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後日談
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騒ぎのあった卒業パーティの翌日、ユーリーンは夫となったギスカードを昼餐の席で待っていた。
昨夜の甘い出来事を思い出すと思わず赤面して微笑んでしまうが、一人の侍従から申し訳なさそうに渡された手紙を見て、浮かれた気分も吹き飛んでしまった。
『ユーリーン
どうにかして父上にわたしの拘留を解いてくれるように計らってくれ。
元はと言えば、おまえが誤解を受けるような言動をしていたのが悪いのだ。それくらいして当然だよな?
ジュリアーノ』
「……」
呆れてものも言えないとはこのことだろうか。
ユーリーンが既に皇妃となっているのを知っているにも関わらず呼び捨てにしているのもそうだが、冤罪をかけ、あまつさえ殺そうとしたことも正当化するような文面に、彼女は激しい嫌悪を覚えた。
そもそも、どうしてジュリアーノが許されると思っているのか、ユーリーンにはまったく不可解だった。
公の場で、有りもしない罪をでっち上げ侮辱したあげく、明らかな殺意を持ってユーリーンを殺そうとしたのだ。
おまけに、ユーリーンがジュリアーノの婚約者でなく、ギスカードの妃だとわかった後も、彼は彼女を侮辱し続けた。どんなお人好しでもジュリアーノを助けたいと思う者はいないだろう。
それに、ジュリアーノは皇帝を偽って生まれた不義の子だ。生まれてきたことこそが罪であり、とうに死を賜っていてもおかしくない立場なのだ。
だが、哀れな妃イブリーンの訴えと、生まれたばかりの赤子を殺すのは忍びないと感じたギスカードの温情があったからこそ、今まで真実を周囲に知らされることなく生き延びてきたのだ。
そのことをギスカードが公の場で口にしたということは、ジュリアーノを完全に見捨てたということだ。
このようなことになったのは、ひとえに偽りの身分に驕り高ぶった彼の自業自得であり、たとえユーリーンがギスカードに陳情しても結果は変わらないだろう。
「……イブリーン様と本当の父の性質をまったく受けなかったのね……」
グノー侯爵に殺された彼の本当の父は穏やかな人だったと聞く。
「──ああ、ジュリアーノはグノー侯爵に似ているようだな。ユーリーン、その手紙はジュリアーノからか?」
「あ、はい、陛下」
夫となったギスカードが近づいていたことにも気が付かなかった自分をユーリーンは密かに恥じた。
ギスカードが手を差し出してきたので、ジュリアーノからの手紙をためらいもなく渡した。
──躊躇する義理もないですしね。
ジュリアーノの手紙を読んでいるギスカードの不快はいかほどだろうか。
他人の子に皇子の身分を与えるという厚情をかけたというのに、それすらも当たり前というようなジュリアーノの態度は、彼には許し難いだろう。
「……厚顔無恥もここに極まれり、だな」
ギスカードは手紙を四つに裂くと、それを傍で窺っていた侍従に捨てておくように命じた。
「……陛下」
向かいの席に座ったギスカードにユーリーンは気遣わしげな視線を送る。
「そなたが気にすることはない。このような愚か者に新婚生活を邪魔されるのも癪だしな」
「まあ」
新婚という言葉に、ユーリーンはぽっと頬を染めた。それをギスカードが愛しそうに見つめる。
「一週間後に我らの華燭の典もあることだし、そなたもわたしも大忙しだ。今はよけいなことは考えず、そのことだけを考えていればいい」
「……そうですね」
確かに周辺諸国の重鎮を招いての式典は気が抜けない。それに、国民の前に出て、妃として認めて貰わなければならないし……。
ユーリーンがそんなことを考えていると、ギスカードが苦笑した。
「なんだ、今更わたしとの婚姻は嫌だと言っても撤回できないぞ」
「そ、そんなことするわけありませんわ。それに、わたくしはもう陛下のものです。幼い頃から望んでいたことですし、あなた様以外の方は考えられませんわ……ギスカード様」
恥ずかしそうにユーリーンが言うと、ギスカードは破顔した。
その後、仲睦まじく昼餐をとる二人を侍従や侍女が微笑ましく見守っていたという。
ギスカードとユーリーンの華燭の典から一ヶ月後、皇帝は罪人達に沙汰を言い渡した。
生まれの罪深さと、皇妃を冤罪にかけ、あまつさえ殺害しようとしたジュリアーノは、市中引き回しの上、公開処刑。
モナ子爵令嬢もジュリアーノと取り巻きの男達を巧みに操って、ユーリーンに冤罪を仕掛けた上、彼女を殺そうとするジュリアーノを止めようともしなかったこと、ユーリーンが皇妃とわかってなお、彼女を貶めたことなどが悪質と見なされ、ジュリアーノと同じ刑罰になった。ちなみに彼女の実家も一族郎党公開処刑である。
取り巻き達はモナとほとんど同じ罪状であったが、高位貴族であることから、実家への処分は与えず、公開処刑だけに留まった。
ただし、彼らの実家は、かつての婚約者達の家から多額の慰謝料の支払いと賠償責任を問われ、しばらくはその対応に追われることになった。
──そして、ジュリアーノとモナ、取り巻き達の愚かな物語は、帝都で喜劇として大々的に演じられることになるのである。
昨夜の甘い出来事を思い出すと思わず赤面して微笑んでしまうが、一人の侍従から申し訳なさそうに渡された手紙を見て、浮かれた気分も吹き飛んでしまった。
『ユーリーン
どうにかして父上にわたしの拘留を解いてくれるように計らってくれ。
元はと言えば、おまえが誤解を受けるような言動をしていたのが悪いのだ。それくらいして当然だよな?
ジュリアーノ』
「……」
呆れてものも言えないとはこのことだろうか。
ユーリーンが既に皇妃となっているのを知っているにも関わらず呼び捨てにしているのもそうだが、冤罪をかけ、あまつさえ殺そうとしたことも正当化するような文面に、彼女は激しい嫌悪を覚えた。
そもそも、どうしてジュリアーノが許されると思っているのか、ユーリーンにはまったく不可解だった。
公の場で、有りもしない罪をでっち上げ侮辱したあげく、明らかな殺意を持ってユーリーンを殺そうとしたのだ。
おまけに、ユーリーンがジュリアーノの婚約者でなく、ギスカードの妃だとわかった後も、彼は彼女を侮辱し続けた。どんなお人好しでもジュリアーノを助けたいと思う者はいないだろう。
それに、ジュリアーノは皇帝を偽って生まれた不義の子だ。生まれてきたことこそが罪であり、とうに死を賜っていてもおかしくない立場なのだ。
だが、哀れな妃イブリーンの訴えと、生まれたばかりの赤子を殺すのは忍びないと感じたギスカードの温情があったからこそ、今まで真実を周囲に知らされることなく生き延びてきたのだ。
そのことをギスカードが公の場で口にしたということは、ジュリアーノを完全に見捨てたということだ。
このようなことになったのは、ひとえに偽りの身分に驕り高ぶった彼の自業自得であり、たとえユーリーンがギスカードに陳情しても結果は変わらないだろう。
「……イブリーン様と本当の父の性質をまったく受けなかったのね……」
グノー侯爵に殺された彼の本当の父は穏やかな人だったと聞く。
「──ああ、ジュリアーノはグノー侯爵に似ているようだな。ユーリーン、その手紙はジュリアーノからか?」
「あ、はい、陛下」
夫となったギスカードが近づいていたことにも気が付かなかった自分をユーリーンは密かに恥じた。
ギスカードが手を差し出してきたので、ジュリアーノからの手紙をためらいもなく渡した。
──躊躇する義理もないですしね。
ジュリアーノの手紙を読んでいるギスカードの不快はいかほどだろうか。
他人の子に皇子の身分を与えるという厚情をかけたというのに、それすらも当たり前というようなジュリアーノの態度は、彼には許し難いだろう。
「……厚顔無恥もここに極まれり、だな」
ギスカードは手紙を四つに裂くと、それを傍で窺っていた侍従に捨てておくように命じた。
「……陛下」
向かいの席に座ったギスカードにユーリーンは気遣わしげな視線を送る。
「そなたが気にすることはない。このような愚か者に新婚生活を邪魔されるのも癪だしな」
「まあ」
新婚という言葉に、ユーリーンはぽっと頬を染めた。それをギスカードが愛しそうに見つめる。
「一週間後に我らの華燭の典もあることだし、そなたもわたしも大忙しだ。今はよけいなことは考えず、そのことだけを考えていればいい」
「……そうですね」
確かに周辺諸国の重鎮を招いての式典は気が抜けない。それに、国民の前に出て、妃として認めて貰わなければならないし……。
ユーリーンがそんなことを考えていると、ギスカードが苦笑した。
「なんだ、今更わたしとの婚姻は嫌だと言っても撤回できないぞ」
「そ、そんなことするわけありませんわ。それに、わたくしはもう陛下のものです。幼い頃から望んでいたことですし、あなた様以外の方は考えられませんわ……ギスカード様」
恥ずかしそうにユーリーンが言うと、ギスカードは破顔した。
その後、仲睦まじく昼餐をとる二人を侍従や侍女が微笑ましく見守っていたという。
ギスカードとユーリーンの華燭の典から一ヶ月後、皇帝は罪人達に沙汰を言い渡した。
生まれの罪深さと、皇妃を冤罪にかけ、あまつさえ殺害しようとしたジュリアーノは、市中引き回しの上、公開処刑。
モナ子爵令嬢もジュリアーノと取り巻きの男達を巧みに操って、ユーリーンに冤罪を仕掛けた上、彼女を殺そうとするジュリアーノを止めようともしなかったこと、ユーリーンが皇妃とわかってなお、彼女を貶めたことなどが悪質と見なされ、ジュリアーノと同じ刑罰になった。ちなみに彼女の実家も一族郎党公開処刑である。
取り巻き達はモナとほとんど同じ罪状であったが、高位貴族であることから、実家への処分は与えず、公開処刑だけに留まった。
ただし、彼らの実家は、かつての婚約者達の家から多額の慰謝料の支払いと賠償責任を問われ、しばらくはその対応に追われることになった。
──そして、ジュリアーノとモナ、取り巻き達の愚かな物語は、帝都で喜劇として大々的に演じられることになるのである。
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