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第2話

出会い(4)

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「お母さんを知ってるの!?」

 アーチは思わずテーブルに手をついて身を乗り出した。がしゃりと食器が音を立て、その音で冷静を取り戻して再び席に着く。
「ええ、あれは……十二、三年前くらいだったかしら。ミョウザのお世話を始めたばかりだったから、たしかそれくらいの頃だったと思う。ミョウザを抱っこしながら散歩してるときにコッパ村を訪れたアンジェルさんと出会ったの」

「それで?」

「アンジェルさんも小さいお子さんがいるらしくて、子供をあやしてる私のことが気になって声をかけてくれたみたい。その時は子育てのことをいろいろと話して。そしたら最後に『あなたに頼もうかな』って言って……ええっと、あれはどこにしまったかしら」

 話しながらジェーンは席を立ち、部屋の隅の棚を漁り始めた。やがて小物が乱雑に詰め込まれいる籠の中から、筒状に丸められた紙を取り出した。

「あったあった。これを渡されたの。『いつか私の娘か孫がここに来るかもしれないから、その時にこれを渡してあげてほしい』って」

 アーチはジェーンから紙を受け取る。紙は茶色く変色していて端の部分が劣化して千切れているところもあった。アーチが破れないように気を付けながら紙を広げ、パラァも一緒に紙面を除く。

 紙にはどこかの道順や部屋の平面図らしきものが描かれていて、各部屋の近くに注釈のような文が添えられていた。

「これって、地図?」

「そうみたいね」

「アンジェルさんが言うには、これさえあれば洞窟攻略は簡単だって」

「やっぱ洞窟の地図なんだ!」

「で、肝心の洞窟はどこなの?」

「それなら、あそこの──」

 ジェーンは窓の外を指差す。窓からは丁度小高い山が見えた。

「あそこの山の麓に洞窟があるから、たぶんそこのことだと思う」

「ありがとう! 早速行ってみるよ!」

 アーチは立ち上がると「ミョウザにもよろしく言っといて」と告げてからパラァを伴って家をあとにした。

 山に向かって走っていると、背後から「アーチ!」と呼ぶ声がした。ミョウザがあとを追って走って来ていた。

「ミョウザ?」

「洞窟に行くんだろ? おれも一緒に行かせてくれ!」

「別にいいけど、お母さんにはちゃんと言ってきたの?」

「……関係ないだろ。それに母親じゃないって」

 息を整えながら吐き捨てるミョウザ。アーチはそんなミョウザのおでこを指でピンと弾いた。ミョウザは「痛てっ!」とでこを押さえる。

「たとえそうだとしても、今まであんたを育ててくれたのはあの人でしょ? 恩知らずを同行させるつもりはないよ」

「……わ、悪かったよ」

 叱られたミョウザは唇を尖らせて反省の色を浮かべた。

「わかればよろしい。じゃあ行こうか」

「ああ、待って。あの距離を走ってくのは大変だろ。おれに任せて」

 ミョウザは〈シャットシュット〉から紙を引き抜いて何かを折り始める。十秒と経たずに「できた!」と掲げたそれはアーチには見慣れないものだった。

「何それ」

 ミョウザが作ったものは、上部に三角形に近い形のものが鳥の翼のように広げられていて、下部には翼の中心に持ち手らしき出っ張りがあった。

「これはこうやって……!」

 ミョウザが手に持っていたそれを投擲すると、一枚の紙だったものがまさに鳥のように空に舞い上がった。

「おお、飛んだ!」

 紙の鳥は大きく円を描く軌道で滑空し、ミョウザの手に戻ってきた。

「おれはこれを空飛ぶ紙の船、飛行船って呼んでる。これを魔法で大きくすれば──」

 紙飛行船を再び空へと飛ばすと、アーチの服の時と同じように巨大化した。旋回して戻ってくるタイミングを見計らい、ミョウザが「乗って!」と号令をかけて飛び乗る。アーチもそれに合わせて飛び乗った。パラァはアーチの肩に捕まる。

 三人を乗せた紙飛行船は風に乗り空高く舞い上がった。

「すごーい! 飛んでるー!」

 みるみるうちに上昇しコッパ村が下方に遠のいて行く。村を囲む森の緑が海原のように広がり、進む先には山が待ち構えている。

「これなら移動も楽だし洞窟も探しやすいだろ?」

「最高じゃーん!」

 嬉々としたアーチたちを乗せた紙飛行船は山の周囲を旋回する。

「洞窟はどの辺かしらね」

「あ! あれじゃない?」

 アーチが山の麓を指差す。森の木々の隙間から、ぽっかりと穴が開いている場所が見えた。

「行ってみよう」

 緩やかに下降し地上へと帰還する。そこには大きな横穴が穿たれていた。穴はかなり深いようで、真っ暗な闇が大口を開いて待ち構えていた。

「ここっぽいね」

 アーチが躊躇いなく中へ入って行こうとすると、ミョウザが引き留めた。

「ま、待って。明かりもないのに行くのか?」

「もしかして、ビビってる?」

「び、ビビってねぇし!」

 否定するその顔は明らかに引き攣っていた。

「心配しなくても、こーゆーときは……」

 アーチはヴァーエイルの魔石に右、上、と〈符律句〉を描く。

「〈符律句〉第十一番、点灯の相」

 剣の先端に小さな光が灯った。光を洞窟のほうに向けると、暗闇が払われ内部の壁面が見えるほど明るくなった。

「これなら安心でしょ?」

「あ、ああ……いや、最初からビビってないけどな!」

 無駄に強がって見せてから、ミョウザはアーチの背中についていく。

 洞窟の中は気温が低く、反響する風の音が大男の唸りにも聞こえた。とはいえ取り立てて変わった様子もなく、何かが保管されているようには見えない。気付けばアーチたちは最奥まで来てしまっていた。

「……行き止まりだな」

 最奥には頑強な岩壁が立ち塞がっていた。ミョウザは壁とコンコンと叩いてみるが、ちょっとやそっとでは動きそうにはなかった。

「マジかー。ここじゃなかったのかな」

「ねぇ、ここに何かあるわよ」

 パラァの声がしたほうに光を向ける。

 岩壁の脇に、明らかに自然物ではないものがあった。正方形の額縁のようなものが壁に埋め込まれていて、内側に九等分された正方形の石板が嵌め込まれていた。ただし右下の一ヶ所だけ石板がなく一枚分の空間が空いていた。

「なんだろこれ」

「そうだ地図よ。あれに何か書いてないの?」

「あ、そっか」

 アーチは手に持っていた地図を広げようとしたが、片手には明かりとなる剣を持っていたので「ちょっとこれ広げて」とミョウザに渡した。ミョウザが地図を広げて確認する。すると入り口らしき隅の部分に書かれていた文言に目を止め壁面のパネルと交互に見比べる。気になったアーチが横から覗き込みミョウザが確認している箇所を見る。

「えぇと、り……りゅ……?」

「『龍を示せ』」

「は?」

 ミョウザは八枚のパネルのうちの中央にある一枚を示す。そこには動物の頭部らしきもの書かれていた。

「ここにドラゴンの頭みたいなのがあるだろ? たぶんこれを並べ替えてドラゴンの絵を完成させるんだよ。こんな感じに」

 説明しながら下段真ん中の一枚を空いている隣にスライドさせた。岩壁の石板は組み換えパズルだった。

 アーチが口をへの字に曲げて鼻白む。

「うわぁ、あたしこういうの無理だわ」

「おれがやってみるよ」

 パズルに取り掛かるミョウザ。あーしてこーしてと呟きながら石板を並べ替える。最初はバラバラだったものがしだいにひとつの絵となっていく。

「ここをこうして……これでいいはず」

 ミョウザは最後の一枚を動かす。枠の中に横を向いたドラゴンの絵が完成した。

 すると重い地鳴りが響き洞窟が揺れ始めた。

「地震!?」

「見て! 壁が動いてるわ!」

 パラァの言う通り、行き止まりだったはずの岩壁が横にスライドしていく。岩壁は厳重な扉だったのだ。

 扉が開き切り停止すると、視界が突然明るくなった。壁面に沿って仕込まれていた照明用のマジェットが、来訪者に反応して自動発動したのだ。照明に照らされた隧道はアーチたちを誘うように奥へと続いている。

「やるじゃんミョウザ!」

 アーチがミョウザの頭を掴みわしゃわしゃと撫で回す。ミョウザは「これくらい普通だって」と恥ずかしそうに呟いてアーチの手から逃れた。しかしその顔はまんざらでもない表情をしていた。

「よーし、そんじゃあお宝探しと行きますかぁ!」

 気合を入れて先へと足を進めるアーチ。パラァとミョウザもそのあとに続く。

 洞窟探検の始まりである。
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