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外伝2 触れる指先ーエリオー
*誰だって……③
しおりを挟む「ラ……」
呼びかけた言葉が途中で止まる。
ホッとすると同時に、後ろめたさと気まずさに顔を逸らす。
今、一番見られたくなかったところを、一番見られたくなかった人に見られた。
「よくよく面倒に絡まれるんだな?お前は」
「ッ………」
苦笑混じりに言われ、ますます顔が見られない。
「何だ?貴様は!見たところ、近衛騎士のようだが。急に間に入り、遮るなど無礼であろう!」
居丈高な男の物言いに、ラキティスが視線を自分から男へと向ける。
元々、冴えた目が鋭く冷たく尖る。
公爵についていた侍従の青年はラキティスに気づいており、頬を染めて目をキラキラさせていた。
「こ、公爵様………あの、、、」
「なんだ⁉︎今は、貴様などに構っておられん!」
「も、申し訳……」
躊躇いながら声をかけた侍従を、公爵が煩そうにあしらう。
どこまでも尊大な男だ。
側仕えの侍従の言葉などまともに聞く必要もないと思っているのだろう。
「ラキティス様」
仕様がない。
公爵がどうなろうと構わないが、皇族や貴族に仕える侍従の立場からしたら、高位の者達が衝突し、波風が立つのは防がなくてはならない。
公爵に、尊大な態度を取っているのが誰なのかを、名前を呼ぶ事で知らしめる。
「ラキティス⁈サ、サラタータ公子殿下であらせられるか⁉︎」
やっと気づいたらしく、公爵が途端に真っ青になり慌てだした。
「公子様とは存ぜず、大変な無礼を!おい!何故もっと早く教えんのだ⁉︎この役立たずがッ!!」
「ッッ、、、す、申し訳、あり、、!」
ラキティスに平謝りし、次いで、公爵が顔を真っ赤にし、侍従の青年を蹴り飛ばす。
侍従の青年とは親しいわけじゃない。が、それでも、同じ立場の者が虐げられているのを見るのは気分が悪かった。
顔を顰める自分に対し、公爵が不愉快そうに目を眇める。
「なんだ?随分、不服そうだな?」
「……………………いえ」
宰相様の侍従である僕においそれと手出しはできない。それでも、不興を買えば面倒だ。
そっと目を伏せ軽く俯く。
それに対して、フン!と公爵が鼻で吐き捨てた。
「侍従の分際で!私にことごとく逆らいおって」
ラキティスに見咎められ、尚且つ、サラタータ公子とは知らず不遜な態度を取った事が余程気まずいらしい。侍従に当たる事で憂さ晴らしするようだ。
完全なる八つ当たりだが、僕も公爵の侍従も、側仕えである以上、身分が上の者には逆らえない。
昔なら、こんな男に好き勝手に言わせる事はなかっただろう。宰相様の威光を借りて……
フッと小さく笑みがこぼれた。
変わったのはいつからだろう?多分………
「随分な言い種だな?」
「は?」
公爵が喚くのを黙って見ていたラキティスが、馬鹿にしきった目で睨めつける。
あまり詳しいわけじゃないが、普段のラキティスより粗野な印象だ。
「公子殿下?」
「元だ。悪いが、今の俺はサラタータとは関係ないんでな」
フンと鼻で吐き捨てるラキティスに、公爵が戸惑って目を白黒させる。
「あの……?」
「日が高いというのに、侍従相手に無体を強い、気に入らなければ虐げか?自分のものや、自分より格下の者なれば、ぞんざいに扱ってもいいか?あげく、俺の存在を知るやヘコヘコしやがって!こんなのが貴族として成り立つんだな?クレイドルの行く末が案じられる」
「なっ、、、!!」
つらつらとあげられた言葉に、公爵が唖然とした後、みるみる顔が怒りと羞恥にドス黒く染まる。
面と向かって、しかも、皇族に連なるとはいえ、他国の公子からの叱責だ。侮辱と捉えたらしい。
「サラタータではどうか知りませぬが、粗相を働いた従を叱責するは上の務めにて。ここはクレイドルですぞ?元、とご自身で仰るからには、余計な口出しは無用に願います」
外面を被るのはやめたらしい。
言い回しは丁寧であっても、向ける空気が刺々しい。
さすが、宰相に取り入る貴族。
もっとも、そんな宰相の言いなりとなり、言われるがままに自分の益としてきた僕も………
ギュッと胸に抱きしめたままの上着が目に入る。
胸の奥がモヤモヤして気持ち悪い。
「大体、庇いだてするそちらの侍従をご存知でいらっしゃいますのか?宰相閣下の飼い犬。忠はあれど、やる事は犬以下ですぞ?その者は」
「ッッ」
向けられる公爵からの侮蔑の目に、上着を益々強く握りしめる。
怖い。
顔が上げられない。
ただ、怖いのは、公爵なんかじゃなく……
ラキティスは無言のままだ。
自分の中に、諦観と自嘲が広がっていく。
そりゃそうだよ。ラキティスが僕なんかを庇うわけない。
だって、この人はあちら側の人。
ハァッと小さく息を吐き目を閉じて、ゆっくりと開く。
「ラキティス様。お借りしていた物、お返しします」
顔は俯けたまま。
胸に抱いていた上着を差し出す。受け取るための手に渡ったのを確認し、再び、目を伏せる。
「公爵様。部屋へは参りません。やはり、お断りいたします」
「何だと⁉︎貴様!!」
激昂する公爵だが、気持ちは変わらない。これ以上、ラキティスに自分の醜い部分は知られたくない。
喚く公爵に構わず、小さく頭を下げ踵を返す。
「お、のれぇ!!侍従の分際で!貴様のような淫売に逆らう資格なぞないわッッ!!」
「ッッ⁉︎」
公爵が自分の侍従が携えていた荷物の中から
瓶を取り出す。栓が抜かれたその中身が自分へとぶちまかれた。
自分に向かって降りかかってくるそれに、思わずギュッと固く目を閉じたが、一向に何の衝撃もない。
そっと開けた目に、鍛えられ引き締まった腕が留まる。
強い酒気。ポタポタと上から垂れる雫。
ハッとして上げた視線の先に、静かな澄んだ茶の瞳が見下ろしてきた。
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