王様と喪女

舘野寧依

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第十一章:障害に囲まれて

第135話 販売会

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「そう言えば、再印刷した本が今日届くんだよね」

 ここんとこバタバタしてて昨日印刷屋から連絡が入ってたのをすっかり忘れていた。

「そうなんだ。じゃあ、わたし向こうに行って搬送するよ。言語魔法もかけなきゃいけないし」

 焼きたてのパンにバターを塗りながら千花が快く言ってくれる。

「ありがとう千花。駄目だったら宮廷魔術師を連れて行こうと思っていたから助かった」

 そこで、一番に名前が出てきそうなのがイアスだったから、千花がそう言ってくれたのは本当に助かった。
 まだイアスの顔は見たくないし、千花に言語魔法を早々にかけてもらうことが出来るんだから、本当に千花様々だ。

「ううん、南條さんとの商談ももうそろそろしたい頃だと思ってたんだ。ついでに、はるかがカレヴィ王と再婚約したことも彼に伝えとくよ」
「え、いいの? なんか悪いなあ。本当だったらわたしが直接南條さんに言わなきゃいけないのに」

 すると千花はコーヒーカップを持ってにっこりと笑った。

「いいんだよ。ついで、ついで」

 千花があまりにも軽く言うので、わたしはついついそれに甘えてしまう。

「そう? 助かるよ。ありがとう」

 本当は彼に会って報告するのは気が重かったので、非常に助かった。
 今のカレヴィとの状況を考えると、この婚約が傍目にも好ましいものとも考えられなかったからだ。
 そんな状態で南條さんに会ったりしたら、いつどんなツッコミを入れられるか分かったもんじゃない。
 せめてカレヴィが初めて会った時くらいフレンドリーだったなら話はまた違っていたんだろうけど、『おまえが嫌いだ』とか言われちゃったしなあ……。
 ああ、いけない。思い出したら暗くなってきちゃったよ。

「じゃあ、早いとこ食べちゃおうか」

 千花のその言葉でわたしは我に返り、慌てて朝食を食べたのだった。



 それからわたし達は、急いであちらの服に着替え、転移門をくぐった。
 午前は慌ただしいから、今度から午後の配達にしようかな。
 それはともかくとして、事務所で千花は南條さんに渡す資料をまとめ、わたしも宅配便が届くまでプロットを練っていた。
 千花の傍らには、香木や宝石の見本とザクトアリア特産のチョコレートもある。

「今回はこれを南條さんに見てもらうつもり」
「へえー、いいね」

 どれもザクトアリアの特産品だし、その品質はあちら側のどの国も認めるものだ。

「いずれはあちらの世界の色々な品を商うつもりだよ」
「うん、いいと思うな。例えば家具とか、南條さんの本業に密接しているし。比較的安い値段で高級感のある内装になるんじゃないかな」

 すると千花がうんうんと言うように頷いた。

「うん、そうなんだよ。家具はいいよね。あとはカーテンとかタペストリーとかあるとさらに高級感出るし。量販店のお手軽なのもいいけど、あちらのは手が込んでいるのがいいよね。南條さんに見本を見せたら食いつきがよかったよ」

 そりゃあ、マンションを売る方にしたら、内装は高級感があるに越したことはないものね。……まあ、お客の好みはあるけどね。
 そうこうする内に、チャイムが鳴った。インターホンに出てみると、待ちわびた宅配便だった。
 でも二回目ともなると少しは落ち着いている。……けど、五百冊ともなると、かなりの荷物だ。
 それを持ってきたドライバーが奥まで運びますよと親切にも言ってくれたんだけど、男手があるから大丈夫と丁重にお断りした。……もちろん嘘だけど、ドライバーも疲れるだろうし、千花が一気に向こうに運んでくれるから。

「あ、荷物届いた?」
「うん、一応中身の確認だけしちゃうね」

 すると、千花が段ボールの一つを魔法で開いてくれた。

「ありがと」
「ううん。中身は大丈夫そう?」

 わたしは早速段ボールから本を取り出して中身を確認した。……うん、綺麗だ。これなら不良本もなさそう。
 わたしは手にしていた本をまたダンボールに収めた。

「じゃあ、言語魔法かけちゃうね」

 千花がそう言うと、なにやら詠唱していた。そしてすぐに大量の段ボールが玄関から消えた。

「あ、あれ?」
「向こうに送ったんだよ」

 分かってはいても、突然大量の荷物が消えると焦ってしまう。

「そっか。ありがとう千花」
「それでは売り出しの準備進めてきますね」

 それまで黙って様子を窺っていたモニーカがおもむろに言った。

「ありがとう。わたしも販売に携わりたいんだけど」

 すると、モニーカはとんでもないと言うように首を横に振った。

「まあっ、いけません。販売会には大勢の者が押しかけますのよ。ハルカ様にもしものことがあってはいけません」
「そう……なら諦める」

 できれば売り子をやって、お客と手渡しでやりとりしたかったけれど、警護上の問題があるなら仕方ない。

「まあ、売場を眺めるくらいならできるよ。……モニーカ、販売会はいつ?」
「そうですね。ハルカ様のご本をかなり待っている方がいらっしゃるので今日の午後にでもしたいですね」
「え、そんなに早く? 明日でも良くない?」

 そんなに急だと周知させるのも大変そうだ。前はいい感じで捌けたけど。

「あまり期間を置きますと、それだけ大勢の人数が詰めかけるんですよ。このくらいでちょうどいいです」
「でも、知らない人が可哀想かな。いっそのこと五千部くらい刷って書店で売るようにしたら?」

 千花があっさりと恐ろしいことを言う。
 五百部でもわたしには大層なことなのに、五千部って未知数すぎ。

「ええー、それは難しいでしょう」

 そう言っているのに、千花とモニーカはその案に大乗り気だった。

「まあ、それは良い案ですわね!」
「でしょう。受け取りはここじゃなくて借りてる倉庫にしようかと思ってるんだよね。さすがにその数をここで受け取るのは難しいし」

 そうだよね、段ボールで埋もれてしまうし。……だけど。

「ちょっと待って、それはせめてこの本が売れてから考えて」

 すると千花は肩を竦めて「そう心配しなくても、すぐ売れちゃうよ」と言った。
 ……そ、そんな楽観的な。


 結局、販売会はこちらの時間で午後三時頃となった。
 南條さんとの商談を今回も無事終えてきた千花が戻ってきて「カレヴィ王との再婚約の話はしたから」と言ってきた。

「あ、ありがとう」

 言いづらいことを伝えてもらえて、本当に千花には感謝だ。
 それから、わたしの部屋で千花とお茶をしながら販売会の様子を見守ることになった。

 ……千花はともかく、わたしがこんな上から見ているなんて、なんだか売り子の侍女に悪いみたい。
 そう言ったら、千花がはるかはそんなこと気にしなくていいんだよ、と笑った。
 モニーカにもハルカ様はお気にしすぎですわ、わたくし共を気にかけてくださるのは嬉しいですけれど、と微笑んで言われた。
 ……う、うーん、本当にいいのかなあ。

 そうしている内に販売会が始まって、モニーカの言う通り、大勢の人達が会場に詰めかけた。幸い売れ行きは好調のようだ。
 けれど、販売会が始まってしばらくして、人の波が一斉に割れた。
 なにごとかと思って見てみれば──そこにはなぜかカレヴィの姿があった。
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