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第3話

策略(4)

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 ラゴースの右腕が急速に膨張し巨大化する。それを緑色の鱗が覆っていき、先端には鋭い爪が伸びる。

 異形の腕が振り下ろされる。アーチ達がギリギリで回避すると、テーブルが粉々に粉砕される。ウェイトレスの悲鳴と客の怒号で店内はパニックに陥った。

「ちょ、なんなの!?」

「とにかく逃げなきゃ!」

 出口へと一目散に駆けていく三人。その背中を巨腕が追いかけてくる。アーチのすぐ背後に鋭利な爪が迫る。

「疾風の相!」
 振り向きざまに衝撃波を放ち腕を弾き返す。その反動を利用してアーチ自身も店の外へと飛び出した。ラゴースはアーチに狙いを定めているようで、ミョウザやパラァには目もくれず外へ逃げだアーチを追いかけていく。

「アーチこれ使って!」

 ミョウザが瞬時に折った紙飛行船をアーチ目掛けて飛ばす。文字通りの助け舟に乗り込んだアーチが空へと飛ぶ。

「逃がさん」

 ラゴースの背中から翼が突き出る。さらに足、胴体、顔までもが膨張し、全身が腕と同じように変化していく。やがてラゴースは緑の鱗に包まれた異形の生物となった。それは数多くの魔獣の中で最も人間に恐れられている存在──ドラゴン族の姿そのものだった。

 ドラゴンとなったラゴースが両翼をはためかせて飛翔する。それだけで突風が巻き起こり周囲の人や物が吹き飛ばされた。

 豪速で距離を詰めてきたドラゴンが突進しながら獲物を捕食しようと大口を開く。

「アーチ!」

 千切られた紙飛行船の残骸がひらひらと舞う。地上のミョウザからはアーチがドラゴンに飲み込まれてしまったように見えた。しかし実際のアーチはドラゴンの口内で自身を突っ張り棒のようにして飲み込まれまいと踏ん張っていた。

「もしかしてあんた魔族の仲間!?」

「なんのことだ」

 ドラゴンとなったラゴースの重低音の声が響く。

「だってそれ以外にあたしを狙う理由なんて」

「言い逃れするつもりか、極悪人が」

「何それ意味わかんなっ……」

 言葉の途中で顎の力が強められる。限界が来る前にアーチは口の中から飛びだした。けれどもそこは空中。重力に轢かれるまま落下していくアーチ。さらにラゴースが逃がすまじと追いかけてくる。

「〈符律句〉第四十一番、雷電の相!」

 ラゴースに向けて電撃を放つ。それは躱されてしまうが、お陰で距離ができた。

 アーチは下方を見やる。思ったよりも地上までもうあまり距離はない。ここで落下の勢いを減速させるために衝撃波や爆撃を使えば、周囲の人たちや建物を巻き込んでしまうのは確実。アーチは覚悟を決めてそのまま落ちていく。

 果物屋の庇を突き破り、果物が詰め込まれた箱の中に落下。果物がまき散らされ、周囲の人たちが悲鳴を上げながら逃げていく。

「痛ぁ~」

 背中を中心に体に痛みが走るが致命的な外傷はない。ビキニアーマーが常時発動している防御魔法がなければただでは済まなかっただろう。

 安心している暇はない。アーチの上空を大きな影が覆う。人間の姿に戻ったラゴースが上から迫って来ていた。ラゴースが落下の勢いのまま殴りかかってくる。その右腕だけはドラゴン化したままだった。アーチは硬い鱗に覆われた拳を聖剣を横に構えて受け止めた。硬質な音が弾ける。

「マジでわけわかんない……っ!」

「大人しく殺されろ」

「誰がっ!」

 アーチは爆撃の相を発動させ自分もろともラゴースを爆発で吹き飛ばした。自爆で地面を転がり回りながらもすぐさま立ち上がる。間髪置かずに爆煙を切り裂いてラゴースが再度突っ込んでくる。迫り来るドラゴンの鋭利な爪を、アーチはうしろに跳んで回避する。するとラゴースが殴りかかった勢いのまま体を捻った。

 ラゴースには尻尾が生えていた。尻尾は巨大な鞭となって着地する前のアーチを殴打した。

「ぐあぁっ!」

 直撃を食らい吹っ飛ぶアーチ。近くの建物に激突すると壁が砕ける。それだけでは勢いは止まらず建物を三軒貫通してようやく広い通りに落下した。瓦礫を伴って降ってきたアーチのもとに、状況をよくわかっていない野次馬たちが「お嬢ちゃん大丈夫か?」と心配そうに寄ってくる。

「に、逃げて……」

 アーチが起き上がりながら周囲に忠告していると、離れたところから悲鳴が聞こえた。

 ドラゴンの翼を生やしたラゴースが大通りを低空で飛行して来ていた。通行人たちは頭を抱えてしゃがみこんだり逃げたりしている。アーチのもとに集まっていた野次馬たちも、異形者の襲来に蜘蛛の子を散らすように退散していく。

 アーチは痛みに耐えながら剣を構える。

「〈符律句〉第七番、隆土の相!」

 剣を足元に突き立てると、アーチの前方の地面が盛り上がり土の壁が突き立った。

「無駄だ」

 ラゴースは速度を緩めず突進してくる。そのままドラゴン化させた剛腕で障壁を粉砕した。

 だが壁の向こうにアーチの姿はなかった。

「何!?」

 横から飛び出してくる陰。アーチだった。ラゴースが壁を破壊するのと同時に横へと移動していたのだった。

 奇襲にも素早く反応し迎撃しようとするラゴース。しかしその腕にどこからともなく包帯──いや細長い紙が絡みついてきた。

「アーチ無事か!」

 追いついたミョウザが加勢に加わる。紙飛行船の上から長い紙を縄代わりにしてドラゴンの腕を拘束した。

「邪魔だ……!」

 ラゴースは腕をうしろに大きく振り、紙の縄を易々と引きちぎった。

 けれどもそれが仇となった。アーチは腕を振り上げたことでがら空きになったラゴースの懐に入り込んだ。

「しまっ──」

「だぁあああああっ!」

 アーチは剣を振るい、ラゴースのどてっ腹を横一線に切り付けた。大きな体躯が斬撃を受けて倒れ伏した。

 ミョウザとパラァがアーチの隣に下りる。

「殺しちゃったの?」

「いや……」

 倒れたラゴースが身じろぎ体を起こした。自身の腹部を押さえ戸惑いの表情を浮かべる。

「どういうことだ?」

 確実に剣で切られた。そのはずなのに出血は一滴もなく傷口もなかった。

 痛みはある。だがそれは切られたというよりも殴られたときにちかい鈍痛だった。ラゴースは混乱した。

「〈符律句〉第五十五番、無刃の相。剣を切れ味のないただの棒に変えたの。なんて言うんだけ……峰打ちってやつ」

 アーチは悪戯に成功した子供のような微笑を浮かべ、剣を鞘に納めた。

「何故だ。何故殺さない」

「いや殺さないし。それよりわけを聞かせてほしいんだけど」

「本当に何も知らないのか? お前は……」

「──そこまでだ!」

 空気を裂くような鋭い声が突如として響いた。同時に鎧を纏った兵士たちがぞろぞろと現れアーチたちを取り囲んだ。

 兵士たちの背後から、ひと際豪奢な鎧を着た女性が姿を現した。

「ギヤカニ自警隊だ。ラゴース、国内での戦闘行為の罪で、貴様を拘束する」

 女性が手を上げると兵士が数人動きラゴースを取り囲んだ。両手をうしろに回し拘束具を装着させる。

 アーチはふと、入国する際の警備兵の言葉を思い出した。

 ──領土内での戦闘行為は禁止されているのでご注意を。

「やば、あたし思いっきり戦っちゃってたじゃん」

 ようやくそのことに気付いたアーチ。多少なりとも加勢していたミョウザも顔が青ざめていた。

 そんな心情を知ってか知らずか、指示を出していた女性が切れ長の目をアーチたちに向けた。

「君たちにも同行願う」

「あっ、はい……」

 大人しく従うしかない。兵士たちがラゴースに続いてアーチ達を取り囲んでいく。

 こうして一行は御用となったのである。
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