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8.宣戦布告(笑)

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「ロクサーナがお金もうけうまいのなら、やっぱりエヴァンジェリスタ家に婚礼費用を出してもらったほうがいいと思うんです!」
「そ、そうだな! さすがデシリーだ!」

 国王夫妻が退室した後の晩餐室で、フェルナンド達が妙案とばかりに調子づいた。
普段ならしらけた顔で近衛が控えているところだが、国王によけいな報告をされてはかなわないので、フェルナンドが部屋の外に追い出したのである。

「でも、軍はなくなっちゃったし、どうしたらいいかしら?」
「大丈夫だ、デシリー! 傭兵ようへいを雇えばいいんだ。なに、貧弱な公爵家の兵など蹴散らしてくれるわ!」
「素敵! さすがフェルナンド様です!」

 フェルナンドがふんぞり返って言うと、デシリーも手をたたいて喜ぶ。
 その後もしばらく二人のお粗末すぎる戦略(笑)があげられ、その場は異様な盛り上がりを見せた。

   * * *

「なぜ、これだけしか集まらない!」
「しかたありません。傭兵を一名雇うにもかなりの金額が必要なのです」
「貴様、わたしに口答えするか!」

 三名の傭兵の前で、彼らを手配した近衛騎士がフェルナンドに罵倒される。
 それを強制的に見せられた傭兵たちもたまったものではない。それがたとえ赤の他人でも、一方的に怒鳴られている姿を見れば、居たたまれなくもなってくるだろう。

「なあ……、それはともかく、さっさと仕事に入りたいんだが。旧エヴァンジェリスタ公爵領での護衛でいいんだよな?」
「貴様、誰に向かってそんな口をきいている!」

 らちがあかないので、傭兵の一人が話を切り出すと、今度はそちらにフェルナンドが噛みついてくる。
 嫌な依頼主に当たったなと傭兵たちは一斉に顔を歪めた。

「──そうです。不快な思いをさせてしまって申し訳ありません。今後はわたしを間に入れてお話しさせていただきたいと思います」

 いかにも育ちの良さそうな近衛騎士が頭を下げたので、傭兵たちはお互い顔を見合わせる。
 それからの馬車での道中、傭兵達は近衛騎士と主に話していたので特に問題はなかった。しかし──

「おい、貴様降りろ」
「は?」

 もうすぐ旧エヴァンジェリスタ領だと傭兵が言った途端に、フェルナンドは近衛騎士に命じた。
 傭兵を雇ったのは、護衛のためというのは建前で、実際はエヴァンジェリスタ公爵家を攻め滅ぼすため。そのために近衛騎士を一名だけに絞ったのだ。
 近衛騎士は真実を知ったらきっと邪魔をするだろうと考えたフェルナンドは早速行動に出た。

「聞こえなかったのか? わたしは降りろと言ったのだ。何度も言わせるな!」
「しかし、わたしはあなたをお守りするのが役目です。お側を離れるわけには参りません」
「わたしの命令に逆らうというのか! とっとと降りろ! 貴様の一族もろとも処刑されてもいいのか!」

 近衛騎士はすっと表情を消すと、「御意」と言ってさっさと馬車から降りた。
 焦ったのは傭兵たちである。緩衝材かんしょうざいもなしに、この傲慢ごうまん極まりない男と一緒などごめんこうむりたいと傭兵たちは思った。



「止まれ!」

 やがて、フェルナンド達を乗せた馬車は、旧エヴァンジェリスタ領の関門にたどりついた。
 関門は増築しているらしく、かなりの数の工夫こうふたちがいる。
 なぜ降りねばならんとわめくフェルナンドをどうにか御者がなだめすかし、馬車から降りると、関門の役人が近寄ってきた。

「通行証を見せてくれ」
「ああ」

 三名の傭兵と御者は問題なく通行証を見せたが、肝心のフェルナンドは持ち合わせていなかった。先程馬車を降ろされた近衛騎士が持っていたのだ。

「ないのか。それでは、再発行にかかる費用は銀貨二枚だ」
「なぜ、そんなものをギルモア王国王太子たるわたしが払わねばならんのだ! まったくエヴァンジェリスタ公爵家は意地汚いな!」

 ふんぞり返るフェルナンドをそれ以外の者たちがあっけにとられたように見つめた。
 我に返るのが早かったのは関門の役人だ。

「……困ります。たとえ他国の王太子であろうと規定の金額をいただきます。そうでなければ、ここをお通しできません」
「驕り高ぶりおって、この無礼者めが! たかが小国、このわたしが今滅ぼしてくれるわ!」
「……ほう?」

 フェルナンドの高らかな宣言に、関門の役人の目がすっと冷ややかなものになる。

「お、おい、やべえよ……」
「……こいつ、底抜けの馬鹿だ……」
「誰にものを言ってるのか分かってんのか?」

 後ろに控えていた傭兵たちが焦り出すのにも気づかずに、フェルナンドは振り返って叫んだ。

「おい、命令だ! この国を滅ぼせ!」
「じょ、冗談じゃない! 帝国に喧嘩けんか売るなんて正気の沙汰じゃない。俺は抜けさせてもらう!」

 一人がそう叫ぶと、我も我もとそれに同調して、傭兵たちは御者に受け取った依頼金を押しつけ遁走とんそうした。

「なっ! 貴様ら、臆したか!」

 当てにしていた者が突然逃げ出したことに驚いたフェルナンドが怒声をあげる。
 すると、その場に落ち着いた、だが妙に威厳のある声が響いた。

「──騒がしいな」

 現れたのは、筋骨隆々とした壮年の偉丈夫だった。
 有無を言わせず黙らせるような迫力があり、さしものフェルナンドも怒鳴るのをやめた。

「実は──」
「いい、聞こえていた。あれだけ怒鳴っていれば、嫌でも聞こえるわ」
「な……っ」

 関門の役人が説明しようとするのを遮った偉丈夫に皮肉るように笑われて、フェルナンドが気色ばむ。

「それで先程のお言葉ですが、ギルモア王国が王太子様のお言葉をもって、わがナバーロ帝国に宣戦布告したと、そう受け取ってよろしいのですね?」
「なっなっ、なぜ、そうなるのだ! ここはエヴァンジェリスタ公爵領のはずだ!」

 小国相手と侮っていたフェルナンドは思わぬ大敵が現れたことに驚愕を隠せない。
 それに、偉丈夫がやれやれというように頭を振ってから、深いため息をついた。

「ええ、『旧』ですね。ここは帝国領ですよ? 『この国を滅ぼす』とまでおっしゃったのですから、それ相応の覚悟はできておりますな?」

 偉丈夫がギラリ、とその視線だけで人を殺しそうな目で睨むと、フェルナンドは「ひぃっ」と地面に尻餅をついて、そのまま後ずさろうとする。
 見かねた御者が前に出て、フェルナンドを助けた。

「とんだご無礼をいたしまして申し訳ありません。彼は妄想癖の持ち主でして、実は王太子などではないのです」
「……なんだそうか。そのような者、とてもこの帝国領には入れられぬ。引き返せ」
「御意」

 御者は完全に腰が抜けたフェルナンドを無理やり馬車の中に押しこむ。
 その扉が閉じられる前に、「待たれよ」と偉丈夫は御者の動きを止めた。
 馬車の中でひぃひぃうめいていたフェルナンドは、まだなにかあるのかと偉丈夫をおびえた目で見つめた。

「──帝国に属するエヴァンジェリスタ公爵家に文句があるなら、このリーケリー辺境伯がお相手いたす。帝国を敵に回してもよいと言うのなら、いつでも来るのだな」

 辺境伯が底冷えのしそうな視線でフェルナンドを見やる。
 その威圧感にすっかり竦み上がったフェルナンドは失禁した。
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