王様と喪女

舘野寧依

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第十二章:それなりに幸福

第141話 ダンスの練習

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 そして次の日からわたしのダンスの練習が始まった。

「ハルカ様、そこで右足を出してください。その後で左足を添えて……そうです」

 わたしは教師のバーナードに手取り足取りダンスを教わっていた。
 このバーナード、結構若くてわたしより一つ下なだけだった。
 若いのに王宮付きの教師ってすごいなあ。
 もちろんわたしは二十歳ということになっているから、若いとしか言わなかったけれど。でもそうしたら、バーナードは敬語なしでよろしいですと言ってきたので、喜んでそうさせてもらって今に至る。
 わたしはバーナードに一曲を一通り教えてもらったところで、音楽を流して踊ってみた。
 わたしはところどころつっかえながらも、なんとか一曲踊り通した。
 そこでバーナードは休憩にしましょうと言ってきた。

「なかなか筋がよろしいですよ」
「ありがとう」

 わたしはにっこり笑いながら、モニーカが出してきた紅茶を飲んだ。
 体を動かすダンスの練習は結構楽しい。
 これで滑らかに踊れたら、もっと楽しいだろうな。
 わたしはおいしい焼き菓子をつまみながら、上機嫌でバーナードにそう言ったら彼は嬉しそうに頷いていた。

「その楽しいというお気持ちが大事ですよ。上達にも関わってきますし」
「うん。この調子で頑張るよ」

 わたしはにこやかに頷いた。
 それにしても、バーナードが気を張るような人じゃなくてよかった。
 礼儀作法のシレネ先生といい、本当にわたしは教師に恵まれている。
 しばしバーナードと談笑してたら、カレヴィの来訪がこっそりと告げられた。
 初日だから気になって見に来たんだろう。
 わたしはモニーカに言って彼に入室してもらった。

「これは、陛下」

 バーナードが中腰になると、カレヴィはいい、といって彼を座らせた。

「楽しそうだな、ハルカ。おまえの笑い声が聞こえてきた」

 カレヴィが応接セットのわたしの隣に座ると、すかさずモニーカが彼の紅茶を出してきた。

「うん、楽しいよ。カレヴィ、バーナードをつけてくれてありがとう」

 するとカレヴィは眉を上げて言った。

「ウマがあったか。……なんだか嫉妬してしまいそうだ」
「……ええ?」

 確かにバーナードは端正な顔をしているんだけどね。
 カレヴィの言葉に、バーナードはちょっと困った顔になった。

「……冗談だ」

 カレヴィが笑って言うと、わたしとバーナードはほっとしたように息をついた。
 カレヴィが言うと、冗談に聞こえないから困る。

「ところで舞踏の練習は順調か?」
「今のところ、一曲を一度通して踊ってみたところです」

 バーナードがそう言うと、カレヴィはそうか、と言って頷いた。

「それでは俺と踊ってみるか。……ハルカ来い」

 するとモニーカは慌てて音楽をかけにいった。
 突然だもの、そりゃびっくりするよねえ。
 けれど、カレヴィは気にすることなくわたしを部屋の中央に連れて行った。
 すぐに音楽が始まると、流れるようなカレヴィのリードでわたしは軽やかにステップを踏むことができた。
 うん、楽しい。
 それで、わたしがカレヴィに微笑むと彼もわたしに微笑み返してくる。
 ああ、幸せだなあ。
 これがわたしたちの婚礼の祝宴のために習っているダンスだと思うと、すごく幸せだ。
 それでも、習いたてなのでへぼなことはしないようにとわたしは気を引き締めた。
 そしてカレヴィのリードでわたしは踊りきると、衣装のスカートをつまんで礼をした。

「ハルカ、踊れるじゃないか」
「カレヴィのリードが良かったからだよ。……あ、でもバーナードもすごくうまいよ」

 そう言ってしまってから、わたしは失言に気がついた。
 ダンスの教師のバーナードのリードがうまいのなんて当然だ。

「……ごめん、当たり前のこと言った」

 するとバーナードは苦笑しながら言った。

「いえ、ハルカ様にお気を使わせてしまって申し訳ありません。陛下のリードはわたしよりもずっとお上手ですから」
「まあ、幼少から習っていたから俺が特別な訳ではない」

 どこかしら得意そうにカレヴィがわたしの手を取りながら応接セットに戻ってくる。

「それじゃ、シルヴィもうまいってことだよね」

 わたしは以前シルヴィと踊った時のことを思い返しながら言った。
 すると、カレヴィの動きが一瞬止まった。

「まあ、そうだが……」

 あ、しまった。これじゃカレヴィに誤解されたかな。

「ハルカ、だからといってやつに習おうとするなよ」

 案の定カレヴィがわたしに釘を刺してくる。

「しないよ。バーナードがいるし」

 せっかくシルヴィが諦めてくれそうなのに、そこで再燃させるようなことはお互いにとって不幸だ。
 すると、カレヴィは安心したかのように息をついた。

「ならいいんだが。……俺はこれで執務に戻るがハルカは励めよ」
「あ、うんっ。カレヴィ、忙しいのにありがとう」

 わたしが慌てて頷くとカレヴィはわたしの髪にキスをして部屋を去っていった。

「それにしても、陛下と踊っている時のハルカ様は生き生きしていてとてもよろしかったですよ」
「ありがとう」

 わたしは微笑んで、紅茶を一口飲んだ。
 わたしが生き生きしていたのって、言わば愛の力ってやつだろうなあ。
 そこまで考えて、わたしは自分の考えがとても恥ずかしいものだと気づき、かーっと赤くなった。
 わたしはそれを誤魔化すために、バーナードを促す。

「バーナード、そろそろ踊ろう」
「はい、ハルカ様」

 照れているわたしに気がつかないフリをしてくれるバーナードがありがたい。
 わたしも顔に感情が出やすいの少しは直した方がいいみたいだ。
 音楽が流れる中、バーナードと踊りながら、わたしはつくづくそう思った。
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