
ジェイはサヴィトリの中指にはまっている指輪を指差した。
誰でも簡単に術の恩恵を受けられるようになる道具を術具という。家庭の調理器具から兵器にいたるまでその種類は多岐にわたる。
そもそも術と呼ばれる超自然の力を自在に操る力は誰しもが持っているものではない。およそ人口の一割から二割程度といったところだ。しかも人によって扱える系統がまるで違う。便宜的に属性という区分けがされているがそれに収まらないものも数多くいる。また、術の能力は成長するものではなく、先天的なものによるところが大きかった。鍛錬をすれば扱いが上手くはなるが、威力自体はほとんどあがらない。
「うん、多分これも術具ってやつなんだと思う」
サヴィトリは改めて指輪を見つめる。
石の部分にくちづけると氷の弓が出てくる指輪。ナーレが約束に、とくれた物にどうしてこんな機能があるのかはわからない。思えば今まで深く考えたこともなかったし、いつこの機能に気が付いたのかも覚えていなかった。
サヴィトリには氷の術を扱う資質があり、ナーレと共にクリシュナに教えを受けていた。といっても年齢が年齢なので、当時は子供の手習いレベルのことしかしていなかった
――が、子供に物騒な物を持たせる理由にはならない。
サヴィトリの素性を知っていて護身のために、ということなのだろうか? だとしたら十に満たない子供に酷なことをしいるものだ。
「ねえサヴィトリ。このまま待ってても仕方ないし、裏技使っちゃおう、裏技」
「裏技?」
へらへらしている割に気の短い性質なのか、ジェイはサヴィトリの手を取って詰所の裏手にまわった。通用口の扉をノックし、中からの応えを待たずに開けてしまう。
「こんにちは~、お邪魔しまーす」
親戚の家に遊びに来たかのような気軽な挨拶をすると、ちょうど手のあいていた四十代後半ほどの役人の男がジェイに目をむけた。他の者は、永久機関のように窓口で頭をさげ続けていたり、書類を抱えて右に左にと走りまわったりと、とにかく忙しそうにしている。
「まったく、表から見ても忙しいのが見てわかるだろうに。いい度胸してるなお前」
ジェイと知り合いなのか、役人の男は気安く話しかけてきた。胸につけているプレートには「主任審査官イビラヌ」とある。
「職権乱用しないと、俺みたいな庶民出のペーペーは生活もままならないんですよ。というわけではい、お願いします」
ジェイは荷物の中からぐしゃぐしゃになった封筒を取り出すと、そのまま役人の男――イビラヌに押しつけるようにして手渡す。
「仕出し弁当運んでた肉屋の小坊主が偉くなったもんだ」
イビラヌは忌々しげに舌打ちをすると、封筒の中から書類を取り出した。皺を丁寧に手で押し伸ばし、さっと文面に目を通す。
次に、ジェイのうしろに隠れるように立っているサヴィトリに目をむける。
「ほー、アースラの遠戚のお嬢さんねえ。なるほどどうりで造作が綺麗なもんだ。あそこのお家の顔ははずれがないな」
何かに納得をしたイビラヌは無精ひげの生えた顎を撫で、壁際に並んだ棚のうちの一つの引き出しを開けた。薄いガラスのような透明のカードを取り出し、その上で人差し指を滑らせる。指の通った軌跡が淡く輝く。指でもって何かを記しているように見えた。
「ね、アースラって何?」
イビラヌが作業に取りかかっているうちに、サヴィトリはこそっとジェイに耳打ちをする。
クベラに行くことになってからというもの、ジェイに物事を尋ねてばかりだ。サヴィトリは自分の常識のなさや認識の甘さを痛感する。
「クベラ屈指の名家のことだよ。本当のことは言えないしさ。便宜的に、本家に行儀見習い来たアースラ家の遠戚の娘さん、ってことになってるからよろしくね」
サヴィトリの耳元でジェイが囁き返す。
内緒話が終わるのを見計らったかのようなタイミングで、イビラヌが顔をあげた。
「ほい、通行証」
と透明のカードをサヴィトリに手渡す。
サヴィトリが恐る恐るカードに触れると、左上のあたりにサヴィトリの名前が浮かびあがった。
ジェイがすっとサヴィトリの手からカードを取りあげる。その瞬間名前は消え、ただの透明なカードに戻った。
「本当に便利だよねー、術って」
ジェイは光に透かすようにカードを眺め、感嘆のため息をつく。
「ここまではしてやれるけど、あいにくとクベラ側の門は封鎖中なんだよ」
話しながら、イビラヌは通用口から外へと出た。ジェイがついて行ったので、サヴィトリもならって後を追う。
「えー、何かあったんですか?」
と尋ねるジェイの顔には「面倒事は絶対に御免」と書いてある。
詰所の外がにわかに騒がしくなった。
関所で足止めを食らっている者達がついに怒鳴り声や金切り声をあげ始める。見るからに屈強そうな警備兵が窓口との間に立って壁を作るが、人々の不満が収まる気配はない。
イビラヌは人々の様子を一瞥だけすると、広場の噴水の縁に腰をかけた。胸のネームプレートをさりげなくはずし、ポケットに忍ばせる。
「街道の途中にえらくでかい化け物が出たらしくてな。ちょうどクベラに帰還途中だった羅刹の三番隊に討伐にあたってもらってるんだわ」
「わかった。クベラに行く途中にそいつをのしておく」
おつかいを頼まれた子供のように気軽な口調でサヴィトリは言い、一人でさっさとクベラ側の門の方へとむかう。
ジェイは呆気に取られたが、すぐさまサヴィトリの前にまわりこみ、両肩をつかんで押しとどめる。
「ちょっと待ってねサヴィトリ。いい? イビラヌさんは羅刹が魔物の討伐にあたってるって言ったの。羅刹っていうのは簡単に説明するとクベラの魔物討伐専門の部隊の名前なの。とっても強いの。エキスパートなの。だからここでのんびり噴水でも眺めながら朗報を待つのが一番楽で賢い方法なの。どう、ご理解いただけた?」
と一息にまくしたてた後、にっこりと笑って念を押した。
「待つのも長話も好きじゃない」
サヴィトリは一刀のもとに切り捨て、封鎖された門へとむかう足を再始動させる。
鉄製の門扉は、それ自体が一枚の壁のようにきっちりと閉ざされていた。その前では板金鎧に身を包み、三叉戟を携えた数名の兵が四方を威嚇している。
「まぁまぁ、なんでも正面からぶつかればいいってもんじゃないよ、お嬢さん」
噴水の縁に座ったまま、イビラヌはのんびりとした調子で声をかけた。何か含みのある笑みを浮かべ、手招きをする。
サヴィトリとジェイは顔を見合わせ、イビラヌに近付く。
イビラヌは二人の首を抱えこみ、
「詰所の女子トイレからむこう側に抜ける道があるんだよ。ジェイ君が責任全部おっかぶるってんならどうぞご利用を」
と、ひそめた声で言った。
「っ、なんて余計なこと言ってくれるんですか!」
ジェイは声量を落としつつ、声をとがらせる。
「お前裏技好きなんだろ、裏技。それに羅刹の屈強な兄さん方が行ってからだいぶ時間もたつし、案外もう片付いてるんじゃないか」
イビラヌは眼球だけを動かしてジェイを見て、どこかで聞いたようなことを言う。
「じゃあ行こう、ジェイ」
サヴィトリは朗らかに笑い、ジェイの肩を叩いた。
ジェイは露骨にぶーたれた顔をする。
「サヴィトリ、もうちょっと人を疑ったりしない? ほら、罠かもしれないし、第一、俺包丁は扱えるけど剣とか自信ないし、正直魔物退治とか面倒くさいっていうか」
「提案した俺を目の前にしていけしゃあしゃあと罠とか言うな」
イビラヌはむっとしてジェイの頭を小突く。
「そうだ、失礼だろう。この人が私を罠にかけてなんの得がある? 問題があるとすれば、ジェイが女子トイレに堂々と入りこむ変態という称号を賜るだけだ。大したことじゃない」
「おっと、それって結構大したことなんだけど」
「私の要求を受け入れないのなら、クベラ国内で『ジェイは連日連夜ひとりでおたのしみ』だと言い触れまわる」
「サヴィトリ、それって脅迫って言う立派な犯罪だよ? それにひとりでおたのしみとか事実無根な上に、もの凄く誇張されてる気がする?よ」
ジェイはサヴィトリの肩をつかんで揺さぶり、切実に訴える。
「一人で、か。青いな」
「イビラヌさんも訳知り顔で適当なこと言わないでください!」
「大丈夫、若い時はみんなそうだ。俺は違ったが」
「だからなんのことを言ってるんですか!」
ジェイの声がだんだんとヒステリックになっていく。
ジェイにとって唯一幸いだったのは、一連の会話が周囲の喧騒にまぎれたことだ。門扉が封鎖されていることの方がよほど重要で、平凡ないち青年がどんな大声をあげようとも誰も気にとめない。
「さあ、行くか行かないか。どうする、ジェイ?」
サヴィトリは楽しそうに笑って二択を迫る。
どこを見渡しても味方はいない。ジェイは頭を抱えるほかなかった。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
『ダンジョンの守護者「オーガさんちのオーガニック料理だ!!」』
チョーカ-
ファンタジー
ある日、突然、なんの前触れもなく――――
主人公 神埼(かんざき) 亮(りょう)は異世界に転移した。
そこで美しい鬼 オーガに出会う。
彼女に命を救われた亮はダンジョンで生活する事になるのだが……
なぜだか、ダンジョを開拓(?)する事になった。
農業×狩猟×料理=異種間恋愛?
常時、ダンジョンに攻め込んでくる冒険者たち。
はたして、亮はダンジョン生活を守り抜くことができるだろうか?
Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-
甘酒
ファンタジー
魔女によって全身に棘と激痛がはしる呪いをかけられた王女サヴィトリは、呪いを解き元凶の魔女を倒すために四人の護衛と共に旅をしていた。
魔女配下の魔物の妨害や、過保護すぎる護衛の精神攻撃やアプローチを退け、解呪の泉があると噂される村ヴァルナへと訪れる。
しかし村についた途端、異様な雰囲気の集団に取り囲まれてしまい……。
宿敵の魔女との因縁を断つために奔走する武闘派王女の冒険譚。
コメディ寄りの逆ハーレム異世界恋愛ファンタジーです。
8/28完結しました。ありがとうございます!
※物語中盤以降ごく一部にR15/R18相当の過激描写(★付き部分)があります。
※八章にあたる部分から「紫苑の章」と「空色の章」に分岐します。大まかな流れは変わりませんがメインヒーローが異なります。タイトルが同じ部分は内容一緒です。
※なんちゃってファンタジーなのでメートル法や日本料理や地球由来の物が節操なく出てきます。
前作はこちら
Tycoon0-災厄王女が初恋の人に会いに行ったら残念イケメンに囲まれた上に天災魔女にも目をつけられました-
https://www.alphapolis.co.jp/novel/122318669/469778883
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる