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第3章 翡翠の剣姫
2.第2波登場⁈②
しおりを挟む二頭の一角狼に護られた肢体を引き寄せる。
「うわっ⁉︎」
抱き込んだ体は細くて軽い。女性的とまではいかないが、それでも、マヒロの体は男とは思えないほど、驚くほどに華奢だ。
サラサラと滑らかで指通りのいい黒髪はクセがなく、それ自体が上質な宝石のような黒瞳が驚いたように俺を見上げてきた。
ムッと顔が顰められ、次いでグイッと腕を押し退けられた。
「マヒロ?」
呼びかける俺に、マヒロがチラッと視線を寄越してから、フンと鼻息も荒くそっぽを向く。
怒っているな……これは。
理由は分かっている。
「マ……」
「カイザー!!」
呼びかけるより早く、後ろから呼ぶ声に顔を顰める。
振り切ってきたというのに、場を読まないというか何というか。
不機嫌を隠さず向けた視線にも、相手は怯むどころか、少しも悪びれずこちらへ向かってくる。
「いい加減にしろ、シャイア!」
「話はまだ終わっていないぞ?聖下の守りが心配なのは分かるが、私との話こそが優先的であろう?なにせ、国と国に関わる事項だ」
「……………………」
話をまったく聞かない。
「何を怒っている?話をしようと言っているだけではないか」
意味が分からないとばかりな態度と言葉だ。
俺にはシャイアこそが理解できない。
ひとまず無視してマヒロへ視線を移す。
そっぽを向き、不機嫌丸わかり。俺と一切目を合わせようともしない様に溜め息をつきたくなる。
マヒロは気が強いし頑固だ。
こうなると、中々手強い。ちょっとの事では態度が軟化する事はないだろう。
どうするかと思案する中、傍らの者にも意識が向く。
ツと向けた視線に、ニッコリと悪びれなく笑みを向けられゲンナリした。
こいつは、ある意味シャイアより性質が悪いし厄介だ。
「エルシア。何でお前が居る?」
「シャイアと一緒に来たんだよ」
ふわりと微笑む様は、知らぬ者なら思わず見惚れる程の優美さだ。
が、あいにくと、俺には通用しない。
苦々しい思いを顔に浮かべ睨めつける。
シャイアだけでも面倒臭いのに……
クン、と腕が引かれ意識がそちらへ向いた。
俺の手を外そうと、マヒロが腕を引っ張る。
今はこの二人に構っている場合じゃない。マヒロを先に…
「マヒロ。話を聞け」
「話?俺にはないけど?」
ハッと小さく吐き捨て、マヒロが俺を睨む。
完全にヘソを曲げている。
焦りの中に僅か怒りが混じる。
マヒロを誤解させたシャイアに対しても、マヒロに気安く触れたエルシアに対しても、話を聞かないマヒロに対しても、マヒロをすぐに追いかけなかった自分に対しても……
腕に力を入れ手を外し離れようとするマヒロに苛立つ。
「マヒロ、いい加減にしろ。言っとくが、俺はきちんと説明する気だった。蔑ろにする気は無かった。むしろ、何で屋敷にちゃんと居なかったんだ」
「のこのこ追いかけてきた俺が悪いってわけ?屋敷でちゃんと待てしてろって?」
「そんな言い方はしてないだろ?」
「したも同然じゃねぇか!」
諭すように言ったはずが怒りだした。
下手に宥めると逆効果だが、頭に血が上っていては話にならない。
想いが通じ合い、距離が合わさった次の日に、何故こんな諍いをする羽目になるんだ?
もどかしくて思わずついた溜め息に、マヒロが傷ついたような怒ったような泣きそうに顔を顰めた。
外そうと躍起になっていた腕がだらりと下がる。
花が萎れるように項垂れた。
「……………………る」
「マヒロ?」
呼びかける俺に、マヒロが俯けていた顔を勢いよく上げた。目端に涙を滲ませ、ギリと強く睨みつけられた。
「やめる!!帰る!!!こんなとこいたくねぇ!!!」
喉から振り絞るようなそれにたじろいだ俺の手が勢いよく振り払われた。
咄嗟に掴んだ腕。黒瞳を見開き、マヒロの顔が歪んだ。
「……なせ」
「落ち着け、マヒロ!」
両肩を掴み目を合わせた瞬間、マヒロの黒瞳が一瞬で真紅に変わる。
涙が一筋零れ落ち、認めた瞬間、体が縛られたかのように動かなくなる。
ゆらりと立ち上がる光の影。
ビリビリと身体中を蝕むように襲う痛み。
肩から手を離すわけにはいかないのに、意思に反して離してしまいそうだ。
痛みに顔が歪む。歯を食い縛り、そっと薄目に伺うと、シャイアとエルシアも同じく体を抱き竦めるようにして身動いでいた。
シュラインとイライザーだけが戸惑い、俺とマヒロの周りをウロウロしていた。
『ハ ナ セ』
頭の奥がうわんと歪むかのような錯覚。
マヒロの声が揺れる。
マヒロの肩を掴む手から力が抜ける。霞みそうになる目を必死にこらす。
マヒロの瞳が徐々に光彩を失う。
駄目だ!このままだと……
「マヒ、、ロ!力を抑えろ!!」
屈しそうになる力に争い肩を掴み直し、マヒロの瞳と自分のそれを合わせた。
真紅と黒の明滅を繰り返す瞳が見開かれ、マヒロが首を傾げた。
戸惑うかのような仕草。先程までの圧倒する力が急速に弱まる。
唇が小さく開閉を繰り返す。
『レ……イド?』
「マヒロ?どうした?」
呟かれたそれは知らない名前だ。
呼びかける俺の声に、マヒロの体が一度大きく戦慄き、ぷつりと糸が切れるように腕の中に崩折れた。
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