上 下
31 / 119
第1章 黒の双極 傾く運命は何処なりや

6.神殿の裏

しおりを挟む



「どう見ても日本語だよなぁ」

与えられた部屋で、改めてあの紙を取り出す。ボロボロの本に挟まれていた紙。
茶色く変色したそれは、本同様、相当古いように思われた。
書かれた文字は日本語。

「『つぎを決めろ』……これだけだと、何の事か分かんないな。あの場所にあったのも、意味あるのか?」

何故、あの場所にあったのかも謎だし。この言葉の意味すら謎。誰が書いたのかも分からないし、何で日本語を知っているのかも分からない。

「駄目だ!意味、分かんねぇ!」

よくよく思えば、これが帰るための手がかりとは限らない。
もしかしたら、俺みたいにこの世界にも日本人がいるのかもしれない。が、今は同じ日本人を捜すより、帰る方法を探す方が先決だ。

「それには、まず字を読む。読めるようにするしかないか?う~ん……ちゃんと話せてるし、聞けてる……なのに、読む事だけできないっておかしいよな?そもそも、何で俺、話せてるし聞けてんだ?」

気が付いたらこの世界に居た。最初から問題なくできてたので、全く異変とは思わなかった。

「俺、普通に日本語話してるよな?でも、聞こえてくるのも日本語だし……あれ?カイザーたちが話してるのって、そもそも何語なんだ?」

考え出したら急に気持ち悪くなってきた。通じてるのに通じてないみたいな……
軽く頭を振り、考えを散らす。

「やめよ……考えても分かんないし。第一、俺がしなきゃならない事はそんな事じゃない」

ひとまず、これは置いといて。行動に移すべく立ち上がる。
今は、部屋に俺、一人っきり。レーヴェはおろか、ボリスも結局姿を見せてない。ボリスはともかく、レーヴェは何の為に俺を神殿に来させたのか分からない。

「まぁ、居ない方が好都合だよな。とりあえず、またあの部屋行ってみるか」

もしかしたら読める本や、何か手がかりになりそうな物が見つかるかもしれない。
そっと部屋を出る。廊下は点在するランプで明るいが、暗くなっていた。
考え事にふけっているうちに陽が落ちたようだ。
食事にはまだ早いのか、誰も声を掛けに来ない今の内が都合がよい。壁伝いに、足を忍ばせ慎重に行動する。

「見つかったらさすがに怪しいよな…でも、言ったところで誰かにくっつかれたら遣り辛いし…」

俺に付けられた神官。護衛よろしく振る舞ってはいたが、その実、監視していたのは勘付いている。
言動に抜け目なく注視されていたのは分かっていたので、物凄く遣り辛かった。
明日にはカイザーが迎えに来る。それまでに何とか……
ふと、動きが止まる。
元の世界には帰りたい。それは今でも変わらない。
でも………
カイザーの姿を思い出し、胸がザワつく。ともすれば、揺らぎそうな気持ちに、愕然として口元を手で覆う。

「嘘だろ?なんで、今、俺………」

カイザーを前にしたら、たとえ帰る方法があったとしても、迷いなく帰ると言えない自分がいることに気付く。

「しっかりしろ!気持ち履き違えてどうすんだよ?確かにカイザーはいい奴だけど……俺は、別に」

言い訳がましく聞こえてきて虚しくなる。
一人でこんな場所でこんな事言っててどうするよ?
ハァッと溜め息をつき、頭を振る。

「さっさとやる事やる!考えるのは…………まぁ、後からだ」

考えたところで、答えが出るかははなはだ疑問だが、今は考えてもしょうがない。
気持ちを切り替え、廊下を進む。
警戒しながら進むが、人っ子一人会わない。
昼間はそれなりに神官も居たし、子どもたちだってかなり居たはず……シンと静まり返った廊下は、ある意味違和感を感じた。
あの妙な紙を見つけた書室には問題なく到着した。
恐る恐る扉の取っ手を回す。
予想に反して、鍵はかかってない。

「ラッキーだけど……不用心すぎじゃね?貴重な本、たくさんあるんじゃなかったっけ?鍵、かけないとか……」

スルッと部屋に入りながら、呆れてひとごちた。
手近にある本を取ろうとし、物音が聞こえて慌てて陰に小さくなり隠れる。
入ってきたのは神官。
見つかったかとドキリとするが、そうではなさそうだ。

「これで最後か?」
「あぁ。今回は多かったからな。少し、時間がかかったが、なんとか運び終わる」
「副神官長も、何もこんな時になさらないで良いと思うがな」
「しようがないだろ。あちらさんの要望だ。貴人様がいらっしゃったのは予想外だが、大神官長様がお決めになった事だし、文句は言えん。今更、都合が悪いから変更してくれとも言えないし、決行するしかなかったんだろ?」

神官たちが話しながら、担いだ大きな布袋をドサリと床に下ろす。

「おい!丁寧に扱えよ。何かあったら叱責されるぞ?」
「大丈夫だろ?幸い………」
「無駄口いいからさっさと運ぼう。ぐずぐずしてたらそれこそ要らん怒りを買う」

軽口を叩く神官を、別の神官がたしなめ、二人が下ろした布袋を再び担ぐ。
どこに行くのか見ていたら、突き当たりの書棚の前に行く。神官が横に棚をスライドさせると扉が現れた。
隠し扉のようだ。
おもむろに二人が中へ入っていった。
しばらくして出てきた二人の手には布袋はない。

「あとは頃合いを見て渡すだけだ。俺たちの仕事は終わったな」
「あぁ。腹減ったぁ~、早く、飯食いに行こう」
「そうだな」

笑いながら出て行く神官を見送り、再びシンと静まり返ったのを確認し、そっと物陰から出る。

「何、運んだんだ?それに、俺のことも話してた?」

神官二人が入っていった隠し扉がある棚の前。
恐る恐る、横にスライドさせてみる。
難なく動いた棚の奥から、扉が現れる。
怪しい。それに、危険な匂いがプンプンする。やめておけという気持ちとは裏腹、俺の手はゆっくりと、扉の取っ手にかかっていった。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

第二王子の僕は総受けってやつらしい

もずく
BL
ファンタジーな世界で第二王子が総受けな話。 ボーイズラブ BL 趣味詰め込みました。 苦手な方はブラウザバックでお願いします。

一妻多夫の奥様は悩み多し

たまりん
BL
男性しかいない一妻多夫の世界が舞台で主人公が奮闘して奥さまとして成長する話にするつもりです。

召喚されない神子と不機嫌な騎士

拓海のり
BL
気が付いたら異世界で、エルヴェという少年の身体に入っていたオレ。 神殿の神官見習いの身分はなかなかにハードだし、オレ付きの筈の護衛は素っ気ないけれど、チート能力で乗り切れるのか? ご都合主義、よくある話、軽めのゆるゆる設定です。なんちゃってファンタジー。他サイト様にも投稿しています。 男性だけの世界です。男性妊娠の表現があります。

俺TUEEEに憧れた凡人は、強者に愛される

豆もち。
BL
 前世は平凡なサラリーマンだったルーカスこと鈴木 真人(すずき まさと)は、ラノベ展開待ったなしの剣と魔法の世界に転生した。  当然、チート満載で充実した主人公人生を歩むかと思っていたが、残念ながら主人公は隣人の子生意気な少年だった。    何故か自分にばかり執着する隣人から逃れようとするも、彼は離してくれない。  そして何故か、周りにはチーターばかり集まってーーーーー?!  知人を頼りに王都へ行けば、実は貴族だった彼に溺愛され。  ストーカー隣人が病んで大変だという手紙が頻繁に親から届く様になる。 「あれ、俺アイツから解放されたんじゃなかったの?」 「おいでルーカス」 「まさとさん、何で俺から離れようとするの?」 「アイツはやめて俺にしろ」 「俺はそんな展開望んでねー!!」  凡人ルーカスの受難が今、始まる。 *R-15がメインになりますが、行為を連想させる描写が増えてきた為、R-15から18に年齢制限を引き上げました。ご了承下さいませ。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

ほんのちょっと言語チート、くっださーいな!

香月ミツほ
BL
土砂崩れでトンネルに閉じ込められて、脱出しようとして辿り着いたところは異世界だった。しかも言葉が通じない!! まぁ、その内喋れるようになるだろう。第1章 2019.1.13完結。 第2章「おお!っと王都で驚いた」2019.4.30スタート!ここからはそれほど視点入れ替わりません。 魔法は生活が便利になる程度で、なくても生活できます。主人公は幼くなったりしっかりしたり、相手によって変わります。攻めは残念イケメンです。(私の趣味で)

処理中です...