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第1章 黒の双極 傾く運命は何処なりや
2.神殿招致③
しおりを挟む後ろから手を引かれ、慌てて振り返る。
俺の手を引いたのはーーーーー。
「誰、だ?」
見知らぬ青年。
「失礼を、貴人様。私、トレリス領太守子息、トールと申します」
トレリス領。先程、挨拶してきた者の中に、そんなのが居たような居なかったような……
訝しむ俺に、青年がニッコリ笑う。一見、人当たりが良さそうな笑みではあるが、挨拶だけなら先程のホールの中でもできた筈。こんな場所で、人目を忍んで接触してきたなら、ただの挨拶だけが目的とは思えない。
警戒心を露わにした俺に、青年が微苦笑を浮かべた。逃げられてはかなわないと思ってか、未だ、掴んだ手はそのままだ。ちらっとそれを見て、眉を顰めるが、離す気配がない。
「誤解なきよう。貴方様に危害を加える気は毛頭ございません。ただ、厚かましいのは承知で、一つ、お願いしたき事がございまして……」
「………手、離してくれ」
軽く睨みながら言うと、渋々ながらやっと離してくれた。見知らぬ男にいつまでも触られるなんて真っ平だ!
と、はたとなった。
鎮寂の森で密猟者たちに捕まりかけた時は身震いした。
近衛兵の騎兵舎で、青年騎士に手を握られ微妙な気持ちに……
そして今は、この青年に触られて不愉快に。でも………
「貴人様?」
呼びかけられ、ハッとなる。
浮かんだ考えに狼狽える。そんな自分に戸惑い、慌てて首を小さく振り、考えを無理矢理振り切った。
「な、んでも……ない」
「さようですか?実は、お願いというのは、私めを、皇太子殿下にご紹介いただき、近衛隊に推挙していただきたいのです」
「は?」
突然の申し出に、自分でもかなりマヌケな声が出た。
紹介?近衛隊?推挙?何で、俺に???
「不作法とは存じますが、父の立場ですと皇太子殿下にお願い申し上げるには些か無理がございまして……」
「何で俺に頼むわけ?」
青年の言葉を遮り問う。
俺の問いかけに、言葉を遮られたからか、青年が一瞬、鼻白んだように顔を顰めたが、すぐに笑みを取り繕う。
「貴人様は、皇太子殿下の直の命がかかる御方。それに、近衛騎士隊長様ともっとも近しい。ならば、多少の無礼は承知でも、高貴、稀有なる貴方様に直接お頼みすれば私が近衛騎士になれる可能性が上がるかと……」
「……………………」
二の句が継げられず黙り込む。
言葉も物腰も丁寧だ。俺自身の事情を知らないとはいえ、皇太子の命がかかった貴人だからと、礼をとる。
が、青年の言っている事は、俺を利用して、自分は欲しいものを手に入れると言っているも同然で……
これは………
「分かりやすい……」
「分かっていただけますか?」
俺の言葉に、青年がパッと顔を明るくした。
うん。本当に分かりやすいくらい……
「阿保だ!」
「なっ⁉︎」
キッパリ言い切った俺に、青年が絶句したが構わない。
こういうのなんて言ったか?
虎の威を借る狐?取らぬ狸の皮算用だったか?
どっちにしろ、利用されてやる義理はない。
「よく分かんねぇけど、近衛騎士って、そんなコネだけで務まるほど安っぽいの?俺にはそんな風には見えなかったけど?裏取引でしか入れないって思うほど壁が高いんなら、相当腕がなきゃ駄目なんじゃねぇの?自信があるんならいいけど………」
悪いとは思ったが、上から下まで見下ろしてしまった。ガリヒョロじゃないが、いかにも貴族のボンボン然とした風体に、苦笑すら出ない。
ヘラヘラしてても、キリアンからは弱い空気は感じなかったし、女の子のジディですら頼もしかった。
それに……言ったら悪いが、揺るぎない存在感の男が傍に居る為、比べる気すら起きないのが現実だ。
それに、もっと言ったら悪いが、俺はこの世界に深く関わる訳にはいかないし、関わる気もない。
元の世界に帰りたい俺が、この世界で何か痕跡を残したらよろしくないと思うからだ。
「実力で入るか、他あたれば?悪いけど、俺は…つッ⁉︎」
再び手首をギュッと掴まれた。後ろ手に拘束され、痛みに顔を顰める。
外そうともがくが一切力が緩まず、ギリギリと音がしそうなくらいに拘束が強まる。
「い、ったぁ!!離せ、って、何、すんだよッ⁈」
「ふん!貴人だからと下手に出れば偉そうに!黙って言う事聞けよな~。どうせ、皇太子殿下や近衛隊長の庇護下に居るだけで、やる事もないんだから、このぐらいなんて事ないだろう?」
取り繕うのをやめたらしい青年のあけすけな言葉に絶句。
「チッ!近衛騎士に入れば、面倒な地方兵役はやらなくてすむから頼んでんだよ。まぁ、近衛騎士に入っても、適当にやりすごすつもりだし?」
「お、まえ!最っっ底のクズ野郎じゃないか!!」
あまりにあまりな言葉に、怒りがこみ上げる。
益々、誰が協力なんかするか!!
「離せッ!!こんな事、ただで済むと思うなよ!カイザーが知ったら……」
「貴人様~?今の状況分かってる?こんな、誰もいない場所で、あんたに何ができるんだよ?」
「ッッッ!!?」
「要は、快く言う通りにして貰えばいいんだからさ」
先ほどとは打って変わり、ニタニタと下卑た笑みを浮かべ、青年がグイッと腰を押しつけてきた。
予想だにしない行動に、一瞬、唖然となった後、羞恥と怒りに顔が火を噴く。
さすがに、青年が何を言って、何をしようとしてるかは分かった。
分かったが、理解はしたくない!!
「ふっざけんなッッッ!!俺は男だ!!何、考えてんだよ、変態野郎ッ!!」
「貴人様が男なのは分かってる。美人だけど、女には見えないしな。男とか女とか拘る必要ないだろう?」
「いや、必要だろ⁈拘るだろ⁈普通。つうか、拘れッ!」
この世界の倫理観、貞操観念、その他諸々、、、一体、どうなってるのか知りたいです……
混乱とキャパオーバーに、目眩がする。
そこまで考え、はたとなる。
少し前に、カイザーがその片鱗らしき事を言ってたような……?
考えないようにしてたが、もしかして、もしか、、する?
ぐりっと、異様な感触を下半身に受け、考えを中断させられた。
うげっ!!あたっ、、、、、て、る………………
「やめ、ろ!!ンなモン、押し付けるな!!」
到底、受け入れ難い状況に、血の気が引く。
17年間生きてきて、自分が同性からそういう対象にされるとは思わなかった。
見た目に反して以外に強い力に逃げることができない。
嫌だ!手、痛い!
何より、気持ち悪い!!
パニックを起こし、焦りから上手く抵抗できない。
誰か……誰、、、か!!
カイザー!!!!!
咄嗟に固く目を閉じて、心中で無意識に呼んだその名にハッとなる。
思わず俯けていた顔を上げ、目を開いた俺の耳に、場にそぐわない程、ふんわりとした言葉が響いた。
「おやおや…随分、無粋ですねぇ」
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