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第1章 黒の双極 傾く運命は何処なりや
13.赤の皇国①
しおりを挟むザカザカ。
ザカザカザカザカ。
ザカザカザカザカザカザカザカザカ…………(以下略)
「貴………ヒローニャ様!ヒローニャ様、お待ち下さいませ!!」
廊下を歩く俺を、後ろからレネットが呼び止める。
ちなみに、ヒローニャはあらかじめ決めてた偽名。
「何?」
「何ではなく……もう少しゆっくり、楚々と歩かれませ。姫君はそのように乱暴に、裾を跳ね上げて歩かれません!」
「面倒くせ………」
「姫君とはそういうものにございます」
ボソッと呟いた俺に、レネットが整然と返す。
止むを得ず女装したが、袖はヒラヒラするし、裾は足に纏わり付いて歩きにくいし、顔を覆うベールは視界が効かないし、施された化粧も、耳や首や手首やら、あちこち飾るアクセサリーはシャラシャラ鬱陶しい。唯一、足元だけはぺったんこな靴にして貰ったが、煩わしい事この上ない。
「そうは言うけどさ。早く、用意された部屋に行きたいんだって!こんな格好見られたくねぇの!」
露出も少なく、顔はベールで隠れてるとはいえ、女装は女装。人に見られるなんざ羞恥で憤死ものレベルだ。
「ヒローニャ様、お言葉が」
「無理だって!女の子じゃねぇんだから」
「では、発するのをお控えに」
「……………………」
レネットは悪くない。けど、苛々すんのは仕方ない。
元々、自分が蒔いた種だ。俺が嘘ついて、血脈を利用しなければ、今のこの状況にはなってない。
いわば、自業自得だが………
「女装あるって分かってれば……嘘なんかつかなきゃ良かった……」
「ヒローニャ様?」
「なんでもね。早く、行こ?」
ザッと歩き……かけ、思い直して歩みを緩める。
姫君って。女の子って大変なんだな。
チラッとレネットを見る。そこまで高くはないが、レネットも軽くヒールがある靴を履いてる。
会った時は、確か、今俺が履いてるようなぺったんこだった気が……
それに……
「レネット。無冠の侍女って何?カイザーが言ってたんだけど……」
「無冠の侍女は位が一番下の侍女の事ですわ。雑事が主な役割で、下級士官や使用人の子が殆どです。白い花の飾りを付けるのが目印です」
花飾り。レネットが今付けているのはピンク色。花の中心に、それより少し濃い色の石が付いている。
「今は違うんだな」
「貴人様のおかげです」
「へ?」
聞き返す俺に、レネットがニコと嬉しそうに微笑む。
「最下層の地位にある無冠の侍女に過ぎない私めを、貴人様はなんの躊躇いもなく庇って下さいました。虐げられるのが当然とされ、どんな扱いを受けようと見向きもされなかった私を……お計らいにて、花冠の位を賜わりました」
「その色が、花冠?」
「はい。中級侍女の証です。本来、この位では皇太子様にお仕えはできません。でも、貴人様のおかげでお仕えを許されました」
はにかむ笑顔が可愛い。
俺は、ただ単に、女の子に暴力振るう野郎が許せなかっただけで、庇ったと言っても、あの馬鹿兄皇子を止めたのも諫めたのもカイザーだ。最終、動いてくれたのもそうだし、感謝されるような特別な事はしてない。
そう言えば、レネットが静かに首を振る。
「いいえ。確かに、動いて下さったのは近衛騎士隊長様です。でも、貴人様ほどの方が、私に目を向けて下さったからそうなったのです」
「そんな大層なもん?俺なんて、その~……ただ、血脈、、、の血をひいてるとかなんとかいうだけで、敬われるようなモノじゃ……」
「何を仰いますか!血脈とはこの大陸に於いては大変稀有なるもの!大層なモノにごさいますわ!!」
「そ、う?」
「でも……」
頬を染め、レネットが更に笑みを深めた。
「貴人様は……稀有であるなしに関わらず、とても尊くお優しい方です。たとえ、血脈が関係しておらずとも、貴方様のような方なれば、人は動く。そう、思いますわ」
そんな手放しで褒められると、身体中こそばゆくてしようがない。
ベールしてて良かった。
多分、俺、今、顔、絶対赤い。
「あ~……え、っと、部屋、早く、行こ?」
照れ隠しに、サッサと踵を返す。
そのまま、前を見ず、廊下の角を曲がりかけた俺の体が、何かに当たりバランスを崩す。
視界が効かない上に、不意で踏ん張れず、倒れる体を自分でもどうもできない。
思わずギュッと目を閉じ、痛みに備える俺の手首が掴まれ、思いかけず、力強い腕に引き寄せられた。
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