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9.フェルナンドからの書状
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「殿下、本日はお招きいただき、ありがとうございます」
皆様こんにちは、ロクサーナです。
本日は、ナバーロ帝国皇太子殿下であるレンブラント様にお招きいただきまして、恐れ多くもご一緒にお茶会をする予定です。
「ああ、よく来たね。待っていたよ」
そうおっしゃって、レンブラント様がにこやかに微笑むさまは、まさにザ・皇子です。
比べるのも失礼ですが、あの傲岸不遜などこぞの王太子なぞとは雲泥の差、月とすっぽんです。
「本日は苺のショートケーキを作ってまいりました」
わたしがそう言いますと、控えていた侍女が持っていた箱からケーキを取り出しました。
「ああ、さすがロクサーナ嬢だ。とても美しいケーキだね!」
……わたしの容姿ではなく、ケーキの出来映えを褒められました。
帝国流のマナーからすれば、ここはケーキに絡めて淑女を褒め称えるところですが、とっさに出てしまったのでしょう。正直な方です。
ですが、わたしだって、これでも少しはほっそりとしてきたのですよ?
「……こほん、殿下」
殿下付きの補佐のエリック様が、わざとらしい咳払いをすると、レンブラント様は慌てられました。
「あっ、申し訳ない。ロクサーナ嬢もとてもかわいらしい」
いえいえ、いいのです。
お気遣いありがたく思いますよ。
やがて、わたしのショートケーキが切り分けられた皿がそれぞれの前に並べられました。それを嬉々として見つめるレンブラント様、少しかわいいです。
「これは……っ、苺の酸味とクリームの控えめな甘さがそれぞれを引き立てていてとてもいいね。スポンジも相変わらず絶品だ」
「まあ、ありがとうございます」
レンブラント様の素直な賛辞に、わたしもにっこりします。わたしが作ったものに対して喜んでくださる方がいるのは嬉しいものです。
「それに、クリームが軽やかなのもいいね。一ホールくらい食べられそうだ」
「──殿下、食べすぎです」
またもや、エリック様が口を挟まれました。どうやらこの方、ツッコミ属性のようです。
「わかってるよ、エリック。ただ、このケーキがおいしすぎて……」
「そんなことを言って、それでなくとも最近食べすぎなんですから、少しは自重しなければなりませんよ。護身術の時間は、もう少し厳しくしたほうがよいですかね?」
「わっ、分かった! 分かったから、これ以上厳しくするのはやめて!」
「──分かればよいのです」
皇子様らしくもなく補佐に懇願するレンブラント様に、二人の上下関係を見た気がしました。
すっかり青くなったレンブラント様が「これも、公爵家の料理がおいしすぎるのがいけない……」とつぶやいていますが、皇宮に派遣した料理人を引き払ったほうがよいのですかね?
小首をかしげていると、エリック様がにっこりとわたしに笑いかけました。
「ロクサーナ様、我々は公爵家の料理にとても満足していますよ。これからもどうぞよろしくと殿下が申していたと公爵様にもお伝えください」
……公爵家の料理を気に入ってくださっているのはとても嬉しいのですが、エリック様、その殿下が隣にいるのに、勝手にそんなことを言って大丈夫ですか?
ちらりとレンブラント様を窺うと、なにやら必死に頷いておられました。……まあ、料理人を引き払うのはやめておきましょう。
「あ、ああ、それでね。例の王太子から君に書状が届いている。そのまま公爵領に届けてもよかったのだが、内容によってはこちらで対処してもいいと思ってね」
「……まあ」
思ってもいなかったことに、わたしは目を瞠りました。
デシリー嬢ときゃっきゃうふふしているはずのフェルナンド様が、今更振った女にどんな用事があるというのでしょう。
「あ、レンブラント様、お心遣いありがとうございます」
エヴァンジェリスタ家が帝国に属する経緯は内外にも広まってますから、レンブラント様のこのお気遣いはとても胸が温かくなります。
そのお心遣いに感謝しながら、書状を開きます。……まさかとは思いますが、カミソリの刃なんか仕込んでないですよね?
『ロクサーナ
勝手に料理人を連れて行くとは、無礼千万。おかげで王宮の料理は味がしないし、ステーキは肉が縮んでカチカチだ。
おまえから受けたこの苦痛は、とても許しがたい。だが、心の広いわたしは料理人と慰謝料で許してやってもいい。だから、すぐに寄越せ。慰謝料はたんまりとだぞ。
それから、この間慰謝料を取り立てに旧エヴァンジェリスタ領に行ったら、帝国の辺境伯とかいうのが出てきたが、あれはどういうことだ。
あのような粗野な輩と親しくしているとは、お里が知れる。即刻縁を切れ。
あの男が出てきたせいで、わたしはいらぬ恥をかいた。このことに対する慰謝料も今すぐ払え。いいな、絶対だぞ。
ギルモア王国王太子 フェルナンド・プラカシュ』
「……」
フェルナンド様の書状を読んでいて、わたしは脱力した後、怒りが湧き上がるのを抑えられませんでした。
……というか、エヴァンジェリスタ家を王家にたかるウジ虫と侮辱したのに、その家にたかるとは馬鹿なのですか? いえ、間違いなく馬鹿ですよね。
こちらがウジ虫なら、さしずめあなたはう○こですね!
……失礼。下品でした。
「ロクサーナ嬢、拝見しても?」
「ええ、どうぞ」
わたしの怒りが伝わったのか、レンブラント様がこちらを窺ってきます。
レンブラント様に書状をお渡ししてから気が付きましたが、辺境伯様の悪口も書いてありましたね。うっかりしていました。
「へえ、愚かな上にすごく恥知らずな男だな。さすが、リーケリー辺境伯領でこの国を滅ぼすと言うだけはある」
ひどく愉快そうな顔つきで、レンブラント様がおっしゃいますが……、フェルナンド様の命知らず加減にびっくりします。デシリー嬢との相乗効果で、お馬鹿にさらに磨きがかかっていませんか?
すると、レンブラント様の言葉を受けて、エリック様が楽しそうに言いました。
「辺境伯が剣すら抜いていないのに、口で脅しただけで失禁したんですっけ? 恥ずかしい男ですねえ」
……そういえば、いらぬ恥をかいたと書かれていましたね。
厚顔無恥なフェルナンド様でも、自分の恥はさすがに隠したいようですね。見事にばれてますけど。
「ロクサーナ様、わたしも拝見してもよろしいでしょうか?」
エリック様もフェルナンド様の書状に興味があるようです。いいですけれど、不愉快なだけですよ?
そう思っていたら、レンブラント様と同じような反応が返ってきました。
「……おもしろい。ロクサーナ様、つかぬことをお聞きしますが、この書状はどうなさるおつもりですか?」
「え……、普通に処分するだけですが」
腹立ちまぎれに紙飛行機にして飛ばしてやろうと思っていたなんて言えませんね。
「もしよろしかったら、この書状、わたしにいただけませんか? 姉がこういうもの大好きなんです」
「お姉様が? 別にわたしはよいですけど……」
エリック様のお姉様、ひょっとして変わり者ですか?
……いえ、でももらった本人は不快でも、レンブラント様達は楽しそうですよね。
もしかしたら、これは他人から見たら愉快な話なのかもしれません。
皆様こんにちは、ロクサーナです。
本日は、ナバーロ帝国皇太子殿下であるレンブラント様にお招きいただきまして、恐れ多くもご一緒にお茶会をする予定です。
「ああ、よく来たね。待っていたよ」
そうおっしゃって、レンブラント様がにこやかに微笑むさまは、まさにザ・皇子です。
比べるのも失礼ですが、あの傲岸不遜などこぞの王太子なぞとは雲泥の差、月とすっぽんです。
「本日は苺のショートケーキを作ってまいりました」
わたしがそう言いますと、控えていた侍女が持っていた箱からケーキを取り出しました。
「ああ、さすがロクサーナ嬢だ。とても美しいケーキだね!」
……わたしの容姿ではなく、ケーキの出来映えを褒められました。
帝国流のマナーからすれば、ここはケーキに絡めて淑女を褒め称えるところですが、とっさに出てしまったのでしょう。正直な方です。
ですが、わたしだって、これでも少しはほっそりとしてきたのですよ?
「……こほん、殿下」
殿下付きの補佐のエリック様が、わざとらしい咳払いをすると、レンブラント様は慌てられました。
「あっ、申し訳ない。ロクサーナ嬢もとてもかわいらしい」
いえいえ、いいのです。
お気遣いありがたく思いますよ。
やがて、わたしのショートケーキが切り分けられた皿がそれぞれの前に並べられました。それを嬉々として見つめるレンブラント様、少しかわいいです。
「これは……っ、苺の酸味とクリームの控えめな甘さがそれぞれを引き立てていてとてもいいね。スポンジも相変わらず絶品だ」
「まあ、ありがとうございます」
レンブラント様の素直な賛辞に、わたしもにっこりします。わたしが作ったものに対して喜んでくださる方がいるのは嬉しいものです。
「それに、クリームが軽やかなのもいいね。一ホールくらい食べられそうだ」
「──殿下、食べすぎです」
またもや、エリック様が口を挟まれました。どうやらこの方、ツッコミ属性のようです。
「わかってるよ、エリック。ただ、このケーキがおいしすぎて……」
「そんなことを言って、それでなくとも最近食べすぎなんですから、少しは自重しなければなりませんよ。護身術の時間は、もう少し厳しくしたほうがよいですかね?」
「わっ、分かった! 分かったから、これ以上厳しくするのはやめて!」
「──分かればよいのです」
皇子様らしくもなく補佐に懇願するレンブラント様に、二人の上下関係を見た気がしました。
すっかり青くなったレンブラント様が「これも、公爵家の料理がおいしすぎるのがいけない……」とつぶやいていますが、皇宮に派遣した料理人を引き払ったほうがよいのですかね?
小首をかしげていると、エリック様がにっこりとわたしに笑いかけました。
「ロクサーナ様、我々は公爵家の料理にとても満足していますよ。これからもどうぞよろしくと殿下が申していたと公爵様にもお伝えください」
……公爵家の料理を気に入ってくださっているのはとても嬉しいのですが、エリック様、その殿下が隣にいるのに、勝手にそんなことを言って大丈夫ですか?
ちらりとレンブラント様を窺うと、なにやら必死に頷いておられました。……まあ、料理人を引き払うのはやめておきましょう。
「あ、ああ、それでね。例の王太子から君に書状が届いている。そのまま公爵領に届けてもよかったのだが、内容によってはこちらで対処してもいいと思ってね」
「……まあ」
思ってもいなかったことに、わたしは目を瞠りました。
デシリー嬢ときゃっきゃうふふしているはずのフェルナンド様が、今更振った女にどんな用事があるというのでしょう。
「あ、レンブラント様、お心遣いありがとうございます」
エヴァンジェリスタ家が帝国に属する経緯は内外にも広まってますから、レンブラント様のこのお気遣いはとても胸が温かくなります。
そのお心遣いに感謝しながら、書状を開きます。……まさかとは思いますが、カミソリの刃なんか仕込んでないですよね?
『ロクサーナ
勝手に料理人を連れて行くとは、無礼千万。おかげで王宮の料理は味がしないし、ステーキは肉が縮んでカチカチだ。
おまえから受けたこの苦痛は、とても許しがたい。だが、心の広いわたしは料理人と慰謝料で許してやってもいい。だから、すぐに寄越せ。慰謝料はたんまりとだぞ。
それから、この間慰謝料を取り立てに旧エヴァンジェリスタ領に行ったら、帝国の辺境伯とかいうのが出てきたが、あれはどういうことだ。
あのような粗野な輩と親しくしているとは、お里が知れる。即刻縁を切れ。
あの男が出てきたせいで、わたしはいらぬ恥をかいた。このことに対する慰謝料も今すぐ払え。いいな、絶対だぞ。
ギルモア王国王太子 フェルナンド・プラカシュ』
「……」
フェルナンド様の書状を読んでいて、わたしは脱力した後、怒りが湧き上がるのを抑えられませんでした。
……というか、エヴァンジェリスタ家を王家にたかるウジ虫と侮辱したのに、その家にたかるとは馬鹿なのですか? いえ、間違いなく馬鹿ですよね。
こちらがウジ虫なら、さしずめあなたはう○こですね!
……失礼。下品でした。
「ロクサーナ嬢、拝見しても?」
「ええ、どうぞ」
わたしの怒りが伝わったのか、レンブラント様がこちらを窺ってきます。
レンブラント様に書状をお渡ししてから気が付きましたが、辺境伯様の悪口も書いてありましたね。うっかりしていました。
「へえ、愚かな上にすごく恥知らずな男だな。さすが、リーケリー辺境伯領でこの国を滅ぼすと言うだけはある」
ひどく愉快そうな顔つきで、レンブラント様がおっしゃいますが……、フェルナンド様の命知らず加減にびっくりします。デシリー嬢との相乗効果で、お馬鹿にさらに磨きがかかっていませんか?
すると、レンブラント様の言葉を受けて、エリック様が楽しそうに言いました。
「辺境伯が剣すら抜いていないのに、口で脅しただけで失禁したんですっけ? 恥ずかしい男ですねえ」
……そういえば、いらぬ恥をかいたと書かれていましたね。
厚顔無恥なフェルナンド様でも、自分の恥はさすがに隠したいようですね。見事にばれてますけど。
「ロクサーナ様、わたしも拝見してもよろしいでしょうか?」
エリック様もフェルナンド様の書状に興味があるようです。いいですけれど、不愉快なだけですよ?
そう思っていたら、レンブラント様と同じような反応が返ってきました。
「……おもしろい。ロクサーナ様、つかぬことをお聞きしますが、この書状はどうなさるおつもりですか?」
「え……、普通に処分するだけですが」
腹立ちまぎれに紙飛行機にして飛ばしてやろうと思っていたなんて言えませんね。
「もしよろしかったら、この書状、わたしにいただけませんか? 姉がこういうもの大好きなんです」
「お姉様が? 別にわたしはよいですけど……」
エリック様のお姉様、ひょっとして変わり者ですか?
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