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第3章 翡翠の剣姫
1.嵐の予感⑥
しおりを挟む「婚姻……」
思わず言葉が口をついて出た。
ハッとして口を抑える俺に、カイザーが先ほどに輪をかけて渋面を深くする。
「一体何の話だ?シャイア」
「何のもこんなも、言葉通りだが?まさか、婚姻の意味が分からぬなどという事はあるまい?」
困惑と混乱をきたす俺とカイザーには一切構わず、シャイアがしれっと返した。
「意味を聞いているんじゃない!何故、そんな話が出る⁈」
「王権を得たのだろう?なれば、我が国としては是非、繋ぎを得たいと考えるは必然だろう。あいにくと、ショートショール王家には妙齢な姫君はいなくてな。まぁ、私とお前なら知己ではあるし、妙な気遅れはないだろうとのお達しだ」
つらつらと説明してくれるが、苛立ちを隠そうともしないカイザーと違い、俺は意味が全くさっぱり分からない。
おうけんをえたとは何の事だろうか?
「聖下に話をしていないのか?」
「話そうとしていたら、お前が来たんだろうが!」
「護衛だろう?自分の身辺を話さないなんて、有り得なくないか?」
「お前に言われる筋合いはない!」
二人して言い合いが始まった。
どうでもいいが、俺を無視して二人だけ分かる話をしないでほしい。
そもそも、目の前の女性の名前しか知らず、カイザーとの関係性が分からない。
一人だけ蚊帳の外。俺をそっちのけで話す二人に段々と腹が立ってきた。
「………なんだよ、、俺をほっぽらかして」
「マヒロ?」
ポツリと呟いた言葉は、カイザーには届かなかったようだ。
訝しんで名を呼ばれるが、それにすら苛立ちが募る。
目の前の女性が何者なのか未だに分からないが、カイザーと極近しい人なのは分かる。
カイザーの態度と言葉は常よりかなりぞんざいで乱暴。
気安い相手な証拠だ。
それだけで、女性、シャイアのカイザーとの距離が知れた。
胸のムカムカ感が更に募る。
「帰る……」
「マヒロ?どうか……」
「どうもしねぇ!カイザーはまだ話してれば?なんか、二人とも仲いいみたいだし?」
言い切ってからハッとなり、ソッと伺うと、カイザーが目を瞠っていた。シャイアは呆気にとられたように目をパチクリさせて俺を見る。
居た堪れない!恥ずッッ!!
今の言い方だと、まるで……………………!
「聖下は、、悋気しておいでか?」
りんき?
意味が分からず眉をひそめる俺に、シャイアがクスクスと楽しそうに笑う。
「言い方が難しかったか?ようは、嫉妬しておいでかと?」
「ッッッ!!」
「シャイア!!」
言葉と息を呑む俺と、咎めるカイザーの声、視線が合わさった。
シャイアの言葉と笑いには、馬鹿にする感じはしない。が、それが余計に俺の神経を逆撫でした。
滅茶苦茶、恥ずいし腹が立つ!
カイザーにもシャイアにも、自分にも腹が立ってしょうがない。
カイザーとの関係性が変わったのは後悔してない。けど、こんなちょっとした事で、気持ちがグチャグチャになるなんて予想もしてなかった。
腹が立つ!
ムカつく!
ムカつく!!
ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく!!
気持ち悪いッッッ!!
目の前が怒りと混乱でグラついて気持ち悪い!
ジワリと滲みかけた涙を懸命に堪えた。
泣きたくない!
俺にだって意地とプライドがある。こんな事で泣くなんて、女々しいし、それこそ女の子じゃないんだから、みっともない事はしたくない。
「最ッ悪…だ!」
二人から顔を逸らして吐き捨てた。
これ以上ここに居たら、それこそ情けない事になりそうだ。
「マヒロ。シャイアの言う事は気にしなくていい。俺は……」
「別に……無理して説明しなくていい!帰るから、離せ」
掴まれた両肩の、カイザーの手を振り払うべく体を身動いだが外れない。
逸らしていた顔を向け、カイザーを正面から睨みつける。
思いの外、真摯な視線を向けられるが、それで俺の気持ちが晴れる事はない。
「マヒ…」
「カイザー。聖下にはあとできちんとお話すれば良い!そんな事より、私の話の説明をしなければならん」
「シャイア!お前、もう黙ってろ!!」
言い募ろうとしたカイザーを遮るようにシャイアが言葉を挟む。
言われた内容に、俺の中で怒りが一気に爆発。頭の奥で何かがプツンと切れる音を感じると同時に、カイザーの腕を思い切り振り払う。
自分でも思いがけないくらいの力と勢い。
驚愕に言葉をなくすカイザーに構わず、憤然と踵を返して歩き出す。
「マヒロ、待て!」
再度掴まれかけた手を叩き落とした。
「触るなッ!」
「マヒロ!!」
俺の拒絶に構わずカイザーが手首を掴む。
一度触れただけの熱。嬉しく感じていたその熱が、今は触れられるのが辛い。
ぐいっと引き寄せられ、視線が至近距離で絡む。
紺碧の光を認めた瞬間、俺の視界が一瞬で歪む。ツと、頬を伝う温い熱。
ハッと開く紺碧の瞳と口。
「馬鹿……」
呆然とし、力が抜けた手を外す。
震える唇でそれだけ言って、脇目も振らずに駆け出していた。
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