婚約破棄? 別にかまいませんよ

舘野寧依

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 罪人たちが王宮の地下牢に連行されてから数日たちました。
 元妾妃と偽王子とその妻が同じ場所に収監されていると聞き及び、看守に同情したわたくしは、ささやかではありますが菓子を差し入れることにしました。こんなことで彼らの苦痛が減るとも思えませんが、なにもしないよりはましでしょう。
 聞いたところでは、実質的な現場の長である副看守長が、彼らに憂さ晴らしのための飲み代をポケットマネーから渡しているそうです。
 副看守長は高給取りではありますが、こんなことまでフォローしなければならないとはなかなか大変ですね。彼らに一時的な手当が出るように、レアンドレ様にでもお話ししてみましょうか。

 ……そういえば、あれからコリンヌ嬢はバチール男爵家から勘当されたそうです。
 どうやら男爵家は、王家からそうすれば命ばかりは助けてやると言われたようですが、随分とあっさり切り捨てられたものですね。……ですが、それもしかたないのかもしれません。
 男爵家の対応は冷たいようですが、聞けば、日頃からコリンヌ嬢は家族を見下し、注意しても勝手に贅沢品を買いあさっては男爵家へ請求させ、領地を困窮させるという所業を繰り返していたそうですから。
 それに例の婚約破棄騒ぎで、バチール男爵は急激にかかったストレスにより吐血したそうですが、当の原因のコリンヌ嬢が己の悲劇ばかり騒ぎ立て、男爵の心配をするどころか、そんなことはどうでもいいと吐き捨てたらしく、それが彼女を見限る一番の原因となったようです。
 ……なんというか、こちらも被害者だったのですね。早い段階で彼女を修道院にでも入れてしまえばよかったのかもしれませんが、今更言っても詮ないことですね。
 そして、バチール男爵家はお取りつぶしとなり、コリンヌ嬢とその夫以外の方は、王都のとある豪商が予備として保有していた屋敷に移り住み、平民として暮らし始めたそうです。
 事情を聞いてしまえばとても気の毒ですし、王家としても言っても聞かない馬鹿元王子と元妾妃に振り回された経緯がありますから、バチール男爵家の今回のとばっちりについてはとても他人事と思えなかったようです。
 そんなわけで、彼らが当面困らないよう、まあまあ豊かである平民と同じくらいの生活ができるくらいの援助を王家がすることとなったそうです。

   * * *

「セレーネ、世話をかけたな。そなたには男爵領の他に、王領から領地を授けることとした。これは、そなたが王家に嫁することになってもそなたのものだ」

 あれから、再び国王陛下にお呼び出しを受けたわたくしは、正式に子爵領として新たな領地をいただけることになりました。確かに子爵が男爵領の一部の所領しかないのは格好がつきませんものね。
 そして、バチール男爵家が取りつぶされたことで、その領地も丸々いただくことになり、新たに男爵位も賜りました。
 もっとも、爵位をいくつも持っていても、大概は一番高い身分を名乗りますので、わたくしはアウグスト公爵令嬢か、今回新たにいただいた地方名を冠したティアム子爵と呼ばれることになるのでしょう。

「──セレーネ、あなたには本当に申し訳ないことをしました。わたくし、なんとおびしたらよいか……」

 謁見の後の茶会で、わたくしがこれからのことをあれこれ考えていましたら、陛下のお隣に座られていた王妃様が涙をこぼして謝罪されました。
 馬鹿元王子と婚約破棄した後、王妃様はことあるごとにこうして謝罪してこられます。あの馬鹿をわたくしの婚約者に推したのはこの方なので、責任を感じておられるようです。
 もう気にしておりませんと何度も申し上げているのですが、なかなか納得していただけません。あまり王妃様に頭を下げさせると、王妃様を溺愛している陛下からいらぬ恨みを買いそうで困るのですが……。
 王妃様は悪い方ではないのですが、元妾妃とは別の意味で苦手です。

「誰が一番気の毒なのかとレアンドレたちに問われて、ようやくわたくし気がつきましたの。わたくしのしたことは、すべてわたくしを悪者にしたくない上での自己満足だったのだと。そのせいで、あなたには多大な苦労をかけてしまいました。本当に申し訳ないですわ」
「いえ、どうかお気になさらないでください。お……わたくしはまったく気にしておりませんから」

 つい、おかげでよい精神修行ができましたと言いそうになりましたが、痛烈な嫌みとしてかなりの確率で取られそうだったので、慌てて言い直しました。……ですが、わたくしとしては皮肉でもなんでもなく、本当にそんな心境なのですよ。
 すると、王妃様はハンカチで涙を拭った後、ふんわりと微笑まれました。

「本当にセレーネは優しいのね。甘いだけのわたくしとは大違いだわ。強くて優しいあなたこそ、未来の王妃にふさわしいとわたくしは思うの」

 はいーっ!?
 王妃様、反省なされたと思ったら、今度はそうこられましたか!

「いえ、わたくしにそのような大役はとても……。それに、王妃教育をわたくしのような者が納められるかわかりませんわ」

 本当だったら別のご令嬢が受けていたのでしょうけれど、レアンドレ様が今まで頑として婚約者を決められなかったので、王妃教育をされている方がいなかったのですよね。

「まあ! 学園では、あなたとレアンドレはいつも首位を争っていたというではありませんか。わたくしができたものをそんな優秀なあなたができないわけはありませんわ」

 こ、これは、思ってもいなかった展開です! 王妃様はまったくの善意でおっしゃっているだけに、たちが悪いというか……。王妃様特有の柔らかい押しの強さで、このまま王太子妃として祭り上げられてしまいそうです!
 ……いえ、別にレアンドレ様が嫌いというわけではないんですよ? お優しいですし、むしろ夫としては理想的な方です。
 ですが、領地運営を軌道に乗せたいですし、縛られない今の状態が楽しくてしかたないので、ここで王妃教育など入ったら正直なところ困るのですが……。

「母上、あまりセレーネを困らせないでください。そのように推し進められてはわたしも困ります」

 それまで黙っておられたレアンドレ様が見かねられたのか間に入ってこられました。ありがとうございます、助かりましたわ!
 わたくしが感謝の目でレアンドレ様を見つめますと、彼は甘さを含んだ瞳でわたくしを見つめ返してこられました。

「それに、わたしはわたし自身で君を口説き落としたいしね。……そういうわけだから、覚悟しておいてね、セレーネ」
「え……、え、え?」

 レアンドレ様にとろけるような微笑みを向けられて、わたくしはらしくもなくうろたえてしまいました。
 しかたないでしょう、これでもわたくし箱入りなんですよ!
 それにレアンドレ様、男性なのにダダ漏れのその色気はなんなのですか! そんな微笑みを受けたら、世のご令嬢方は軒並み倒れてしまいますよ!

「あら……。わたくし、またよけいなことをしてしまうところでしたわ。ですが、王家としても優秀な次世代の王妃は不可欠ですし、レアンドレ、ぜひともセレーネを射止めてね」
「もちろんです」

 にこやかに笑い合うお二方ですが、わたくしを無視して勝手に話を進めないでください!
 ちらりと陛下を窺いますと、やれやれというような顔をされていました。
 どうか陛下、お二人に迎合されることなく、このままであらせられてくださいましね!
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