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第3話

策略(1)

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 緑が広がる高原に、白く大きな鳥が飛んでいる。

 いや、鳥ではない。鳥かと思われたそれは平たい三角形をした紙だった。空飛ぶ三角の紙の上には三人の男女が乗っていた。

「ふわぁ~。なんか眠くなってきちゃった」

 紙飛行船の上で、アーチが退屈そうに大きく伸びをした。

「あんまり動くなって。落ちても知らないからな」

 新しく旅の仲間に加わった少年、ミョウザが背後のアーチを見た。

「まだ着かないの?」

 アーチの肩に掴まっているパラァが問いかける。

「たしかに。さっき地図で確認した感じだともうそろそろ着く頃なんだけど」

 アーチは前方に広がる景色に目をやる。そこには街らしきものは見当たらない。あるとすれば、緑生い茂る小高い山が壁のように連なっているだけだ。

「たぶんここを越えれば」

 ミョウザはそう言って高度を上げる。紙飛行船は高く舞い上がり、小山の上空を通過していく。

 山を越えたそこには、大都市が広がっていた。

 周囲を堅牢な城壁に囲まれたいわゆる城塞都市。アーチの故郷の何倍も広大な領土を誇り、壁の内側には数えきれないほどの建物が立ち並んでいる。栄華を絵に掻いたような光景がそこにあった。

 次の目的地であるギヤカニ国だった。

「うわっ、すっご~!」

 眼下の景色に思わずはしゃぐアーチ。ミョウザの肩に手を置き身を乗り出すと、紙飛行船が大きくぐらついた。

「だから危ないって!」

「だってこんなでっかい街なんだよ!? アガんないわけないじゃ~ん!」

 生まれてからずっとザブン村から出たことがなかったアーチにとっては見るものすべてが新鮮で、気分は嫌が応にも高まる。

「遊びに行くんじゃないのよ? 何があるかわからないんだから気を付けないと」

「そうだけどさぁ~」

 そんなやり取りをしつつ、一行は門の前に着陸した。

 門の前には槍を持った軽装鎧の警備兵が立っている。兵士はアーチ達に気付くとにこやかな笑みで迎えた。

「ようこそギヤカニ国へ」

「ども~」

「……旅のかたですか?」

 友好的だった兵士の表情が、アーチのビキニアーマー姿を見て露骨に引き攣った。奇妙な半裸姿を見れば誰でもこんな反応になるだろう。

「そんな感じー。メイヒェンって人を探してるんだけど」

「メイヒェンさんですか。それなら西区域の薬屋にいるはずです」

「西ね……西って右だっけ左だっけ」

 アーチがミョウザに小声で尋ねる。ミョウザは呆れ顔で嘆息した。

「装備はそのまま持ち込んで構いませんが、領土内での戦闘行為は禁止されているのでご注意を」

「りょーかいでーす」

 良き旅を、と警備兵に見送られ、アーチ達はギヤカニ国に入国した。

 門を抜けた一行を迎えたのは、街の喧騒だった。大通りを行き交う大勢の人、人、人。故郷の村では到底お目にかかれない光景に三人は圧倒された。

 ギヤカニ国はもともとどこにでもある小国だった。しかし大陸の中央に近いところににあることから、各方角からの中継地点として利用され始める。人が集まるところには物が集まる。物が集まるところには金が集まる。そうして次第にギヤカニ国は栄えていき、ついには大陸最大の交易都市に成長した。

 広大な国土は東西南北四つの区域に分けられている。それでもひとつの区域だけでザブン村の数倍の広さがあるため、アーチにとっては見るものすべてが未知の光景であった。

「やば、人多すぎじゃん! 建物もでっかぁ~!」

「あ、あんまりきょろきょろするなよ。田舎者だと思われるだろ」

「実際田舎者なんだからしょーがなくない?」

「そうだけど……まあいいや。それよりアーチ。さっき言ってたメイヒェンって」

「あー、うん。お父さん達の仲間だった人みたい」

「やっぱり!」

 人魔大戦について本で読んでいたミョウザにはその名前に覚えがあった。

 かつて魔族との戦いに勝利し世界を救った英雄達。その主要メンバーは四人だった。〈万能の英雄〉ドルク、〈少年剣豪〉デフトン、〈陽光の戦乙女〉アンジェル、そして最後のひとりが〈不死術士〉メイヒェン。

 メイヒェンは主に戦闘の傷を癒す回復魔法の使い手としてドルク達に貢献していた。魔族との苛烈な戦闘を後方から支えどんな重傷もたちどころに癒すことから、もっとも死から遠い存在としてその異名がついたという。

「前に読んだ本に書いてあったよ。『メイヒェンは献身的にドルク達を支えた仲間思いの女性だ』って」

 そう語るミョウザの目は、伝説の英雄のひとりに会えるかもしれないという期待に輝いていた。

「そのメイヒェンって人が封印に必要な予備の魔石を持ってるらしいんだよね」

「西区域にいるって言ってたわねよ?」

「ちなみにおれ達が通ったのは南門だけど」

「ってことは西は……あっち?」

 アーチが悩んだ挙句に右を指差すと、ミョウザは苦笑して反対を示した。

「残念、逆だよ」

 何はともあれ西区域へと赴き、一行は薬屋を目指す。しかし田舎の小村とはわけが違うために、目当ての場所を探すのは思いの外骨が折れた。そこで適当な通行人に訊いてみると親切に教えてくれた。さすが英雄の一人というだけあって、メイヒェンの名前を出すと誰もが「ああ、あそこね」という反応だった。

 そんなこともあり、少し手間取りながらも目的の薬屋にたどり着くことができた。

「ここだ……『エルフの薬屋』」

 店先の看板にはそう書かれている。

「ここにあのメイヒェンが」

「たぶんそうなんだけど……ミョウザ、先に覚悟しておいたほうがいいかも」

「覚悟?」

「いや、お父さんが言ってたんだよね。『あいつは仲間の中で一番の変わり者だ』って」

「変わり者?」

「なんでも厄介なところがふたつあるって」

「や、厄介って……」

「ま、どのみち入ればわかるっしょ」

 能天気に告げ、アーチは薬屋のドアを開ける。

 中に入った途端、強烈な薬品臭がアーチの鼻腔を襲った。壁一面には棚が並べられ、ただでさえ広くない室内をさらに手狭にさせている。棚には薬が入った瓶や薬草が不規則に敷き詰められていて、最低限整頓されているもののどこか煩雑な印象があった。

 そして正面。受付台の上に頬杖をつき、気だるげに座っている女性がいた。透き通るような金色の髪と尖った耳が特徴的で、アーチと同じか少し上くらいの年頃に見える。ただひとつ決定的に違うのは、台に乗っている胸がアーチのそれよりも圧倒的に大きいところだ。

 その女性は来店したアーチを億劫そうに見ると露骨に顔をしかめ、

「何、今更恨み言でも言いに来たのか?」

 と言った。

「え? いや、ここにメイヒェンって人がいると思うんだけど」

「あー、そう」

「あーそうって」

「あの! もしかしてあなたがメイヒェン、さん……ですか?」

 アーチの背後からミョウザが一歩前に乗り出して尋ねた。

「何言ってんのミョウザ。そんなわけ」

「メイヒェンさんはエルフ族だから人族の何倍も寿命が長いんだ。だからおれ達とは老いかたが違うんだよ」

「へー、全然あたしと同じくらいにしか見えないけど」

 デフトンからは見た目や種族についての情報は聞かされていなかったアーチは、そのことを知らなかった。改めて見ても目の前の女性はアーチと大きく歳の差があるとは思えない。けれでもこの人物こそがかつてドルク達と死線を共にしたメイヒェンその人なのだろう。

 メイヒェンは眠たそうに半分閉じた目でアーチを見据えた。

「そういうあんたはアンジェルの娘だろ」

「そう! わかる? 村の人にも似てるってよく言われてたんだよねー」

「ああ、目元とか特に。それにその馬鹿みたいに露出しまくってるビキニアーマーを恥ずかしげもなく着れるのは、間違いなくあの女の血を引いてるね」

「えー、かわいくなーい?」

 辛辣な言葉も特に意に介していないアーチの反応に、メイヒェンは嘆息を吐いた。

「あんた、名前は」

「アーチ」

「そう。あんたがそれを着て私のところに来るってことは、つまりはそういうことなんだろ」

「わかってるなら話は早いわ。あなたが持ってる魔石を渡してほしいの」

 パラァがひらりとメイヒェンの前に舞い降りる。

「おや、こんな街中にフェアリー族がいるとは珍しい……ん? あんた」

「何?」

「……いや、なんでもない」

「とにかく魔族を封印するための魔石が必要なの。あなた持ってるんでしょ?」

「まあ、あるにはある」

「だったら早く」

「……やだ」
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