上 下
450 / 465
外伝2 触れる指先ーエリオー

*誰だって……③

しおりを挟む



「ラ……」

呼びかけた言葉が途中で止まる。
ホッとすると同時に、後ろめたさと気まずさに顔を逸らす。
今、一番見られたくなかったところを、一番見られたくなかった人に見られた。

「よくよく面倒に絡まれるんだな?お前は」
「ッ………」

苦笑混じりに言われ、ますます顔が見られない。

「何だ?貴様は!見たところ、近衛騎士のようだが。急に間に入り、遮るなど無礼であろう!」

居丈高いたけだかな男の物言いに、ラキティスが視線を自分から男へと向ける。
元々、冴えた目が鋭く冷たく尖る。
公爵についていた侍従の青年はラキティスに気づいており、頬を染めて目をキラキラさせていた。

「こ、公爵様………あの、、、」
「なんだ⁉︎今は、貴様などに構っておられん!」
「も、申し訳……」

躊躇ためらいながら声をかけた侍従を、公爵がうるさそうにあしらう。
どこまでも尊大な男だ。
側仕えの侍従の言葉などまともに聞く必要もないと思っているのだろう。

「ラキティス様」

仕様がない。
公爵こんな男がどうなろうと構わないが、皇族や貴族に仕える侍従の立場からしたら、高位の者達が衝突し、波風が立つのは防がなくてはならない。
公爵に、尊大な態度を取っているのが誰なのかを、名前を呼ぶ事で知らしめる。

「ラキティス⁈サ、サラタータ公子殿下であらせられるか⁉︎」

やっと気づいたらしく、公爵が途端に真っ青になり慌てだした。

「公子様とは存ぜず、大変な無礼を!おい!何故もっと早く教えんのだ⁉︎この役立たずがッ!!」
「ッッ、、、す、申し訳、あり、、!」

ラキティスに平謝りし、次いで、公爵が顔を真っ赤にし、侍従の青年を蹴り飛ばす。
侍従の青年とは親しいわけじゃない。が、それでも、同じ立場の者がしいたげられているのを見るのは気分が悪かった。
顔を顰める自分に対し、公爵が不愉快そうに目をすがめる。

「なんだ?随分、不服そうだな?」
「……………………いえ」

宰相様の侍従である僕においそれと手出しはできない。それでも、不興を買えば面倒だ。
そっと目を伏せ軽く俯く。
それに対して、フン!と公爵が鼻で吐き捨てた。

「侍従の分際で!私にことごとく逆らいおって」

ラキティスに見咎みとがめられ、尚且つ、サラタータ公子とは知らず不遜ふそんな態度を取った事が余程気まずいらしい。侍従に当たる事で憂さ晴らしするようだ。
完全なる八つ当たりだが、僕も公爵の侍従も、側仕えである以上、身分が上の者には逆らえない。
昔なら、こんな男に好き勝手に言わせる事はなかっただろう。宰相様の威光いこうを借りて……
フッと小さく笑みがこぼれた。
変わったのはいつからだろう?多分………

「随分な言い種だな?」
「は?」

公爵が喚くのを黙って見ていたラキティスが、馬鹿にしきった目で睨めつける。
あまり詳しいわけじゃないが、普段のラキティスより粗野そやな印象だ。

「公子殿下?」
だ。悪いが、今の俺はサラタータとは関係ないんでな」

フンと鼻で吐き捨てるラキティスに、公爵が戸惑って目を白黒させる。

「あの……?」
「日が高いというのに、侍従相手に無体をい、気に入らなければ虐げか?自分のものや、自分より格下の者なれば、ぞんざいに扱ってもいいか?あげく、俺の存在を知るやヘコヘコしやがって!こんなのが貴族として成り立つんだな?クレイドルの行く末が案じられる」
「なっ、、、!!」

つらつらとあげられた言葉に、公爵が唖然とした後、みるみる顔が怒りと羞恥にドス黒く染まる。
面と向かって、しかも、皇族に連なるとはいえ、他国の公子からの叱責だ。侮辱ぶじょくと捉えたらしい。

「サラタータではどうか知りませぬが、粗相を働いたじゅうを叱責するは上の務めにて。ここはクレイドルですぞ?元、とご自身で仰るからには、余計な口出しは無用に願います」

外面を被るのはやめたらしい。
言い回しは丁寧であっても、向ける空気が刺々しい。
さすが、宰相に取り入る貴族。
もっとも、そんな宰相の言いなりとなり、言われるがままに自分の益としてきた僕も………
ギュッと胸に抱きしめたままの上着が目に入る。
胸の奥がモヤモヤして気持ち悪い。

「大体、庇いだてするそちらの侍従をご存知でいらっしゃいますのか?宰相閣下の飼い犬。忠はあれど、やる事は犬以下ですぞ?その者は」
「ッッ」

向けられる公爵からの侮蔑ぶべつの目に、上着を益々強く握りしめる。

怖い。

顔が上げられない。
ただ、怖いのは、公爵この男なんかじゃなく……

ラキティスは無言のままだ。
自分の中に、諦観ていかん自嘲じちょうが広がっていく。

そりゃそうだよ。ラキティスこの人が僕なんかを庇うわけない。
だって、この人はの人。

ハァッと小さく息を吐き目を閉じて、ゆっくりと開く。

「ラキティス様。お借りしていた物、お返しします」

顔は俯けたまま。
胸に抱いていた上着を差し出す。受け取るための手に渡ったのを確認し、再び、目を伏せる。

「公爵様。部屋へは参りません。やはり、お断りいたします」
「何だと⁉︎貴様!!」

激昂げっこうする公爵だが、気持ちは変わらない。これ以上、ラキティスに自分の醜い部分は知られたくない。
喚く公爵に構わず、小さく頭を下げ踵を返す。

「お、のれぇ!!侍従の分際で!貴様のような淫売いんばいに逆らう資格なぞないわッッ!!」
「ッッ⁉︎」

公爵が自分の侍従がたずさえていた荷物の中から
瓶を取り出す。栓が抜かれたその中身が自分へとぶちまかれた。
自分に向かって降りかかってくるそれに、思わずギュッと固く目を閉じたが、一向に何の衝撃もない。
そっと開けた目に、鍛えられ引き締まった腕が留まる。
強い酒気。ポタポタと上から垂れる雫。
ハッとして上げた視線の先に、静かな澄んだ茶の瞳が見下ろしてきた。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

からっぽを満たせ

ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。 そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。 しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。 そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

国王の嫁って意外と面倒ですね。

榎本 ぬこ
BL
 一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。  愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。  他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。

処理中です...