上 下
22 / 39
女神選抜試験

第21話 身の危険

しおりを挟む
「ルーカス様!?」

 驚きと怒りを込めてクリスが叫ぶ。
 しかしその中で、ルーカスは悠々と階段を降りてきた。

「どういうことですの? わたくしを今すぐレイフ様のところへ戻してください」

 きっとレイフは急に姿を消したクリスを心配していることだろう。
 いったんは引いた振りをして、こんなことをするなんて卑怯だ。

「わたしは君を帰さない。もちろんレイフに渡すつもりもない」
「困ります」

 クリスがそう抗議した途端、ルーカスに抱きしめられてしまった。

「やめてください……!」

 クリスはルーカスの腕の中で懸命に抗うが、彼は気にしたふうもなかった。それどころか、クリスはルーカスに唇を奪われてしまった。

「や、め……っ」

 ふいにハーヴェイの顔がクリスの脳裏に浮かぶ。クリスの頬に涙が流れた。
 それでも、ルーカスのキスはやまなかった。

「いや……!」

 クリスは首を振って彼のキスを避けようとしたが無駄だった。
 それどころか、逆に彼に火をつけてしまったようだった。
 ルーカスはふっと笑うと言った。

「そそるね。このまま君をわたしのものにしてしまおうか」

 その言葉にクリスは驚愕を隠せなかった。

「ご冗談はおやめください! わたくしは女神候補ですのよ?」
「しかし、女神が夫を迎えたことは過去にもある」

 確かに過去の例にもそのような記述はある。
 だが、こんなふうに無理矢理女神候補を襲うようなことはなかったはずだ。

「あっ」

 ルーカスにいきなり横抱きにされて、クリスは愕然とする。
 ルーカスは本気だ。

「お願いです。おやめください……!」

 クリスのその懇願にルーカスが得も言われぬ程優しい笑顔を向けた。だが、クリスにとっては恐怖でしかなかったのだが。

「いくら君の願いでも聞けないね。これは君を手に入れられるせっかくの大きな機会なのだから」

 そしてルーカスは魔術の詠唱を始めた。

「あ……っ?」

 その途端、切ないような感覚が体を走り、クリスは戸惑った。

 ──ルーカス様はいったいなんの詠唱をしているの? それに、わたくしはどうなってしまうの?

 ルーカスは詠唱をしつつ、クリスを抱いたまま階段を昇っていく。
 すると、階段の踊り場のところに一つの人影が現れた。

「レイフ様……?」

 レイフはルーカスに対抗するかのように詠唱をし出した。すると、徐々にクリスの中の切ない気持ちが薄れていく。

「レイフ、邪魔をしないでくれるかな。それに厳重にシールドしていたというのに」

 ルーカスが舌打ちをしながら言うと、レイフは珍しく厳しい表情になった。


「確かにあのシールドには手こずったけどね。でもこれを邪魔しないでどうするっていうんだい。みすみすクリスティアナを君の餌食にする気はないね」

 そしてレイフが詠唱をすると、クリスは彼の腕の中に収まった。

「レイフ、クリスティアナを返せ……!」
「嫌だよ。しばらく君は反省することだね」

 すげなく言うと、レイフは短い詠唱を唱えた。
 すると、クリス達は女神候補寮の前に出てきた。
 レイフは素早くクリスを地におろすと言った。

「早く寮に入って。ルーカスが追いかけてくる」

 その言葉に恐怖を感じたクリスは素直に頷く。

「は、はい。レイフ様、本日は誠にありがとうございました」
「うん、またね。後で手紙書くよ」
「はい」

 その時、ルーカスが二人の前に現れた。

「──クリスティアナ」

 そしてクリスは慌てて自分の部屋に逃げ込んだのである。



 どうやら女神候補寮までにはルーカスの力は及ばないようだった。
 クリスは部屋の内側から鍵をかけると、へなへなとその場に座り込んだ。

「まあ、お嬢様!? どうなされたんですか?」

 ノーラが慌てたようにクリスを立たせようとする。しかしクリスはすっかり腰が抜けてしまっていた。
 結局、ノーラは寮母を連れてきてクリスを応接セットのソファまで運んだ。
 クリスは二人に礼を言うと、安堵の息をついた。

「お嬢様、いったいなにがあったというのです」

 ミルクティーを出しながら、ノーラがクリスを窺ってきた。
 けれど、腹心の侍女の彼女にも本当のことは言えそうもない。魔術師の一人に襲われそうになったなどと言ったら、彼女は泡を吹いて倒れるだろう。

「少し、街巡りを頑張りすぎたみたい。心配をかけてごめんなさいね」

 クリスがすまなそうに言うと、ノーラは少しほっとしたような顔になった。

「そう……なのですか? ですが、くれぐれも羽目を外さないでくださいませ。お嬢様は女神候補なのですから」
「ええ、留意するわ」

 クリスが頷くと、ノーラも安心したように頷いて控えに引っ込んでいった。
 それからしばらくして、ルーカスから手紙が届いた。

『クリスティアナ
 今日のことを謝る気はない。
 だが、わたしが君のことを愛しているということは忘れないでほしい。
 ルーカス』

 その文面を読んで、実際に腰を抜かす程驚かされたクリスはだんだん怒りが沸いてきた。
 そうして、ルーカスに返した文面は自然と厳しいものになった。

『ルーカス様
 あなた様は勝手で酷いお方です。
 あなた様が今回したことで、今まで培ってきた信頼関係を一気に壊してしまいました。
 これからどうやってあなた様に対していいかわたくしには分かりかねます。
 クリスティアナ』

 ──本当に困ったわ。これからも魔物討伐があるというのに。でも彼に会うのは危険だし……。ああ、どうしたらいいの?

 そこへまたルーカスの手紙が来た。

『クリスティアナ
 君の怒りももっともだと理解しているよ。
 だが、君はわたしのこの狂おしいまでの君への想いを分かっていない。
 本当に君だけを愛している。
 ルーカス』

 クリスはそれ以上ルーカスに返信するのをやめた。
 彼にあなたのことを愛していない、と書いても無駄なような気がしたのだ。
 そのかわりにレイフからの手紙が舞い込んできた。

『クリスティアナ
 今日は大変だったね。今の君が心安らかであるといいんだけど。
 でも僕は、君と街巡りが出来て楽しかったよ。君ともよく知り合えたしね。
 ルーカスの件だけど、クライドに話を通しておくから明日の朝一番に僕のところへおいで。
 僕とクライドでなんとかするから、君はあまり気に病まないようにね。
 レイフ』

 ──レイフ様、お優しい。
 今後の魔物討伐に影響が出ると考えて、クライド様に相談に行ってくださるなんて。

『レイフ様
 いろいろとお気遣いいただいてありがとうございます。
 それから今日は誠にありがとうございました。本当に助かりました。
 ありがたく明日の朝一番にレイフ様のところへ伺わせていただきます。
 クリスティアナ』

 レイフに手紙を送ると安心したためか、涙が出てきた。

 ──ハーヴェイ様にお会いしたい。会ってお話がしたい。

 だが、今回のことは話すことは出来ないだろうが。
 クリスは自然にハーヴェイ宛に『お会いしたいです』と手紙をしたためている自分に気がつき、慌ててそれを破棄するのであった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】転生悪役令嬢は婚約破棄を合図にヤンデレの嵐に見舞われる

syarin
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢として転生してしまい、色々足掻くも虚しく卒業パーティーで婚約破棄を宣言されてしまったマリアクリスティナ・シルバーレーク伯爵令嬢。 原作では修道院送りだが、足掻いたせいで色々拗れてしまって……。 初投稿です。 取り敢えず書いてみたものが思ったより長く、書き上がらないので、早く投稿してみたくて、短編ギャグを勢いで書いたハズなのに、何だか長く重くなってしまいました。 話は終わりまで執筆済みで、雑事の合間に改行など整えて投稿してます。 ギャグでも無くなったし、重いもの好きには物足りないかもしれませんが、少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。 ざまぁを書きたかったんですが、何だか断罪した方より主人公の方がざまぁされてるかもしれません。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

私と運命の番との物語

星屑
恋愛
サーフィリア・ルナ・アイラックは前世の記憶を思い出した。だが、彼女が転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢だった。しかもその悪役令嬢、ヒロインがどのルートを選んでも邪竜に殺されるという、破滅エンドしかない。 ーなんで死ぬ運命しかないの⁉︎どうしてタイプでも好きでもない王太子と婚約しなくてはならないの⁉︎誰か私の破滅エンドを打ち破るくらいの運命の人はいないの⁉︎ー 破滅エンドを回避し、永遠の愛を手に入れる。 前世では恋をしたことがなく、物語のような永遠の愛に憧れていた。 そんな彼女と恋をした人はまさかの……⁉︎ そんな2人がイチャイチャラブラブする物語。 *「私と運命の番との物語」の改稿版です。

処理中です...