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33.なかったことにはできない!

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「ふっ、踏み台だと? こ、この僕が……っ!」

 わなわなと身を震わせながら、サバス様が憤っている。まあ、恋人だと思っていたにあれだけコケにされてればさすがにそうなるわなあ。
 でも、さんざん王族相手にやらかしていたサバス様には、会場の人々からは生温かい視線しか送られていない。
 ビッチちゃんの言うことだけ聞いて、周りの意見に耳を貸さないからこういうことになるんだよ……っていっても、さすがに王族を侮辱するのは行きすぎているけど。
 あの様子だと、父親のパーカー侯爵の言葉も耳に入ってなかったんじゃなかろうか。あのパーティ会場の時の侯爵は陛下には服従していたから、サバス様が王妃様や先王弟殿下を侮辱するのはまず止めていたはずだ。
 そう思いながらわたしがパーカー侯爵を見やると、彼は焦点の合わない目をして「おっ、おぅっ、おお、お……」と相変わらず声にならない声を上げていた。
 ……本命であるお父様のサイン偽造の審議がこの後に控えてるんだけど、今からこの調子で大丈夫なのか?

「ビッ、ビッチ! この僕をだましていたのか! 僕という者がありながら複数の男に粉をかけるなど、この売女ばいたが!!」
「サバス様! これはなにかの間違いです! マグノリアとディアナが画策してわたしを嵌めようとしたんです!!」
「うるさい! 貴様の言うことなど、もう信じられるか! この淫売が!!」

 あらまー、当然っちゃ当然だけど、サバス様がビッチちゃんに怒鳴り散らしてる。けど、一応審議中なんだから、場をわきまえてほしいなあ。

「二人とも控えよ。……マグノリア嬢とディアナ嬢から提出された記録石の映像によって、ビッチ・スタインがこの二名に虐げられていないことが確定、むしろ、二人がビッチ・スタインから日常的に嫌がらせを受けていたと判明した。これにより、ビッチ・スタインに二人に対する賠償義務がしょうずることになる」

 陛下がそうおっしゃると、声が出せないビッチちゃんは目を剥いた後、すんごい顔でわたしとディアナを睨んできた。
 いやビッチちゃん、裁判で賠償を命じられるだけですんでいるのでもおんの字なんだよ? 苛烈な人相手だったら、スタイン男爵家ごとぷちっとつぶされてたからね?

「以上によって、王太子の生誕パーティにおいて、サバス・パーカーとビッチ・スタインが騒ぎを起こした大義名分は瓦解がかいした。……サバス・パーカー、意見を許す」

 それまでビッチちゃんを忌々しそうにめつけながら挙手していたサバス様に陛下が発言を許可した。

「……恐れながら! 僕はビッチにだまされていたのです! ですから、王妃様や学園長に対する発言は無効です!!」

 ……はあ?
 ありえないサバス様の言葉に、わたしは開いた口がふさがらなかった。
 一度した発言はなかったことになんてできないし、ましてや王族相手にそれが通るわけもない。それに大審議でした発言は、きっちり記録に残されるから、今さら無効を叫んだって無駄なのに。
 そもそも、ビッチちゃんに踊らされていたとしても、普通は侯爵家の人間が真っ正面から王族を糾弾しようなんて思わないよ。

「……サバス・パーカー。今までのそなたの発言は、しっかりと大審議の記録に記されている。一度したものを撤回することはできない」

 陛下も「おまえ、なに言ってんだ?」というようなお顔で、しごくもっともなことをおっしゃった。

「そ、そんな! 僕もビッチの虚言による被害者なんですよ!? そんな僕に温情をかけるのは当然のことです!」
「──サバス・パーカー」

 なおも食い下がるサバス様に、陛下の冷淡とも思われる声がかかる。

「被害者どころか加害者がなにを言っておる。そもそもそなたの罪状は、王族に対する不敬だけではない」
「そんな……っ! 僕がなにをしたと言うんです!?」

 いかにもショックですと顔に書いて、サバス様が訴える。
 ……っていうか、サバス様馬鹿でしょ? 国の行事であるパーティで、国賓の前で国の恥さらしてなんの責任も取らされないと思うほうがおかしいから。

「王太子がやめるように言ったにもかかわらず、王太子の生誕パーティで騒ぎ立てたのを忘れたのか?」
「し、しかしっ、マグノリアが止めていれば、あんなことはしませんでした!」

 ……はあーっ!?
 なんでそこでわたしが出てくるの?
 わたしちゃんと止めたよね? それを聞かずに騒いだのはサバス様だからね!
 それに対して、陛下がさげすむような目でサバス様を見つめた。

「……サバス・パーカー。この期に及んで、被害者であるマグノリア嬢を侮辱するのか?」
「しっ、しかしっ、マグノリアは僕の婚約者で……っ、僕をフォローするのが当然です!」

 えええ、やめてよ、あなたと婚約なんかしてないから! そんなことになる前に、全力でお断りするからね!

「……そなたはなにを言っておるのだ? そなたとマグノリア嬢の婚約誓約書は受理されていない。マグノリア嬢はそなたの婚約者ではない」
「えっ、あ……っ!」

 ようやくそのことを思い出したのか、サバス様が目を見開いた。サバス様、ほんとに鳥頭だなー。こんなんで生活できているのが不思議だ。

「第一、大審議の始めに、マグノリア嬢が止めたのをそなたが無視したのは確認済みだ。マグノリア嬢に責任転嫁てんかするのはみっともないと思わないのか」
「……っ!」

 いや、サバス様に恥の概念があったら、あんな騒ぎは起こさないと思いますよ、陛下。
 おそらく、できるだけ大きな舞台でわたしに恥をかかせてやろうと思ってやらかしたんだろうけど、後先考えないにもほどがあるよね。

「でっ、ですがっ、伯爵家の者であるマグノリアが、侯爵家である僕をその身をもって止めるのが筋ではないですか! これは明らかにマグノリアに非があります!」

 えええええ、なんだそのトンデモ理論!
 恥ずかしげもなくそう叫んだサバス様に、わたしは呆然とした。
 会場中からも「ええ……」「なんでそうなるの?」というような困惑した声があがっている。
 陛下もこれには驚いたらしく、絶句されていたけれど、しばらくして口を開かれた。

「……そなたはなにを言っておるのだ? マグノリア嬢がそんなことをする筋合いはない。むしろ、マグノリア嬢がそなたに注意しただけでも親切だと思うが」
「ですが……っ! マグノリアの家は、僕のパーカー侯爵家よりも格下です! 僕を守るのが務めです!」

 ……いや、ホルスト家はパーカー侯爵家の配下でもなんでもないし、そんな義理もないんだけど。サバス様、混乱して頭おかしくなってないか?
 わたしがサバス様の頭の中身を心配している中で、あきれきった目をされた陛下がおごそかにおっしゃる。

「──サバス・パーカー。そなたは誤認しておるようだが、ホルスト伯爵家はパーカー侯爵家よりも家格は上であるぞ」
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