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はじまりの10歳

12.魚は睨みません

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「魚が睨んできます……!」

 今度は子持ちししゃもを勧めてみたら、タチアナは固辞した。またかよ、食べず嫌いすんな。

「いや、魚は睨まないし、こんなつぶらな目でどう睨むの?」
「で、でも……」

 タチアナはししゃもと目が合わないように視線を逸らした。
 前世でもそう言って、魚食べられない人がいたみたいだけど、わたし、人間みたいな目をした魚見たことあるぞ。あれに比べたら、こんなの全然怖くないよ。

「おいしいのになあ」

 わたしが頭からししゃもにかぶりつくと、タチアナが呆然とした。

「……ワイルド」

 見れば、周りの客や女将もびっくりしている。ん? なんか変だったか?

「お嬢ちゃん、ししゃもの頭まで食べるなんて偉いねえ。好き嫌いのないいい子だ」
「そうですか? ありがとうございます。頭の部分は栄養ありますし、血液さらさらになって肌にもいいんですよ。眼や頭もよくなりますし」
「へえ、いいこと聞いた。お嬢ちゃん、可愛いだけじゃなく、賢いねえ」

 女将が感心したように言ってくる。わたし今、一応変装してるんだけど、なんで可愛いって分かるんだ?

「鼻筋は通ってるし、唇の形はいいし、輪郭は卵形で小さいし、分厚い眼鏡してても整った顔立ちは隠せるもんじゃないよ」

 わたしが首を傾げてたら、女将が説明してくれた。……そうか、眼鏡だけじゃ駄目か。
 少女漫画とかでよくある、眼鏡を取ったら実は美人というのはファンタジーであるとわたしは知った。
 お父様はそのことにとうに気が付いていたらしく、苦笑している。

「そうか、頭も食べられるんだな」

 どうやって食べるのか実は悩んでいたらしいお父様は、わたしの真似をしてししゃもに頭から囓りついた。

「おお、これはなかなかだな。卵の食感もいい」

 お父様はししゃもを気に入ったらしく、今度は添えられた小皿のマヨネーズをつけて食べている。

「マヨネーズにつけてもいいな。ししゃもがこんな珍味とは知らなかった。ブランシュには感謝だな」

 ご満悦なお父様を目にして、食いしんぼのタチアナもどうやら決心したらしく、頭を取ったししゃもを口にした。

「う……苦い……」

 ん? ワタの部分駄目なのか?
 ちょっとしかないし、そのくらい我慢しなよ。お子様舌だなあ。
 顔をしかめるタチアナをわたしはフォローする。

「でもほら、もう卵の部分しかないし、これは苦くないし美味しいよ!」
「そうだ、ぷちぷちした食感もいいぞ。苦みもマヨネーズを付ければ緩和するし、問題ない」

 お父様と一緒になって、わたしは子持ちししゃもの美味しさをアピールする。
 勧められておずおずと残りの部分を食べたタチアナは、ぱあっと顔を輝かせた。

「あ、本当ですね! ぷちぷちしてて美味しい!」

 ししゃもの卵をすっかり気に入ったらしいタチアナは、その後ぱくぱく食べていた。……さっき魚が睨んでくるって騒いでたのはどうした。
 けど、ワタの部分を大きく避けているせいか、大量に卵もそこに付いててもったいない。

「この苦みもいいんだけどなあ」

 ……さすが、お父様分かってる。
 わたしとお父様は、タチアナの残した部分を食べながら二人して頷いた。……いったいどっちが主人なのやら。

「ポテトグラタン、お待たせ!」

 そうこうするうちに、女将がお父様が頼んだ料理を運んできた。
 おお、オーブン料理だから唐揚げの方が先に出てくるかと思ったけど意外だったな。
 聞けば、唐揚げは二度揚げするから時間がかかるんだと。これは期待できるな!

「玉葱が入ってます……」

 タチアナ、みじん切りも駄目なのか! 野菜嫌いも大概にしろ!
 挽き肉と一緒に塩胡椒で炒めてあるし、ジャガイモにかけられたホワイトソースの上にナチュラルチーズまで美味しそうに蕩けてるじゃないか!
 これに文句言ったらばちが当たるぞ!
 わたしが笑顔でそう凄んだら、タチアナは渋々ポテトグラタンを口にした。
 ──その後はまあ、いつものパターンです。
 いい加減疲れるので、ちょっとはタチアナも学習してくれないかなあ。
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