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第十二章:それなりに幸福
第143話 婚約中の日常
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「ハルカ、舞踏の習得具合はどうだ」
晩餐の席で、カレヴィは料理を取り分けてくれながら尋ねてきた。
「うん、今のとこ五つなんとか踊れるようになったよ。あと三つだね」
「そうか、順調に習得しているのだな」
カレヴィがほっとしたような顔になって、わたしの前に料理を置いてくれた。ありがとう。
カレヴィが自分の分の料理を取り分けたところで、わたしは食事を始めることにした。いただきます。
「バーナードが丁寧に教えてくれるから助かってるよ。……それはそうと、明日婚礼衣装の仮縫いがあるから礼儀作法の授業はなくなったんだ」
ダンスの練習といい、シレネ先生にはいつもこちらの都合を押しつけて悪いけれど。でも、シレネ先生は舞踏も立派な作法です、と笑って言ってくれるんだよなあ。……申し訳ないけれど、ありがたい。
「そうか。それは仕方ないな。俺も衣装の仮縫いがあるしな。……ほらハルカ」
カレヴィはそう言うと、切り分けたローストビーフをフォークに刺し、わたしの口元に持ってきた。
わたしがあーんとそれを食べると、牛肉とかけられたソースのうまみが口の中ではじけた。
「おいしいね、このローストビーフ」
おいしいお肉を嚥下してから、わたしはカレヴィに言う。
「それはよかった。おまえは本当に旨そうに食べるな」
「だって、本当においしいんだもん、ここの料理。ダンスの練習でお腹が空くから太らないようにするのが大変だよ」
そう言いながら、わたしもカレヴィの分のローストビーフを切り、フォークで差しだした。はい、あーん。カレヴィはローストビーフをぱくりと食べた。
「……確かに旨いな。しかし、運動しているのだし、多少食べ過ぎても大丈夫だろう」
「その油断が命取りなんだよ。もし、婚礼衣装が入らなかったら困るし」
「ハルカは気にしすぎだ。もしそうなっても、すぐに直させるから大丈夫だぞ」
カレヴィは笑顔で言ってくるけど、あまりわたしを甘やかさないでほしい。
「でも、直さないに越したことないでしょ。少しは節制しないと」
「まあ、おまえがそう考えているなら、俺としてはなにも言うことがないが」
わたしとは違って、カレヴィはいつものように旺盛に食べている。
「カレヴィは太らなくていいよねえ」
わたしが羨ましく思って言うと、カレヴィは笑った。
「まあ、そういう体質らしいな。……ハルカ、あまり気にして皿に取ったものまで残すなよ」
「うん、分かってるよ」
せっかくカレヴィに取ってもらった料理だ。それを残すのはもったいない。
わたしは頷くと、おいしい料理を食べるのに集中した。
「ハルカ様、お痩せになりました? お腹周りが緩くなってますね」
婚礼衣装の仮縫いに来た衣装屋さんにそう言われて、わたしは内心で狂喜乱舞した。ここ最近のダンスの練習の成果か。
「お胸が大きくなっていますね。たぶん急激に痩せられたからでしょう」
……胸はこれ以上大きくならなくてもいいのに。たぶんアンダーが痩せたからだな。
「他は大丈夫そうですね」
ピンでとめられた衣装をいったん脱がされると、微調整されたそれをまた着せられた。今度はぴったりだった。
でもこれでもう太れないなあとも思う。
「それでは次は衣装をお持ちします。その時に他の飾りも見立てましょう」
「はい」
次には花嫁衣装が着れるんだね。楽しみ~。
わたしはにっこり笑って衣装屋さん達を見送った。
「ハルカ、また来たぞ」
バーナードとダンスの練習をしていたところに、カレヴィが現れた。
「カレヴィ」
執務は大丈夫なのか気になるけど、彼に会えるのは嬉しい。
本当はカレヴィの胸に飛び込みたかったけれど、バーナードがいるので自重した。
「またハルカと踊りたい。バーナードいいか?」
「はい、もちろんです」
すると、ソフィアが今まで練習していた曲をかけようと、スタンバイしていた。
カレヴィがわたしの手をとって部屋の真ん中まで来ると音楽が流れ出した。
わたしはカレヴィのリードで流れるようにステップを踏み、ターンした。うん、いい感じだ。
それにこうやってカレヴィと触れあえるのはすごく嬉しい。
だけど、楽しい時は過ぎるのも早くて、もう曲が終わってしまった。
「ハルカは筋がいいな」
わたしがダンス終了の礼をとった後に、カレヴィが言ってきて、わたしは照れた。
するとバーナードも言ってくる。
「ハルカ様、素晴らしかったです」
「ありがとう」
わたしが頬を染めて微笑むと、カレヴィに抱き寄せられた。
「そんなに可愛い顔をするな。バーナードまでおまえに惹かれたら困る」
「ええ?」
嫉妬してくれるのは嬉しいけれど、考えすぎだよ、カレヴィ。
「バーナードには婚約者がいるんだよ? 彼に失礼だよ」
「……なんだそうだったのか。それは悪かった」
カレヴィが明らかにほっとしたように息をついた。……なんというか分かりやすすぎる。
「いいえ、陛下のご心配はごもっともです。ハルカ様は大変魅力的な方ですから」
「そうだろう。ハルカはおまえの言うとおりとても魅力的だからな」
……嫉妬した相手に得意そうになるって、どうなんだろ。カレヴィどっちかにしてほしい。
「はい、誠にそうでございますね」
バーナードはそんなカレヴィに微笑み返す。さすが大人の余裕だなあ。
わたしより一つ下だけど、こちらでは十五で成人なのでずっと大人だ。
大人と言えば、カレヴィも最近落ち着いてきたなあ、と思ってたら、バーナードへの言葉にちょっとがっくりした。
彼が嫉妬深いのは相変わらずだ。でももう少しわたしを信用してほしいなあ。
「それでは邪魔をしたな。ハルカ、それではまたな」
「うん、ありがとうカレヴィ」
それでも忙しい身なのに、わたしのダンスの習得が気になってわざわざ相手してくれるんだから、ありがたいことだと思う。
わたしはまた執務に入るカレヴィを見送ってから、バーナードとのダンスの練習に余念がなかった。
晩餐の席で、カレヴィは料理を取り分けてくれながら尋ねてきた。
「うん、今のとこ五つなんとか踊れるようになったよ。あと三つだね」
「そうか、順調に習得しているのだな」
カレヴィがほっとしたような顔になって、わたしの前に料理を置いてくれた。ありがとう。
カレヴィが自分の分の料理を取り分けたところで、わたしは食事を始めることにした。いただきます。
「バーナードが丁寧に教えてくれるから助かってるよ。……それはそうと、明日婚礼衣装の仮縫いがあるから礼儀作法の授業はなくなったんだ」
ダンスの練習といい、シレネ先生にはいつもこちらの都合を押しつけて悪いけれど。でも、シレネ先生は舞踏も立派な作法です、と笑って言ってくれるんだよなあ。……申し訳ないけれど、ありがたい。
「そうか。それは仕方ないな。俺も衣装の仮縫いがあるしな。……ほらハルカ」
カレヴィはそう言うと、切り分けたローストビーフをフォークに刺し、わたしの口元に持ってきた。
わたしがあーんとそれを食べると、牛肉とかけられたソースのうまみが口の中ではじけた。
「おいしいね、このローストビーフ」
おいしいお肉を嚥下してから、わたしはカレヴィに言う。
「それはよかった。おまえは本当に旨そうに食べるな」
「だって、本当においしいんだもん、ここの料理。ダンスの練習でお腹が空くから太らないようにするのが大変だよ」
そう言いながら、わたしもカレヴィの分のローストビーフを切り、フォークで差しだした。はい、あーん。カレヴィはローストビーフをぱくりと食べた。
「……確かに旨いな。しかし、運動しているのだし、多少食べ過ぎても大丈夫だろう」
「その油断が命取りなんだよ。もし、婚礼衣装が入らなかったら困るし」
「ハルカは気にしすぎだ。もしそうなっても、すぐに直させるから大丈夫だぞ」
カレヴィは笑顔で言ってくるけど、あまりわたしを甘やかさないでほしい。
「でも、直さないに越したことないでしょ。少しは節制しないと」
「まあ、おまえがそう考えているなら、俺としてはなにも言うことがないが」
わたしとは違って、カレヴィはいつものように旺盛に食べている。
「カレヴィは太らなくていいよねえ」
わたしが羨ましく思って言うと、カレヴィは笑った。
「まあ、そういう体質らしいな。……ハルカ、あまり気にして皿に取ったものまで残すなよ」
「うん、分かってるよ」
せっかくカレヴィに取ってもらった料理だ。それを残すのはもったいない。
わたしは頷くと、おいしい料理を食べるのに集中した。
「ハルカ様、お痩せになりました? お腹周りが緩くなってますね」
婚礼衣装の仮縫いに来た衣装屋さんにそう言われて、わたしは内心で狂喜乱舞した。ここ最近のダンスの練習の成果か。
「お胸が大きくなっていますね。たぶん急激に痩せられたからでしょう」
……胸はこれ以上大きくならなくてもいいのに。たぶんアンダーが痩せたからだな。
「他は大丈夫そうですね」
ピンでとめられた衣装をいったん脱がされると、微調整されたそれをまた着せられた。今度はぴったりだった。
でもこれでもう太れないなあとも思う。
「それでは次は衣装をお持ちします。その時に他の飾りも見立てましょう」
「はい」
次には花嫁衣装が着れるんだね。楽しみ~。
わたしはにっこり笑って衣装屋さん達を見送った。
「ハルカ、また来たぞ」
バーナードとダンスの練習をしていたところに、カレヴィが現れた。
「カレヴィ」
執務は大丈夫なのか気になるけど、彼に会えるのは嬉しい。
本当はカレヴィの胸に飛び込みたかったけれど、バーナードがいるので自重した。
「またハルカと踊りたい。バーナードいいか?」
「はい、もちろんです」
すると、ソフィアが今まで練習していた曲をかけようと、スタンバイしていた。
カレヴィがわたしの手をとって部屋の真ん中まで来ると音楽が流れ出した。
わたしはカレヴィのリードで流れるようにステップを踏み、ターンした。うん、いい感じだ。
それにこうやってカレヴィと触れあえるのはすごく嬉しい。
だけど、楽しい時は過ぎるのも早くて、もう曲が終わってしまった。
「ハルカは筋がいいな」
わたしがダンス終了の礼をとった後に、カレヴィが言ってきて、わたしは照れた。
するとバーナードも言ってくる。
「ハルカ様、素晴らしかったです」
「ありがとう」
わたしが頬を染めて微笑むと、カレヴィに抱き寄せられた。
「そんなに可愛い顔をするな。バーナードまでおまえに惹かれたら困る」
「ええ?」
嫉妬してくれるのは嬉しいけれど、考えすぎだよ、カレヴィ。
「バーナードには婚約者がいるんだよ? 彼に失礼だよ」
「……なんだそうだったのか。それは悪かった」
カレヴィが明らかにほっとしたように息をついた。……なんというか分かりやすすぎる。
「いいえ、陛下のご心配はごもっともです。ハルカ様は大変魅力的な方ですから」
「そうだろう。ハルカはおまえの言うとおりとても魅力的だからな」
……嫉妬した相手に得意そうになるって、どうなんだろ。カレヴィどっちかにしてほしい。
「はい、誠にそうでございますね」
バーナードはそんなカレヴィに微笑み返す。さすが大人の余裕だなあ。
わたしより一つ下だけど、こちらでは十五で成人なのでずっと大人だ。
大人と言えば、カレヴィも最近落ち着いてきたなあ、と思ってたら、バーナードへの言葉にちょっとがっくりした。
彼が嫉妬深いのは相変わらずだ。でももう少しわたしを信用してほしいなあ。
「それでは邪魔をしたな。ハルカ、それではまたな」
「うん、ありがとうカレヴィ」
それでも忙しい身なのに、わたしのダンスの習得が気になってわざわざ相手してくれるんだから、ありがたいことだと思う。
わたしはまた執務に入るカレヴィを見送ってから、バーナードとのダンスの練習に余念がなかった。
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