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第一章:落ちてきたのは異世界の女
第5話 美味しそうな餌
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「そんなに早く? ちょっと早すぎない?」
困惑を隠さずにハルカがカレヴィに言ってきた。
……確かに早過ぎではあるが、こういうことが過去になかったわけでもない。
だが、天涯孤独でもない限り、ハルカにも事情はあるだろう。
「……なにか困ることでもあるのか?」
一応そう尋ねてみると、ハルカは少し困ったような顔をして言ってきた。
「会社をすぐに辞められるか分からないし、そんなに急に王妃になるのも、わたし自信ない」
まあ、まったくの庶民が一月で王妃らしくなれるかといえば、少し無謀ではあるだろう。ハルカの不安は正しい。
……それにしても、会社? ハルカの勤めているところか?
カレヴィがそこをやめるのにはそんなに面倒なのかと思っていると、ティカが彼に声をかけてきた。
「……カレヴィ王、その期間の短さはどうにかならないのですか?」
「短いことは分かっている。だが、国民に婚礼が間近にあることを知らせてしまっている以上、なるべくなら日程は変更したくない」
正直なところ延期できないこともないが、これだけの旨い話は早々にまとめてしまった方が国のためにも良いとカレヴィは計算していた。
「……そっか、そうだよね」
カレヴィの言葉に、ハルカががっくりと肩を落とす。
……少々気が咎めるが、期間を延ばせると言ってしまったら、王妃教育がまだ、とか理由をつけられて最悪一年後などとなったりしたら面倒だ。
それにハルカはそうは見えないが二十七であるし、子を作るなら早いに越したことはない。
「悪いが、式は予定通り行う。なんならおまえの勤め先には俺から説明するが」
「え……」
思ってもいなかっただろうカレヴィの申し出に、ハルカが瞬きを何度もする。
「でも本当のことを話すわけにはいかないでしょ? そこはうまく脚色しとかないと。それにカレヴィ、向こうのこと全然知らないでしょ? そんなんでうちの上司説得するとか無理があるんじゃないかな」
ハルカの言うことはまったくの正論だったが、こうも正面から無理と言われるとカレヴィはなんとなく面白くない。
するとカレヴィの顔色を見たハルカがしまったと顔に出していた。それでも、カレヴィを勤め先に連れて行くとは彼女は言わなかった。
するとその様子を今まで傍観していたティカがおもむろに口を開いた。
「それなら、わたしも付いていってその都度カレヴィ王に遠くから指示することにすればいいんじゃないかな?」
なるほど、それはいい案だ。
ティカ殿の指示なら対応を間違うこともあるまい。
ティカの機転に感心しながら、カレヴィがハルカを窺うと、彼女は目を輝かせていた。……どうやらハルカもティカの案に賛成らしい。
「それはいい考えだな。ティカ殿、ぜひ頼む」
「分かりました」
ティカの協力も貰って一安心なはずだが、なぜかハルカは溜息を付いていた。
──なんだ? まだこれでも不安なのか?
カレヴィはハルカの肩を励ます意味で軽く叩いた。
「そういうことだから、ハルカは安心していろ。ティカ殿の協力もあることだしな」
むしろこれでなにが不安なのだとカレヴィはハルカに聞きたい気分だった。
「う、うん」
それで仕方なさそうにハルカは頷いたが、それまで黙っていたシルヴィが後押しするように言ってきた。
「兄王がこう言っているのです。ハルカはもう少し気持ちをゆったりと持って兄王に任せておけばいいんですよ」
「う、うん……」
それでもまだ戸惑ったようにハルカは頷く。
……なんだ? そんなに面倒事なのだろうか。
カレヴィはあまり気乗りのしなさそうなハルカに目で問いただしたが、結局彼女はその理由は言わなかった。
そして「その時は千花とカレヴィ、お願いね」と言って口を噤んだ。
……不安なことがあるなら言えばいいものを。
素直そうに見えて妙に意固地なところがあるなと、カレヴィはハルカを見たが、「わたしも頑張るよ」と彼女は無理矢理話を終わらせてしまった。
「でもその前に、おとんとおかんをどうにかしないと……」
ハルカが遠い目をして言うと、ティカも「ああ、そうだね。それもあるんだよね」と納得したように頷いた。
なんだ、そんなにハルカの両親は彼女を嫁に出したくないのか? とカレヴィは思ったが黙っていた。
だが、ティカが一番その辺りの事情を知っているだろうし、ハルカの両親が渋るようなら直接彼らと交渉に当たってもいい。
後でハルカにもそう言って安心させよう。
それよりもとりあえずは、目の前の事だ。そう考えてカレヴィはこれからハルカと行うこの国独特の行事について、思いを巡らせた。
そして、カレヴィはハルカに彼の部屋の隣の王妃の間を与えた。
中は王の間と繋がっている共同の部屋があり、双方で行き来自由だ。
これで今日から美味しそうなものを味わうことが出来そうだと、カレヴィがハルカを眺め回していると、ティカがその期待を壊す一言を放った。
「はるか、今日は積もる話があるから泊まっていきたいんだけどいい?」
──なんだと?
思わずカレヴィはひきつりそうになったが、ティカには特別な意図はないようで、至極まじめな顔をしている。
そしてそれに対してハルカが手を叩いて喜んだので、カレヴィは思わず渋い顔になった。
「なにも俺の婚約者になった今日でなくともいいだろう。ティカ殿とは別の機会に……」
「カレヴィとはまだ結婚してるわけじゃないんだから、そのくらいいいじゃない。本当に千花とは久しぶりに会ったんだから、たくさん話したいことあるし」
「しかし、今夜は……」
そう口を挟んできたシルヴィをカレヴィが片手で押しとどめる。
せっかく婚約したのだから、カレヴィは早速ハルカに婚約期間中の夜の習い、というか伽をしたかったのだが、そういう事情なら仕方ないし、文句は言えないだろう。まして、相手は最強の女魔術師だ。邪魔だ、帰れと言えるわけもない。
ハルカはとても楽しめそうだったので未練はなくもないが、まだこれから機会はいくらでもある。
「仕方ない、今夜だけだぞ」
「あ、ありがと。それで悪いんだけど、明日と明後日はいろいろ準備したいことがあるから家に泊まるね」
なんだと、そこまで俺はお預けを食らうのか?
思わず顔をひきつらせたカレヴィをハルカとティカが不思議そうな顔をして見てきた。
事情を知っているシルヴィが同情的に彼を見てくるのがなんとも情けない。
「……どうかした?」
「いや、なんでもない。三日後にはハルカはこちらに住むということで間違いないんだな?」
「うん」
カレヴィは確認を取ると、その日を頭の中にある予定にしっかりと書き込んだ。
それから数日はハルカの言った通り彼女は忙しく、カレヴィはハルカに夜の習いをさせることはできなかった。
そして、うっかり夜の習いのことをハルカ本人に言っていなかったことで、後に彼女の怒りを買うことになるのだが、この時のカレヴィは気づくよしもなかった。
困惑を隠さずにハルカがカレヴィに言ってきた。
……確かに早過ぎではあるが、こういうことが過去になかったわけでもない。
だが、天涯孤独でもない限り、ハルカにも事情はあるだろう。
「……なにか困ることでもあるのか?」
一応そう尋ねてみると、ハルカは少し困ったような顔をして言ってきた。
「会社をすぐに辞められるか分からないし、そんなに急に王妃になるのも、わたし自信ない」
まあ、まったくの庶民が一月で王妃らしくなれるかといえば、少し無謀ではあるだろう。ハルカの不安は正しい。
……それにしても、会社? ハルカの勤めているところか?
カレヴィがそこをやめるのにはそんなに面倒なのかと思っていると、ティカが彼に声をかけてきた。
「……カレヴィ王、その期間の短さはどうにかならないのですか?」
「短いことは分かっている。だが、国民に婚礼が間近にあることを知らせてしまっている以上、なるべくなら日程は変更したくない」
正直なところ延期できないこともないが、これだけの旨い話は早々にまとめてしまった方が国のためにも良いとカレヴィは計算していた。
「……そっか、そうだよね」
カレヴィの言葉に、ハルカががっくりと肩を落とす。
……少々気が咎めるが、期間を延ばせると言ってしまったら、王妃教育がまだ、とか理由をつけられて最悪一年後などとなったりしたら面倒だ。
それにハルカはそうは見えないが二十七であるし、子を作るなら早いに越したことはない。
「悪いが、式は予定通り行う。なんならおまえの勤め先には俺から説明するが」
「え……」
思ってもいなかっただろうカレヴィの申し出に、ハルカが瞬きを何度もする。
「でも本当のことを話すわけにはいかないでしょ? そこはうまく脚色しとかないと。それにカレヴィ、向こうのこと全然知らないでしょ? そんなんでうちの上司説得するとか無理があるんじゃないかな」
ハルカの言うことはまったくの正論だったが、こうも正面から無理と言われるとカレヴィはなんとなく面白くない。
するとカレヴィの顔色を見たハルカがしまったと顔に出していた。それでも、カレヴィを勤め先に連れて行くとは彼女は言わなかった。
するとその様子を今まで傍観していたティカがおもむろに口を開いた。
「それなら、わたしも付いていってその都度カレヴィ王に遠くから指示することにすればいいんじゃないかな?」
なるほど、それはいい案だ。
ティカ殿の指示なら対応を間違うこともあるまい。
ティカの機転に感心しながら、カレヴィがハルカを窺うと、彼女は目を輝かせていた。……どうやらハルカもティカの案に賛成らしい。
「それはいい考えだな。ティカ殿、ぜひ頼む」
「分かりました」
ティカの協力も貰って一安心なはずだが、なぜかハルカは溜息を付いていた。
──なんだ? まだこれでも不安なのか?
カレヴィはハルカの肩を励ます意味で軽く叩いた。
「そういうことだから、ハルカは安心していろ。ティカ殿の協力もあることだしな」
むしろこれでなにが不安なのだとカレヴィはハルカに聞きたい気分だった。
「う、うん」
それで仕方なさそうにハルカは頷いたが、それまで黙っていたシルヴィが後押しするように言ってきた。
「兄王がこう言っているのです。ハルカはもう少し気持ちをゆったりと持って兄王に任せておけばいいんですよ」
「う、うん……」
それでもまだ戸惑ったようにハルカは頷く。
……なんだ? そんなに面倒事なのだろうか。
カレヴィはあまり気乗りのしなさそうなハルカに目で問いただしたが、結局彼女はその理由は言わなかった。
そして「その時は千花とカレヴィ、お願いね」と言って口を噤んだ。
……不安なことがあるなら言えばいいものを。
素直そうに見えて妙に意固地なところがあるなと、カレヴィはハルカを見たが、「わたしも頑張るよ」と彼女は無理矢理話を終わらせてしまった。
「でもその前に、おとんとおかんをどうにかしないと……」
ハルカが遠い目をして言うと、ティカも「ああ、そうだね。それもあるんだよね」と納得したように頷いた。
なんだ、そんなにハルカの両親は彼女を嫁に出したくないのか? とカレヴィは思ったが黙っていた。
だが、ティカが一番その辺りの事情を知っているだろうし、ハルカの両親が渋るようなら直接彼らと交渉に当たってもいい。
後でハルカにもそう言って安心させよう。
それよりもとりあえずは、目の前の事だ。そう考えてカレヴィはこれからハルカと行うこの国独特の行事について、思いを巡らせた。
そして、カレヴィはハルカに彼の部屋の隣の王妃の間を与えた。
中は王の間と繋がっている共同の部屋があり、双方で行き来自由だ。
これで今日から美味しそうなものを味わうことが出来そうだと、カレヴィがハルカを眺め回していると、ティカがその期待を壊す一言を放った。
「はるか、今日は積もる話があるから泊まっていきたいんだけどいい?」
──なんだと?
思わずカレヴィはひきつりそうになったが、ティカには特別な意図はないようで、至極まじめな顔をしている。
そしてそれに対してハルカが手を叩いて喜んだので、カレヴィは思わず渋い顔になった。
「なにも俺の婚約者になった今日でなくともいいだろう。ティカ殿とは別の機会に……」
「カレヴィとはまだ結婚してるわけじゃないんだから、そのくらいいいじゃない。本当に千花とは久しぶりに会ったんだから、たくさん話したいことあるし」
「しかし、今夜は……」
そう口を挟んできたシルヴィをカレヴィが片手で押しとどめる。
せっかく婚約したのだから、カレヴィは早速ハルカに婚約期間中の夜の習い、というか伽をしたかったのだが、そういう事情なら仕方ないし、文句は言えないだろう。まして、相手は最強の女魔術師だ。邪魔だ、帰れと言えるわけもない。
ハルカはとても楽しめそうだったので未練はなくもないが、まだこれから機会はいくらでもある。
「仕方ない、今夜だけだぞ」
「あ、ありがと。それで悪いんだけど、明日と明後日はいろいろ準備したいことがあるから家に泊まるね」
なんだと、そこまで俺はお預けを食らうのか?
思わず顔をひきつらせたカレヴィをハルカとティカが不思議そうな顔をして見てきた。
事情を知っているシルヴィが同情的に彼を見てくるのがなんとも情けない。
「……どうかした?」
「いや、なんでもない。三日後にはハルカはこちらに住むということで間違いないんだな?」
「うん」
カレヴィは確認を取ると、その日を頭の中にある予定にしっかりと書き込んだ。
それから数日はハルカの言った通り彼女は忙しく、カレヴィはハルカに夜の習いをさせることはできなかった。
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