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はた迷惑な婚約破棄騒動から一カ月がたちました。
マブロゥ様は、その間にコリンヌ嬢と結婚してバチール男爵家の婿に入りました。
わたくしはといえば、陛下直々のご命令で、バチール男爵領からめぼしい土地を慰謝料としていただき、子爵位まで賜りました。
今まで領地運営には、なにをするにもお父様の許可をいただく必要があったので、直接指示できるのはうれしいことです。
バチール男爵領は主たる産業もなかったですが、別に痩せた土地というわけでもないので、困ることはありません。そうでなくとも、それなりに活用することは可能ですしね。
「セレーネ、謁見の間までわたしにエスコートさせて欲しいのだが」
にっこりと微笑んでそうおっしゃるのは、この度めでたく王太子となられたレアンドレ様です。あの馬鹿元王子とは比べるのも失礼ですが、同じ環境で育ったというのに、なぜこうまで違うのでしょうね。
「兄上ずるいぞ! セレーネはわたしがエスコートする!」
レアンドレ様の一歳下の弟であるダレン様がレアンドレ様に抗議しました。それに、ダレン様のさらに一つ下の弟であるセドリックが文句をつけます。
「ダレン兄上こそ、ご遠慮ください。セレーネは普段仲のいい僕にエスコートされたいよね?」
……仲がいいといっても、彼は弟のようなものですが。それは彼も承知していると思っていたのですが、この豹変はいったいどうしたことでしょう。
あ、他の王子様方と違って、セドリックに対してはつけるなとの彼自身からのお達しなので敬称はありません。これは両陛下のみならず周囲にも認められているので問題はありません。
突然のモテ期到来(とはいっても婚約前に戻っただけですが)に、わたくしが困惑していると、二人の騎士がついたマブロゥ様が現れました。
いきなりのことに、思わず変な声が出そうになったので、慌てて扇子を開いてそれを押し殺します。
ですが、なにを思ったかマブロゥ様がニヤリと下品な笑みを浮かべました。はっきり言って気持ち悪いです。
マブロゥ様がわたくしに向けて歩を進めてこようとしましたが、それは彼についていた騎士たちに阻まれました。そして、わたくしの前には王子様方が守るように立ちふさがります。
「な、なんだ貴様ら! わたしはセレーネに用があるのだ。邪魔をするな!」
「セレーネ様を害させるわけにはまいりません。これも任務の内です」
「貴様ら、わたしに逆らうのか! 近衛を辞めさせるぞ!」
マブロゥ様のその言葉を聞いて、騎士たちは驚いたように目を見開きました。
……ええ、わたくしもびっくりです。仮にも王族だったというのに、このわずかの期間で近衛の制服も忘れてしまったのですか? 彼らは近衛騎士ではありませんよ。
「──おまえにそのような権限はない。以前のような横暴が許されると思うな」
レアンドレ様が冷ややかにおっしゃると、マブロゥ様が気色ばみました。
「貴様、兄に逆らうと言うのか! なんだ、その無礼な口のきき方は!」
「以前は、母上が一応兄のおまえを敬えと言うから、しかたなくそうしていただけだが。おまえは既に王族籍から外れている者、どのような口調でも問題はない」
「なっ、なんだと!?」
それに、兄と言ってもレアンドレ様は同年ですしね。それを考慮しても、無理やり敬う必要なんてなかったと思います。
「第一、母上も甘すぎるんだよな。とうてい敬えるような人間じゃないのに、形だけ敬っているふりも苦痛だったな」
「なっ!?」
レアンドレ様から話を引き取って続けたダレン様の言葉に、マブロゥ様が驚愕の声を上げます。いえいえ、彼らが嫌々兄として扱っていたのは、はたから見れば丸分かりでしたよ?
それを証明するかのように、セドリックも言いました。
「だから妾妃を一度でもびしっと締めときゃよかったんだよ。母上がさんざん甘やかすから、妾妃の馬鹿息子までこうしてつけあがるんだよね。素行不良で、たとえ王位継承権があっても取り消されていただろうって言われていたことも知らなかったみたいだし」
「なっなっなっ」
今まで下に見ていた王子様方からの反撃に、顔を真っ赤にしたマブロゥ様が、わたくしに向かって怒鳴りました。
「セレーネ! おまえもなんとか言え! おまえの愛しい男が苦境に立たされているんだぞ! なんとかしようとは思わないのか!」
「……はあ?」
わたくしの耳がおかしくなったのでしょうか。今、ものすごく面妖なことを聞いた気がします。
「まるでわたくしがあなたのことを愛しているように言っていますけれど、わたくし、あなたのことを好きだと申したことは一度もありませんわ。それに、卒業パーティであなたと婚約したくなかったとはっきり伝えたはずですが?」
「嘘をつくな! それは、わたしに愛されぬ負け惜しみで言っただけだろう! わたしとの婚約を父上にねだったくせに!」
「──馬鹿じゃないですか」
半眼になってわたくしがつぶやくと、マブロゥ様は「な……っ」と一瞬のけぞりました。
「あなたが収監されている時に、あの婚約は陛下がお決めになったことだと、わたくしはっきり言いましたが? そんなことも覚えていないのですか? それとも都合の悪いことは覚えられないのかしら」
「なっ、無礼な!」
マブロゥ様が憤慨して叫びますが、まだ自分の立場を分かっていないようですね。
「なにが無礼なんです? 身分が上のわたくしに対してさんざん無礼なまねをしてきたのはそちらですよね?」
「わたしは王子だぞ!」
「元、ですよね? それも王位継承権のない。それがなにか?」
……くだらない。それでもこちらのほうが身分は上だとずっと言ってきたではないですか。
「身分に値するふるまいもせずに、権力だけは振りかざそうとするその傲慢さ、幼い頃からあなたには嫌悪しか抱いておりませんでしたの。わたくしがあなたを愛することなんて、絶対にありえませんわね」
わたくしが冷然と言い切ると、マブロゥ様は絶句しました。
マブロゥ様は、その間にコリンヌ嬢と結婚してバチール男爵家の婿に入りました。
わたくしはといえば、陛下直々のご命令で、バチール男爵領からめぼしい土地を慰謝料としていただき、子爵位まで賜りました。
今まで領地運営には、なにをするにもお父様の許可をいただく必要があったので、直接指示できるのはうれしいことです。
バチール男爵領は主たる産業もなかったですが、別に痩せた土地というわけでもないので、困ることはありません。そうでなくとも、それなりに活用することは可能ですしね。
「セレーネ、謁見の間までわたしにエスコートさせて欲しいのだが」
にっこりと微笑んでそうおっしゃるのは、この度めでたく王太子となられたレアンドレ様です。あの馬鹿元王子とは比べるのも失礼ですが、同じ環境で育ったというのに、なぜこうまで違うのでしょうね。
「兄上ずるいぞ! セレーネはわたしがエスコートする!」
レアンドレ様の一歳下の弟であるダレン様がレアンドレ様に抗議しました。それに、ダレン様のさらに一つ下の弟であるセドリックが文句をつけます。
「ダレン兄上こそ、ご遠慮ください。セレーネは普段仲のいい僕にエスコートされたいよね?」
……仲がいいといっても、彼は弟のようなものですが。それは彼も承知していると思っていたのですが、この豹変はいったいどうしたことでしょう。
あ、他の王子様方と違って、セドリックに対してはつけるなとの彼自身からのお達しなので敬称はありません。これは両陛下のみならず周囲にも認められているので問題はありません。
突然のモテ期到来(とはいっても婚約前に戻っただけですが)に、わたくしが困惑していると、二人の騎士がついたマブロゥ様が現れました。
いきなりのことに、思わず変な声が出そうになったので、慌てて扇子を開いてそれを押し殺します。
ですが、なにを思ったかマブロゥ様がニヤリと下品な笑みを浮かべました。はっきり言って気持ち悪いです。
マブロゥ様がわたくしに向けて歩を進めてこようとしましたが、それは彼についていた騎士たちに阻まれました。そして、わたくしの前には王子様方が守るように立ちふさがります。
「な、なんだ貴様ら! わたしはセレーネに用があるのだ。邪魔をするな!」
「セレーネ様を害させるわけにはまいりません。これも任務の内です」
「貴様ら、わたしに逆らうのか! 近衛を辞めさせるぞ!」
マブロゥ様のその言葉を聞いて、騎士たちは驚いたように目を見開きました。
……ええ、わたくしもびっくりです。仮にも王族だったというのに、このわずかの期間で近衛の制服も忘れてしまったのですか? 彼らは近衛騎士ではありませんよ。
「──おまえにそのような権限はない。以前のような横暴が許されると思うな」
レアンドレ様が冷ややかにおっしゃると、マブロゥ様が気色ばみました。
「貴様、兄に逆らうと言うのか! なんだ、その無礼な口のきき方は!」
「以前は、母上が一応兄のおまえを敬えと言うから、しかたなくそうしていただけだが。おまえは既に王族籍から外れている者、どのような口調でも問題はない」
「なっ、なんだと!?」
それに、兄と言ってもレアンドレ様は同年ですしね。それを考慮しても、無理やり敬う必要なんてなかったと思います。
「第一、母上も甘すぎるんだよな。とうてい敬えるような人間じゃないのに、形だけ敬っているふりも苦痛だったな」
「なっ!?」
レアンドレ様から話を引き取って続けたダレン様の言葉に、マブロゥ様が驚愕の声を上げます。いえいえ、彼らが嫌々兄として扱っていたのは、はたから見れば丸分かりでしたよ?
それを証明するかのように、セドリックも言いました。
「だから妾妃を一度でもびしっと締めときゃよかったんだよ。母上がさんざん甘やかすから、妾妃の馬鹿息子までこうしてつけあがるんだよね。素行不良で、たとえ王位継承権があっても取り消されていただろうって言われていたことも知らなかったみたいだし」
「なっなっなっ」
今まで下に見ていた王子様方からの反撃に、顔を真っ赤にしたマブロゥ様が、わたくしに向かって怒鳴りました。
「セレーネ! おまえもなんとか言え! おまえの愛しい男が苦境に立たされているんだぞ! なんとかしようとは思わないのか!」
「……はあ?」
わたくしの耳がおかしくなったのでしょうか。今、ものすごく面妖なことを聞いた気がします。
「まるでわたくしがあなたのことを愛しているように言っていますけれど、わたくし、あなたのことを好きだと申したことは一度もありませんわ。それに、卒業パーティであなたと婚約したくなかったとはっきり伝えたはずですが?」
「嘘をつくな! それは、わたしに愛されぬ負け惜しみで言っただけだろう! わたしとの婚約を父上にねだったくせに!」
「──馬鹿じゃないですか」
半眼になってわたくしがつぶやくと、マブロゥ様は「な……っ」と一瞬のけぞりました。
「あなたが収監されている時に、あの婚約は陛下がお決めになったことだと、わたくしはっきり言いましたが? そんなことも覚えていないのですか? それとも都合の悪いことは覚えられないのかしら」
「なっ、無礼な!」
マブロゥ様が憤慨して叫びますが、まだ自分の立場を分かっていないようですね。
「なにが無礼なんです? 身分が上のわたくしに対してさんざん無礼なまねをしてきたのはそちらですよね?」
「わたしは王子だぞ!」
「元、ですよね? それも王位継承権のない。それがなにか?」
……くだらない。それでもこちらのほうが身分は上だとずっと言ってきたではないですか。
「身分に値するふるまいもせずに、権力だけは振りかざそうとするその傲慢さ、幼い頃からあなたには嫌悪しか抱いておりませんでしたの。わたくしがあなたを愛することなんて、絶対にありえませんわね」
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