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 ──マーベリン王国の王宮広間。
 各国の重鎮やこの国の上位貴族が集う絢爛けんらんたるそこで、今まさに立太式がり行われようとしていた。

「まあ、本当に荘厳な様子ですこと」
「メリッサ様、いよいよですわね」
「そうですね。なんだかどきどきしてきましたわ」

 メリッサとその友人の会話に、メリッサの母親であるモスカート公爵夫人が入ってきた。

「ふふ、そうね。あなたの愛しい人の晴れ舞台ですものね。……それはそうと、体調はどうなの?」
「あ、お母様、それなのですけれど──」

 メリッサが母親の問いに答えようとしたその時、不作法な声が会場に響いた。

「メリッサ・モスカート公爵令嬢!」

 国として重要な式だというにもかかわらず、この国の第一王子デニス・ハイランダーと、宰相の三男、騎士団長の次男、祭司長の末子、そして焦げ茶の髪を貴族令嬢から見たらありえないほど短くした少女が、メリッサの前に足音も荒く立ちはだかった。
 そのあまりの傍若無人な振る舞いに、それまで和やかに会話していたメリッサ達は呆然としてしまう。
 そんなメリッサに、得意げな顔でデニス王子が指差して叫んだ。

「メリッサ・モスカート公爵令嬢! この場をもって、わたしは貴様の罪を糾弾する! このような騒ぎで、めでたい席を汚した罪は万死に値する!」
「…………」

 ……いやいや、騒ぎを起こしたのはおまえだよね? と一気にしらけた視線を送る貴族達にも気づかずに、デニス王子はさらに続けた。

「貴様はわたしの婚約者という身分をかさに着て、醜い嫉妬心から愛しいキャロルを虐めた! そのような性根の卑しい女がわたしの婚約者などとはとんでもない。よって、王太子デニス・ハイランダーは、罪人メリッサ・モスカートとの婚約を破棄し、新たにキャロルと婚約する!」

 言ってやった! とばかりにドヤ顔でふんぞりかえるデニス王子に対して、会場は恐ろしいばかりの静寂に包まれた。言われたメリッサといえば、あまりのことにその美しい菫色の瞳を見開いている。

「ふっ、驚きすぎて声も出ないか。だが、貴様のキャロルに対する非道の数々、到底許しておけん!」
「自業自得ですね。ですが、容赦はいたしません」
「キャロルの苦しみ、倍にして返してあげるよ!」
「このクズが!」
「……っ!」

 騎士団長の次男に突然突き飛ばされて、メリッサは床に倒れた。それをデニス王子達が優越感も露わに嘲笑う。

「ははは、無様なものだな! 貴様など所詮政略」「メリッサ! あ、あ、あなた達なんてことを! あなた達は悪魔ですか!?」

 モスカート公爵夫人が悲鳴のような声を上げて、娘に駆け寄る。それにメリッサの友人達も続いた。

「妊婦を突き飛ばすなんて! この人でなし! どちらが非道なのよ!」

 それに呼応するように、会場にいるご婦人方が一斉に同調した。
 唾を飛ばさんばかりの貴婦人らしからぬその様子にデニス王子達はのけぞったが、その言葉の内容に気がつき反応した。

「妊婦……、妊婦だと? メリッサ、貴様わたしという立派な婚約者がいながら浮気していたのか! このふしだらな女め!」

 寝取られ男と陰で嗤われるのが嫌なのか、屈辱から顔を真っ赤にしたデニス王子が、捨てたはずのメリッサに怒鳴りつける。
 すると、モスカート公爵婦人の冷ややかな視線がデニス王子達を射抜いた。

「……あなた、先程からなにを言ってるんです? そもそもメリッサはあなたと婚約しておりませんし、既に嫁いでおります。あなたを恋い慕ったことなど一度もないはずですよ」
「……ええ、その通りですわ。わたしの愛する方は幼い頃からただ一人、マヌエル公爵サヴェリオ様だけです」

 友人の手を借りて身を起こしたメリッサが静かに返した。
 その、今まで知らなかった事実にデニス王子達が愕然とする。

「そ、そんな馬鹿な……! 貴様は父上に無理を言ってわたしと婚約したはずだ!」
「ありえませんね」

 きっぱりと言い切ったメリッサに、さらに言い募ろうとしたデニス王子が口を開けた途端、重々しい言葉が響いた。

「──これはどうしたことだ」

 そこに現れたのは、この国の国王、メリッサの父であるモスカート公爵、そして、メリッサの夫である若き公爵、サヴェリオ・マヌエルその人だった。
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