婚約破棄などさせません!

舘野寧依

文字の大きさ
上 下
3 / 3

後日談

しおりを挟む
 騒ぎのあった卒業パーティの翌日、ユーリーンは夫となったギスカードを昼餐の席で待っていた。
 昨夜の甘い出来事を思い出すと思わず赤面して微笑んでしまうが、一人の侍従から申し訳なさそうに渡された手紙を見て、浮かれた気分も吹き飛んでしまった。

『ユーリーン

 どうにかして父上にわたしの拘留を解いてくれるように計らってくれ。
 元はと言えば、おまえが誤解を受けるような言動をしていたのが悪いのだ。それくらいして当然だよな?

 ジュリアーノ』

「……」

 呆れてものも言えないとはこのことだろうか。
 ユーリーンが既に皇妃となっているのを知っているにも関わらず呼び捨てにしているのもそうだが、冤罪をかけ、あまつさえ殺そうとしたことも正当化するような文面に、彼女は激しい嫌悪を覚えた。
 そもそも、どうしてジュリアーノが許されると思っているのか、ユーリーンにはまったく不可解だった。
 公の場で、有りもしない罪をでっち上げ侮辱したあげく、明らかな殺意を持ってユーリーンを殺そうとしたのだ。
 おまけに、ユーリーンがジュリアーノの婚約者でなく、ギスカードの妃だとわかった後も、彼は彼女を侮辱し続けた。どんなお人好しでもジュリアーノを助けたいと思う者はいないだろう。
 それに、ジュリアーノは皇帝を偽って生まれた不義の子だ。生まれてきたことこそが罪であり、とうに死を賜っていてもおかしくない立場なのだ。
 だが、哀れな妃イブリーンの訴えと、生まれたばかりの赤子を殺すのは忍びないと感じたギスカードの温情があったからこそ、今まで真実を周囲に知らされることなく生き延びてきたのだ。
 そのことをギスカードが公の場で口にしたということは、ジュリアーノを完全に見捨てたということだ。
 このようなことになったのは、ひとえに偽りの身分に驕り高ぶった彼の自業自得であり、たとえユーリーンがギスカードに陳情しても結果は変わらないだろう。

「……イブリーン様と本当の父の性質をまったく受けなかったのね……」

 グノー侯爵に殺された彼の本当の父は穏やかな人だったと聞く。

「──ああ、ジュリアーノはグノー侯爵に似ているようだな。ユーリーン、その手紙はジュリアーノからか?」
「あ、はい、陛下」

 夫となったギスカードが近づいていたことにも気が付かなかった自分をユーリーンは密かに恥じた。
 ギスカードが手を差し出してきたので、ジュリアーノからの手紙をためらいもなく渡した。

 ──躊躇する義理もないですしね。

 ジュリアーノの手紙を読んでいるギスカードの不快はいかほどだろうか。
 他人の子に皇子の身分を与えるという厚情をかけたというのに、それすらも当たり前というようなジュリアーノの態度は、彼には許し難いだろう。

「……厚顔無恥もここに極まれり、だな」

 ギスカードは手紙を四つに裂くと、それを傍で窺っていた侍従に捨てておくように命じた。

「……陛下」

 向かいの席に座ったギスカードにユーリーンは気遣わしげな視線を送る。

「そなたが気にすることはない。このような愚か者に新婚生活を邪魔されるのも癪だしな」
「まあ」

 新婚という言葉に、ユーリーンはぽっと頬を染めた。それをギスカードが愛しそうに見つめる。

「一週間後に我らの華燭の典もあることだし、そなたもわたしも大忙しだ。今はよけいなことは考えず、そのことだけを考えていればいい」
「……そうですね」

 確かに周辺諸国の重鎮を招いての式典は気が抜けない。それに、国民の前に出て、妃として認めて貰わなければならないし……。
 ユーリーンがそんなことを考えていると、ギスカードが苦笑した。

「なんだ、今更わたしとの婚姻は嫌だと言っても撤回できないぞ」
「そ、そんなことするわけありませんわ。それに、わたくしはもう陛下のものです。幼い頃から望んでいたことですし、あなた様以外の方は考えられませんわ……ギスカード様」

 恥ずかしそうにユーリーンが言うと、ギスカードは破顔した。
 その後、仲睦まじく昼餐をとる二人を侍従や侍女が微笑ましく見守っていたという。



 ギスカードとユーリーンの華燭の典から一ヶ月後、皇帝は罪人達に沙汰を言い渡した。
 生まれの罪深さと、皇妃を冤罪にかけ、あまつさえ殺害しようとしたジュリアーノは、市中引き回しの上、公開処刑。
 モナ子爵令嬢もジュリアーノと取り巻きの男達を巧みに操って、ユーリーンに冤罪を仕掛けた上、彼女を殺そうとするジュリアーノを止めようともしなかったこと、ユーリーンが皇妃とわかってなお、彼女を貶めたことなどが悪質と見なされ、ジュリアーノと同じ刑罰になった。ちなみに彼女の実家も一族郎党公開処刑である。
 取り巻き達はモナとほとんど同じ罪状であったが、高位貴族であることから、実家への処分は与えず、公開処刑だけに留まった。
 ただし、彼らの実家は、かつての婚約者達の家から多額の慰謝料の支払いと賠償責任を問われ、しばらくはその対応に追われることになった。
 ──そして、ジュリアーノとモナ、取り巻き達の愚かな物語は、帝都で喜劇として大々的に演じられることになるのである。
しおりを挟む
感想 10

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(10件)

ねこのたま
2024.02.25 ねこのたま

斬新な切り口でした。面白かったです。

解除
RYO
2022.09.17 RYO

王道から一ひねり有って、面白かったです。

解除
2020.01.04 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

悪役令嬢の私が転校生をイジメたといわれて断罪されそうです

白雨あめ
恋愛
「君との婚約を破棄する! この学園から去れ!」 国の第一王子であるシルヴァの婚約者である伯爵令嬢アリン。彼女は転校生をイジメたという理由から、突然王子に婚約破棄を告げられてしまう。 目の前が真っ暗になり、立ち尽くす彼女の傍に歩み寄ってきたのは王子の側近、公爵令息クリスだった。 ※2話完結。

堕とされた悪役令嬢

芹澤©️
恋愛
「アーリア・メリル・テレネスティ。今日を持って貴様との婚約は破棄する。今迄のレイラ・コーストへの数々の嫌がらせ、脅迫はいくら公爵令嬢と言えども見過ごす事は出来ない。」 学園の恒例行事、夏の舞踏会場の真ん中で、婚約者である筈の第二王子殿下に、そう宣言されたアーリア様。私は王子の護衛に阻まれ、彼女を庇う事が出来なかった。

その婚約破棄、本当に大丈夫ですか?

佐倉穂波
恋愛
「僕は“真実の愛”を見つけたんだ。意地悪をするような君との婚約は破棄する!」  テンプレートのような婚約破棄のセリフを聞いたフェリスの反応は?  よくある「婚約破棄」のお話。  勢いのまま書いた短い物語です。  カテゴリーを児童書にしていたのですが、投稿ガイドラインを確認したら「婚約破棄」はカテゴリーエラーと記載されていたので、恋愛に変更しました。

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

今、婚約破棄宣言した2人に聞きたいことがある!

白雪なこ
恋愛
学園の卒業と成人を祝うパーティ会場に響く、婚約破棄宣言。 婚約破棄された貴族令嬢は現れないが、代わりにパーティの主催者が、婚約破棄を宣言した貴族令息とその恋人という当事者の2名と話をし出した。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。