上 下
67 / 68

夜会 4

しおりを挟む
「ここにいたのか。……一人か?」







「はい」







そう答えると、ほっとしたようにシルビオは息を吐いた。



疲労のにじむ顔で、なぜか額にはしっとりと汗がにじみ、上着も脱いで手にかけている。







「どうされたんですか?」







(シルビオ様も女性たちから逃げてきたのかしら)







「お前を探していた」







(え?どうして?)







あっという間に女性に取り囲まれ、まんざらでもない笑顔を向けていたはずだ。



シルビオは、少し不機嫌な表情で近寄ってきて、エレオノーラの二の腕あたりをそっとつかんだ。







「こんな暗がりに一人でいたらだめだ。お前相手に妙なことを考える男も多いんだ、何かされたくなければ一人になるな」







つい、強い口調でエレオノーラに言い放ってしまった。無事でいたことをほっとする一方で、あまりに無自覚なそぶりに苛立ちを覚える。







(自分がどれだけ男の目を引いているのか自覚がないのか?!あんなに男たちが賛辞を送りダンスを申し込もうと機会をうかがっていたというのに!)







いつもと違うシルビオの様子に、エレオノーラの瞳にはほんのわずかに怯えがにじむ。







「すまない、怒っているわけではない。……無事でよかった」







あっという間に女性たちに取り囲まれ、身動きが取れなくなった瞬間、エレオノーラを見失ってしまったのだ。夜会に慣れていないエレオノーラは誰かに誘われれば素直についていってしまうのではないかと気が気ではなかった。







「そんな大げさな、大丈夫ですよ」







褒められ慣れていないエレオノーラは、男性が賛辞を贈ることも、ダンスに誘うことも社交の一環だと思っていた。







「……どれだけ自分が美しいか、自覚がないんだな……」



シルビオはエレオノーラを見つめ、独り言とも言えない言葉は、エレオノーラの耳には届かなかったようだ。







夜風になでられたエレオノーラの方は、小さく震えた。







シルビオはそっと持っていた上着をエレオノーラの肩にかけ、そのうえから抱きしめたいのとどうにか堪え、そっとエレオノーラの頬に手を添えた。







不思議そうにじっと見上げるエレオノーラの瞳には、シルビオだけが映る。







「できることなら……」







言い淀んだ言葉を、伝えるかどうか迷い、口をつぐんだシルビオだが、







(彼女のかわいらしさも、健気さも、俺だけが知っていればいい)







紛うことなき独占欲が、シルビオの心を支配する。







「できることなら、その紫の檻に、永遠に俺を閉じ込めてほしいものだ」







甘く、やわらかな言葉が、エレオノーラを絡めとる。







その言葉に、エレオノーラの心の奥底は切なく、甘い喜びに震える。







復讐をすべき相手のはずなのに、心がシルビオの方へ傾こうとする。







恋とよぶにはあまりに淡い気持ちを、言葉にすることはできない。



(この気持ちには、今日幕を引くのよ)







「………っ」



言いかけた言葉は、最後のワルツに吸い込まれるように消えた。







「踊ろう」



差し出された手に、エレオノーラはそっと手を重ねた。



見つめあった瞳には、きらきらと微かにシャンデリアの光が飛び込んでくる。くるりと回るたびに、光がはじける。







楽団のワルツは、最後ということもあり、とても華やかな音楽だ。その音楽に合わせ二人は夢中で踊った。







音楽が終わる。しんと静まり返った後、室内からは拍手と歓声があがる。



しかし、二人はワルツが終わっても、目を離すことが出来なかった。







(手を、離さなければ……)







一瞬の余韻、室内からシルビオを呼ぶ甘くて高い声が聞こえた。







「シルビオ様―?どこにいらっしゃるの?」







その声を聴いて、エレオノーラは、はっと我に返った。







(誰?!)







その瞬間、シルビオの表情が固まる。ぎこちなく振り返ると、大きなため息をついた。



その声の主は、シルビオを見つけると、花が咲くような笑顔で、テラスへ飛び出て来た。







「シルビオ様!探しましたよ~、ってどなた?」







さっきまでの猫なで声とはうってかわって、鋭く冷たい声でエレオノーラを睨んだ。







「ちょっと休憩していただけだ」







その娘は、年頃はエレオノーラと同じか少し幼いくらいだろうか。



シルビオによく似たグレーの瞳だが、少したれ目で眉も下がってるところが、可愛らしい。彼女が潤んだ瞳で見上げたら、大抵の男性は落ちてしまうだろう。







彼女は、シルビオとエレオノーラの間に入り、シルビオの腕にぎゅうぎゅうとしがみついている。







「帰るぞ」







そう言って、シルビオは踵を返し、その女性とテラスから出て行った。女性は不満げな視線をエレオノーラに向けながらも、シルビオに付き従ってテラスを後にするが、シルビオの上着がエレオノーラの肩にかけられていることを目ざとく見つけていた。











残されたエレオノーラは、ただ、彼らを見送るしかできなかった。







(連れの女性がいたのね……振り返りもせずに行ってしまったわ)







何の言葉もなくシルビオは去っていった。



所詮、そこまでの関係ということなのだろう、とエレオノーラは無理やり自分を納得させた。







(はっきりしたじゃない、これで、よかったのよ)



テラスから見る月は、やけに明るく、滲んで見えた。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼はもう終わりです。

豆狸
恋愛
悪夢は、終わらせなくてはいけません。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」  出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。  だがアーリンは考える間もなく、 「──お断りします」  と、きっぱりと告げたのだった。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

許すかどうかは、あなたたちが決めることじゃない。ましてや、わざとやったことをそう簡単に許すわけがないでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者を我がものにしようとした義妹と義母の策略によって、薬品で顔の半分が酷く爛れてしまったスクレピア。 それを知って見舞いに来るどころか、婚約を白紙にして義妹と婚約をかわした元婚約者と何もしてくれなかった父親、全員に復讐しようと心に誓う。 ※全3話。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

処理中です...