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記憶喪失ですが、夫に復讐いたします 42 夢

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静かな鍛錬場。二人は無言のまま、回廊の石段に腰掛けていた。



頬をなでる風が気持ちいい。



エレオノーラの気持ちもずいぶん落ち着いてきた。



(シルビオ様、昔から全然かわってない。あの癖も出会ったときのままね)



前髪をかき上げるのは、困ったとき、言葉にならないとき……エレオノーラは、幼い時からシルビオのことをよく見ていた。彼の癖はたくさん知っている。



(最初にシルビオのお屋敷に連れられて行った日、眠れなくてうろうろしていたら、シルビオ様に見つかって、驚いて腰を抜かしたっけ。あの時はびっくりしたな、すごい形相のシルビオ様、そのあとあたたかいミルクを自分で作ってくれたりして、なんて優しい人だろうって思ったけど……)



くすっと、思い出し笑いをしてしまうが、どうしてもそのあと、雪の日、女性と歩いていたところまで思い出してしまう。



(だめだわ、気分が落ち込んじゃう。はやく切り替えないと)



思わず気分が沈み込み、自分の手でぎゅっと顔を強めに包み込む。



シルビオは、笑ったり眉間にしわをよせて険しい表情をしたりと忙しいエレオノーラをそっと見ていた。





「調子はどうだ?もし問題ないなら、少しだけ練習してみるか?」



正直、もう帰りたい気分だが、実技が苦手なエレオノーラはそういっていられない。



「はい!お願いします」



とりあえず、雑念は置いて、剣の師匠だと思って接すれば問題ないはず。



軽く、体を延ばしたり、足を曲げたりと準備運動のようなことをして剣を手に取る。



思い切って切りかかっていくが、やはり調子が悪いのか、踏み込んだ瞬間一気に血の気がひいて体が支えられなくなってしまった。



「うわ!」



剣を握っていられず、思わず地面に投げだして、ひざまずいた。



「おい、全然大丈夫じゃないじゃないか」

シルビオは剣を構えるのをやめ、肩に担ぐような格好であきれたように言った。



「いいえ、たまたまです!」

地面に転がった剣を拾い、もう一度構える。



やれやれ、と言わんばかりの表情でシルビオはエレオノーラを見つめたが、辞める気はなさそうだ。



(仕方ない、気が済むまで付き合うしかないか)



向かってくる剣を何度か受け流しシルビオがもう、終わりにしようと思った瞬間だった。



エレオノーラはシルビオに向かって踏み込んだ。



(あっ?!)



エレオノーラの中で妙な浮遊感があって、何かとぶつかった衝撃、そこから視界がどんどん絞られて、ついには真っ暗になってしまった。



シルビオが何か言っている。しかし、遠くで聞こえるだけで、何を言っているか八っきり聞こえない。





「おい!……」



エレオノーラが向かってきたと思ったら、彼女の手から滑り落ちるように剣が地面に転がり落ち、シルビオの方に向かって、体がまっすぐ倒れてくる。



(ぶつかる!)



シルビオは剣を地面に投げ捨て、両手でエレオノーラの体を支えた。



彼女の体は、軽く、力が抜けぐにゃりとしていた。



「お、おい!どうした!?」



呼びかけにはまったく反応しない。意識がないようだ。



腕の中の彼女は、力なく、顔色は真っ白で、浅く息をしている。



エレオノーラを、木陰にそっと横たえた。少し足を高くして、シルビオの着てきた上着をかける。



(もっと早く中止にしておくべきだった)



シルビオの心の中では後悔が渦巻いていた。







「お母さま!」



エレオノーラは驚いた。真っ暗になったと思ったら、いつの間にか目の前に母がいたのだ。



母に近づこうとするが、手を伸ばそうとしても届かない。



母は、何かエレオノーラに向かって話している。



いつも微笑んでいる母が、少し悲しそうな目をして、エレオノーラの頬をなでた。

そして、後ろを向いて歩いて行ってしまう。



「まって!私も連れて行って!」



母のスカートをぎゅっと握って、泣きながら抱き着いてエレオノーラは離さない。



(ああ、これはあの日の記憶……)



幼い頃のあの日、いつもならお出かけに連れて行ってもらえるのに、なぜかその日だけ留守番だった。



(連れて行ってと駄々をこねたっけ。困ったように、微笑んで“きっと無事に帰ってくるから”って、出て行ったけど、一体どこへ行ったのかしら)



母の悲しそうな顔を見て、思わずスカートを握る手を放してしまったのだった。



(それから、母は二度と帰ってこなかった。あの日、私がもっと止めていたらお母さまはいかないでくれたのかな……)



泣くじゃくるエレオノーラの手を、そっと父が握った。



「お父様?!」



母がいなくなった日、父はいなかったはずだ。



(ああ、これ夢なんだわ)



「大丈夫だ、何も心配はいらない」



(お父様、お母さまを止めて、行かないでって!お母さま、死んじゃうのよ!)



必死で伝えようとした言葉は、声にならなかった。
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