上 下
8 / 22

8.宣戦布告(笑)

しおりを挟む
「ロクサーナがお金もうけうまいのなら、やっぱりエヴァンジェリスタ家に婚礼費用を出してもらったほうがいいと思うんです!」
「そ、そうだな! さすがデシリーだ!」

 国王夫妻が退室した後の晩餐室で、フェルナンド達が妙案とばかりに調子づいた。
普段ならしらけた顔で近衛が控えているところだが、国王によけいな報告をされてはかなわないので、フェルナンドが部屋の外に追い出したのである。

「でも、軍はなくなっちゃったし、どうしたらいいかしら?」
「大丈夫だ、デシリー! 傭兵ようへいを雇えばいいんだ。なに、貧弱な公爵家の兵など蹴散らしてくれるわ!」
「素敵! さすがフェルナンド様です!」

 フェルナンドがふんぞり返って言うと、デシリーも手をたたいて喜ぶ。
 その後もしばらく二人のお粗末すぎる戦略(笑)があげられ、その場は異様な盛り上がりを見せた。

   * * *

「なぜ、これだけしか集まらない!」
「しかたありません。傭兵を一名雇うにもかなりの金額が必要なのです」
「貴様、わたしに口答えするか!」

 三名の傭兵の前で、彼らを手配した近衛騎士がフェルナンドに罵倒される。
 それを強制的に見せられた傭兵たちもたまったものではない。それがたとえ赤の他人でも、一方的に怒鳴られている姿を見れば、居たたまれなくもなってくるだろう。

「なあ……、それはともかく、さっさと仕事に入りたいんだが。旧エヴァンジェリスタ公爵領での護衛でいいんだよな?」
「貴様、誰に向かってそんな口をきいている!」

 らちがあかないので、傭兵の一人が話を切り出すと、今度はそちらにフェルナンドが噛みついてくる。
 嫌な依頼主に当たったなと傭兵たちは一斉に顔を歪めた。

「──そうです。不快な思いをさせてしまって申し訳ありません。今後はわたしを間に入れてお話しさせていただきたいと思います」

 いかにも育ちの良さそうな近衛騎士が頭を下げたので、傭兵たちはお互い顔を見合わせる。
 それからの馬車での道中、傭兵達は近衛騎士と主に話していたので特に問題はなかった。しかし──

「おい、貴様降りろ」
「は?」

 もうすぐ旧エヴァンジェリスタ領だと傭兵が言った途端に、フェルナンドは近衛騎士に命じた。
 傭兵を雇ったのは、護衛のためというのは建前で、実際はエヴァンジェリスタ公爵家を攻め滅ぼすため。そのために近衛騎士を一名だけに絞ったのだ。
 近衛騎士は真実を知ったらきっと邪魔をするだろうと考えたフェルナンドは早速行動に出た。

「聞こえなかったのか? わたしは降りろと言ったのだ。何度も言わせるな!」
「しかし、わたしはあなたをお守りするのが役目です。お側を離れるわけには参りません」
「わたしの命令に逆らうというのか! とっとと降りろ! 貴様の一族もろとも処刑されてもいいのか!」

 近衛騎士はすっと表情を消すと、「御意」と言ってさっさと馬車から降りた。
 焦ったのは傭兵たちである。緩衝材かんしょうざいもなしに、この傲慢ごうまん極まりない男と一緒などごめんこうむりたいと傭兵たちは思った。



「止まれ!」

 やがて、フェルナンド達を乗せた馬車は、旧エヴァンジェリスタ領の関門にたどりついた。
 関門は増築しているらしく、かなりの数の工夫こうふたちがいる。
 なぜ降りねばならんとわめくフェルナンドをどうにか御者がなだめすかし、馬車から降りると、関門の役人が近寄ってきた。

「通行証を見せてくれ」
「ああ」

 三名の傭兵と御者は問題なく通行証を見せたが、肝心のフェルナンドは持ち合わせていなかった。先程馬車を降ろされた近衛騎士が持っていたのだ。

「ないのか。それでは、再発行にかかる費用は銀貨二枚だ」
「なぜ、そんなものをギルモア王国王太子たるわたしが払わねばならんのだ! まったくエヴァンジェリスタ公爵家は意地汚いな!」

 ふんぞり返るフェルナンドをそれ以外の者たちがあっけにとられたように見つめた。
 我に返るのが早かったのは関門の役人だ。

「……困ります。たとえ他国の王太子であろうと規定の金額をいただきます。そうでなければ、ここをお通しできません」
「驕り高ぶりおって、この無礼者めが! たかが小国、このわたしが今滅ぼしてくれるわ!」
「……ほう?」

 フェルナンドの高らかな宣言に、関門の役人の目がすっと冷ややかなものになる。

「お、おい、やべえよ……」
「……こいつ、底抜けの馬鹿だ……」
「誰にものを言ってるのか分かってんのか?」

 後ろに控えていた傭兵たちが焦り出すのにも気づかずに、フェルナンドは振り返って叫んだ。

「おい、命令だ! この国を滅ぼせ!」
「じょ、冗談じゃない! 帝国に喧嘩けんか売るなんて正気の沙汰じゃない。俺は抜けさせてもらう!」

 一人がそう叫ぶと、我も我もとそれに同調して、傭兵たちは御者に受け取った依頼金を押しつけ遁走とんそうした。

「なっ! 貴様ら、臆したか!」

 当てにしていた者が突然逃げ出したことに驚いたフェルナンドが怒声をあげる。
 すると、その場に落ち着いた、だが妙に威厳のある声が響いた。

「──騒がしいな」

 現れたのは、筋骨隆々とした壮年の偉丈夫だった。
 有無を言わせず黙らせるような迫力があり、さしものフェルナンドも怒鳴るのをやめた。

「実は──」
「いい、聞こえていた。あれだけ怒鳴っていれば、嫌でも聞こえるわ」
「な……っ」

 関門の役人が説明しようとするのを遮った偉丈夫に皮肉るように笑われて、フェルナンドが気色ばむ。

「それで先程のお言葉ですが、ギルモア王国が王太子様のお言葉をもって、わがナバーロ帝国に宣戦布告したと、そう受け取ってよろしいのですね?」
「なっなっ、なぜ、そうなるのだ! ここはエヴァンジェリスタ公爵領のはずだ!」

 小国相手と侮っていたフェルナンドは思わぬ大敵が現れたことに驚愕を隠せない。
 それに、偉丈夫がやれやれというように頭を振ってから、深いため息をついた。

「ええ、『旧』ですね。ここは帝国領ですよ? 『この国を滅ぼす』とまでおっしゃったのですから、それ相応の覚悟はできておりますな?」

 偉丈夫がギラリ、とその視線だけで人を殺しそうな目で睨むと、フェルナンドは「ひぃっ」と地面に尻餅をついて、そのまま後ずさろうとする。
 見かねた御者が前に出て、フェルナンドを助けた。

「とんだご無礼をいたしまして申し訳ありません。彼は妄想癖の持ち主でして、実は王太子などではないのです」
「……なんだそうか。そのような者、とてもこの帝国領には入れられぬ。引き返せ」
「御意」

 御者は完全に腰が抜けたフェルナンドを無理やり馬車の中に押しこむ。
 その扉が閉じられる前に、「待たれよ」と偉丈夫は御者の動きを止めた。
 馬車の中でひぃひぃうめいていたフェルナンドは、まだなにかあるのかと偉丈夫をおびえた目で見つめた。

「──帝国に属するエヴァンジェリスタ公爵家に文句があるなら、このリーケリー辺境伯がお相手いたす。帝国を敵に回してもよいと言うのなら、いつでも来るのだな」

 辺境伯が底冷えのしそうな視線でフェルナンドを見やる。
 その威圧感にすっかり竦み上がったフェルナンドは失禁した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誤解なんですが。~とある婚約破棄の場で~

舘野寧依
恋愛
「王太子デニス・ハイランダーは、罪人メリッサ・モスカートとの婚約を破棄し、新たにキャロルと婚約する!」 わたくしはメリッサ、ここマーベリン王国の未来の王妃と目されている者です。 ところが、この国の貴族どころか、各国のお偉方が招待された立太式にて、馬鹿四人と見たこともない少女がとんでもないことをやらかしてくれました。 驚きすぎて声も出ないか? はい、本当にびっくりしました。あなた達が馬鹿すぎて。 ※話自体は三人称で進みます。

【本編完結】はい、かしこまりました。婚約破棄了承いたします。

はゆりか
恋愛
「お前との婚約は破棄させもらう」 「破棄…ですか?マルク様が望んだ婚約だったと思いますが?」 「お前のその人形の様な態度は懲り懲りだ。俺は真実の愛に目覚めたのだ。だからこの婚約は無かったことにする」 「ああ…なるほど。わかりました」 皆が賑わう昼食時の学食。 私、カロリーナ・ミスドナはこの国の第2王子で婚約者のマルク様から婚約破棄を言い渡された。 マルク様は自分のやっている事に酔っているみたいですが、貴方がこれから経験する未来は地獄ですよ。 全くこの人は… 全て仕組まれた事だと知らずに幸せものですね。

婚約破棄ですか……。……あの、契約書類は読みましたか?

冬吹せいら
恋愛
 伯爵家の令息――ローイ・ランドルフは、侯爵家の令嬢――アリア・テスタロトと婚約を結んだ。  しかし、この婚約の本当の目的は、伯爵家による侯爵家の乗っ取りである。  侯爵家の領地に、ズカズカと進行し、我がもの顔で建物の建設を始める伯爵家。  ある程度領地を蝕んだところで、ローイはアリアとの婚約を破棄しようとした。 「おかしいと思いませんか? 自らの領地を荒されているのに、何も言わないなんて――」  アリアが、ローイに対して、不気味に語り掛ける。  侯爵家は、最初から気が付いていたのだ。 「契約書類は、ちゃんと読みましたか?」  伯爵家の没落が、今、始まろうとしている――。

家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。

水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。 兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。 しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。 それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。 だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。 そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。 自由になったミアは人生を謳歌し始める。 それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。

甘やかされて育ってきた妹に、王妃なんて務まる訳がないではありませんか。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラフェリアは、実家との折り合いが悪く、王城でメイドとして働いていた。 そんな彼女は優秀な働きが認められて、第一王子と婚約することになった。 しかしその婚約は、すぐに破談となる。 ラフェリアの妹であるメレティアが、王子を懐柔したのだ。 メレティアは次期王妃となることを喜び、ラフェリアの不幸を嘲笑っていた。 ただ、ラフェリアはわかっていた。甘やかされて育ってきたわがまま妹に、王妃という責任ある役目は務まらないということを。 その兆候は、すぐに表れた。以前にも増して横暴な振る舞いをするようになったメレティアは、様々な者達から反感を買っていたのだ。

婚約破棄? 別にかまいませんよ

舘野寧依
恋愛
このたびめでたく大嫌いな王子から婚約破棄されました。 それはともかく、浮気したあげく冤罪押しつけるってなめてますよね? 誠意のかけらもありません。 それならば、あなた方の立場をきっちりと分からせてあげましょう。

【完結】婚約破棄だと殿下が仰いますが、私が次期皇太子妃です。そこのところお間違いなきよう!

つくも茄子
恋愛
カロリーナは『皇太子妃』になると定められた少女であった。 そのため、日夜、辛く悲しい過酷な教育を施され、ついには『完璧な姫君』と謳われるまでになった。 ところが、ある日、婚約者であるヨーゼフ殿下に婚約破棄を宣言されてします。 ヨーゼフ殿下の傍らには綿菓子のような愛らしい少女と、背後に控える側近達。 彼らはカロリーナがヨーゼフ殿下が寵愛する少女を故意に虐めたとまで宣う。這いつくばって謝罪しろとまで言い放つ始末だ。 会場にいる帝国人は困惑を隠せずにおり、側近達の婚約者は慌てたように各家に報告に向かう。 どうやら、彼らは勘違いをしているよう。 カロリーナは、勘違いが過ぎるヨーゼフ殿下達に言う。 「ヨーゼフ殿下、貴男は皇帝にはなれません」 意味が分からず騒ぎ立てるヨーゼフ殿下達に、カロリーナは、複雑な皇位継承権の説明をすることになる。 帝国の子供でも知っている事実を、何故、成人間近の者達の説明をしなければならないのかと、辟易するカロリーナであった。 彼らは、御国許で説明を受けていないのかしら? 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

このままだと身の危険を感じるので大人しい令嬢を演じるのをやめます!

夢見 歩
恋愛
「きゃあァァァァァァっ!!!!!」 自分の体が宙に浮くのと同時に、背後から大きな叫び声が聞こえた。 私は「なんで貴方が叫んでるのよ」と頭の中で考えながらも、身体が地面に近づいていくのを感じて衝撃に備えて目を瞑った。 覚悟はしていたものの衝撃はとても強くて息が詰まるような感覚に陥り、痛みに耐えきれず意識を失った。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ この物語は内気な婚約者を演じていた令嬢が苛烈な本性を現し、自分らしさを曝け出す成長を描いたものである。

処理中です...