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王位継承者 1

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シルビオは愕然とした。



衝撃で、何も答えることが出来なかった。



“馬車に轢かれた”と言った言葉が、頭の中でこだまのように何度も何度も繰り返される。



(あの日、とは、いなくなった雪の日のことだったのか)



何かを言わなければ、と焦る。しかし、言葉が急に木切れのように固くなり、のどに引っ掛かって出てこない。



(……俺のせいだったんだな。エレオノーラがいなくなったのも、事故にあったのも……記憶を失ったのも)



シルビオは胸をかきむしられるような苦しさを覚えた。彼女を苦しめていたのは、自分以外の何物でもないのだ。どうしようもなく、後悔に焦がされるようだ。



あの夜、確かに女性を伴って行動していた。両親の行方を捜している最中に出会った、シルビオの父と親しかったという女性だ。彼女の口利きで酒場や賭博場などの常連や、店員に話を聞けることになったのだ。



どうも、他国へ移動したのではないか、という噂以外、大した収穫もなく、結局はヴェルティエ家の借金をシルビオがすべて返済することに変わりはなかった。当時は、なんとか両親を見つけ出して、一緒に返済のことを考えようとしていたが、それももう、いつの間にかあきらめてしまった。



当時、両親の事や、借金のことで頭がいっぱいで、とてもエレオノーラの気持ちに寄り添う余裕はなかった。あの雪の日、エレオノーラがいなくなって、どれだけ後悔したことか。今思い出しても腹の奥底がすっと冷たくなる心地だ。



「……すまなかった、勘違いしているようだが、彼女はそういう関係ではない」



「そういうって……じゃあ、どういう関係なんですか」



「あの日、俺は両親を探すために領地に戻ったんだ。父を知る女性がいると聞いてな。おそらく、エレオノーラが見たのは彼女だろう。彼女の口利きで、賭博場や酒場の常連から、父の様子を聞くことが出来た。行方については全く分からなかったが」



「信じてもらえないかもしれないが、結婚前から、俺は特別な女性はいなかったんだ」



「そんな、噂ではシルビオ様の特別になりたい女性が列をなしていたって……」



「それ、いつの話だ?借金のことがあってから、その女性たちはいっせいにどこかへ消えていったよ」



「でも」



「俺じゃなくてもいいんだ。地位があって、贅沢させてくれて、適当に褒めてくれる男なら、誰でも、な」



「そんな失礼な」



「お互い様だよ。貴族はほとんどそんなもんじゃないか」



「でも、父と母は」

違う、と言いかけたところで、シルビオはこう言った。



「シュンドラー家は特別だったんだろうな」



ふっと、自嘲気味に微笑むと、シルビオはまっずぐエレオノーラを見つめた。



「この際だからはっきり言っておく、俺は、お前を手放すつもりはないよ」



「なっ……?!」

急なことに、エレオノーラは何も答えることが出来ない。



(離れがたい、な)



腕の中に抱きしめた感触は、小さく柔らかく、いい香りがした。

肩を震わせて泣きじゃくる姿をみて、いてもたってもいられなかった。嫌われているとは思っていても、我慢できず手を出してしまった。シルビオ自身もどうかしていると思うが、止められる感情ではなかった。



「俺自身は、離婚したいとは思っていない。ただ、アカデミーでいろんな人と知り合うだろう。その中で将来を誓い合うような相手が出てきたら、その時は離婚に応じよう。それが離婚の条件だ」



もう一度、シルビオはエレオノーラを抱きしめる腕に力をこめたあと、腕をほどくと、エレオノーラの髪を一筋救い上げ口づけを落とした。上目遣いにエレオノーラを見つめる瞳は、色気がにじんでいる。



エレオノーラの心臓の音が、耳の奥にうるさく響く。

「……っ!」

どうしていいかわからず、とっさにシルビオの腕を振り払った。救い上げられた髪がふわっと宙を舞う。



「……失礼します!」



シルビオの腕を勢いよく振りほどいて、エレオノーラは走り去った。バラの生け垣で服にとげが引っかかるのも気にせず、王宮の建物の中へ急ぐ。





(なんなの、今さら!)

勢いよく扉を開け、いつもの部屋へ走りこんだ。

リュシアンの屋敷へ移る直前のため、部屋はがらんとしていて、ほとんどのものは片付けられている。



幸い、部屋には使用人の誰もいない。



ベッドに突っ伏して、興奮した気落ちを冷ます。

(ああもう!なんでこんなにドキドキしてるの?顔がいいから?声がいいから?いい香りだったから?こんなことされたら、そりゃ誰でも落ちるわよ)



頬のほてりを感じながら、仰向けに転がった。



(シルビオ様、誰にでもあんなことするのかな。あんな、こ、恋人みたいな……)



恋人どころか、自分は妻なのだが、そんなことはすっかり抜け落ちているエレオノーラだ。



シルビオとのことはもう終わりにするはずなのに、気持ちが揺さぶられて仕方ない。いっそ、冷たくあしらわれた方が、あきらめられる。



自分の気持ちを持て余していると、小さなノックの音が聞こえた。



(……誰?ハンナ……じゃないわよね)

ハンナはしっかりとノックする方だ。アンナマリーに至っては、大きくノックして、同時に扉を開ける。



この部屋を訪れる可能性がある人物に心当たりがない。



そう思いながら、扉をそっと開けると、顔色の悪いアンナマリーが立っていた。



「アンナマリー様!」



「よかった、やっと戻ってきたのね!」

どうやら、アンナマリーは何度もエレオノーラの部屋を訪ねてきていたらしかった。



「どうされたのですか?いまお食事の時間では?」

いつもなら、アンナマリーは国王陛下たちと食事をとっている時間のはずだ。



「ちょっと気になることがあって……」



「ひとまず中へ」

部屋の中へ促すと、アンナマリーはエレオノーラの腕を強く引っ張った。



「手伝ってほしいの、ちょっと来て!」



「はい?」

腕をとられているので、なすすべもなく、ぐいぐいとひっぱられていく。王族の居住スペースを通り抜け、奥まった部屋へと進む。



「アンナマリー様、まずいですよ、ここは私は入れません」



腕を取られたまま、何とか足だけでふんばってこらえる。



「王族の許可があればいいでしょ!」

確かに、アンナマリーは王族の一人だが、許可書などいろいろと手続きが必要だと聞いたことがある。



「でも、禁書区域ですよ」

禁書だけではなく、宝物庫もあり、王宮で一番立ち入りが厳重に管理されている場所のはずだ。



「そうよ、そこにあるはずなんだから仕方ないわよ」



何のことかはわからないが、アンナマリーの勢いに押され、仕方なくエレオノーラは手伝うことを覚悟した。



「何をお手伝いすればいいのですか?」



「あるものを探してほしいの。」



「あるもの?」



「フラワーエメラルドよ!」



「フラワーエメラルド?」

初めて聞く単語だった。エレオノーラは怪訝な顔でアンナマリーに聞き返す。



「ああ、あなた知らないのね。フラワーエメラルドは、我が王室に伝わる秘宝で紙の祝福を受けたとされるものなの。」



「はあ……それが?」

そういっても、ただの宝石なんでしょ?と言わんばかりの顔のエレオノーラ。



「もう!神の祝福よ?もっと驚くとかしなさいよ!あのね、それがどうも紛失しているらしいのよ」



「ええ!」

エレオノーラがやっと思った通りの反応を返してくれて、まんざらでもないアンナマリーだ。



「でしょう?立太子の儀式に必要なんだけど、見つからなくって。お父様も儀式をされるのを渋っているの」



「それは大変です!……でも、使用人の方々に手伝っていただいたら早いのでは?」



「誰にも知られたくないの!紛失していることなんか、誰も知らないわよ?」



「ええ?そうなんですか?!国宝ですよね?」



「そう、なのに無いなんてありえないわ」



「とにかく探してみましょう。宝物庫にあるのですか?」



「私の勘ではね」



アンナマリーのあてにならない勘を頼りに、中へ入ることになった。
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