王様と喪女

舘野寧依

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第十一章:障害に囲まれて

第136話 青天の霹靂

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「カ、カレヴィ?」

 あまりにも意外な人の登場に、わたしはいきなり挙動不審になった。
 いったいなにしに来たんだろ。
 わたしの本は、カレヴィ前回買っていたはずだし。
 あ……、もしかしたら、こんな販売会はけしからんとか言いにきたのかな。
 そう思ってハラハラしていたら、その内にカレヴィはわたしの本をまた買っていた。

 ……?

 わたしがぽかんとしていたら、カレヴィの後を追いかけて目の前の映像が流れていった。……どうやら千花が機転をきかせてくれたらしい。
 そして、カレヴィはやがてニーニア様の部屋に入っていった。

「……どうやら、カレヴィ王はニーニア様の分の本を購入したみたいだね」
「うん……ニーニア様に頼まれでもしたのかな」

 今のカレヴィが進んでわたしの漫画をニーニア様に買っていくとは考えにくいから、たぶんその線が濃厚だろう。

「そうだね」

 千花が頷くと、目の前の映像が販売会のそれに切り替わった。
 相変わらず売り子の侍女達が忙しそうにしている。

「今回も早々に売れ切れそうだね。侍女達も先に頼まれた分を購入してたし」
「あーそうか、やけに減りが早いと思ったら予約購入か」

 そういうツテをあてに購入している人もいるんだ。ありがたいなあ。
 ちょっと感動してじーんとしてたら、部屋のドアをノックされた。
 モニーカが応対に出たら、ニーニア様の侍女がいて、聞けばニーニア様からお茶会のお誘いだそうだ。
 でも、こっちには千花がいるし、彼女も一緒でよろしいですかと尋ねたら、ニーニア様の侍女は難色を示した。……どうやら、わたし一人に用があるらしい。
 わたしがどうしようと考えていると千花が笑顔で言ってくれた。

「行っていいよ、はるか。わたしはここでしばらくゆっくりして適当な時に帰るから。はるかも未来の義母上様には可愛がられた方がいいだろうし」

 千花の嬉しいその申し出にわたしは飛びついてしまった。

「うん、ありがとう千花。この埋め合わせは絶対するからね」

 だからと言って大したことが出来るわけでもないんだけど、またお菓子でも焼いてあげよう。

「そんなの気にしなくていいって。ニーニア様によろしく言っておいて」
「うん、分かった」

 それでわたしは千花に感謝をしつつ、ニーニア様の侍女の後を付いていくことにしたのである。



「ようこそ、ハルカ。いらしてくれて嬉しいわ」

 ニーニア様はわざわざわたしを出迎えてくれた。
 それでニーニア様の好意を感じることが出来て、わたしは嬉しくなってしまった。
 募る話もあったことだし、もっと早くこちらから出向くんだったなあ。

「ニーニア様、この度はお招きありがとうございます。千花もニーニア様によろしくお伝えくださいと申しておりました」
「まあ、ティカ様に申し訳なかったですわ。ですが、今回はハルカだけお招きしたかったのです。わたくしが謝っていたこと、ティカ様に伝えていただけると嬉しいのですけれど」
「それはもちろん」

 お伝えします、とニーニア様に返そうとしたら、よく知った声にそれを遮られた。

「全く我が儘も大概になさってください。最強の女魔術師を軽々しく扱うことは国家の脅威にも繋がることをお忘れなきよう。それに、執務中の俺を呼びだしてハルカの本を購入して来いなんて相当ですよ。それなら俺の手元にありましたものを」

 カレヴィ……。
 まだニーニア様の元から帰ってなかったんだと知って、わたしは嬉しくなった。朝食と晩餐の決められた時以外に彼に会えるのは、わたしにとっては幸運だ。

「ティカ様は事情をお分かりになる方だわ。それに、わたくしは新品が欲しかったのです。それこそ国王の権威があれば必ず手に入れられるでしょう」

 つんと横を向いてニーニア様が言い返す。

「それなら、なにもわざわざ俺が購入しに行かなくても近衛なりハルカの侍女なりにそれを伝えればいいことでしょう」

 すると、カレヴィがもっともなことを言い返す。

「わたくしは一番確実な方法を取っただけですわ。カレヴィも今の権威が知れて、一挙両得でしたでしょう」

 確かにカレヴィが会場に登場したところから、モーゼの海割りのように人波が割れて行くところは見物だった。

「……それならば、前回も体感してますよ」

 そういえば、カレヴィ、あの時は一番に購入したって言ってたっけ。
 確かに彼に愛されていた時のことを思いだし、わたしはちょっとだけ涙ぐんでしまった。
 ……ああ、いけない、いけない。
 わたしが湿っぽくなるのは、茶会に招待してくれたニーニア様に失礼だ。
 それにせっかくカレヴィに会えたんだから、もっと喜ばなきゃ。
 ……ところで、カレヴィはこの茶会に参加しているのかなあ。だとしたら凄く嬉しいんだけど。

「とにかく俺は執務で忙しいんです。振り回すのはやめてください。俺はここで帰らせていただきます」

 え、カレヴィ帰っちゃうのか、とわたしががっかりしていると、ニーニア様の視線が鋭く彼に浴びせられた。

「──逃げるのですか、カレヴィ」
「……な──」

 一瞬の沈黙の後、カレヴィがこちらに視線を走らせた。

「そんなふうに一生ハルカから逃げるつもりですか。そんなことは全くの無駄だと言うのに」
「……なにをおっしゃりたいのか分かりません」

 今気が付いたけれど、堅い顔でそう言うカレヴィは心なし顔色が悪い。
 これは仕事で相当無理をしているんじゃないだろうか。

「ねえカレヴィ、最近無理してない?」
「突然なんだ」

 う、やっぱり突然だったかな。カレヴィのこの返しも当たり前だ。

「で、でもなんだか顔色が悪いよ。少しは休んだ方が──」
「──黙れ」

 押し殺すような声で言われて、わたしはちょっと怯んだけれど、でもやっぱり言わずにはいられないよ。

「仕事に一生懸命なのは王様としてとても立派だと思う。……でも、それが過ぎて体調を崩すのは国民は喜ばないと思うよ。カレヴィ、お願いだからちょっとは休んで」
「……黙れと言っている」

 ああ、わたし、自分でとどめを刺したかなあ。
 カレヴィの怒ったような声を聞きながら、わたしはそう思った。
 すると、カレヴィがツカツカとわたしに近寄って来て、ニーニア様が焦ったように「カレヴィッ」と声を上げた。
 その次の瞬間、どういうわけだか、わたしはカレヴィの腕の中にいた。

「カレヴィ……?」

 なにがどうなっているのか分からずに、とりあえず彼の顔を見ようと顔を上げたところ、奪うような口づけを彼から受けた。
 それはわたしにとって、まさに青天の霹靂の出来事だった。
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