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第二章:新しい環境
第13話 花々の咲き乱れる庭園へ
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──存外、あの姫は気が強い。
カルラートはアイシャの先程の叫びに、少々呆然としていた。
彼女の可憐な容姿から、気の弱そうな感じを受けていた。しかし、今のやりとりでアイシャが本当は芯が強いことにカルラートは気が付いた。
いくらでも抱いてやるという言葉は、彼女の誇りをかなり傷つけたかもしれないな、とカルラートはアイシャが出て行った扉を見つめながら思う。
……確かにあの言葉は我ながら酷すぎた。
あの姫は今、さぞ怒っていることだろう。
そう思うと、カルラートはなぜかいてもたってもいられなくなり、執務室を飛び出した。
カルラートの執務室から出たアイシャは、とぼとぼと自室へと戻ってきた。
衝動的に出てきてしまったが、もっと冷静になって話し合うべきだったかもしれない。
そうは思ったが、もう後の祭りだった。
「アイシャ様、陛下とのお話はどうだったのでしょうか?」
出迎えたライサがアイシャの顔を見て、うまくいかなかったのを察したようではあったが、それでも念のためか聞いてきた。
「……駄目だったわ。兄とただならぬ関係ではないということは納得して頂いたのだけれど、今度は今回の婚礼を威圧的に進めてきたのを謝罪しろと言われたの」
「……それで、アイシャ様はお断りになられたのですね?」
消沈しているアイシャの様子から、ライサは彼女がなんと答えたか理解したらしかった。
「ええ。兄王の決定を謝罪するわけにはいかないもの」
アイシャが頷いてライサの言葉を肯定する。
大国から嫁いで来たものとして、あの答えは正しかったとアイシャは思っている。
しかし、そのことで形だけの王妃のままでいることが決まってしまったのは、痛い事実だった。
それでも、ライサは微笑んで頷いた。
「それでよろしいのです。アイシャ様がそこで謝罪してしまわれれば、トゥルティエールの威信にもかかわるでしょうから」
「ええ……」
ライサに自分の考えを肯定されて、アイシャはいくらか気分が浮上したものの、それでもこれからのことを思うと気が重かった。
それから少しして、アイシャの居室にいきなりカルラートが現れた。
王の間と王妃の間は繋がっているため、双方で行き来が可能なのだが、それでも突然のことでアイシャは驚き、息をのんだ。
「あ、あの……」
いったいなんの用だろうと思っていると、カルラートはおもむろに口を開いた。
「……ここの庭園を案内しようと思ってな。聞いたところによると、そなたはまだ目にしていないらしいからな」
さきほどアイシャを抱かないと言ったばかりなのに、いったいどういう心境の変化なのだろう。
もしかしたら、宰相あたりがそうしろとカルラートに言ったのかもしれない、とアイシャは思った。
それでも、せっかく彼がそう言ってくれているのだから、ありがたくその厚意を受け取っておくべきかもしれない。
「あ、ありがとうございます」
「ああ」
アイシャが戸惑い気味に礼を言うと、カルラートは実にそっけなく返事を返した。
それを聞いて、やはりカルラートは本心では庭園を案内などしたくないのかもしれないとアイシャは感じていた。
心に引っかかるものはあったが、カルラート直々に案内された庭園は美しかった。
「綺麗……」
トゥルティエールのものと比べたら、多少規模は小さいが、それでも手入れが充分行き届いていることが窺えた。
「──気に入ったか?」
「はい、とても」
アイシャがにこりと微笑むと、カルラートは少し瞳を見開いた。
「そ、そうか。それならば、今度からここを訪れるといい。少しは退屈しのぎになるだろう」
「はい、ありがとうございます」
なぜか少々挙動不審になったカルラートをアイシャは不思議に思いながらも、彼に礼を述べる。
……もしかして、気を遣ってくれたのかしら。
さっきはあんな意地悪を言っていたのに、よく分からない方。
アイシャは彼の矛盾した言動に少々戸惑いつつも、花々の咲き乱れる庭園に目をやる。
その美しい光景に、慌ただしくこの国に嫁いできて、余裕のなかった心が凪いでいくようなそんな気がした。
カルラートがアイシャを庭園に案内したのは、見せかけだけでも王妃として扱っているという、国内外への配慮なのかもしれないが、それでも彼がここに連れてきてくれたのをアイシャは嬉しく思った。
「陛下のお気遣い、感謝いたします。わたし、ここがとても気に入りました」
アイシャが花のように笑うと、カルラートはまた少しうろたえる様子を見せた。
「そ、そうか。ならばいい。よければ少し散策するか」
「はい、ぜひお願いします」
にこやかにアイシャが笑みを浮かべると、カルラートは少し不機嫌な照れ隠しのような顔になって、こっちだと方向を示した。
それから二人は、しばらくの間無言で庭園を散策した。
いろいろ無理難題を言ってくる方だけれど、本当はそう悪い方ではないのかもしれない。
アイシャはカルラートの後を付いていきながらそう思った。
忙しいだろうに、それでも彼女に付き合ってくれているカルラートに、アイシャは既にそれほど悪い感情を持てなくなっていた。
爽やかな風が花々を揺らし、アイシャの灰桜色の長い髪をなびかせる。
その中でアイシャが美しい光景に微笑む。
その様子をカルラートが秘やかに熱く見つめていることについぞ彼女は気がつかなかった。
カルラートはアイシャの先程の叫びに、少々呆然としていた。
彼女の可憐な容姿から、気の弱そうな感じを受けていた。しかし、今のやりとりでアイシャが本当は芯が強いことにカルラートは気が付いた。
いくらでも抱いてやるという言葉は、彼女の誇りをかなり傷つけたかもしれないな、とカルラートはアイシャが出て行った扉を見つめながら思う。
……確かにあの言葉は我ながら酷すぎた。
あの姫は今、さぞ怒っていることだろう。
そう思うと、カルラートはなぜかいてもたってもいられなくなり、執務室を飛び出した。
カルラートの執務室から出たアイシャは、とぼとぼと自室へと戻ってきた。
衝動的に出てきてしまったが、もっと冷静になって話し合うべきだったかもしれない。
そうは思ったが、もう後の祭りだった。
「アイシャ様、陛下とのお話はどうだったのでしょうか?」
出迎えたライサがアイシャの顔を見て、うまくいかなかったのを察したようではあったが、それでも念のためか聞いてきた。
「……駄目だったわ。兄とただならぬ関係ではないということは納得して頂いたのだけれど、今度は今回の婚礼を威圧的に進めてきたのを謝罪しろと言われたの」
「……それで、アイシャ様はお断りになられたのですね?」
消沈しているアイシャの様子から、ライサは彼女がなんと答えたか理解したらしかった。
「ええ。兄王の決定を謝罪するわけにはいかないもの」
アイシャが頷いてライサの言葉を肯定する。
大国から嫁いで来たものとして、あの答えは正しかったとアイシャは思っている。
しかし、そのことで形だけの王妃のままでいることが決まってしまったのは、痛い事実だった。
それでも、ライサは微笑んで頷いた。
「それでよろしいのです。アイシャ様がそこで謝罪してしまわれれば、トゥルティエールの威信にもかかわるでしょうから」
「ええ……」
ライサに自分の考えを肯定されて、アイシャはいくらか気分が浮上したものの、それでもこれからのことを思うと気が重かった。
それから少しして、アイシャの居室にいきなりカルラートが現れた。
王の間と王妃の間は繋がっているため、双方で行き来が可能なのだが、それでも突然のことでアイシャは驚き、息をのんだ。
「あ、あの……」
いったいなんの用だろうと思っていると、カルラートはおもむろに口を開いた。
「……ここの庭園を案内しようと思ってな。聞いたところによると、そなたはまだ目にしていないらしいからな」
さきほどアイシャを抱かないと言ったばかりなのに、いったいどういう心境の変化なのだろう。
もしかしたら、宰相あたりがそうしろとカルラートに言ったのかもしれない、とアイシャは思った。
それでも、せっかく彼がそう言ってくれているのだから、ありがたくその厚意を受け取っておくべきかもしれない。
「あ、ありがとうございます」
「ああ」
アイシャが戸惑い気味に礼を言うと、カルラートは実にそっけなく返事を返した。
それを聞いて、やはりカルラートは本心では庭園を案内などしたくないのかもしれないとアイシャは感じていた。
心に引っかかるものはあったが、カルラート直々に案内された庭園は美しかった。
「綺麗……」
トゥルティエールのものと比べたら、多少規模は小さいが、それでも手入れが充分行き届いていることが窺えた。
「──気に入ったか?」
「はい、とても」
アイシャがにこりと微笑むと、カルラートは少し瞳を見開いた。
「そ、そうか。それならば、今度からここを訪れるといい。少しは退屈しのぎになるだろう」
「はい、ありがとうございます」
なぜか少々挙動不審になったカルラートをアイシャは不思議に思いながらも、彼に礼を述べる。
……もしかして、気を遣ってくれたのかしら。
さっきはあんな意地悪を言っていたのに、よく分からない方。
アイシャは彼の矛盾した言動に少々戸惑いつつも、花々の咲き乱れる庭園に目をやる。
その美しい光景に、慌ただしくこの国に嫁いできて、余裕のなかった心が凪いでいくようなそんな気がした。
カルラートがアイシャを庭園に案内したのは、見せかけだけでも王妃として扱っているという、国内外への配慮なのかもしれないが、それでも彼がここに連れてきてくれたのをアイシャは嬉しく思った。
「陛下のお気遣い、感謝いたします。わたし、ここがとても気に入りました」
アイシャが花のように笑うと、カルラートはまた少しうろたえる様子を見せた。
「そ、そうか。ならばいい。よければ少し散策するか」
「はい、ぜひお願いします」
にこやかにアイシャが笑みを浮かべると、カルラートは少し不機嫌な照れ隠しのような顔になって、こっちだと方向を示した。
それから二人は、しばらくの間無言で庭園を散策した。
いろいろ無理難題を言ってくる方だけれど、本当はそう悪い方ではないのかもしれない。
アイシャはカルラートの後を付いていきながらそう思った。
忙しいだろうに、それでも彼女に付き合ってくれているカルラートに、アイシャは既にそれほど悪い感情を持てなくなっていた。
爽やかな風が花々を揺らし、アイシャの灰桜色の長い髪をなびかせる。
その中でアイシャが美しい光景に微笑む。
その様子をカルラートが秘やかに熱く見つめていることについぞ彼女は気がつかなかった。
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